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青い空

 大昔。環境は破壊されつくした。木々はなくなり、山は土の色をして、海は濁った波と油を打ち上げた。とうとう生きていけなくなった人類は、地上を捨てて地下にもぐった。ある者は作物の種と古びた農作具を、またある者は魚の糧と小さな魚を連れて、家畜を連れて、もてる限りの道具を持って。

 だが、もちろん地上に残ったものもいる。それが一体どうなったのかはわからないが、最後に地上を地下を切り離す役割を得たのは、自ら地上を選んだ彼らだった。

 地下にはいくつもの生活圏が掘られ、それらが繋がる事はなかった。それぞれのどこかで繋がっているが、決してそこを通る者はない。

 地下で、まず沢山の木を植えた。毎日地下水を与えた。だが、光のない薄暗い地下では、育たなかった。松明を使うことを覚えた。壁には松明がつけられた。木々は弱弱しくも育つようになった。木の枝を松明にして、木を植えてわずかな暖と光と酸素を得た。

 硬い地を耕して作物を作ろうとする者は、松明の恩恵を受けながらわずかな食物を得た。家畜を連れてきた者の協力を得て少しずつ食料を多くとる術を見につけていった。

 誰もが、まずは生きることに必死だった。それまでに持ったこともない農作具で、昔本で読んだ知識や映画で見た記憶、想像で古代の農作具を握った。学問の知識をあてにして、効率のいいやりかたを試行錯誤していった。

 娘達は、成人する前に嫁いだ。彼女達も、衣服や料理をする大切な存在だった。生まれた子供は、名前を与えられる暇もないほど働く大人を見て歩けるようになり、幼いころから男子は農耕、女子は家事を手伝った。

 常に空腹でただ生きるために毎日木や畑の世話をしていたから、生きるために必要ない知識は失われていった。

 老いて死ぬ者などいなかった。大抵は、過労や飢え、そして栄養失調で死んでいった。人類は少しずつ減っていただろう。

 子供は大切にされた。娘に愛情とともに知る限り全ての家事の知識を詰め込んだ。息子に勇気とともに知る限り全ての農作の知識を詰め込んだ。

 やっと暮らせるようになった。弱弱しい木々の希薄な酸素にも適応した。

 …………それが、五百年前の話だ。

 私達は、まだ生きている。先祖が遺した知識を頼りに、痩せた腕で道具を振るった。

 私が少年にまで育つころには、女子は五人しか残っていなかった。もう座って働くしかない老いた女性、若い男に嫁いだ娘たち、夫と子がないままに死に別れた大人の女性。

 私に与えられた選択肢は、結婚か独身か、それだけだった。私は女性と結婚し、妻と呼んだ。

 女性との間には七人の子供がいた。三人の女子と四人の男子。よく働く子供たちだった。女性は、子供達の働く姿を見ないまま、亡くなった。

 私は父親から受け継いだ沢山の学問を、全員に詰め込んだ。五百年間受け継がれてきた学問だった。

「……love……――sky」

 地上の言葉、植物、動物、歴史、科学、天文。見たこともない知識から、計算や農作のことまで。技術や家庭のことまで。沢山の知識を詰め込んだ。

 子供達は結婚の歳が近づいていた。私はもう二十七歳になっていた。

「blue、つまり青だ。あの天井の上の地上には空が広がっている」

 いつしか、地上に対する願望で胸がいっぱいになっていた。相変わらず痩せこけたままだった。結婚させたくても、もうこの地下には私達しかいなかった。

 ある日、男子達は人を背負って帰ってきた。地下の端っこに、倒れていたという。

「父さん、この人たちは生きているでしょうか」

「ああ、生きているとも。しっかり手当てをすれば、きっと元気になる」

 二人の男と二人の少女は、三日三晩眠り続けた。

「Who are you?」

 目を覚ました男はこう尋ねた。古代の言葉に、私達は驚いていた。

「Thank you for helping. We came from the next underground. To us without the house he goes home, they are how or help」

 ぎこちない言葉は、人類の衰退を実感させた。私達は話すこともないと思っていた言葉で語ったのだ。

「Please be here forever. However, we do not have food. I'm sorry, there is only a thing for living by oneself」

