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呪い師

 商会の仕事は今日お休みにしてもらった。カリナへの伝言をロドスタさんに頼んだら、いつの間にか家の前に門番がいてその人が行ってくれた。澄ました顔のロドスタさんを見上げる。彼は何食わぬ顔で別方向を見ていた。なんというか、手回しが早い。




「実は今日はミナお嬢様にご相談がありまして、朝早くからこちらに伺いました」

 バラク様を見送り、朝食を終えて応接間でゆったりしているときに、なかなか帰ろうとしないロドスタさんが私の前に座って言ってきた。

「相談?」

「はい。私をエルディック家で雇っていただけないでしょうか」

 ロドスタさんの突然の申し出に私は目を丸める。だって、ロドスタさんはアイヤス家の執事だ。兼任などできるはずもないし、どういうことかわからない。

「ああ。あれはですね、クビになりました」

 問うと澄ました顔で答えられた。即答の言葉が、まるで最初から用意されていたかのようだ。

「私は自分で言うのもなんですが結構役に立ちますよ。掃除から洗濯、料理、それに執事まで何でもこなせます。顔も広いですし商会のお役にも立てるかと」

「…………」

「お嬢様のことが好きだから、そばにいてお守りしたいのです」

 紺色の瞳が私を捉える。ロドスタさんはとても思慮深い瞳をした人だ。顔もそれなりにイケメンだし、こんな素敵な人から思いを込めた眼差しを向けられたらドキドキする。


 けれど、私は目をすがめてロドスタさんを見た。

「うん。駄目」

 返答にロドスタさんが目に見えてしょげた。

「はっきりちゃんとした理由を言ってくれたら雇ってもいいけど、そんな回りくどいことを言う人はうちでは雇えません」

 ロドスタさんが突然こんな申し出をしてきた理由はよくわかっている。たぶん昨日の襲撃の件だろう。


 彼とは面識が二回しかないが、それでもとてもよく気の利く優秀な執事だってことはわかった。その優秀な執事を、バラク様が簡単に手放すはずがない。それに、ロドスタさんだってとても責任感のある人に思える。思慮深い瞳からそれは伺えた。それが簡単に前任の仕事を放り出してうちに来るわけがない。

「意外に手ごわい方ですね」

「目を見つめて好きだと言われたら誰もがもろ手を挙げて雇うと思った? 残念ながら私はそこらへんの町娘とは違うんです。いくらロドスタさんが素敵な人でも、嘘を言う人は雇えません」

 私の感情読み取り能力を甘く見てもらっては困る。嘘かどうかはやはり瞳を見ればすぐにわかる。


「では正直に申し上げます。警護兼見張り兼執事ということで雇っていただきたい」

「無理!」

「あれぇ? なぜですか? そこでなぜ無理と言われるのか理解しがたいのですが」

 見た目とは違った高くてかわいらしい声を上げて、ロドスタさんが机に手をついて顔を近づけてきた。

「だって、うちはお金がないもの」

「いやいや。ここはエルディック商会のエルディック家ですよね? 王家御用達の。お金がないなどととても思えませんが」


「じゃあ聞くけど、いくらで雇ってほしいの?」

「え? えーと、これくらい?」

 ロドスタさんが指で数字を表す。私はピクリと眉を上げた。

「高い! 無理っ!」

「じゃあ、これで」

 ロドスタさんが指を一本折る。

「駄目。これくらいならいい」

 私はロドスタさんの指をさらに二本折って見せた。通常の執事がどのくらいの給料をもらうのかは知らないが、針子たちより少し低めの金額を提示して見せた。

「その代り、三食昼寝付きよ。どう?」

「う、う~ん」

 ロドスタさんは指を見ながら首を傾げて唸っている。それが面白くて笑いが出そうになるけど、ここは我慢。どんなときでも値切るのが関西人。特に人件費なんて一番高くつくものについては妥協はできない。針子たちはどうしても必要なのでそういうわけにはいかないけど、執事なんて正直に必要ない。今回のことを考えれば警護はしてほしいけど、それでもそのためにお金を出すのはちょっと考え物だ。しかも、私の個人的な理由からなんだから、私のお小遣いから出さなければならない。安いに越したことはない。


「ロドスタさん。うちで雇ってほしいんですよね?」

 にっこり営業スマイル。それにロドスタさんは負けたように首をがっくりと下げた。

「わかりました。この値段で手を打ちます」

 勝利! 内心ガッツポーズ。


「あー、でも、まずは両親にちゃんと了解とって欲しいので仮契約ということでいいですか?」

 私の一存で決めるわけにはもちろんいかない。

「それはもちろん承知しております。ところで、昨日の襲撃の件についてはいかがいたしましょうか。ご夫妻にお話ししても?」

 私は眉を下げた。話したほうがいいのはわかっている。けれど心配をかけてしまう。でも家族内で内緒ごとをするというのは気が引けた。家族に嘘をつき続けることがどれだけ辛いかを私は知っている。


