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警護される者

 夜の町は昼間と違う様相を見せている。人通りの多い道も、シンと静まり返っていて恐いくらい。夜の街に二人の靴音だけが響く。私に合わせてくれているのか、バン様の歩調はとてもゆっくり。


 この国では時間を数字で表さない。太陽や月の位置で様々な名前がついている。今の時間は黄昏こうこんの終刻と呼ばれる時間。日本では『たそがれ』と読むけれど、時刻で言うなら午後の九時くらい。『たそがれ』なんて言えるほど明るくない。

 日の出とともに目覚め、日の入りと共に眠りにつくのが通常のこの世界では、すっかりと帳に覆われたこの時間帯にはほとんどの人が眠りについている。


 『火石』と呼ばれる太陽の光を吸収して、暗くなると光る石が街灯代わりにあちこちにあるんだけど、やはり日本の街灯と比べものにならないくらい薄暗い。道はほのかに明るくても、通りの奥や吹き溜まりなどは真っ暗で正直に怖い。


 この世界に来てこんな時間に出歩くこともなかった。静まり返った暗い町の雰囲気に、バン様とつないでいる手に知らず力が入る。


「大丈夫、僕がいる」

 降ってきた言葉に安心する。見上げると、内から光っているんじゃないかと思えるくらいの綺麗な金髪が薄闇の中にあった。少しだけ安心する。


「何か話してください。黙ってると、ちょっとだけ恐いです」

 本当はちょっとだけなんてものじゃないけど、虚勢を張ってみた。それをすっかり見抜かれているのか、バン様は優しい笑みをこぼした。


「何の話がいい?」

「ん~…………バラク様の話?」

 言ったら苦笑された。だって、共通の話題といったらバラク様くらいしか思いつかない。騎士とか国とかの話をされても理解できるとは思えなかった。何しろ、この世界に来てから八年しかたってないんだから。


「じゃあ、バラクの話をしようか」

「はい」

「君はどこまでバラクのことを知っている?」

 問われて首をかしげる。バラク様の何を知っているか?

 名前と年齢。騎士団の第二師団長という立場。あとは、体が大きくて傷がいっぱいあるらしいってこと。

 傷の話は聞いていいんだろうか。いや、やっぱり駄目だ。本人から聞いていないことを根掘り葉掘り聞くのは良くない気がした。


 で、結論。

「名前と年齢以外知りません」

 言ったらまたクックと面白そうに笑われた。でも私も自分で呆れている。婚約者と言いながら、私はバラク様の何も知らない。胸を張って婚約者だと言えるほど、彼のことを知らないのだ。

「本当にあいつは君に何も話していないんだね。僕の話せる範囲でいいなら話してあげよう。それでいいかい?」

「はい!」



「バラクと僕が出会ったのは、僕がまだ騎士見習いだったときだ。騎士団の中でも特に目立っていたから、僕はあいつの背中をよく見ていた。第一印象は豪快な剣を振るう実直な騎士。で、見習いを終えて配属先されたのが、バラクがいる第二師団だった。話して、剣の指導を受けても最初の印象はまるで変わらなかった。単純で、明快で、裏表がない。普段は優柔不断なのに、訓練になると途端に人が変わったようになる」


「優柔不断じゃないんですか?」


「違う。即断即決。しかも的確に勝ちをもぎ取っていく戦闘の仕方をする。隊を率いて戦う模擬戦闘では負けたことがない。豪胆なのに、細部にまで気を配って目を届かせる」


 驚いた。私の前で見せる怪獣優柔不断男とはまるで違う。私の胸をガン見して逃げた男と同一人物とは思えない。


「なのに、個人の試合では負けることが多かった」

「え!? 本当ですか?」

「最近ではそうでもないけど、昔はわざと負けていた節があった。訓練や試合では僕が勝つか引き分けになる。だけど、二人きりでする練習の時には必ずバラクが勝つ。引き分けに持っていくのがせいぜいだ。あいつは強い」


 第二師団長を自分の腕だけで勝ち取ったというのは本当の話だったのだ。話半分で聞いていたけれど、バラク様は本当に強い騎士だった。


「あいつは、地位や名誉が自分の肩書に加わるのを嫌っている。だからわざと負けて昇格しないようにしていた。今は上を目指しているけどね。ま、そのあたりのことは、バラクから直接聞いてくれ。僕の口からは、これ以上話せない」


「今は上を目指してるんですか? わざと負けたりせずに?」

「しない。僕との約束があるからね」

「約束?」

 聞き返すと、青い瞳が私をまっすぐに見てきた。その真剣なまなざしに、こちらから聞いておいて怖気づいてしまう。それくらい今のバン様の瞳は真剣だった。


「君はバラクの婚約者。いずれ奥方になる人だ。話しておいてもいいかもしれない」

「?」

「僕のキャラックという名は乳母から取っている。本来の名前はバン・ルーディファウス。現国王の息子だ」


 現国王の息子? 国王の息子……王の子………王子様!?


