成人式
私の成人式。
楽しみにしていたのは私の家族だけ。祝日である今日は、お兄ちゃんも外泊許可をもらって駐屯地から帰ってきてくれた。私を式典のある会場まで車で送り届けてくれる約束をしていたからだ。
一生に一度の成人式。行って来いと三人から言われていた。
だけど私は憂鬱だった。前日から髪を軽く結ってもらっていた。当日は着付けと髪の手直し。鏡に映っているのは憂鬱な顔をした少女。同じように着付けをしている女の子は奇麗に着付けてもらっている。背の低い私は、どこからどう見ても七五三にしか見えない。
式典に行きたくない……
家に帰ったら両親がリビングで写真を広げていた。私の小さなころからの写真。赤ちゃんの頃、小学生、中学生。そして高校生。いつからだろうか。映っているのが私だけになったのは。私の側にはいつも誰もいない。高校の修学旅行で撮った写真も、京都の金閣寺をバックに一人で映っている写真一枚だけ。
お母さんは私の振袖姿に大いに喜んだ。写真をバシャバシャ撮ってにこにこしている。お父さんもスマホで撮っていた。笑顔が引きつる。会社の人に見せたら、きっと小学生の子供だと思われる。
「いつかこの横に旦那が来るのかぁ。取られたくないな。でも孫は見たいな」
スマホの写真を眺めながらお父さんがにやにやし、少し落ち込んだ。
「お父さん、気が早すぎるわ。まだ彼氏もおれへんのに」
お母さんが笑う。
彼氏だけじゃない。友達もいない。きっと成人式の写真を撮る時も独り。友達からは誰からもお誘いのメールは来なかった。だって、友達じゃない。本当の友達なんて一人もいない。
会場についてもまた偏見の目が待ってるだけ。
行きたくない。行きたくない。行きたくない。
「行きたくない」
「何言うてるの。一生に一度やんか。行っといで」
「友達と楽しんでおいで」
お父さんがそう告げた瞬間、私は頭が真っ白になった。
友達? どこにいるのそんな友達が。大阪に帰ればいたかもしれない。でもここにはいない。二十歳になった喜びを誰と分かち合えばいい? 私の側には誰もいない。
手をぎゅっと握りしめる。
「友達なんかいない」
関西弁がおかしいと偏見の目で見られた。だから標準語で話した。でも背は変えられない。いつでも、どこでも私は偏見の目を向けられる。
なんでお父さんは転勤なんかしたの? なんでお父さんは単身赴任しなかったの? なんで大阪の大学に行かせてくれなかったの? 家から通えるところって、そんなのお父さんの勝手都合じゃない!
私から友達を奪ったくせに、私に自由は与えてくれなかった。お兄ちゃんはあんなに自由にしてるのに!
私はお父さんを睨んだ。いつもニコニコしてた。辛くてもニコニコしてた。家族を悲しませたくなかった、心配させたくなかった。でも、もう限界!
「転校なんかしたなかった。西宮が良かった。大学もこっちでなんか行きたなかった!」
私は写真をわしづかみにして両親に投げつけた。
「お父さんなんか大っ嫌い!」
私はリビングを飛び出した。外で待っていたお兄ちゃんの車に急いで乗り込む。
「なんだ、どうした?」
「なんでもない。出して」
兄は首を傾げながらも無言で車を動かした。両親は追いかけてこなかった。
成人式の会場まではお兄ちゃんが送ってくれた。
「あとでちゃんと謝っとけよ」
何も話していないのに、会場前で車を止めた途端お兄ちゃんがそう言った。お兄ちゃんに何がわかるというのだろう。自由にさせてもらっている兄。やりたいことがある兄。何もない私。自分が惨めだった。
「わかってる」
「本当か?」
問われて私は眉を吊り上げた。イライラしたままお兄ちゃんを睨みつけた。
「わかってるって言ってるやんか! 兄ちゃんはええよな。好きなこと、できんねんもん。私は何にもない。友達もおらへん。こんなところ来たって、誰もおらへんし、無様なだけやわ!」
「おい、ミナ!」
「兄ちゃんなんか、もういらんっ!」
叫んで私は車を飛び出した。
嫌い、嫌い、皆嫌い。大っ嫌い。
会場に入った私の耳に聞こえたのは、やはり偏見の言葉。あざけりの笑い声。
「何アレ。七五三?」
「似合ってねえな。なんだありゃ」
やっぱり来るべきじゃなかった。私はすぐさま踵を返して会場を後にした。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
帰りづらくて公園に寄った。ブランコに腰掛ける。長い袖が地面を引きずった。太陽はまだ真上にあって、公園の前を振袖を着た同い年の子たちが通り過ぎる。
一人になると後悔ばかりが心を占めた。
なんであんなことを言ったんだろう。完全な八つ当たりだ。鏡に映る自分の姿に、絶望したからだろうか。七五三でもよかったんじゃないだろうか。せっかくお母さんが買ってくれた振袖一式。二人で買いに行ったときには、あんなにはしゃいでいたのに。
「阿呆やな。私が悪いんやんか。引っ越したのはお父さんの会社の都合。友達ができなかったのは私が作ろうとしなかったから」
そんなことはわかっている。わかっていても、あの時は止められなかった。友達に本音が言えなかった、家族の前でも無理して笑ってた。それがあの時、爆発してしまった。
馬鹿だ。本当に。
「帰ろう」
うん。帰って謝ろう。お父さんもお母さんもお兄ちゃんも大好きやって伝えよう。本当はメッチャ大好きやねんて。今日は私の二十歳の式典。振袖買ってくれてありがとう。車で送ってくれてありがとう。ここまで育ててくれてありがとう。
そうだ。お父さんの好きなコンビニのプリン買って帰ろう。で、笑顔で帰るんや。いつもみたいに、玄関先で呼吸整えて、にっこり笑顔で帰ろう。今度は建前じゃなくて、本気の笑顔を見せよう。
私は公園を出て、いつもは通らない路地を進んだ。ここはコンビニまでの近道。
お兄ちゃんが駐屯地に帰る前までに家に帰らなきゃ。路地の先に見慣れたコンビニが見えた。あそこでお父さんにプリンと、お兄ちゃんにはジュース。お母さんにから揚げ買って帰ろう。
謝って、一杯好きやって伝えて、まだ見ぬ未来の旦那さんといつかできる孫のことを話そう。写真を並べて、この時はこうやったねって話そう。
今までの楽しい思い出と、まだ見ぬ未来の家族の話をしよう。
いっぱいいっぱい…………!
踏み出した足もとが急になくなった。突然滑落感が襲う。視界が真っ暗になった。見上げれば丸い小さな空が。マンホールに落ちたと思ったときには、私の意識は闇に落ちていった。




