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シーヤック編NG集その二

NG集の更新はこれで終わりになります。

 ミジックの言葉ではないが、例外というものは確かに存在する。

 例えば、太一パーティーとレミーアが経験した飛び級ランクアップ。

 例えば、人に育てられ、今は立派に馬車を引く黒曜馬の子供、クロ。

 そして、馬車禁止区域のウェンチア島において、小型の馬車で移動するガルゲン帝国の王族。

 世界最大国家の王族をまさか数キロも足で歩かせる訳にもいかず、特例が認められたのだ。

 賓客であるからこそ認められた例外。シーヤックの市長も当然のごとくそれを了承し、またそれに異議を唱える市民もいない。

 自国他国問わず、馬車にて移動すべき身分の者に限り、ウェンチア島は馬車移動可能な土地となる。


「殿下。そろそろホテルへ到着します」

「そうか」


 その言葉を受けた青年は、肩にかからない程度の髪をかきあげた。

 マルク=スペーディア=ガルゲン。ガルゲン帝国の帝位第三正当継承者。

 彼の役目はエリステイン王族とのパイプだ。両国は同盟などは組んでいないが、官民問わず活発なやり取りは行われている。

 兵数でも物量でもガルゲン帝国に劣るエリステインが何故三大大国と呼ばれるか。ひとえに世界最強の宮廷魔術師部隊がその理由だ。ガルゲン帝国といえども、甚大な被害を被ることになるだろう。直接対決ならば勝利の算段が立てられるガルゲン帝国だが、やはり事情というものがある。

 元々この表敬訪問は、半年前に行われる予定だったものだ。内乱中のエリステインを慮んばかり、訪問の予定を繰り下げた。エリステインの心情を良くし、協力関係を築きたい。それがガルゲン帝国上層部の思惑だ。また、三大大国の一つであるシカトリス皇国への牽制でもあった。


「……いつ来ても、美しい街だな」

「はい。殿下」


 マルクの言葉に、対面して座る彼の執事が即座に応じた。


「国というしがらみさえなければ、私はこの街をこのままで残したい。そう思うのは、おかしいか?」

「滅相もございません」

「出来れば、後世まで今のように不戦を貫いてほしいな。我が国には」

「……」


 好戦的な者が多いガルゲン帝国にあって、マルクは穏健派だ。

 ガルゲン帝国は今は中庸を保っている。三〇〇年くらい前までは、周囲の小国を次々と併呑していた侵略国家だったのだ。

 ガルゲン帝国と陸続きで隣接する国は、今はエリステイン魔法王国とシカトリス皇国のみだ。兵の数では両国を凌駕するガルゲン帝国だが、何の因果か魔術の才能に優れた者が生まれにくかった。一方のエリステインは人類最大の魔術国家であるし、シカトリス皇国の国民はエリステイン程ではないが人種そのものが魔術の才に恵まれることが多い。相性の悪い二国を同時に相手にする体力は流石のガルゲンにもない。では各個撃破しかないのだが、無防備な背中を見せて放っておいてくれるほど、エリステインもシカトリスも甘くはない。