「え!? 嘘、本当? え? なんで? なんで騎士?」

 頭の中はパニック。何を言っているのか自分でもよくわからない。とにかく自分を落ち着けるために何度か深呼吸をする。


 バン様が王子様。確かにスマートな対応をする人だと思ったし、内からにじみ出る雰囲気も上品だと思った。私の正体を一目で見抜いた眼力もそう。けれど、それが騎士なんだと勝手に思い込んでいた。


 王子様なんだ。そういわれて納得できるところがこの人の凄さかもしれない。これがバラク様が王子様なんだって言われたら、嘘だと叫ぶよりも一笑に付して聞く耳さえ持たないかも。


 うん。バン様なら、王子様でもおかしくない。


「君はわかりやすい反応をするね」

「いやいや、普通はこうなります。それで、王子様なんですか? 本当に」

「本当だ」

「でも騎士?」

「うん。騎士」

 眉を寄せた私に、バン様は楽しそうに笑った。


「十三歳までは王族としての立ち居振る舞いや礼儀作法、必要な知識を詰め込まれる。けれど、十三になったら騎士団に入団する。もちろん見習いからだ。王子だからといって特別扱いはない。皆と同じように寮で暮らして、同じ食事を食べる。共に訓練して、共に寝る。平民の暮らしを学んで、民意を知る。三十歳になるまでは、騎士団で強い精神を養い体を鍛える」

「バン様は今いくつなんですか?」

「二十五歳」

 私よりも三つも年下。でも年齢相応には見えない。もっと若いと思っていた。

「若く見えますね」

 言ったらものすごく笑われた。

「君には叶わないよ」

 はい、そうですね。私は子供のような二十八歳です。


「それで、君は僕を見る目が変わるかい?」

「はい?」

 見る目が変わる? バン様が王子様だからといって、どんなふうに変わるのかわからない。たとえばマンガみたいに後光が射したり、ピカピカ眩しくなったりしたら見る目も変わるかもしれないけど。

「たとえば?」

 私はわからず聞いてみた。


「たとえば、僕の正妻となれば、いずれこの国の王妃になれる。国を自分の好きなように変えられるし、贅沢もしたい放題。僕に取り入ってみる?」

「えー、嫌だ。なにそれ、面倒くさそう」

 思わず本音が出た。それにバン様は目をまん丸くした。

 確かに王子様の妻なんて玉の輿には違いないが、王妃なんて面倒なだけ。国のことを考えたり、困った人の意見を聞いたり。自分のことで手いっぱいなのに、人のことまで考えられるかっての。


 だいたい、バン様が王子様だからって何かが変わるわけではない。バラク様の親友で、優しいくて、素敵でカッコいい騎士様。なんにも変らない。


「私にとってバン様はバン様です。それ以上でもそれ以下でもありません。すごい素敵だな人だなあとは思いますけど、それだけです。これじゃ答えになりませんか?」

 王子様に対して失礼な物言いだろうか。それでも嘘は一つもない。バン様は私の言葉に満足そうにうなずいて、蕩けるような笑みを浮かべた。その笑みに私は魅入ってしまいそうになる。それくらい今のバン様の笑みは妖しくて魅惑的だった。


「十分な答えだよ。ありがとう」

 私はバン様の笑顔の前にはあ、と間の抜けた言葉しか出てこなかった。


「君はバラクと同じだな」

「え!?」

 いえいえ、全然違いますから!

