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降ってわいた婚約者

「俺の婚約者は小さくて押しが強い」のミナ視点です。


初心な騎士と腹グロ女の攻防を書いてみました。バラク視点から読んだ方は、ミナの襲う気満々度に引いてしまうかも。

ご容赦ください。

「見合いをしないか?」


 お父様からそう言われたのは、夕食を終えた時だった。

 私はティーポットにかぶせていた布をとり、あらかじめ温めておいたカップに紅茶を注ぐ。ソーサーに乗せお父様とお母様に渡し、自分の分も入れて椅子に座った。


 カップに視線を落とす。赤い色の液体がカップの中で揺れる。一口飲んで息をついた。

「私を嫁に迎えてくれる奇特な方がいるの?」

 口髭の似合うダンディーなお父様。まるでモデルのように美しいお母様を前に、私は静かにそう聞いた。

 二人の血を受け継いでいれば、私ももう少しまともな外見になっていたかもしれない。けれど残念なことに、私は二人の本当の娘ではない。


 見た目も何もかもが『チンチクリン』だ。聞いておいて何だが、私を嫁に欲しいと言ってくる男がいるとは思えない。私は首を振って自嘲気味に唇の端を上げた。


「実はミナには言ってなかったが、この見合いの話はだいぶ進んでいるんだ」

「進んでいるってどこまで?」

「結婚まで」

「は?」

「突然だが、お前に婚約者ができた」


 初耳だった。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 私の名前は新堂美菜。正真正銘、地球の日本人である。その日本人の私が、何の因果か異世界にトリップしたのは二十歳の時。


 忘れもしない成人式の帰り道。蓋のなかったマンホールに落ちた私は、晴れ着姿のままこの世界にやってきた。


 助けてくれたのは、今私を養ってくれているエルディック夫妻。子供のいなかった夫妻は、右も左もわからない他人の私を養女として迎えてくれた。

 エルディック夫妻は行商をしていた。あちこちの村や町を転々としながら、仕入れと販売を繰り返す地味な仕事だ。それでも実入りはそれなりにあって、私ももちろん手伝った。ありがたいことに言葉は通じたし、関西出身の私は商人根性が魂にまで染みついている。


 ここぞとばかりに発揮しましたとも!


 主に扱っていたのは洋服などに使われる生地。そんな夫妻は私の着ていた晴れ着に興味を持った。デザインの緻密さ美しさに加え、生地の手触りと光沢。更に、なんて名前かわからないけど、首に巻くフワフワした白いやつ。


 私はわかる限りの知識を夫妻に教え、そこから絹の加工や羽毛の加工までたどり着いた。そこからが凄かった。

 夫妻はもともとあった製品に、着物から得た知識を使って手を加えることで新しい布を作り上げた。そこから五年を費やして自社製品のルートを確立。ドレスの一大ブランドを築きあげた。三年前にそのブランドが王室御用達となり、王都に念願だった店を構えられるようになった。


 それでも初心を忘れないという意味から、三人で暮らせる程度の小さな家に住んでいる。ただし、西洋風のこの国の家は、日本の自宅と比べれば天地ほどの差がある。日本の家って本当に狭いんだなと再確認。庭も広くて豪邸と言える家でも、執事やメイドは雇っていない。


 自分のことは自分でする。これが我がエルディック家のルールだ。ちょっと、執事やメイドには憧れたけどね。


 私は息を吐いてベッドに寝転がった。ふわふわのベッドにサラサラのシーツ。このシーツも絹でできている。私にとっては贅沢品だ。


 夫妻とともに行商をし、私自身も駆けずり回ったせいで月日はあっという間に過ぎて行った。気が付けばこの世界にトリップしてから八年もたっている。

 この世界の結婚適齢期は十八歳。私はすでに十年も過ぎている。こんな私を嫁に迎えてくれる人が現れるとは思っていなかった。


 自分の中で、結婚願望はそれほどない。ただ、子供は欲しい。

 エルディック夫妻には子供がいない。町で走り回ってる子供を見ては寂しそうにため息を吐いている夫妻を見ると心が痛む。子供が大好きな夫妻に、子供を抱っこさせてあげたい。たとえ養女の私の子供だとしても、その手に孫を抱かせてあげたかった。


 それでエルディック夫妻に恩返しができるなら、子供もバンバン生んであげたい。そのために必要なら、どんな男でもどんと来いって感じ。


 おチビでもツルツルでもおデブさんでも。できれば好きになれそうな相手なら文句ないんだけど。


 私は目をつむって、夕食後の会話を思い出していた。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「相手の方は納得してるの?」

 自慢じゃないが、私は見目麗しい方じゃない。


 日本人は身長が低いと言われる中、私はその平均身長をさらに下回っている。百四十八センチしかない。この世界の人たちは皆背が高い。お父様は百八十くらい、お母様でも百七十近くある。私のこの身長は十歳くらいの子供と同じくらいらしい。確かに、町中を走り回っているのは私と同じ身長の子供たちばかり。


