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計画、始動

お待たせいたしました。再開です。

 私の周りを色とりどりの布が囲んでいる。布地独特の匂いに包まれた部屋は、それなりに広い。その広い部屋いっぱいにいろんな生地が置いてある。


 ここは両親が営んでいる仕立て屋。王室御用達ともあって、店は大繁盛している。自社製品のルートを確立しているから、卸が仲介しない分金額の上乗せがない。布地自体は少し値が張るものの、他の仕立て屋と比べて同等の値段でいい生地のドレスが手に入るという触れ込みで、貴族はもちろん一般のお客様も来てくれていた。


 今日の私は布地選別係。お客様が選んだ見本をもとに、生地を針子さんの元へと持っていく係りだ。動きやすいように、背中まである黒髪をお団子にして頭の上部で止め、グレイのワンピースを着ている。


「これと……これと……これ。うわっ、こんなどぎつい色、ドレスに使うかねえ」

 布地を保管している部屋には現在私一人。自分のセンスを棚に上げて、人のドレスに使う布地を見て舌を出した。

「まあ、私が着るわけじゃないしね」


 布地を抱えて店に戻る。お客様の採寸を測っているのは、店で雇っているカリナ。赤毛の髪にすらっとした長身。スーツをビシッと着た姿で仕事を進める様は、キャリアウーマンのよう。若干二十歳と私よりも年下なんだけど。

「こちらの布になります。お間違えないでしょうか?」

 私は隣で採寸を見ている女性に声をかけた。恰幅がよくていかにも貴族らしいドレスを身にまとっている。


 貴族といっても、この国には自分のことしか考えない腐れ貴族は少ない。きっと国王様が素晴らしいんだろう。私たちを含む平民に対して、横柄な態度をとったりする人はいない。どちらかと言えば、こちらの生活を心配したり尊重したりしてくれる優しい貴族ばかり。腹立たしいことに、阿呆な貴族ももちろんいるけどね。


「あら、見本よりも素敵な色ね。ええ、これでお願い」

「かしこまりました」

 頭を下げる。顔を上げたときには営業スマイル。スマイルはタダです。いくらでも浮かべて見せる。それに少し驚いたように女性が目を開く。

「こんな子供の時から働くなんて、偉いわねえ」

 黒髪を優しく撫でられた。

 いいえ、私は二十八歳です。そんなことは思っていても口にしない。にっこり営業スマイルのまま奥に布地を持っていく。


 店の裏手から繋がっている奥の屋敷に針子さんがいる。通いの人もいれば、この屋敷に住み込みで働いてくれている人もいる。現在針子さんは二十人。昼の支度や諸々の手伝いのためにメイドが二人。全部お父様の従業員。この屋敷にメイドがいて家にいないのはどうなんだろう? まあ、別に不自由じゃないからいいけどね。


「お願いしま~す」

 布地を机に置いて、依頼主の名札とデザイン画をまち針で縫いとめる。机の上にはずらっと並んだ布、布、布。


「また来た!」

 メイドの一人が天を仰いで十字を切る。何のお祈りだ。


「凄い数になったわねえ」

「本当に。これ全部、年末まで?」

「そうね。まあ、捌ききれない数じゃないけど、そろそろ旦那様に相談した方がいいかもしれないわね。年末の夜会に間に合わないと、信用がなくなっちゃう」

 メイドたちが話しながら布を針子さんごとに振り分ける。彼女たちも忙しくなれば針子として腕を振るっている。今がその忙しい時期ではあるんだけど。


 この世界は日本と違い一年を十三か月に分けている。一週間が七日なのは変わらないけど、ひと月は二十八日。四週間でひと月計算。この辺りやっぱり異世界なんだと思ってしまう。

 今は九月の後半で、これからの三か月が忙しい。年末から年始にかけて開かれる夜会のために、ドレスを新調する人が多いのだ。かき入れ時と言えばそうなんだけど、ミシンがないこの世界では基本手縫い。指がつるっての!


 ちなみに私は裁縫が全くダメなので、こうした布選別や雑務などをしている。最近は採寸もできるようになったけど何しろ皆背が高いので、もっぱら子供の採寸ばっかり。

 ツマラナイ!


