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挑戦状

第三章、はじまりです。


少し短めです。

 今日は久々の休暇をもらった。二十日ほど働きづめという、労働基準法に引っかかるような働き方をしていたから、商会の皆もバテバテだ。


 だから今日一日、エルディック商会の仕立て屋を臨時でお休みにした。仕事は立て込んでいる。一番忙しい時期であるのもわかっているけれど、採寸やデザインを任せているカリナも、雇っている二十人の針子さんたちも精神的に一杯一杯になっている。お父様に相談して、今日一日だけリフレッシュ休暇を取ってもらった。かくいう私も少し疲れ気味。


 両親は家でゆっくりすると言っていたので、たまには夫婦水入らずにしてやろうかと娘のいきな計らいをし、町をぶらぶらうろついている。


 この国の街は活気があふれている。平和な国だけあって、国交も盛んで物流も滞ることがない。大通りの両側には露店が立ち並んで、いろいろなものが売られている。

 色とりどりの野菜や果物の隣に無骨な剣が置いてあったりするから不思議だ。商人の声が道に響き、値段交渉の声があちこちから聞こえてくる。こういった雰囲気は日本の商店街を思い出してうきうきしてくる。下町育ちの私はこういう雰囲気が大好き。


 きょろきょろと周りを見ながら大通りを歩く。

「あ!」

 少し先に大きな風呂敷を広げている褐色の肌のおじさんを見つけて、私は露店に駆け寄った。

「こんにちは」

 頭にターバンを巻いて、焦げ茶色の顎髭を生やしたおじさんに声をかける。顔を上げたその瞳は緑。少し変わった瞳をしている人だけど、私の顔を見てその目が細められる。


「いらっしゃい。久しぶりだね。元気かい?」

「はい。先日はお世話になりました」

「で、どうだった。役に立ったかい?」

「あ~、立ったような、立たなかったような……」


 私は露店に並べられた様々な葉っぱを見ながら答えた。

 あの『ムラムラ』紅茶を売ってくれたおじさんだ。



 このおじさんは少し遠いところから行商に来るらしく、毎日露店を出しているわけではない。ひと月に一度ほどやってきて、いろいろな商品を売ってはまた別の街に移動する。主なものは薬草系。乾燥させているものもあるので、紅茶としても飲める。そして私はこのおじさんの売ってくれる薬草の大ファンだ。

 疲労回復、老化防止、整腸作用効果、美肌効果等々。飲むだけじゃなく、蒸留して抽出したものをお肌に塗っても効果があるそうだ。もちろん私もこれのおかげでお肌つるつる。曲がり角は過ぎているので、スキンケアは怠らない。


「今日は何か面白いものあります?」

「そうだね」


 おじさんが組んでいた腕をほどいて横にある袋をごそごそしだした。袋を探る指は意外にごつごつしていて、シャツから覗く体も鍛えられてる感じ。この世界の人って、結構鍛えてる人が多いのよね。まあ、行商なんて重いもの持ったりするし、自然とこうなるのかも。しかし、私は五年の行商では鍛えられなかったな。腕立て伏せも毎日続けているのに、いまだに部屋のあの机が動かせない。


「これなんかどうかね?」

 おじさんが紙に包まれた葉っぱを取り出して見せてくれた。乾燥されてしなびているけど、何かの花のような感じ。かすかにバラのような香りがする。


「なんですか、これ」

「パルオットという花だよ。かなり珍しくてなかなか手に入らないんだけど、贔屓にしてくれているお嬢さんには特別だ」

 花びららしきものを一つつまんで鼻に近づける。甘いバラの香りが鼻孔を刺激する。ものすごくいい香り。

「美肌効果はもちろん、鎮静、緩和、高揚効果があって、気分を和らげたり自信回復につなげたり、いろいろと効能もある。味も香りも効能も保障する逸品だ」

 面白そう。それにこの香りがたまらなくいい。

「買う!」

「毎度あり」

 うふふっ、いい買い物しちゃった!