 この三つ巴状態を維持しつつ、エリステイン、シカトリスとうまく付き合っていくのが、民の安寧には一番だとマルクは考えている。


「むっ……」


 馬車の窓枠に肘をついて考え事に没頭していたマルクが我に返る。


「如何なさいましたか?」


 打てば響く速さで問うた執事には答えずに、マルクは明後日の方に顔を向けた。

 その様子を見て執事はそれ以上何かを言うのを止め、主の言葉を待つ。


「感じる。強い魔力だ」

「魔力ですか」

「ああ。これほどの強さでありながら、まるで底が見えん。この感覚には覚えがあるな」


 マルクは執事に視線を向ける。


「かつて戯れに見せてもらった、エリステインの宮廷魔術師長に通ずるものがある」

「なんですと……?」


 エリステインの宮廷魔術師長ベラ=ラフマといえば、もはや語る必要もなく世界に名を轟かせる魔術師だ。

 あの落葉の魔術師に次ぐレベル帯に位置する優れた魔術師である。

 ガルゲン帝国には存在しない高位魔術師。そんな存在がいることに驚いたが、感覚で当てて見せたマルクにも、執事は畏敬の念を改めて覚える。

 マルクはガルゲン帝国の王族では珍しく、魔術の才能に優れていた。

 街中でこれだけの魔力を感じるなどそうないことであり、マルクは馬車の進行方向をその魔力の持ち主がいる場所に躊躇い無く向けた。






◇◇◇◇◇






 ミジックの手下たちは、だるまさんが転んだ状態を強いられていた。

 中空に浮かぶ火の玉と氷の矢、空気の歪みで見てとれる風の刃に石の塊。それぞれが各数十。全部合わせると三桁は軽く越える。

 中心に立つ奏が、右手を天にかざして仁王立ちしていた。

 リベレイト・スクエアスペル。

 奏が唱えた魔術の名称である。

 その魔術を見た太一が、「四属性同時発動とかマジパねえ」と呟いていた。フレイムランス、フリーズランス、エアロスラスト、ストーンバレット。四つの属性が異なる魔術を同時発動。フォースマジシャンであることが早くも露見した形だが、奏はそれをまるで気にしていない様子だ。

 これはもう大魔術と言っていい。圧倒的な光景を目の当たりにした太一たち以外の面々は、全員硬直を余儀無くされた。太一とミューラからすれば、この程度は驚くに値しない。彼女がまるで本気でないのは、感じる魔力と使った魔術から一目瞭然。奏が本気ならば、この屋敷の敷地など一瞬で更地にして釣りが来るのだ。


「聞かなかった? 理不尽な暴力は許さないって」


 奏の台詞は、太一が伝言させたものを指していた。

 一言一句同じとは言わないまでも、あれだけ虚仮にした太一の台詞はミジックの耳にも入っているはずだ。

 ミューラはもちろん、太一と奏の認識も、先のやり取りで不敬罪にあたるとは毛の先程も思っていない。


「ま、何でもいいけど。殴られたりすると、この魔術暴発しちゃうかも知れないよ?」


 よく言うわ、と太一は思った。奏はこの程度の連中の攻撃を大人しく食らってくれるような可愛いタマではない。ひょいひょいといなしながら涼しい顔で魔術を維持して、あの中のどれかをランダムで指定してもきちんとそれだけを動かして見せるだろう。

 レミーアが認め、ミューラが嫉妬し、ベラが感嘆する魔術の操作能力を持つのが奏という少女だ。


「小娘……貴様、私を脅す気か?」

「まさか」


 あたかも心外、という顔をする奏。役者である。


「そっちが仕掛けてきたから、私は魔術を使ったんだけど」

「……」


 ぬけぬけとよく言う。ミジックがそう思ったかは分からないが、忌々しげな顔をする。

 奏としてはどうやって一〇〇人もの手勢の足を止めるか。一瞬で正解を出さねばならないという無形のプレッシャーがあった。侮られて止められなければテイラーとミントが襲われる。視覚的に派手な魔術で、かつ四面楚歌状態をどうにかできる実用性を兼ね備えた上で、大きなプレッシャーを与える必要があった。


