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婚約者宣言

気が付けば、ブックマークが100件を超えていました!

思わず平手で相方のほっぺたをひっぱたいたら、痛いと文句を言われました。現実のようです。


本当に感激です。初めての小説でこんなにたくさんの人に読んでもらえるなんて幸せすぎて胸いっぱいで、昼食を残してしまいました(笑


ブックマークをしてくださっている方、立ち寄って読んでくださった方、皆様に感謝感謝でございます。




 よしっ、届いた!


 両手の指が無事にロットの背中で出会った。右手から左手へ巻き尺を渡し、体の前に持ってきてロットに腕を下させる。


 ふむふむ。胸囲も驚異的……馬鹿なことを言ってる場合じゃない。


 私はロットの分を紙に書き留めた。

 仕事完了!

 メモを仕舞い、巻尺もカゴバッグへ。使った用具を仕舞って後片付けをし、汚れたところは布巾で拭う。

 立つ鳥跡を濁さず!


 私はもう一度椅子に上ると、営業スマイル全開で食堂内にいる騎士たちを見回した。

「採寸は以上となります。ありがとうございました」


 椅子の上で、手間をかけさせたお詫びとお礼を込めて深々とお辞儀する。通常は椅子から降りてやるのが普通だろうけど、私の身長じゃ下だと何をしているのかわかってもらえない可能性が高い。

 ので、高いところから失礼します。



「ミナちゃんは、恋人はいるの?」

 話を聞いていたかい、ロット君。ありがとうの言葉に疑問で返してどうするんだ。私は目の前にいる赤毛騎士を見上げた。しかし、この言葉はありがたい。

 私とバラク様の関係をここで言ってしまえば、ここにいる騎士全員の耳に入ることになる。もう、逃げられないぞ、バラク!


 くっくっくっ、乙女を待たせた罪を思い知れっ。


「私は……」

「ミナちゃん。いや、ミナ、俺と付き合ってください!」

 私の言葉をさえぎって、叫ぶように言ったロットの言葉が食堂全体に響いた。


 は? 今なんて言った?


 私の眼前にある濃茶の瞳が懇願するように私に向けられる。

 話聞けよ、鼻タレ赤毛騎士! いや、鼻は垂れてないんだけどね。十九歳なんて私からしたら子供だもん。確かに顔はハンサムだし、体も鍛えいて素敵だと思う。だけど私にとっては恋人とかそういう範疇を超えている。ようするに、眼中にないのですよ、お子様は。たとえ私に婚約者がいなかったとしても。


「あのね、私には」

 婚約者がいるという言葉を言う前に、ロットがずいと一歩踏み出した。その雰囲気に気圧されて、私はそれと同時に一歩後ずさる。けれど、私が踏み出した足もとに地面はない。もともと不安定な椅子の上に立っていたのだ。後方に足を出せば――


 落ちる!


 体がふわりと浮いた気がした。直後、すぐに滑落感が襲った。地面にたたきつけられる衝撃を予想して、私は目をギュッと閉じた。


 だけど私の体が地面に落ちることはなかった。背中に感じるのは暖かな弾力のある壁。腰と太もものあたりに回された太い腕。目を開けて上を見上げれば傷だらけの顔があった。茶色の瞳が心配げに見下ろしている。


「バラク様」

 呼びかければほっとしたような表情でバラク様が目を細めた。そっと地面に降ろされる。


 突然現れたバラク様に、食堂にいた全員が姿勢を正した。

 椅子に座っていた人も、壁にもたれていた人も、眠そうな顔で机に突っ伏していた人も、途端に直立不動の姿勢をとる。

 今更ながらに師団長っていう立場の重さが理解できる。

 バラク様が軽く右手を上げると全員が騎士の礼を解き、再び食堂に喧騒が戻る。


「どこも怪我はないか?」

「はい」

 バラク様の凄さに感心していた私は、バラク様の怪我の言葉で思い出した。ひと月前に裂傷を負った左手を子細に観察する。

 包帯はされていない。傷跡は残ってしまったものの、かさぶたもなくきれいな左手だった。


 完治してんじゃないのっ!