 それにしても、こうしてみるとやっぱり女性用のドレスが多い。男性用のジャケットやズボンもあるけれど、全体の二割くらいだ。やっぱり着飾るのが好きなのは女性なんだなぁ。

 私ももう少し背があれば似合うものもあるんだろうけど、今の私がこういったドレスを着るとどう見てもピアノの発表会か七五三参り。残念ながら似合わないのでいつもワンピース。


 いいんだっ。別にワンピースでも。


「じゃあ、店に戻ります」

「はい。お疲れ様!」


 メイドたちに手を振って店に戻ると、先ほどのお客さんたちは帰っていた。布と紙で一杯の机でデッサンと睨めっこしてるカリナだけがいた。デッサン画を後ろから覗くと男性のジャケットのデザイン。かっちりしたジャケットは肩のあたりに紐でできたのビラビラがついていて、いかにも騎士服っぽい。

「騎士服?」

 私がそう聞くと、カリナは顔を上げてうなずいた。

「年末の夜会に出席する騎士の分。新調するんだって」

 げんなりした顔でカリナが机に突っ伏す。それに私もげんなりした顔を浮かべる。これ以上針子さんの仕事を増やさないでほしい。指がつるのを通り越して、複雑骨折したらどうしてくれる。


「何人分?」

「うちに来たのは二十人分。国中の針子に振ってるし、仕事のお陰で懐が温まるのはいいけど、こう忙しいとねえ。夕方には騎士団にも出向かなきゃいけないし。嫌だなぁ」

「騎士団に出向くの? カリナが?」

「採寸よ。ある程度は形が決まっていても、首回りとかちゃんと測らないといけないから」

 ああ、そうか。かっちりした格好だけに、首回りがブカブカだったり、袖が短かったりしたら不恰好だもんね。


「ねえ。それ、着いていっちゃダメ?」

「騎士団に?」

「うん。邪魔しないから」

「あ~……まあいいけど。旦那様にちゃんと言付してからよ」


 カリナの言葉に私は勢い良くうなずき、心の中で例の計画を推し進めることを密かに決めた。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 ぬいぐるみ祭りから、随分と時間がたっていた。バラク様からの連絡はない。あれから何日経ったのか。私は昨日、指折り数えてみた。


 握って開いて、握って開いて、握って…………


 軽く二十日は超えている。三週間過ぎて、四週目に突入してる。つまりもう少しでひと月がたつ。

 手の裂傷は素人判断で完治まで二、三週間。その三週間を過ぎても、連絡はない。というか、完治するまででも連絡一つ寄越さないってどういうこと?


 そりゃあ、日本みたいに電話やメールがあるわけじゃないけど、手紙でも言伝ことづてでもできるでしょ!?


 これは、アレだ。またあの怪獣優柔不断男が出たんだ。約束の証のぬいぐるみまで渡したのに。


「あの、唐変木!」


 次に会ったら殴り倒してやる。いや、あの巨体を殴り倒すのは無理か。だったら、脛を蹴りつけてやるわ!


 女が花である期間は短い。言い換えれば、子供を産める期間も短いってことだ。花が萎れてしまう前に何とかしないと、あの唐変木に付き合って何の連絡もしなければ、萎れるを通り越して枯れ落ちてしまう。


 そんなことには絶対にさせない。せっかく手に入れた獲物を逃すようなことを私がすると思ったら大間違いよ。冗談じゃない。


 そうよ。向こうが断れないような状況にすればいい。今度は既成事実だけなんて二人にしかわからないような形にはしない。


 周りから固めていってやるわっ! どうせ優柔不断男のことだ、結婚のことは周りには何も言ってないに違いない。あちこちに言いふらして、私から逃げられないようにしてやる。

 私はバラクの婚約者ですって!

 そいでもって、あわよくば既成事実までたどり着いてやる。


 ひと月も放ったらかしにされた女は手ごわいんだからね!



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 太陽が西に傾くころ、私とカリナは騎士団へと向かった。ところが、途中でカリナだけがお店に呼び戻された。カリナでなければ手におえないことが起きたらしい。


「カリナが帰るなら、私も帰る」

「駄目駄目! 採寸の約束の日は今日だし、騎士団との約束をすっぽかしてエルディック商会の信用を落とすわけにはいかないの。わかるでしょ? ミナだって採寸位できるでだろうし、それに子供の採寸ばかりでつまらないと言ってたのは誰よ」

 ぐうの音も出ない。

 確かにツマラナイ! と言ったのは私です。だけど、採寸するだけにしても例の計画を推し進めるにしても、一人で騎士団に向かう勇気はない。なんというか、騎士団という響きがすでに怖い。せめて入る時くらいは誰かについてきてもらいたい。


