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陣魔術師と傀儡師 ―故意に落ちてきた美少年と恋に落ちました!?―  作者: 一花カナウ
 * 5 * 告白と疑惑
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(4)

「――ほーら、彼女のほうがよっぽどわかっているじゃないか」

 声は意外なところから聞こえた。あたしの声ではないし、もちろんアベルの声でもない。部屋にいながらずっと黙り込んで様子を見守っていたテンのものでもない。その声はテンの肩から聞こえてきた。

 声の主は翼を羽ばたかせるとあたしの肩にふわりと着地した。鳥型の演芸用人形エーテロイド・パペットである。

「邪魔しないで下さい、兄さん」

 アベルはむっとして小さく膨れる。

 ――兄さん?

 あたしが見る限りでは人形エーテロイドにしか見えないのだけど。しかも喋ったわよね? 人形エーテロイドって、通常喋ることができないものじゃないの?

 横目でじっと見つめるあたしの視線に気が付いたのか、その人形エーテロイドはちょんっと軽く跳んでアベルの肩に飛び移る。

「紹介が遅くなりました。アベルの兄、カイル=クリサンセマムです。以後よろしく」

 どう見ても鳥にしか見えないその人形エーテロイドはそう言って頭を下げた。

 ――あれ? そういえばあの男、確かカイルって名前を出していたわよね? なんか妙な台詞を口走っていたような気がしたんだけど。聞き間違いか記憶違いかしら?

「……えっと……腹話術?」

 あたしが指してアベルに視線を向けると、彼は苦笑した。

「いいえ、違うと思いますよ。――ねぇ、ローズさん?」

 アベルの視線はドア付近で待機していたテンに向けられる。あたしもつられてそちらを見る。

「えぇ、そうですね。――魔術系統上では降霊術の類いにあたるかと。その人形エーテロイドにカイル君の霊魂アストラルを降ろしてあるんです」

「えぇっ!」

 あたしはかなり驚いた。視線を思わず鳥の人形エーテロイドに向けると、彼はあたしの指先を邪魔そうに見ていた。慌てて引っ込める。

「どうもそういうことが可能なようで」

 アベルが不満げに付け足す。

「原理上あり得るとは思っていたけど、まさか現実にできる人間がいるなんて」

 涙はすっかり乾いた。話題がそれたお陰だろう。とはいえ、結構ひどい顔をしていたんじゃないかしら。

 しかしそれはおいといて、あたしは感心する。曾祖父の研究内容からすればその可能性は示唆されていたけれど、それには技量とセンスが問われるだろうとも書いてあった。つまり、誰もが簡単に習得できる術ではないということである。

「今のところ安定して成功させているのはローズさんぐらいですよ。だから私はこの術を信用していないんですがね」

 ――あ、だから納得できないような顔をしているわけね。

「――それはそうとアベル、彼女のほうがずっと状況を把握しているじゃないか。お前は恥ずかしいと思わないのか?」

 カイルと名乗った人形エーテロイドはアベルの耳元で言う。

「次期当主の座なんてレイナに譲れば良いでしょう? 私はそんなものいりません」

 とても不満げにアベルが答えると、カイルは彼の耳をくちばしでつついた。

「まだ言うかっ! このワガママ坊やがっ!」

「痛いっ! 兄さん、人形エーテロイドになってから性格が悪くなっていませんかっ!」

 肩に載るカイルを慌てて手で払うアベル。しかしそれをひらりとかわし、カイルはアベルの頭に載る。

「うっ」

「僕は前からこういう性格さ」

 ふんぞるように胸を反らす。アベルは涙目である。

 あたしはそのやり取りにすっかり心が和んでしまって思わず吹き出して笑う。

「アベル、笑われているぞ?」

「それは兄さんがつつくから……」

「だって……あぁっおかしいっ」

 お腹を抱えて笑ってしまう。泣いたり笑ったり忙しいわ。きっと精神状態が不安定なのね。

 笑い続けるあたしを前に、二人――でいいよね? 一人と一体なんだけど――は同時に肩を竦めて見せた。

「――さて、これで話ができる状態になりましたか?」

 割って入ってきたのはテン。こちらにやってくる。

 この場の雰囲気は始めの緊張感が消し飛んでいて和やかな空気が漂っている。あたし自身ももはや去る去らないの問答劇を繰り広げるつもりはさらさらない。続きをするならまた今度だ。

「えぇ」

 あたしは気持ちを落ち着けて、目の端に残っていた涙を拭うとテンに微笑む。

「ではとりあえず、今後の予定について説明しましょう。文句やその他意見は話のあとってことでよろしいですね?」

 あたしはしぶしぶ頷く。アベルも納得しかねる表情のまま小さく頷く。

 その様子を確認するとテンは続けた。

「――君たちの体調が回復し医者の許しが出たら、一度首都にご案内します。私が君たちの護衛を兼ねてね。その目的はアベル君に次期当主の継承権が移ったことを知らせる式典を開くためです。君たちさえおとなしくしていてくれるのなら早くて十日後には首都に着く計算になります。――ここまでで質問は?」

 あたしは素早く手を挙げる。

「はい、なんでしょう?」

「あたしは無関係だと思うのですが」

 アンジャベル家の人間であるあたしがクリサンセマム家の行事に参加する義理はない。

「――そこなんですが……」

 テンは言いにくそうに台詞を区切り、アベルに目配せをする。

「?」

 それに合わせてあたしも顔をアベルに向ける。彼は苦笑していた。

「大変申し訳ないのですが、その式典にてアンジャベル家の人間として意見をいただけないでしょうか?」

「はぁっ?」

 ――どういう意味よ?

 理解できずに視線を送り続けていると、アベルはどこから話したらよいものかと悩むような表情を作り、そして続けた。

「私が継ぐかどうかは別の話として聞いていただきたいのですが、どうも最近陣魔術師エーテリストの中に過激派が生まれたようでして。あの晩の襲撃を境にクリサンセマム家に対して攻撃が仕掛けられるようになりました。その沈静化のためにあなたの力を貸してほしいのです」

「あ、あたしがっ? だってあたしはただの一般市民よ?」

 目を丸くして問うとアベルは首を横に振った。

「あの男は象徴としてのあなたを欲しがった。だとすれば、あなたが語る言葉なら彼らも耳を貸すかもしれません」

「!」

「――もちろん無理にとは言いません。そのためにはあなたの胸に引っかかるわだかまりを取り除くことが必須でしょうから。……考えてはくれませんか?」

「…………」

 必死な瞳に、あたしは迂濶なことは言えないと判断した。

 彼はあたしの戸惑いの気持ちを理解してくれたらしく「今すぐにとは言いませんよ」と優しく微笑む。

「わかったわ。考えておく」

 その夜の話はこれで終わりとなり、あたしは自分にあてがわれた部屋に戻るとおとなしく眠りについた。

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