「彼らを引かせるなら、私も魔術は撃たない。仕掛けてくると言うのなら……この屋敷がどうなっても私たちは責任を取らない」

「……お前たち、武器を捨てて退け」

「しかし……」

「口答えは許さん。退け!」

「わ、分かりました」


 ミジックの怒声に次々と武器を捨てて下がっていく手下たち。

 飛びかかられても対応可能だな、と感じた奏は魔術を引っ込めた。

 しかし、違和感は残る。何故ミジックは素直に手下を下がらせたのだろうか。

 この対応はつまり、こちら側の言い分を認めるのと同じではないか。だがそれは楽観的だろうと思う。この男がそんな殊勝な性質とはどうしても思えない。

 回答は、ミジックから示された。


「やはり冒険者。チンピラ風情では相手にならんか」


 この落ち着きが、ミジックにまだ手があるのだと確信させる。


「オッサン、まだやんのかよ?」

「オッサンだと? 私はまだ二八だ!」

「嘘? 見えねえ。年齢詐称だろ」


 太一が明らかに余計な一言でミジックを煽る。太一の場合、これが逆上を狙ってのこと──つまり故意──なのか、天然なのかが分かりにくい。

 しかし現状に限っては、相手がまだ持っている手を切らせるいい挑発になった。


「舐めるなよ貴様ら! 例の用心棒たちを出せ!!」


 なるほど、用心棒。それがあるから、奏の魔術を見てもそこまで動揺を見せなかったのか。

 余程の用心棒を雇ったのか。もしそうなら、厄介なのかもしれない。万が一があっては困る。場合によっては手加減をしている余裕はない可能性もある。


「俺がやる。二人を頼むよ」

「うん」

「オッケー」


 太一がやるなら安心だ。彼に勝てるものはまずいないだろう。それは奏とミューラにも言えるのだが、念のための措置である。過剰すぎる防衛だとは気付いていない。

 待つこと数分。屋敷の扉が軋んで開いた。


「ガキの冒険者にお灸を、ねえ」

「このところロクな依頼がなかったからな。渡りに船だろ」

「もう弱い者苛めはやめたんだけどなあ」

「やり過ぎないようにちょっとこらしめてやりゃあいいだろ」

「報酬も悪くないしな」


 気配が五つ。五人分の声。会話を聞くに、それなりに関係を構築しているようだ。パーティーだろうか。


「ん?」

「あれ?」

「?」


 奏とミューラが訝しげな顔をする。それを見て不思議そうな顔をする太一。下卑た笑いを浮かべるミジック。十人十色のリアクション。

 やがて五人が姿を見せた。


「さあて。大人に礼儀を払わない世間知らずなガキってのはどいつ……」

「あ。お前らあの時の」

「「「「「あ゛」」」」」


 タイミングバッチリの反応は流石パーティーと言ったところか。

 彼らの顔には見覚えがあった。

 アズパイアで駆け出し冒険者として経験を積んでいた頃にいちゃもんをつけてきた五人。まさかこんな場所で出会うとは思っていなかった。


「さあ! そこの不敬なガキ共を取り押さえろ!」


 ミジックがそう焚き付けるが、男たちは動かない。かつてでさえ力の差が歴然だったのだ。あれから数ヵ月。その程度でパワーバランスが引っくり返るのなら、冒険者は誰も苦労しない。


「ふーん。オッサンたちも大変だな。こんなやつの依頼受けるなんてな」


 どうした、早くしろ! とわめき散らすミジックを横目で眺める。太一から見て、ミジックは黒だ。旗色が悪くなったから、人の言葉尻に反応して不敬罪などという言葉で論点を逸らそうとしているようにしか見えない。

 そんなやつの依頼を受けている彼らに、多少の同情をする。それとミジックの言うことを受け入れるかは別問題だが。

 太一は左足を引いて腰をやや落とし、鞘を軽く握って剣の鍔に親指を添える。そして、柄を握るか握らないかのところに右手を持ってくる。

 素人ながら再現してみた、居合い抜きの構えである。


「大人しく取り押さえられるつもりはないぜ。やるなら力ずくでやってみろ」


 太一の剣は日本刀ではないし、日本刀だったとしても真似できるとは思わない。だがそれでも、雰囲気は出ているだろう。実力ももちろんだが、こういう場面ではハッタリを効かせた方が勝つ。

 見詰め合う太一と男たち。緊迫した空気が間を流れる。

 やがて男たちは、太一に釣られて固くしていた雰囲気をふっと和らげた。


「いんや。やめとくぜ」

「ん?」


 男たちは戦闘態勢を一切取らなかった。太一は少しだけ様子を見て、彼らに戦う意志が無いと確認してから構えを解く。

 正直拍子抜けだ。人に喧嘩を売ってきたのは彼らのはずなのだ。だが今は戦おうとしていない。力の差に気付いているから、分の悪い賭けには応じないということか。


「やらないのか」

「まあな。わざわざ負ける戦いをする理由はねぇよ」

「じゃあなんであん時喧嘩売ってきたんだ」

「そりゃあ、お前らの強さを知らなかったし、俺たちもうぬぼれてたからな」

「……お前ら、熱でもあるのか?」

「ご挨拶だな。成長したと言ってくれ」


 苦笑する男たち。随分と殊勝なことを口にするようになったものだ。太一との力の差を実感しただけではこうはなるまい。ただそれを実感しただけなら、負ける戦いをする理由は無い、で終わっていたはずだ。間違っても「うぬぼれていた」なんて言葉は出てこないだろう。彼らのあの増長ぶりから考えるに。


