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陣魔術師と傀儡師 ―故意に落ちてきた美少年と恋に落ちました!?―  作者: 一花カナウ
 * 3 * 真夜中の攻防戦
10/32

(2)

「ごまかさないで、説明して欲しいところですが」

 あたしが数秒前に言った台詞を真似てアベルが問う。勝ち誇っているような雰囲気を相手に感じる。あたしが答えないと高をくくっているのだろう。頬にできたはずの傷がすぐに癒えたことをあたしがごまかしたから。

 ――さて、どうしよう。

 気持ちが整理されて、なんとはなしに縮れている自分の前髪を引っ張る。考え込むときの癖だ。

「なんの薬を盛ったの? 相手に気付かれないように摂取させるとすれば……そうね、あたしならスープに混ぜるところだけど」

 批難する気持ちはできるだけ抑えて、たんたんと訊ねる。どの料理もとても美味しかったのになぁ。ちょっとがっかり。――でも、不思議とアベルを責める気持ちにはならないのよね。

「あなたの推理は面白いですが、今は答えになりません。私の問いに答えてください」

「うーん……」

 しぶしぶ自分の襟元に手をかける。

「へ?」

 首全体を覆うシャツの一番上のボタンから外していく。暗闇に慣れてきた目で、あたしが何をしているのかわかったらしい。

「期待しているところ悪いけど、全部脱ぐほどサービスはないわよ?」

「それはわかるんですけど……何を?」

 あたしは胸の上あたりまでボタンを外すと、アベルにわかるように襟元を引っ張った。

「論より証拠。――薄々気付いているだろうって思っていたんだけどね」

 一度視線をはずしたアベルだったが、あたしが見ろと言ったのでそれとなく首のあたりに焦点を合わせた。

「これって……」

 暗くてもよく見えるはずだ。魔術の効果が持続している限り、どうしてもぼんやり光ってしまうのだから。傀儡師アストラリストの持つ指輪が光るのと同じ理屈だ。

「刺青じゃないのよ。生まれつきの痣が陣になっているの。効果は身体の状態を一定に保つこと。――だから薬が効かなかったんじゃない?」

 確認してもらったところで、すぐにボタンをかける。

 首から胸の上部、そして背中の上部にかけて特徴的な痣が広がっている。平面に描く通常の魔法陣とは少し異なり、図形というより模様といったほうがしっくりくるようなデザイン。細かに編まれたその陣は容易に真似できるものではない。どういう訳か、アンジャベル家の人間には大抵あるらしく、お母さんも似たような陣を身体に持っているのを知っていた。

「……陣魔術に痣の陣……あなた、本当にアンジャベルの血をひいているんですね」

 アベルの表情から驚きの気持ちが消えない。

「ちゃんと本名を名乗ったじゃない」

 アンジャベルの名――実はこの姓はクリサンセマム家の名に匹敵するくらい有名なものである。ただ違うのは、クリサンセマムの名が現在の繁栄を連想させるのに対し、アンジャベルの名は過去の栄光を連想させるということ。陣魔術師エーテリストが巷にあふれかえっていた頃に最も栄えた一族として、そして最後の魔術師の名として。

「てっきり私をからかっていらっしゃるのだと、あのときは思っていたんですよ」

「あたしにはからかう理由がないわ。騙す理由もね」

「……そうですね」

 アベルがしまったなという表情を作ったので、あたしはピンときた。

 ――ひょっとしたら……。

「ねぇ、どうしてあなたはこの町に来たの? エーテロイド協会支部があるのにのこのこやってくるなんて、それなりに理由があったからでしょう?」

 びくっと身体を震わせる。図星らしい。アベルは視線を床に向けた。

「協会に追われているってことはたぶん、ご両親があなたを捜しているってことでしょ? ずっと旅をしていたとも言っていたし、ひょっとしたら自宅にも帰ってないんじゃないの?」

「…………」

 あたしの問いに対してアベルは黙ったまま何も答えない。

 黙っているならと次の質問に移る。

「――となれば、あなたには家に帰れない理由があることになるわ。それも、協会の人間に見つかるかもしれないという危険を冒してでも、この町に来なければならなかった理由がね」

「……あなたには関係のないことです」

 ぼそりと呟かれた台詞は非常に歯切れが悪い。――その言い方だと、あたしに関係ありそうなんだけど。

「どうかしらね?」

「もう訊かないで下さい」

 言ってため息。

「――わかりました。あなたに人形マシンを直してもらうまではおとなしくしていますよ。ですが、同伴は認めません。リスクが高すぎる」

「結局、あたしを置いていくつもりなんでしょう! あたしが何をしようと、あなたは認めないつもりなんだわ!」

「当然ではありませんか?」

 寂しげな瞳がこちらに向けられる。色の異なる左右の瞳がかすかに揺れていた。

「あたし、なんでも手伝うわ。人の目をごまかすための陣だって結構知っているし、人払いの陣だって使えるよ? もちろん、エーテロイド職人としてだってサポートできるわ。――それでもあなたにはデメリットの方が大きいっていうの?」

 ついつい感情的になってしまったあたしの口調に、自分自身戸惑っている。当初の目的から外れてきたような、そんな気がして。

「どうしてそこまで私にこだわるんですか?」

 怪訝そうにアベルは問う。

「一目惚れしたんだって説明したはずだけど?」

 やはりこれだけじゃ説明不足か。あたしと彼の立場が今と反対だったら、あたしも同じ問いを投げ掛けることだろう。そのくらい説得力がないと認める。――でもさ、一目惚れってそういうものだとも思うんだけど、どう?

「あなたにはそれ以外の目的があるんじゃないですか? そんないい加減な言い訳を使わずに、正直に話したらいかがです?」

 ――見抜かれていたか、というか、まぁ当たり前だというか。

「恋愛感情を馬鹿にしないでよ」

 あたしは肩を竦める。――うーん、恋愛感情を先に冒涜したのはあたしかもしれないけど。言いながら反省。

「――自分で真っ向から否定なさったんではありませんか? 恋愛感情があるというなら、もうちょっと気を引く素振りをしてもいいように思えますが。別に夜中に忍んで部屋に来たって不自然じゃありませんよ」

 しれっと言うあたり、経験があるのか?

 ――だとしても、アベルがクリサンセマム家の人間だとわかれば言い寄る女のコもいるだろう。いや、クリサンセマム家の名がなくっても、これだけ容姿が整っていれば人を集めてしまうことだろう。充分に魅力的だ。あたしも思わずみとれてしまったもの。

「あたしは自分を安売りしない主義なの」

 胸をはってきっぱり答える。アベルはあたしの主張を楽しそうに笑った。

「なによっ」

 頬を膨らませて一言。

 アベルはまだ笑っているのだが、さっきまでのとげとげした雰囲気は消え去っていた。

 ――もうっ、そんな台詞で和まないでよっ!

「……いえ、期待通りの返事が聞けたものですから可笑しくって」

「期待通り?」

「なんとなく、そう答えるだろうなって思っていたんですよ。――あなたは今まで私が出会ってきた女性とは違う。とても楽しい」

 ――冷静に聞くとかなり失礼なことを言われているような気がするんだけど。

 あたしの顔はまるで火がついたかのように熱く真っ赤になっていただろう。――恥ずかしい。

「よし、だったらあたし、ずっとあなたを楽しませてあげるわ。ね、だから連れてってよ!」

 自棄になるとはたぶんこういうことをいうのだろう。当初の目的なんてもはやどうでもよくなってきた。これは意地である。一人の女としての意地よ!

 あたしの台詞を聞いて、彼はぴたりと笑うのをやめた。

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