友達
お待たせいたしました。4章再開でございます。
4章が終わるまでは、毎日更新していきます!
友達は何人いる? そのうち親友は?
私は指折り数える。友達は片手で足りるくらい。そして親友は片方の手の親指さえ動かない。親友などいない。友達だって本当は必要ない。適当に笑って、適当に話して、卒業すればそれでさよなら。もう二度と、連絡を取ることはない。薄っぺらい女の友情。
私には友達なんていない。
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私は西宮の下町で生まれた。肝っ玉のお母さんと、優しくて大らかなお父さんと、強くてしっかりしたお兄ちゃん。いつも笑っていた。家の中は笑いであふれていた。でもいつからだろう。私は心から笑うことがなくなった。家族にまで遠慮して、顔色をうかがいながら笑うようになった。
たぶん、あの引っ越しの時からだ。私が高校一年生になった夏、お父さんの仕事の都合で東京に引っ越した。夏休みが明けて新しい女子高で待っていたのは、背の低さに対する偏見の目と陰湿ないじめだった。二年たった今も、その状況は全く変わっていない。
「百四十二センチ?」
「嘘、小学生並みじゃん」
「来る学校間違えてない?」
身体測定後の陰口。陰で叩かれるのも腹が立つけど、これ見よがしに目の前で言われるのってどうなんだろう。うん。やっぱり腹立つ。
けれど全無視。私の得意技の空気になりました状態。見えません、聞こえません、感じません。そうすれば向こうが飽きて諦める。
最初は私だって言い返していたわよ。でもね、関西で育ったんだから関西弁で言い返した。そうしたら、
「やだ、ダサッ。関西弁~」
標準語で言い返したら、
「関西出身なのに、標準語!? いやだ、都会っ子になったつもりなの?」
じゃあ、どうすればいいっていうのよ!
なので、無視した。もう存在ごと無視した。そしたら逆切れされて、ひっぱたかれた。なので、ひっぱたき返した。でも、親が呼び出されたのは私だけだった。
私をいじめるリーダー格の女は、どこかの令嬢らしくて人を見下すのが大好き。犬じゃないんだから、自分より下を見つけてキャンキャン言ってんじゃないわよ。馬鹿馬鹿しい。でも、思っていても口に出さない。また親を呼び出されたら堪らない。
女って生き物は本当に馬鹿ばっかり。グループや派閥を作って、相手の悪口言って、毎日適当に笑って過ごしてる。
馬鹿ばっかり。でも、こんなことを考えてる私も馬鹿。
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土曜日の昼下がり、自宅の前でため息一つ。二つ、三つ……。ため息終了!
口角を上げてにこやかに帰宅。
「ただいま~……って、あれ? あ、お兄ちゃん帰ってきてるの!?」
私は靴を脱ぐのももどかしく、リビングに飛び込んだ。リビングのソファでくつろぐお兄ちゃんを見つけて満面の笑みを浮かべる。
「おう、おかえり」
「ただいま! 今回はどれくらいいられるの?」
「ちょっとした荷物を取りに来ただけ。明日の昼には帰る」
私より六歳上のお兄ちゃんは、高校を卒業後自衛隊に入隊した。就職先がないからとかではなく、自ら志願してだ。
毎日の訓練で鍛えている割に、お兄ちゃんの体はムキムキではない。もちろん服を脱げばムキムキした筋肉なんだけど、細マッチョタイプ。それと、人に自慢できるほどのイケメン。相談に乗ってくれたり、いろいろと気を使ってくれる、本当に頼りになる兄だ。
「ミナ、着替えといで。お昼はそうめんやでぇ」
「は~い」
お母さんがキッチンから顔だけを見せた。私よりも少しだけ背の高い、まん丸の体。体格以外は背丈も顔も、私はお母さんそっくりだ。
「学校はうまくいってるのか?」
お昼を食べ終わってお母さんが出かけている間に、私はリビングで詰め寄られた。家に帰ってくるときは絶対に暗い顔をしないようにしていたのに、お兄ちゃんにはいろいろとバレているみたいだ。
「いじめか?」
「いじめっていうか、無視みたいな?」
「それって立派ないじめじゃないのか?」
「こっちも無視してるし、おあいこだと思う」
「そうか」
言ったきりお兄ちゃんは黙り込んだ。本当はいじめの内容はもっとひどい。けれど、これ以上は言えなかった。家族に心配かけたくない。
「それよりさ、私大学は大阪にしたいんだけど、お父さんが納得してくれなくて。家から離れるのは駄目って言って。説得できない?」
「大阪を選ぶのは向こうに友達がいるからか? そんな理由じゃ説得は無理だな。新しい環境になじむことも、これからの人生にとって必要なことだぞ」
「お兄ちゃんは自由にさせてもらってるのに」
「じゃあ、ミナのやりたいことって何だ? 大阪の大学じゃないと駄目な理由は?」
問われて私は詰まった。やりたいことなど見つかっていない。大学に行って過ごしていれば見つかるかなという安易な考え。そして大阪を選ぶ理由もお兄ちゃんの言った通り。