「まぁいいや。やらないってんなら俺の不戦勝だけど?」

「ああ。それで構わねぇ」


 戦う必要があった場合、彼らを怪我させないように戦う必要があった。それはそれで面倒ごとだったため、それが回避できたのなら太一に否やは無い。


「っつーわけだミジック。お前の用心棒たちは降参したけどどうすんだー?」


 とわざわざ問い掛けなくても、会話が聞こえる程度の距離である。今しがたの太一とのやり取りも当然はっきりと聞こえていたはず。

 少々の嫌味も込めて太一はミジックに問い掛けてみたのだ。

 彼は大きな顔を真っ赤に染めてぷるぷると怒りに震えていた。

 

「き、貴様ら! それでも冒険者か! この腰抜けめ!」

「腰抜け、ねぇ」


 そう罵倒された男たちは、顔を見合わせて鼻で嗤った。


「無知ってのはおめでてぇな」

「ああ。悩みも無くて幸せそうだ」

「な、なんだと!? 何のために高い前金を払って雇ったと思っている! それでもCランク冒険者か!?」


 わめき、口汚く罵倒をし続けるミジックに応じるように、男が懐から皮袋を取り出して上に放り投げた。重たい音を立ててミジックが立つバルコニーに落ちる。


「受け取った前払いの報酬だ。返すぜ」

「な……」

「俺たちは降りる。わりぃが契約破棄だ」

「き、貴様ら……!」


 想定外の流れに言葉を失うミジック。少々憐れである。


「へぇ。あんたらCランクになったのか」

「ああ。苦労したぜ。マジメに馬車馬のようにやったからな」

「地獄の日々だったわな……」

「そりゃお疲れ。心入れ替えたんだな」

「あれだけ恥かかされちゃあな。縮こまって街歩くくらいなら真っ当に冒険者やってた方がいいに決まってらぁな」

「言えてる」


 久々に会った顔見知りの近況を確認する太一。どう考えてもアウェイでの態度ではない。

 心を入れ替えて真面目に依頼を受ける。言葉では何を言っても失った信頼は戻ってこない。その為に、彼らは必死になって「依頼をこなす」という行動で示した。アズパイアでは行動しにくいためここシーヤックに活動の拠点を移して。

 Cランク冒険者となってから、物は試しとアズパイアに一時的に戻って活動してみた結果、以前のように疎まれることはなくなっていったのを実感したという。

 アズパイアの住人は心が広い者が多い。心を入れ替えて更生し、結果で証明したのならば、きっと受け入れてくれるだろう。


「ふざけるな! 私は契約破棄など許さんぞ! 雇われた以上はきちんと仕事をこなせ! ど素人か貴様ら!」


 ずっと放置されていたミジックがいよいよ大声を張り上げた。

 その顔は茹で上がった蛸のように真っ赤である。

 今まではここまでないがしろにされたことはないのだろう。自分の思う通りに事が運ばないという経験をしたことがないのだろう。ミジックが着込んでいた余裕と自信という材質で作られた仮面が脆くも崩れてきている。

 だからこその激昂なのだと、冷静に彼を見ていた者たちには分かった。


「ど素人はテメェだ」


 ミジックをばっさりと切って捨てたのは、彼が雇い味方だったはずの冒険者だった。


「コイツらを見た目で判断してるからそんな世間知らずな台詞が出てくるんだ」

「何……? どういうことだ。ただの餓鬼の冒険者じゃないか」

「見た目はな。シーヤックにいちゃあ知らねえだろうから教えてやる。アズパイアのギルドマスターからな、CランクからAランクへの飛び級ランクアップを打診されてんだぜ、コイツら」