「正直に話してほしい。全部」

「承知いたしました。ところで……」

 さらに言いつのられて私は首を傾げた。

「バラク殿とお二人きりになられたことのお話はしますか?」

 私は目の前にあったロドスタさんの頭に、思いきりチョップを叩き込んでやった。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 昼頃には体の辛さもだいぶ楽になった。ロドスタさんが体の痛みを抑えるための、鎮静作用のある紅茶を淹れてくれたのがよかったのかもしれない。もう彼には何もかもバレていそうなので、遠慮なくいただいた。

 ロドスタさんは本当に紅茶好きのようで、いろいろな紅茶の葉のことを話してくれた。普通に売っているものから珍しいものまで。

 それと、意外に人をからかうのが好きみたいだ。なんだかんだと茶々を入れてくる。関西人のノリを思い出して、私もノリ突込みを入れてみたりした。


 両親が帰ってくるのはおそらく今夜になるだろうとのことだった。雨は上がったけれど、やはり道はぬかるんでいるらしい。

 で、この際だから私はロドスタさんに聞いてみた。


「教えてほしいことがあります」

 時刻は日昳にってつ正刻(午後二時)。両親が帰ってくるまではまだまだ時間がある。その前にいろいろな疑問を一気に解消しておきたい。


「なんです?」

 紺色の瞳が私に向く。

「私を襲ったのは誰です?」

 言ったら笑われた。

「それがわかっていれば苦労はないのですが、おそらくダイツ公王の手の者でしょう」

「じゃあ、そのダイツを捕まえれば事件は解決ね」

「簡単にはいきませんよ。相手は王族ですし、そばにはどうもまじない師がいるようです」

「呪い師?」

 聞いたことない言葉に私は首をかしげた。

薬師くすしとは違うの?」

 病気になったときとか病院に常駐している、薬にすごく詳しい薬剤師さんみたいな人がいる。彼らのことを総称して『薬師』と呼んでいるのだけれど、呪い師という名前は聞いたことがなかった。

「薬師は人を生かす薬を、呪い師は殺す薬を作ります」

「え!? 悪い人?」

「殺すといっても人を殺めるということではありません。強力な毒草を扱うことを許可された特定の者たちの総称です」

 私は首をひねる。毒ならやっぱりよくないんじゃないだろうか。

「少量の毒は薬になります。また、眠りを誘う薬やしびれさせる薬は医療で使用されることもあります。薬師の上級者が呪い師だと思っていただければわかりやすいかと」

 ああ、なるほど。私は納得した。

 そうよね。手術の時にそのまま体にメス入れたら大変だもんね。そうか、眠りを誘う草は毒草になるのか。


「あれ?」

 私は再度首をかしげた。

 ダイツが今回の首謀者っぽいことはわかった。で、そのそばに呪い師がいる。呪い師は眠りを誘う草を持っている。なんで私を攫う時に使わなかったわけ? 使っていれば私だって眠って抵抗できなかっただろうし、指にかみつかれるようなこともなかっただろう。


「そこは私も疑問に思うところなのですが、まだはっきりとわかっていないので説明は難しいのです。それにこのようなお話をお嬢様の耳に入れるのは躊躇われます」

 疑問をロドスタさんにぶつけると、眉根を寄せてそう言ってきた。私はそれに首をかしげる。

「なんで? いいじゃない。今整理していこう」

「え? 今ですか? 失礼ですが、お嬢様は昨夜襲われたのですよ。そんな話をして怖くはないのですか?」

「怖いわよ。でも、怖いからって背中を向けて逃げたらもっと怖いじゃない」

 相手を見ていれば少なくとも瞳の動きで予測ができる。それに、もう逃げるのは嫌だ。ギャフン計画も押し進めねばならない。情報は少しでもほしい。


「あー、えーと……」

 ロドスタさんの視線が空をさまよう。私の顔で止まって瞬きひとつ。それから居住まいを正して私の瞳をしっかりとみてきた。

「私は少々お嬢様を過小評価しておりました。お詫び申し上げます。あなたは随分と心根が強く、しっかりとしたお嬢様だ。見た目に騙されていました」

「素直に神経が図太いって言ってくれていいのよ」

「そう思っていても、私の口からは申し上げられませんよ」

 ロドスタさんがククッと笑う。思ってもいないと言わないところがこの人らしい。


「では、少々物騒な話をいたします」

「うん」

 真剣な表情のロドスタさんに、私も身を乗り出した。


「昨夜、この家には二人の見張りがおりました。エルディック家に許可を頂いてはいませんでしたが、何かあった時にと私とある者がつけていた見張りです。その二人ともが呪い師の手によって眠らされておりました。使われた毒草は手に入れることが難しいとされるものです。しかし、先程バラク殿に話した内容によると、お嬢様は眠らされていない」