 おじさんは花びらを紙で包み直し、さらに大きめの紙でくるんでくれた。お肌のためにほかの薬草も購入する。おじさんが来るのはひと月に一回だから、会える確率は低い。なので今購入しておかねば次はいつ買えるかわからない。お金を渡して一抱えもある包みを受け取る。

「落とさないようにな。気を付けてお帰り」

「はい。ありがとうございます」


 今晩、早速この紅茶をお父様とお母様に披露しよう。

 今夜が楽しみ。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 あのパルオットという紅茶は、おじさんがお勧めするだけあってすごくおいしかった。お湯をそそいだ時にバラの花を直接匂った時のような芳醇な香りが部屋中に広がり、効能で語ってくれたようにゆったりした気分になった。飲むと香りが口に広がり、しばらくすると気分が落ち着いて、しかもやる気が出てくる。両親もすごく喜んでくれた。


 帰ってきたときにお母さまから手紙を渡された。真っ白な封筒には宛先も宛名も差出人すら書かれていない。けれど、届けてくれた人がバラク様の使いだと名乗ったそうなので、バラク様からの手紙に間違いないみたい。

 何の飾り気もない封筒をペーパーナイフで切る。中からはやはり真っ白の何の飾り気もない便箋が出てきた。

 開けると実直と言われたバラク様らしく、かっちりした文字。

 ちなみに文字は日本語じゃありません。ミミズがのたくったような文字だ。行商をして帳簿を見ることもあった私は、両親を手伝いたかったこともあって割と早くに文字は覚えた。

「なになに?」



 ミナ・エルディック様


 十月五日、哺時ほじ正刻(午後四時)。迎えに上がる。



                       バラク・アイヤス




 私は便箋をひっくり返してみた。けれど裏にも文字は書かれていない。封筒の中ものぞいてみたけど、便箋は間違いなくこれ一枚。




 これ、何の挑戦状?



 食事のお誘いだよね? 間違ってるの? 私の考えが間違ってたの?

 食事の概念間違ってないよね。二人でテーブル挟んでご飯食べるってやつ。間違っても剣持ってにらみ合うようなものじゃないよね。


 じゃあこの手紙、何?


 時節の候とかはともかく、元気? とか、どうしてる? とかも書かれてない。そりゃ、バラク様みたいな騎士がそんな軽い手紙を送ってきたら、それはそれでちょっと馬鹿にしてんのってなるけど、これはもっとひどいんじゃない? それにどんなところで何を食べるのかも書かれていない。ドレスコードとかある場所だったらどうするのよ。私、ワンピースしか持ってないのよ。


 どうするの、これ。どうしたらいいの。


 お母様に相談? でもこんな無骨な手紙見せるの嫌だな。これは挑戦状よ、なんて言われても怖いし。

 返事もしなきゃならないし、どうしよう。


 そうよ! 返事と一緒に聞けばいいのよ。どこで何食べに行くのか。

 私は早速机に向かってメモにペンを走らせた。


 えっと、

 手紙ありがとう。

 日時はわかった。

 どこに何を食べに行くの?

 楽しみにしています。



 こんな感じでいいかな。箇条書きにして並べてみた。悪くないと思うんだけど。


 オレンジ色の便箋を出して、箇条書きに挙げたものを文章に載せて書いていく。書き上げたものを乾かして、同じ色の封筒に入れて封をする。

 もちろん宛名と送り主の名前も書く。


 日本のように郵便事情が発達しているわけではないこの国では、誰かに預けるという形でしか手紙を届けることはできない。


 明日預ければ返事は明後日。今日は十月二日。明後日というと十月四日に返事が来ることになる。ギリギリだよ。

 ドレスコードに引っかかるようなところなら、もう子供用の服借りてでも行くしかない。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 四日に来た手紙にはこう書かれていた。


『自宅にて会食』と。

 ドレスコードには引っかからないけど、嫁姑問題に発展しないようにと私は心の中でしっかりと拳を握った。










ミナの話で出てくる紅茶の効能について。突っ込まれる前に暴露。

こんな紅茶はどこを探してもありません!

確かにムラムラするものや、疲労回復等の効能のあるアロマはあるんですが、紅茶にはなかったと思います。あったらごめんなさい。

今回のパルオットもあるアロマからヒントを得ています。ですが名前はもちろん違いますので、店で探したりしないでくださいね。


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