「なん……だと……?」

「Aランクだぞ、Aランク。まあ何でか知らんがそれを蹴ったらしいから、今はBランクだって話だけどな」


 Aランク冒険者。

 世界最強クラスと言われる実力の持ち主である。区分けとしてはそれが最高であるためAランクの中でも実力はピンキリだが、Aランクと認められるためには、最低でも黒曜馬やオーガを単体で撃破できなければならない。

 実力的にAランクと呼べる者は、レミーア、奏、ミューラ、スミェーラ、ベラ、パソス、ドルトエスハイム、現役時代のジェラード、スソラ、ミゲールといったところか。この面々の中ではジェラードが下の方、ミューラがその上、奏がミューラの上で中堅層となる。太一は人が作った物差しでは計れないため除外する。

 名前を列挙しただけでそうそうたるメンバーだ。因みにバラダーたちはAランクに最も近いと言われている冒険者だが、彼らはあくまでもパーティーでというのが前提だ。個々の戦闘能力ではBランクが限界だろうというのがギルドの評価。Aランクとの間にはそれだけ分厚い壁があるのだ。


「間違えんな? パーティーでじゃなくて個人でAランクだからな?」

「そんな連中にケンカ売るなんざ大バカのするこった」

「ぐぬぬ……」


 冒険者たち五人に真っ向から否定されて口ごもるミジック。ランクから考えれば、彼らも無下に扱うことは出来ない冒険者パーティーだ。

 Cランク冒険者ともなれば、ギルド側も発言を無視できなくなる。ギルドから頼られる戦力となる分、影響力が高くなるのだ。冒険者の領分において彼らの言葉を無視するというのは、常識知らずのレッテルを貼られてしまう行為だ。


「分かったら諦めな。どんな事情か聞く気はねえが、お前にゃ分が悪い相手だぜ」

「……」


 ミジックは俯いてしまった。プライドをズタズタにされてしまっただろうから、それも納得だ。とはいえ、太一たちはこれで終わりというわけではない。テイラー夫妻の平穏を確約させるまでは帰れない。