 私は怪獣壁男でも、優柔不断男でも、唐変木男でもありません。


「バラク様もこのことを知ってるんですか?」

「もちろん知ってる。あいつは僕の親友だからね」

 さらっと言った言葉に、私は憧れる。男同士の友情っていいよね。絆とか誓いとか。その場限りが多い女の友情とは、やっぱり少し違うんだろうな。


「バラクの話と言いながら、結局僕の話になってしまったね」


 話している間にずいぶんと時間がたっていた。いつの間にか私の家の門までたどり着いている。暗い夜道もバン様と話していたから怖くなかった。


 門の前でバン様が私のほうを向く。青い瞳を見上げて私は笑みを浮かべた。


「とても楽しかったです。それに、バン様の正体が知れました。これでおあいこになりましたね」

「え?」

「え?」


 私たちはそう言って門の前でしばらく見つめ合った。

 あれ? バン様って最初から私の正体に気づいてたよね。襲っちゃうオーラ全開の私を。


 それを話すとバン様は目を丸め、お腹を抱えて笑った。

 気づいてなかったそうだ。話すんじゃなかった。自分から恥をさらしてしまった。


「優柔不断のバラクの奥方には、君のような積極的な女性がちょうどいいのかもしれない」

「でも私、腹黒ですよ」

「お腹の黒いもの、全部外に飛び出してるよ」

「そりゃ、今はバラク様にももう正体ばれちゃってるし、今更隠しても仕方ないですから」

 拗ねたように私は唇を尖らせた。


「バラクが羨ましいよ。僕には全力で気持ちをぶつけてくる女性などいないからね」

「…………」


 王子様も大変なんだろうな。大奥みたいなドロドロしたものを持っているんだろう。寂しそうな顔でバン様が小さく微笑んだ。


 私はその時、はたと気がついた。

 知らなかったとはいえ、こんな夜道を王子様に送らせてしまった。しかも今来た道を今度は一人で帰らなければならない。いくら平和な国でも強盗や殺人がないとは言えない。しかもバン様は王子様だ。命を狙われないとも限らない。



「大丈夫だよ」

 私がその事を伝えると、バン様は何でもないように笑った。


「いいえ。駄目、駄目です。こんな夜道を一人で帰るなんて………あ! 私、送って行きますっ。一人よりも二人の方が危険な目に合いにくいでしょう?」

「僕を送った後、君はどうするんだい?」

「私なら大丈夫です。一人でも帰れます!」


 バン様は心底可笑しそうに笑って、またあの蕩けるような笑みを見せた。


「それじゃあ、僕がここまで送った意味がないだろう? 」

 ううっ、確かにそうだけど。バン様を危険な目にあわせてしまっている自分に後悔する。神様でもないのにバラク様に罰を与えてしまった罰が当たったんだ。

「君は優しいね」

 バン様が、そっと私の頭を撫でた。


「大丈夫だよ。僕は強いし、僕よりももっと強い騎士がもう一人いる」

「え?」

 見上げたバン様が、視線を後ろに送る。その視線を追って後ろを振り返る。離れた路地の隅に、大きな影がひっそりと佇んでいる。


 影は振り返る私たちに観念した様子で街灯の元に姿を見せた。遠目でもわかる、その見間違えようもない大きな体。

「バラク様……」


「訓練場からずっと着いてきていたよ。僕だけじゃなく、君を見守るためにもね」

 バン様の言葉に知らず笑みがうかぶ。


 なんだ、着いてきてくれてたんだ。ちゃんと見てくれてたんだ。

 安堵の息が漏れた。


「ねえ。もしも、もしもバラクより先に僕が出会っていたら、君は僕を好きになってくれたかい?」

 問いにバン様を見つめると、青い瞳が静かな光をたたえて見下ろしていた。


「何言ってるんですか。バン様も好きですよ。とっても素敵だし、スマートでカッコいいです。順番なんか関係なく、好きですよ」


 私が答えるとバン様は苦笑した。


「そうか。ありがとう」


 バン様はそう言って私の頭をなでると、バラク様の元へ向かった。一言二言交わし、今度はバン様がそこに留まってバラク様がこちらに走ってくる。


「ミナ嬢」

「はい」

 呼ばれて笑みを向けると、どこかほっとしたような表情でバラク様は私の前に膝をついた。


「今日は時間がないから帰るが、かならず手紙を送る。食事の約束を………俺とまた食事に行ってくれるか?」

「はい!」


 笑う私の頬にバラク様の大きな手が触れる。武骨な手はごつごつしているけれど、とても暖かい。


「では、また。おやすみ」


 バラク様はそう言って私の額に触れるだけのキスを落とした。闇夜でもわかるくらい赤くなった私を、バラク様は目を細めて見つめ、優しく頭をなでてから踵を返した。


「おやすみなさい」


 その背中に声をかけると足を止めて振り向き、手を上げて再び歩き出す。


 バン様の横に並んで歩くバラク様。

 体が大きくても、彼はやはりスマートな騎士でした。





 赤い頬を両手で押さえながら、私は自分の胸のうちのドキドキを止められないでいた。










少しだけ、ミナの心情が変わってきつつあります。


バラクの話が意外に長引き、一章五話構成の予定でしたが、ここで一旦二章目完了となります。ミナの話としては短いので、そのうち閑話でも入れようかなと密かに思っています。


さて、次話からはまたジレジレが始まります。少しずつ二人の心が近づいていくところを見守ってください。


※キーワードの『王子』を追加しました。

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