表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陣魔術師と傀儡師 ―故意に落ちてきた美少年と恋に落ちました!?―  作者: 一花カナウ
 * 4 * 悪夢と現実
12/32

(1)

「――顔色、悪いですよ?」

 家を出てから三日が経過した朝。宿の食堂で向かい合わせに食事中である。

「ちょっと眠れないだけよ。なんてことないわ」

 とろみのある温かいスープをすすって答える。食欲も半減中。

「早速、ホームシックになっているんでは?」

 アベルは焼きたてのバケットをちぎって頬張る。

「なってないもん」

 小さく膨れる。

 昨日あたりからアベルはそう言ってはあたしを追い返そうとするようになった。邪魔者扱いである。出発の朝にちょっとした事故があって、無理してついてこなくたっていいじゃないかと文句を言われてしまう始末。――だってしょうがないじゃん。びっくりしたものはしょうがないじゃん。悲鳴くらいあげるわよ。女のコだもん。

「ちょっと夢見が悪いだけよ」

「慣れないことをしているから身体に負荷がかかっているんですよ。表に出ない精神的な負担って夢に出るそうじゃないですか」

「関係ないわ」

 むすっとしたままサラダをつつく。

「――私にはそう思えないんですよ」

 アベルはどこか遠くを見るような表情を浮かべて呟いた。

「あまり心配をかけさせないでください。あなたの身になにかあったら落ち着きませんから」

「そんなに自分が盛った薬の経過が気になる?」

 にやりと笑んでアベルの反応を窺う。

「それなりには」

 さらりとした返事。彼にとってどうでもよいことのようだ。

「あっそう」

 あんまり面白い反応ではなかったのであたしは受け流す。

 あの晩にからかわれたのをいまだに根に持っているので、どうにかしてアベルをあたふたさせたいのだが、これがまあうまくいかないわけで。体調が悪いせいか頭も回らないし。

「――今日はここでゆっくりしようと思うのですが、いかがでしょう?」

「え? だってあなた、本名で泊まっているでしょう? 大丈夫なの?」

 あたしは食べる手を止めてアベルを見つめる。

「問題ありませんよ。この町に支部はないですから、そうそう捕まえに来たりしないでしょう」

 ――あれ? そこまで考えていなかったけど、もしかして?

 あたしがきょとんとしていると彼は続ける。

「――大掛かりな修復のせいで、体力が回復しきっていないのかもしれません。それにあなたにとって旅は慣れないものでしょう。少し休んだ方がいい」

 そして安心させるように微笑む。

 ――気を遣わせてる?

「ご、ごめんなさい。あたしなら大丈夫だから」

「焦ったところで情報が集まるわけではありませんよ。なんの手掛かりもない今だからこそ、しっかり休んで体力を回復させるべきです。旅はまだ長そうですからね」

「ごめん……」

「謝るくらいなら早く元気になって下さい。あなたに元気がないと張り合いがないんですよ。私を楽しませてくださるんじゃなかったのですか?」

 口先ではそう言っていたけど、彼があたしを心配しているのは確かだと思う。この台詞は彼なりの照れ隠しといったところなんじゃないかしら。

 ――だったらあたしはこう答えないとね。

「そうよ。あたしと旅をすることに決めて良かったって思わせてあげるわ」

 小さく胸を反らせてはっきり言ってやる。足手まといにはなりたくないから。

「期待していますよ」

 にこっと笑む。あたしもそれに応えて微笑む。

 少なくともあたしは、こうやって誰かと一緒に食事ができるだけでも幸せだ。相手がアベルだから特別、ってことはないと思いたいけど。――だけど、楽しいと感じられるのは本当だよ。



 ――うなされるようになったのは別にアベルに盛られた睡眠薬のせいではないと思う。しかしその結果が予期していなかった事態を招くことになるとは。

 深夜の脱走阻止攻防戦から明けた朝、なかなか起きることができなかったあたしをアベルが伺いにくるという失敗をしてしまった。なんとまあ寝覚めが悪かったのなんの。――別に夜更かししていたせいではないのよ? 気分が憂鬱になるくらいひどい夢を見ていたせいなんだから。あたしにしては夢を見ること自体が珍しいことなんだけどね。

 一方で彼にしてみれば、自分が盛った薬のせいであたしに何かあったらと気が気でなかったらしい。その意見に納得してあげてもいい。

 ――だけど、よ? 目が覚めたときに自分の部屋に男がいたら普通は怒るだろうし、いろいろと疑うものでしょう? 不機嫌にだってなるものじゃないかしら? 悲鳴をあげる権利くらいあるわよね?

 そんな事件で幕を開けた一日は、これがまたなかなか大変だった。

 修復のために移動用人形エーテロイド・マシンを掘り起こし、あたしがアトリエとして借りていた場所まで運ぶ。その修復はかなり大掛かりなもので、半日を必要とした。なんせかなりの間メンテナンスを怠っていたらしく、調べれば調べるほどあちこちに疲労箇所が出てくるし、それを片っ端から直していたらさすがに体力だって尽きるわよ。とはいえこの修理はアベルに好評で、あたしのエーテロイド職人としての技量をしっかり認めてもらうことができた。だてにトリプル持ちを名乗っているわけじゃないってところを見せつけておかなくっちゃいけないでしょ?

 午後は人形パペット屋に残っていた演芸用人形エーテロイド・パペットをまとめ、エーテロイド協会に運んで換金。当面の旅費にする。ついでに役場まで行って、店の状態と今後についてを相談。土地は借地だったので貸してくれた人のところに事情を説明。ひとまず半壊した店は取り壊して更地にし、土地を返すということに決まった。

 これらの事務処理を終えたあとにお父さんの墓参りをしてこれから旅をすることを報告。それでやっとアベルに合流し、夕方も近い時間に町を発ったのだった。

 こうして思い返せば、ろくに休めていないのは明白である。無理をしていると思われたっておかしくない。

 ――でも、疲れが出ているといっても、あんな夢を見ることはないと思うんだけどな。あんな……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