「じゃあ、お兄ちゃんは何で自衛隊に入ったの?」
私は逆に聞いてみた。今まで聞いたことがなかった。自衛隊に入るなんて危険で大変で、しかも人からは後ろ指をさされることもある。税金の無駄遣いだと言われることだって。
「人の役に立ちたかった……からかな」
「警察とか消防士じゃなくて?」
お兄ちゃんはちらりとこっちを見ると、照れたように頭を掻いた。
「ミナは覚えてないかい? あの神戸の震災で、兄ちゃんが家の下敷きになって生き埋めになったこと」
阪神淡路大震災。
阪神間を揺るがした大地震。当時西宮にいた私たち家族も被災し、家も思い出も失った。家族が被災したことは知っていた。私は小学二年生だった。あの時の恐怖は覚えていても、詳しくまでは思い出せない。たぶん、怖すぎて記憶を自分の中で消してしまったんだろう。ただ、着の身着のままで小学校の体育館で何日も過ごしたことを覚えている。本当に大変で、本当に悲惨だった。
「俺はあの時十二歳だった。瓦礫の下から助けてくれたのは地元の人だったけど、そのあと自衛隊が救助に来てくれたんだ。自衛隊も大災害を想定した訓練はしてた。だけど、想像上の訓練と実際の救助では何もかもが違うんだ。断水して水が出ないから火も消せない。高速道路が倒れるなんて想像もしてなかった。その中での救助作業は今から考えても大変なものだったと思う。俺はあの時、自衛隊の凄さを知ったんだ」
「…………」
「あの時、神戸の被害がクローズアップされすぎて救援物資は全部神戸に移送された。西宮、芦屋は毛布も食料も足りなかった時があった。そのときに自衛隊の人たちが自分たちの食糧を配っているのを見たよ。救助活動でクタクタだったのに自分たちの食料まで与えて。なのに俺たちが見上げると笑ってくれたんだ。その時に思ったんだ。俺は自衛官になろうって。いつかあの時の恩を、別の誰かに返したいって思った」
知らなかった。私が覚えているものとお兄ちゃんの記憶は違う。年齢差もあるんだろう。見えているものが全然違っていた。
「自衛隊を悪く言う奴もいる。でも兄ちゃんはそれでいいと思ってる。悪く言われているほうがいい。自衛隊が出動するときは大災害とか日本が大変な時だ。そんなことは起きないほうがいい。戦争なんかないほうがいいに決まってる。災害なんか起きないほうがいいに決まってる。俺たちは役に立たないほうがいいんだ。それがこの国の平和の証なんだから」
「でも鍛えるの?」
「いざってときに動けないと、それこそ役に立たない無駄飯食いだからな」
お兄ちゃんが笑いながら手を伸ばして私の頭をなでた。
「お前の中には肝っ玉のお袋と優しい親父、それに強い兄ちゃんと同じ血が流れてるんだぞ。お前ならどこででもちゃんとやっていける。大丈夫だ。兄ちゃんが保証する」
私の頭をポンポンと軽くたたく。
「頑張れ」
笑みを向けられて、私はあいまいに微笑んだ。
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結局、東京の大学に進学した。大阪の大学はやはりお父さんに反対されたからだ。別にやりたいことも見つからなかった私は、あきらめ半分で東京の大学に通った。
私の背は高校で六センチも伸びた。が、同年齢の平均身長より十センチも低い。平均で言うなら私の背丈は小学六年生と同じくらい。大学でも私の背の低さは目を引いた。どこを歩いても偏見の目で見られた。
そして思った。私は兄ほど心も体も強くはないんだと。
「小っちゃい、カワイイ!」
「このお子ちゃまっ」
頭をグリグリされるのが最近の日課になっている。友達は増えた。一緒に笑って、一緒にお昼を食べ、一緒に帰った。だけどそれだけ。遊びに行ったり、お互いにお泊りしたりという関係はない。
友達という輪の外から一緒になって笑っている感じ。中には決して入らない。それが、私が孤独に戦って得た高校生活から学んだことだ。本音を隠して建前だけで人に接する。本音で接して突っぱねられたら、傷つくのは私だから。傷つかないように最初から適度な距離を保つ。
顔色を見て近づいたり遠ざけたりする。機嫌のいい時は笑って近づいた。機嫌の悪いときは目につかないように隠れた。おかげで、人の顔色や感情を判断する能力はかなり養われた。
私は傷ついて平気な顔ができるほど、強い人間じゃない。
スマホのアドレス帳には友達の欄にたくさん名前がある。だけど、かかってくることはほとんどなかった。面白くもないメールが時々来るだけ。
そんな流されるような大学生活を二年続けた。私は身長が伸びないまま、二十歳を迎えることになった。
自衛隊について
皆様それぞれ賛否両論あると思いますが、この小説で書かせていただいたのは私個人の意見です。書きたいテーマの一つでもありました。御見苦しい点があったかとは思いますが、ご容赦くださいませ。
※1章、及び2章に変更をかけました。
エルディック夫妻は二人で行商をしていた→エルディック夫妻は行商をしていた
カリナの年齢 25歳→20歳
設定が甘々で申し訳ございません。