「行かないで、カリナ」

 私は瞳をウルウルさせてカリナを見上げた。袖を掴んで可哀想な子供を演じる。

「とにかく私は戻らないといけないのっ。だから、採寸は任せたわよ!」

 私の実年齢を知っているカリナに泣き落としは通用しない。袖を振り払われ、採寸の道具を私に託してさっさと店に戻ってしまった。


 ううっ。本当に置いていくなんて。酷い……

 しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。とにかく騎士団に行かねば。それからどう行動するかは、その時次第ということで。


 行き当たりばったり? 違います。臨機応変と言ってください。


 騎士の訓練場というから、学校の校庭みたいなものを想像してたんだけど実際は全然違う。見た目はもう完全な砦。石を積み上げた重厚な作りに、見張り台がいくつもある。入り口は数か所あるけど、そのどこにも強面の騎士が立ってる。そりゃ、バラク様に比べれば顔も体も怖くないけど、私にしたらやっぱりデカい。見上げるほどでかい。しかも鎧とかしっかり着込んじゃってて、恐さ倍増。

 入り口に近づくこともできなくて、入ることはおろか中の様子を伺うことすらできない。


 訓練場の前をウロウロしてたら、入り口に立つ四十代くらいの髭騎士が私をじろっとみてきた。その視線に、無意識に背筋が伸びる。


 挙動不審に焦っていたら、その髭騎士が突然近づいてきた。

 私は髭騎士の行動にアタフタしてしまう。それが怪しまれる行為だってわかってるんだけど、腰に剣を佩いて眼光鋭い人が近寄ってきたら、誰だってそうなるでしょ!? 恐いよ、チビルよ。


 髭騎士は焦る私の前で立ち止まると、腰を折って顔を近づけた。


「迷子か?」


 脱力。心底脱力。やっぱり子供にしか見えないんだ、私。私は一つ呼吸を整えて、気合一発、髭騎士を見上げた。


「エルディック商会の者です。騎士様の採寸を測りに来ました!」

「君が?」

「はい!」

 髭騎士は私を上から下まで眺めた。疑惑視線が私の骨の髄まで見通すみたいに見てくる。見張りだもんね。こういった対応は仕方ない。

 私はカゴバッグから、カリナから預かった紙を取り出す。そこに、今日採寸する二十名の名前が書き連ねてある。

「これ! それとこれが巻尺です」

 怪しんでいた騎士が私の持っている巻尺とメモを眺め、そこにエルディック商会の押印を認めてようやくうなずいた。

「こんなに小さいのにお手伝いか。偉いなあ」

 急に柔和になった髭騎士に頭をなでられた。

 もう、子供扱いに慣れてしまった自分がいる。仕方ないと思いつつも、一応立派なレディなんだけどと唇を尖らせてみたりする。


「案内するから、着いておいで」

 女子供には基本優しい騎士様。疑惑視線がなくなると、途端に紳士的になる。目尻に皺なんか寄せてにこやかになった髭騎士に従って、私は訓練場へと足を踏み入れた。

 中は結構複雑で、一人ではとても目的地にはたどり着けそうにない。それでも髭騎士は慣れた足取りでずんずん奥へ進んでいく。不安になって後ろを振り返る。方向音痴の私は、もうどこから来たのかすら曖昧になっていた。


 訓練をする運動場のように広い場所に、鎧を着た数十人の騎士たちが座り込んだり倒れていたりしている。皆一様に荒い息を吐き出していた。さっきまできつい訓練を受けていたんだろう。汗だくで今にも倒れそうな人もいる。

 騎士様って大変なんだな。

 それを横目に見ながらさらに奥へ進むと、広い部屋に通された。長いテーブルと椅子がたくさんあるその場所は学校の食堂を思い起こさせる。

「ここで待っていなさい」

「はい」

 髭騎士が椅子を引いてくれる。さすがに髭を生やしていても騎士。行動がスマートだ。

 おとなしく座った私を置いて、髭騎士が食堂を去る。


 騎士様は忙しい。平和な国だけど、いざという時のために体を鍛え、事あるごとに各地に派遣されていく。採寸する暇もないので、こうしてこちらから出向くことになった。


 …………

 …………

 …………それにしても、暇だなあ。


 足をぶらぶらさせながら待っていると、しばらくして廊下からいくつかの足音と声が聞こえてきた。入り口を振り返る。食堂に入ってきた赤毛騎士と目が合った。赤毛騎士が目を見開いて足を止める。その後ろからもぞろぞろと騎士が続いてきていたが、皆私を見て目を丸くしている。