 怒りたいのをぐっと我慢する。私は淑女ですから。皆の前で怒鳴るようなことはしないのです。


 それでも不満げな表情をバラク様に向けたら、突然後ろから腕を引っ張られた。膝をついたロットの胸に飛び込む形になって、慌てて身を起こす。

 力強いよ、君。淑女にはもっと優しくしたまえ。


「本当に大丈夫か、ミナ。すまない、俺が驚かしたから」

 ロットが私の無事を確認するように体のあちこちに触れてくる。触れる手が優しくて、少しくすぐったい。私はロットを見上げ、安心させるように笑った。


 何度も言いますがスマイルはタダです。お客様がウチをご贔屓にして下さるなら、何度でも笑って見せましょう。椅子から転げ落ちたという心配もさせたし、極上スマイルをロットに向ける。


「大丈夫です。どこも怪我してません」

 ようやくほっとしたように息をついたロットが、真剣な表情を私に向けた。私の手を取って握りしめてくる。

 いや、本当に大丈夫だから。慰謝料とか請求しないから、そんなに必死に謝ろうとしなくてもいいのに。


「それで、返事は?」

 問われて私は首をかしげた。えっと、何の話だっけ?

「恋人がいないなら、俺と結婚を前提で付き合ってほしいって言ったろ?」

 目を瞬く。そういえばそんなことを椅子から転げ落ちる前に言われていたな。バラク様の左手完治で怒髪天になっていたから、頭からすっかり飛んでいた。


「私は……」

 口を開いた瞬間、ロットの手が私から引きはがされる。引きはがした腕を辿ればバラク様の顔。何の感情も見いだせないバラク様の茶色い瞳がロットを睨みつける。


「彼女に怪我をさせるところだったんだぞ。これ以上の暴挙はよせ」


 擬音語が見えるとしたら、きっと『バチバチッ』と書かれてたと思う。それくらいバラク様とロットの視線は周りから見ていてもはっきりとわかるくらいの敵意むき出しだった。


 あ~、もしもし? 私のこと、忘れてませんか?


 ロットの気持ちはよく分かった。けど却下! 年齢が範疇外。で、バラク様。気持ち以前の問題です。一月放置の件につき、許しません!


「では、私はこれで失礼します」


 睨みあう二人をよそに、私は荷物を抱えて踵を返した。唖然というより、ポカ~ンとした二人の表情が面白くて、笑いそうになるのをこらえる。



「失礼しま~す」


 食堂の入り口で声をかけ、私は誰とも視線を合わせずに食堂を去った。去ったところではたと足を止める。


 私、重要なことを忘れてる!


 慌てて食堂に戻ると、先ほどと同じ位置で同じ顔した二人。その二人ににっこり笑ってこう告げた。


「ロットの気持ちは嬉しいけど、私にはバラク様っていう素敵な婚約者がいるんです」


 会釈をして再び廊下に足を向ける。廊下に出ると、壁に寄りかかってこちらを見ているバン様がいた。顔には満面の笑みが浮かんでいる。


「君は、意外に積極的なんだね」

「バラク様が優柔不断なだけです」

「ああ、そうかもね」


 私はおかしそうに笑うバン様の前を通り過ぎ、しばらく廊下を進んで足を止めた。


 帰り道、どこ?


 来たときは案内してもらったからよかったけど、帰り道がわからない。廊下を振り返ればバン様がまだいた。その向こうの食堂から、バラク様が慌てた様子で出てきた。食堂からは騎士たちの悲鳴やら怒声やらが聞こえてくる。


 あの様子では、やはりこの結婚話のことはバン様しか知らないようだ。そんなに隠しておきたかったんだろうか。いつでも断れるようにと考えていたんじゃなかろうか。

 拒否権はないなんて言っておいて、嘘つき男め。


 私はバラク様を睨む。私の眼力でどうにかなるような人じゃないけど、澄ました顔で迎えるつもりはない。


 近付いてきたバラク様に私は詰め寄った。

「言っちゃ駄目でした? 迷惑でした? 嫌でした? 嫌いになった? でももう遅いんだから!」

 出会ったら殴り倒すつもりで来ていたから、バラク様の腹筋目がけてパンチをバカバカ入れる。これくらいで倒せるような人じゃないのはわかってる。けど気持ちよ、気持ち。怒りの気持ちが伝わればいいの。


「言っちゃいました。喋っちゃいました。もう逃げられないんですからね」

 今度はバラク様の顔を睨み上げながら言った。食堂から少し離れているけれど声は低め。夫を立てるのが妻の役割です。まだ妻じゃないけど。というか、こんな調子で妻になれるのかしら。


「逃げる?」

「そうです。この結婚から逃げようなんて、絶対許しませんから! 逃げられないように言いふらしてやったんですうぅぅ」

 唇をとがらせながら言ってやった。物凄く意外そうな顔してるけど、そんな顔には騙されません!