 彼らは、よく働いた。私の子供も、負けじとよく頑張った。娘の唄は疲れを癒した。息子は娘に心惹かれ、娘は男に恋をした。私の家には三人の子供が残った。

「結婚させられなくてすまない」

「いえ、僕らが選んだ道です。僕らはあの言葉がまだよくわからないので、結婚はちゃんと理解できて話せる四人で正解ですよ」

 子供達は優しい良い子に育っていた。結婚した四人は少し離れた家で働き仲良く暮らした。老いはじめた私は過労で倒れないよう心配されながら鍬を握った。

「父さま、私父さまに服をつくったのよ」

 娘は暖かい上着をつくって応援してくれた。それでも腕は骨と皮と少しばかりの筋肉だけだった。

 私は年齢を重ねるごとに、地上に憧れを抱いた。

「私は一度、空が見てみたいんだ。私の父も、祖父も見なかった空だ。真っ青だとも、紅だともいわれる空。私は地上を見てみたかった」

 吸い込まれそうな空が私の心を捕らえて離さない。

 もう言い伝えにしか残らない地上の、海でも、大地でも、動物でも植物でもなく空に焦がれた。

 ……きっと、とても美しいだろう。暖かな太陽と白い雲を浮かべた空。地下にもぐる前の人類は見上げることもしなかったという空だ。生き物たちに必要な光が降り注ぐのだ。

 ――空に対する願望を口に出してから数日がたった。その日、慌てた様子で若い夫婦が家にやってきた。私の息子は言った。

「父さん、何か大きな動物がきたようなんです」

 地下の端の天井から、それは落ちてきたという。黒い大きな動物だ。猪か何かだろうか。だが驚いたことに、その動物は言葉を話した。

「Ciao. Lei è uomini」

 確かに動物は、言葉を話した。私達は警戒しながら猪と会話をした。

「Lei è sorpreso. Ma Lei ora può capire le mie parole. Ma è sbagliato. Io non sono un verro selvatico. È un ratto. Lei è divenuto piccolo」

 その内容は驚くべきものだった。でも古代の言葉に詳しくない嫁や婿たちは何もわからずきいていた。子供たちは平常を保つ努力をした。

「Esseri umani e sotterranei persero vista. Ma è visibile perché il potere immaginativo è muscoloso. La ragione per che il verro selvatico ed il ratto fu frainteso era corretto. Se Lei desidera, io risponderò. Qualsiasi cosa è?」

 私はさまざまなことを尋ねた。地上に残った人間は生きていることを知った。外が自然に溢れていること、地上の人類が科学や学問を忘れ、生きることに精一杯であること、私達がいる島には人類は一人きりであること。

 聞くだけのことをきくと、来訪者は去っていった。

 私は考えた。あの言葉の意味はわかっていたが、信じたくなかったのだ。子供たちは大丈夫だと言ってくれた。生活に変わりはなかった。

 そしてずっと、不安は消えないまま同じ生活は続いた。相変わらず腕は痩せたままだったし、パンはほんの少しの飢えを凌ぐだけだった。

 きっとこれからも、不安は抱えたままで息子や娘は学問を子供に伝えるだろう。

 しかしあの話を伝えていくかは私にはわからない。私は不安を抱えたまま生きることはできない人間だった。それを思い知った。

 黙って来訪者が開けた穴から外へ這い出した父を許してくれるだろうか。空を求めた父を、追わずに幸せにいてくれるだろうか。

 自分勝手かもしれないが、きっとそういう子供たちだと信じて。地下の幸せを信じられなかった一人の旧人類を蔑んでおくれ。


 地下から這い出てきた彼は確かに痩せこけていました。でも、幸せそうだったと言われます。彼はもうどこかで命を落としたかもしれないし、地上の人類とともに暮らしたかもしれません。

 大きな生き物から彼らは何を聞いたのか、まあそんなことは古代の言葉を知る誰かがこっそり、教えてくれるでしょう。ただの文字列かもしれないし、意味があるかもしれない。

 彼が青い空を見たとしても、見ることができなかったとしても、子供たちが追いかけてきても、こなくても。不安の行方とこれからの地下や地上の人々。

 わからないことはまだまだあるでしょう。

 わからないことはわからないままでいいのかもしれません。ただ幸せそうだった、それだけでいいと思います。


 名前も歴史もない、彼らにこれからも幸福を。

8月23日 古代の言葉部分を修正

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