 夫妻が私を養女にしたときは私が童顔ということもあり、やはり子供だと思っていたそうだ。で、何年たっても大きくならないので聞いてみたらなんと二十五歳だった。適齢期を過ぎた子供のような私に求婚してくる人など皆無。結果、王都に住んで三年たった今も旦那様候補はいなかった。


 それが突然降ってわいた結婚話。私みたいなちんちくりんを嫁に迎えてくれるなんて、心が広い男かそれとも幼児しか愛せない異常者か。おそらく前者だろう。お父様もお母様も私に惜しみない愛情を注いでくれている。赤の他人の私に、だ。その二人がそんな異常者に私を嫁がせようなんて思わないだろう………たぶん。


「相手は王国騎士団第二師団長だ」

 私は目を瞬いた。紅茶を一口飲んで落ち着いてから、お父様の言葉を頭の中で反芻してみる。


「え!? なんで、そんな偉そうな人が!」

 思わず関西弁が出てしまった。

 落ち着け、落ち着け私! 八年の行商で手に入れた流暢な標準語を思い出すのよ。


「話は通してある。相手方にも不満はないようだ」

「本当にこんな私で大丈夫なのかな?」

 不安になってくる。花嫁修業はしていないけれど家事は一通りできる。かまども井戸も使えるようになった。電気も水道もないけれど、やっていけないことはない。もっとも師団長の家には執事もメイドもいるだろうから、私がすることなんて何もなさそうだけど。


「ミナ、自信をもって。あなたはとても可愛らしいし、魅力的よ」

 お母様が優しく諭してくれる。どこもかしこもが子供サイズの私に、ボンキュッボンのお母様が魅力的と言ってくれても悲しくなるだけだ。

 きっと情けない顔をしていたんだろう。お母様が手を伸ばして私の頭を撫でてくれる。


「でも、どうして急にこんな話になったの?」

「あなたが言ったのよ、子供が欲しいって。だから、結婚したいんだと思って相手を探したんだけれど」

 二人は不安そうに顔を見合わせた。


 そういえば、一週間ほど前に店に来たお客さんが赤ちゃん抱いてたから、思わず呟いちゃったんだった。私も子供が欲しいなあって。二人のために、とまでは言えなかったけど。


 そうか。あの呟きを聞かれてたのか。それで慌てて私に見合う相手を探してくれたんだ。一週間で話を整えたってことは、相当急いでくれたんだ。こんな私のために。


「私たちの勘違いだったなら、今からでも断ろう。私たちはお前が幸せになるのが一番なのだから」

 お父様がそんなことを言ってくれる。言葉に思わず涙が出そうになる。私の幸せを一番に考えてくれるなんて。私は二人の幸せを考えているのに。


 よし、決めた! この話を断って次があるとも思えないし、騎士団の師団長クラスに変な奴はいないはず。この話、何が何でもまとめてやる。向こうが断れないように、既成事実でも作って丸め込めばいい。


「お父様、お母様。私、その方と結婚します!」

「いや、そんなに意気込まなくとも」

「いいえ、決めました。必ずモノにしますから、見ていてくださいね」


 不安げな二人を元気づけるように力こぶを作る。気分は総大将の首をとる合戦前の将軍気分だ。


 首を洗って待っていろ、師団長め。必ず落として見せるから!




 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆




 相手の名前はバラク・アイヤス。年齢は三十歳と、私とは二歳違い。生粋の騎士家系ではなく父上様が元傭兵ということで、そこまで格式ばった家庭ではないらしい。師団長の地位は剣の腕で勝ち取ったとのこと。騎士だけど貴族ではない家柄は、この世界の知識が八年しかない私でも大丈夫だろうとお父様が太鼓判を押してくれた。


 三十まで独身だったということは、外見か内面かに問題がありそう。×がついてないってことは外見かなあ、というのは私の見立て。実際にお父様も会ったことがないらしく、話に聞いた限りでは筋骨たくましい武人であるとか。

 筋骨たくましいなら押し倒すのは無理かもしれない。いやいや、弱気になるな。とにかく既成事実を作らねば。婚約といってもまだ会ってもないのだ。お互いに破棄するのはたやすいだろう。


 破談になどさせるものか!