「左手、見せてください」

 綺麗な左手を出されて、それを思いっきり上から引っぱたく。バラク様は表情一つ変えないけど、叩いたこっちは手がヒリヒリ。どれだけ皮が厚いんだ。痛覚がないんじゃないの? 左手の裂傷のときだって、痛そうなそぶりも見せなかった。

 怪獣壁男だけに、ちょっと削るくらいじゃ痛みも感じないんだ。


 バラク様は赤くなってヒリヒリする私の手を取って、あちこちを押したり擦ったりしている。

「大丈夫です、これくらいで折れたりしません。それより食事に連れてってくれる約束、忘れてませんよね?」

「忘れてない」


 澄ました顔で答えらえた。断言したね、この怪獣は。ならなぜ誘ってくれなかったんだ。


 訓練にいそしんでいたんだね。とても忙しかったんだね。婚約者を食事に誘うことすらできないほど多忙だったんだね?


 ムカつく!


 仕事と私、どっちが大事なの? なんてバカ女みたいな台詞を言うつもりはないけど、手紙の一つくらい寄越したって罰は当たらないでしょうが!


 ふんっ。神様からの罰が当たらないなら、私から罰を与えてやる。


「あ、そう。忘れてないのに誘ってくれなかったんですね」


 努めて冷静に、けれど低い声でそう言って、私はいまだに楽しそうにこちらを伺っているバン様に視線を送った。


「バン様、家まで送ってくださいませんか?」

「え、僕が?」


 凄いびっくりした顔をしてたけど、すぐに笑みを浮かべた。


「バラクじゃなくていいのかい?」

「バラク様は私を食事に誘う暇もないほどお忙しいそうです! ですからバン様、お願いします」

「では不肖ながら、このバン・キャラックがお送りさせていただきます。お手をどうぞ、ミナお嬢様」


 バン様が私の前に膝をついて手を差し出す。バラク様のごつごつした手と違って、意外にほっそりした手だ。女の人のようなその手に左手を重ねる。


 バン様が立ち上がると同時にギュッと握ったら意外な顔をされた。この手を離されたら、方向音痴の私は迷子になっちゃうじゃないの。

 何があっても離すものか。


「バラク様はお忙しいでしょう? では、ごきげんよう」

 頭を下げて、プイッと横を向く。もう、バラク様の顔なんか見てやるもんか。

「ではな、バラク。後は頼んだぞ」

 バン様が笑いを含みながら言い置いて、私たちは廊下を奥へと進んだ。


 ちらっと後ろを見れば、踵を返して走り去っていくバラク様の姿。後を追ってこようともしないその後ろ姿に、少しだけ寂しさを感じる。


「気になる?」

 上からバン様が聞いてくる。見上げればやはり楽しそうな顔。けれど、ほんの少しだけ困惑と責めているような瞳。

「………気になります。婚約者ですもの。婚約………してるんですよね、私たち。間違いじゃないですよね?」

 バン様は一目見てすぐに私の正体を見破った人だ。だから正直な気持ちで話せる。縋るようにして聞いた言葉に、バン様はとても優しく微笑んでくれた。

「大丈夫、間違ってないよ」


 静かな声音で優しく言われ、胸がぎゅっと苦しくなる。


 じゃあ、なんでバラク様はあんなに放ったらかしにするんだろう。今だって、私たちが二人で夜の街を歩いて帰ることを気にしようともしない。

 バン様は男で、私は女なんだよ? 間違いだって、起きるかもしれないんだよ?



 ――私だって、不安になったりするんだよ。





 もう一度背後を振り返る。けれどそこにあるのは、暗くて冷たい石造りの廊下が続いているだけだった。









少しだけ、ミナが落ち込んでおります。バラクへの気持ちの変化につながるのか、また暴れるのか。


次話は、ある方の正体が明らかになります。ご期待くださいませ。

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