 私はうなずいた。

 実は、バラク様が王宮に向かう前に私は自分の身に起きたことを簡単に話していた。バラク様がそれを望んだからだ。その時、ロドスタさんは随分と顔をしかめていたが、たぶん私がおとなしくてか弱いお嬢様だと思っていたからだろう。彼の前では本性を出していなかったから、当然の反応なのかもしれない。


「なぜ私に睡眠薬を使わなかったのか。そこが問題よね」

「私なりに推察したところ、子供だからというのが最も納得できる答えでした」

「私は二十八歳です」

「ですが、残念ながら見た目は子供です。今回使われた薬草はとても効能が高い。大人であれば数時間眠らせるだけですが、子供であれば昏睡に陥ることもあります。人質を昏睡させてはまずいでしょう」

「でも私、殺されそうになったわよ」

 首にはまだ襲撃者の指の跡が残っている。人質というなら殺したらまずいんじゃないだろうか。昏睡どころの騒ぎじゃない。

「そこなんです。今回の一番の疑問は」

 ロドスタさんが身を乗り出した。私もさらに身を乗り出す。乗り出しすぎてソファからずり落ちそうになった。慌てて座りなおす。


「抵抗したくらいで殺そうとするくらいなら、最初から昏睡する覚悟で薬を使うほうが賢い。騒がれれば面倒ですからね」

 当然の考え方だと思う。だって実際に私は反撃した。私の超絶な大声で相手の耳を攻撃し、丈夫な歯で指に噛みついた。

 つまり、最初は殺すつもりはなかったってことか。でも途中で気が変わった。変わったのはたぶん私が噛みついたから。でも、それくらいで逆上するなんてどうかしてるんじゃないだろうか。確かに噛まれたら私も相手を殴り倒すかもしれないけど、刺客っていわゆる暗殺者みたいなものだよね。訓練された暗殺者がそんな程度で逆上するだろうか。

 素人だったとか? そんなわけないか。素人を刺客に送り込むくらい人手がないなら、そもそも私を襲ったりはしないだろう。


「だいたいさ、なんで私を襲ったんだろう。お金目的じゃなさそうだったけど」

 バラク様の話を聞いた限りでは、ダイツの目的は地位とかお金。お金は確かにないことはないけど、公王なんて地位であれば平民など問題にならないくらいお金を持っているだろう。地位にしたって脅す相手のバラク様は騎士団の師団長だ。ものすごく偉い立場ではない。


 将来騎士団総指揮官の地位を手に入れるだろうバラク様を妬んで? でもバラク様は目指すとは言ったけど、確実に登り詰められるとは限らない。そんな不確定要素のために私を襲うだろうか。じゃあ何かの怨恨? 公王が? バラク様が公王を恨むというのならわかるけど逆はあり得ない。


 さっぱりわからない。考えれば考えるほど謎が出てくる。


 こういう時は脳内を整理するのがいい。一度整理してみようか。


 襲ってきたのはダイツの手の者。

 見張りは二人とも呪い師の薬で眠らされていた。

 私は眠らせずそのまま攫いに来た。これはロドスタさん曰く、私の見た目が子供だったから。

 けれど、私が反撃したら殺そうとしてきた。ここが謎。

 私はバラク様にとって弁慶の泣き所的存在。人質にはもってこい。

 けれど、殺そうとしてきた。やはり謎。



 以上から考察するに、人質である私の生死は問わないといった可能性がある。生きているほうがいいけれど、死んでいても別にかまわない。

 ということは、私はバラク様を脅すためだけの道具として襲われたわけじゃないんじゃないだろうか。

 じゃあ何のため?




 そこは今の段階じゃわかりません。私は千里眼じゃないんだから。

 しかし、なんだろう。ちょっと忘れてるものがある気がするんだけど。


 それにしても、頭を働かせすぎた。昨日はほとんど寝ていないし、眠い。突然襲ってきた眠気に、私はソファにもたれて少しだけ目をつむった。薄目を開けるとロドスタさんの瞳が私を見ていた。紺色の瞳。思慮深い光を湛えた瞳。


 駄目だ、眠い………

 私は重さを増す瞼をゆっくりと閉じた。


「…………」

 ロドスタさんの小さな呟きは、眠りに落ちていく私の耳には届かなかった。










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