 結婚話が出てから一週間がたった。店の手伝いやら家の手伝いやらで、あっという間に顔合わせの日になった。誰かの付き添いがあるわけではなく、直接二人で会うことになっている。しかも待ち合わせ場所は向こうが公園を指定してきた。


 何、この適当さ加減。


 普通料亭とかで誰かに付き添われて会い、あとは若い二人だけでという流れになるはずなのに。まあ、この世界に料亭があるとは思えないけど、それにしたって公園って。

 けれど、考えてみれば好都合。真昼間の公園で襲うことはできないけど、これで家に誘いやすくなった。


 国王主催の夜会が近いせいか、お父様もお母様も今日は夜まで店に出張っていて戻らない。使用人もメイドもいない家なら襲いたい放題。


 何というか、私って変質者みたいよね。相手を襲うとか既成事実とか。切羽詰まってるわけじゃないけど、子供を作るのに女性にはやはり時間制限がある。だから何としても落としたい!


 いやいや、がっついちゃいけない。あくまでもおしとやかに。見た目が子供だから、せめて淑女らしく振る舞わなきゃ。


 指定された公園はちょっとした丘のようになっている。広々とした芝生に噴水もあり、巨木が枝を広げているせいで日陰となっているところが多い。そこに涼を求めてくる人も多いんだけど、昼前ということもあって人は少なめ。


「え~と」

 初対面で紹介者がいないというのは不安なものだと今更理解する。どれが私の相手なのかわからない。紹介者がいたほうがよかったかなとチラッと考える。けれどすぐに否定した。いたらいたで襲えないじゃない。邪魔なだけよ。


 噴水で遊んでいる親子は違うでしょ。ベンチに座っている男性はヒョロッとしていて騎士っぽくない。芝生で寝転がってる人もガタイはいいけど、騎士が公園の芝生に直接寝転がったりするだろうか。


 キョロキョロと辺りを見回すが、それっぽい人はいない。時間も早いし、もしかしたらまだ来ていないだけかもしれない。

 私は公園を見渡せるベンチを選んで座った。


 太陽は燦々と輝いているが、日本と違って湿気が少ないためが日陰にいると涼しい。吹き抜ける風が火照った頬に心地いい。空は青く澄み渡っていて、夏の終わりを感じさせた。


 視線を下に向けると、芝生の男性が起き上がっていた。キョロキョロと辺りを見回している。その視線がベンチに座るヒョロ男に向く。ヒョロ男はビクッと肩を震わせて、そそくさと公園から出て行った。


 弱っ! 見たまんまじゃない。それとも相手がそれほど怖い顔してるのかしら。

 そう思って芝生の男を子細に観察する。背は高い。高いというか、でかい? 身長だけじゃなくて、腕とか胸とか腰とか足とか、とにかく全部に厚みがある。筋肉質というんだろうか。ボディービルほど誇張したわけじゃないけど、鍛えられた筋肉が盛り上がっているのがわかる。


 で、顔。

 恐っ! 何あの傷だらけの顔。左の額から頬にかけての傷。それに交わるように鼻から左頬にかけて真一文字に走る傷。刀傷だろうけど、この国は平和で戦争などないはず。なのになぜ顔に傷があるのか疑問だ。


 黒い髪を風に遊ばせたまま、男はうつむいている。ヒョロ男に逃げられたのがショックだったのか、その背中に哀愁が漂っているように見えた。


「あれ?」

 そういえば、お父様はバラク様のこと『筋骨たくましい武人』だって言ってたわね。騎士だと言っていたけど剣は佩いていない。休みの日くらい剣は置いてくるかな。しかも一応とはいえ婚約者と初顔合わせの場だ。


 礼服とまではいかないけれど、結構かっちりした服装。暑いのに上着を着ているし、もしかしたら彼がバラク様かもしれない。騎士様が地べたに座るというのはどうかと思うが、生粋の騎士家系ではないと言っていたし、あまり気にしない人なのかも。


 それにしても、確かにどんな男でもどんと来いとは言ったけど、あれはどうなんだろうか。おチビでもツルツルでもおデブさんでもない。身長が高くて、顔が怖くて、体格がごつい。

 けれど、うつむいたままうなだれている背中がちょっとだけ可愛く見える。


「よしっ」

 気合一発。女は度胸、男は愛嬌。ん? 逆か。まあ、どっちでもいい。とにかくあの巨体を押し倒して既成事実を作らねば。


 立ち上がって服装を整える。今日は空色のワンピースに白の薄い上着を羽織ってきてる。本当は胸元が開いたドレスでも着て悩殺しようとしたんだけど、私の残念な胸ではどう寄せ集めても谷間が出来なかった。


 バラク様らしき人に歩み寄る。うつむいたままの彼の前で立ち止まる。わずかに身じろぎした後、彼の視線が下から上へと上がってくる。

 茶色い瞳が私の顔で止まる。


「あの……バラク様ですか?」

 小首をかしげたて私はそう聞いた。彼の瞳がかすかに揺らぐ。

「そうだが。君は?」

「初めてお目にかかります、バラク様。私、ミナです」

 私はそう言ってにっこりと笑った。












ここまで読んでくださりありがとうございます。

感想などを書いてくれると喜びます。


「俺の婚約者は~」も読んでくれると嬉しいです。

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