 私は椅子から立ち上がると彼らに頭を下げた。

「採寸に来ました、ミナと申します。よろしくお願いします」


 お仕事開始です。


 採寸は薄着で行う。女性であれば別室で行う採寸も、男性は上着を脱ぐだけでできるので別室を用意する必要はない。

 食堂には、鎧はもちろん上着も脱いでシャツ姿となった騎士であふれていた。採寸するのはメモに名前のある二十人なのに、食堂には二十人以上いる。

どっから湧いて出たこの騎士たち。

 子供が珍しいのか、小さいのが珍しいのか、私が珍獣なのか。騎士たちは私の行動にいちいち驚いたりしている。

 巻尺を引っ張り出したら「おおっ」と言われ、測りはじめたら「凄い凄い」ともてはやされる。

 測っている間も、頭を撫でられたりほっぺたをつんつんされたり。騎士として、レディにその対応はどうなんだ。

 やはり立派な女性としては見てくれない騎士たちに、ほんの少しだけ落ち込む。


 それはそれ、仕事は仕事。


 首廻り、バスト、ウエスト、ヒップ、腕の付け根、手首廻り、肩幅、裄丈、後丈。ズボンは前回と大幅に違う人だけということで、今回は採寸なし。それでも一人の採寸に結構時間がかかる。なにしろ、小さな私が背の高い騎士たちの採寸をしようとすれば、椅子の上にでも立ってしなければならない。しかも皆鍛えているだけあって、肩幅も広いし胸板も厚い。バストを測る時などはいちいち抱き着くような格好になる。


 ようやく最後の一人となった時には、結構時間がたっていた。なのに、食堂に集まった騎士たちは帰ろうとしない。私が採寸でアタフタするのが楽しいらしくて、ほほえましい顔で見られている。

 見られているからアタフタするんです! 決して最近教えてもらったからではない。


 最後の人は、食堂に最初に姿を見せた赤毛の騎士。名前はロット・パジェル。十九才。十歳も年下なのに、やっぱり背丈は百八十台。椅子の上に立たずに測れるウエストとヒップと腕回りを測る。


 うむ。何気にいい尻をしておりますな、旦那。


 椅子の上に立ち、腕の付け根と肩幅、裄丈、後丈を測る。

 やっとここまで来た。私は机に置いたメモ書きから顔を上げて再び椅子に上った。あとは首回りとバストだけ。


 首回り。ふむふむ。鍛えられて太いですな。私が殺人犯なら、絞殺だけは選ばないくらいに太い。


「ミナちゃんは、ちっちゃいのに偉いなあ」

 首回りを測り終わったらそんなことを言われた。私はロットの濃茶の瞳を見上げる。椅子に立っていてもまだ見上げる背丈。何を食べたらそんなにでかくなるんだ。

 そんなことはおくびにも出さず、私はにっこり営業スマイル。この一言を私は待っていたんだ。


「見えないかもしれませんが、私これでも二十歳超えてるんですよ」

「え?」


 ちょっと大きめの声で言ったら、食堂にいた騎士全員が静まった。皆驚いたように私を見ている。

「嘘……」

「え? 子供じゃないの?」

 はい、大人です。お酒もしっかり飲めますよ。


「これでも立派な淑女です。じゃ、次胸回り測るんで、両腕あげてください」

 ロットがまだ信じられない表情で私を見下ろしながらも、素直に両腕を上げる。私はその胸に抱き付くようにして巻尺を背中に回した。


 くっ、胸板が厚いっ! この、手が届かないじゃないか。


「失礼します」

 ロットの胸にほっぺたをくっつけてギュウギュウ抱き着く。恥ずかしくないわけでもないが、これは仕事。しかし、こんなに抱き着いているのに、ロットの背中に回した両手は互いの指を掴み取れない。

 おのれっ、デカ胸囲男め。これでどうだ!


 気分は絞め技を仕掛けているプロレスラー。

 試合終了のゴングまであと何秒だっ。






 任された仕事に必死だった私は、ロットにギュウギュウ抱き着いているところをバラク様に見られていたことを全く気付いていなかった。











ミナの働く風景を書いてみました。


あまり知識がないもので、おかしい表現やなんだこれ? なところがありましたら教えてください。

ちなみに、採寸でバストを測るときは腰から手をまわしてバストにメジャーを持ってきたりしますが、ミナは男性で測った経験がないので無知という設定でお届けしています。


※9/9 カリナの年齢変更 25歳→20歳

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