 精神的なダメージが大きい今ならば、話を有利に進められるかもしれない。そんな強かなことを考えた太一の目に、ミジックが魔力を収束させたのが映った。


「あれは!」

「魔法石!?」


 奏とミューラが叫ぶ。

 ミジックが掌をこちらに向ける。その狙いは、奏とミューラに挟まれたテイラー夫妻。


「この私に敗北は似合わんのだ!」

「やべえ!」

「間に合わ……!」


 冒険者たちが慌てる。その目の前で、太一の姿が文字通り消えた。

 甲高い金属音が響き渡る。

 バルコニーの手摺に立つ太一が剣を振り上げていた。魔法石の属性は土だったようだ。人の身体ほどもある大きな石が、真っ二つになって真下に落ちた。


「オッサン」

「ひっ!?」


 鼻先に剣を突きつけられ、ミジックが可哀想なほど狼狽える。前もこんな光景があったな、とデジャヴを感じながら、太一は続けた。


「そんな玩具、いくらあっても無駄だぜ? おっと。もう一度なんてバカな真似は止めとけ。俺は剣が下手だからな、その指輪斬る拍子に指まで斬っちまうかもしれないぜ」

「っ……」

「言ってあったよな。理不尽な暴力は許さないって。俺たちは話し合いに来たんだ。話し合う気がないなら黙ってテイラー夫妻から手を引けよ」


 太一の主張は彼からすれば当たり前のことを口にしたにすぎない。しかし、ミジックには受け入れられなかったようだ。


「そ、それはできん!」

「あん? 手出したのはそっちが先だぜ? そこんとこ分かってんだろうな?」


 太一とミジックが言い合っているが、正直あの状態ではミジックに勝ち目はあるまい。


「見えたか……?」

「いや……」

「……俺には消えたようにしか見えなかったわ」


 間近で太一のスピードを見た冒険者たちが呻く。


「信じらんねえ速さだったな……」

「あいつ……本当に俺たち相手には手加減してくれてたんだな……」


 奏とミューラにとっては、太一のあのスピードは見慣れたものだ。今さら驚くほどではなかった。見慣れているだけで、今でも見切るのは本当に大変なのだが。

 彼らからすれば、太一の速さは信じられないものに見えたに違いない。

 感じる魔力の強さから察するに、強化は大体四〇といったところか。近接戦闘であの速さについていけるのは、奏とミューラが知る限り、王国軍総司令官、スミェーラのみだ。


「これが、Aランクか……」


 ぽつりと呟いたのは、五人のうち誰か。


「違うわ。あれはトクベツ」

「流石に私たちにも、あんな速さは再現できない」


 あれを基準にされるとハードルが高過ぎるため、火消しをする必要があった。


「そうなのか?」

「ええ。あたしたちじゃ、あのスピードは出せないわ」

「頑張ればあれに近い速度は出せるけど、速さ勝負じゃ勝ち目はないかな」

「……」


 結論から言えば、火消しには失敗した。あれに近い速さで動けるというだけで、彼らからすれば雲の上の存在だ。

 五人の顔色からそれに失敗したことを悟った奏とミューラは、これ以上は墓穴を掘るだけだと感じたため、更なる言い訳は止めることにした。


「ふー。終わった終わった」


 太一が戻ってきた。やりきった、という顔をしている。


「終わったの?」

「ああ。もうテイラーさんとミントさんには手を出さないって、快く了承してくれたよ」


 そう満足げに笑う太一。バルコニーを見てみると、ミジックが放心状態で座っていた。虚空を見上げる目は死んだ魚のようだ。そして、ミジックの左と右数センチ、バルコニーに切れ目が入っている。もしかしなくても太一がぶった切ったのだろう。

 どれだけ恐ろしい思いをしたのか。


「あんた何言ったのよ」


 ミューラがため息をつく。その態度と裏腹に、太一が何をしたのかミューラは気付いているようだった。


「ん? こいつを見せて、ごねるなら判断を王宮に委ねるって言った」

「そ、そいつあ……」

「そ。通行パス」


 太一が懐から取り出したのは金の紋章が刻まれた王城の通行パス。望めば王族まで一直線に向かうことができる。

 その証しは、通行パスに金で刻まれた王家の紋章だ。これが銀だと王族以外の重鎮が相手となり、銅の場合は入城審査のみが免除される。レミーアはこれを使い、「手が空いている上の者を頼む」と要求した。特に指名がない場合はあのように宰相や大臣、局長や室長が窓口になる。 持ち主がレミーアだったため、王宮側が最大限の誠意を見せたかたちである。

 ミジックのような人間は権力に敏感だ。より強固な権力を物的証拠で示せば、説得はよりやり易くなる。これが、太一たち三人が用意していた奥の手だ。


「全部ミジックの捏造だって認めた。ギルドへの被害届も取り下げるって。捏造を不問にする代わりに、二度と手を出さない、って誓約書を三日以内に宿に持ってくるってよ」


 最後の台詞はテイラーとミントに向けたものだ。二人はしばし固まる。その意味をやがて理解したのか、涙を流して抱き合った。


「あ、ありがとう! 本当に……ありがとう!」

「ありがとう……ございます……!」


 太一の手を取るテイラーと、嗚咽混じりに何とか感謝を絞り出したミント。


「公式には疑いは晴れたけど、市民の二人に対する嫌疑は晴れてない。でも、二人の人柄なら大丈夫だと思ってこの判断にした。後は、テイラーさん。ミントさん。二人の仕事だ」

「ああ! 十分だとも! 必ず、立て直して見せるよ!」


 太一の交渉は終始上手く行ったようだ。

 最初からこうしていれば早かった、という突っ込みはこの際無しだ。

 やりたいようにやる。正面からのネゴシエーションでミジックからこの言葉を引き出せるかどうか、太一たちなりのチャレンジだったのだから。

 もちろん、最後には自分の尻を自分で拭ける手立てがあったからこそのチャレンジだったのは言うまでもない。


「太一。じゃあ何でバルコニーがスライスされてるの?」


 純粋な疑問。奥の手が上手く機能したのなら、それが果たして必要なことだったのか。


「ああ。一応念押しにね。下手に誤魔化そうとするとオシオキしちゃうぞ、って言ってきた」

「……やってることは間違いないけど、言い方がきもちわるい」

「手厳しい!」


 太一たちが首を突っ込んだこの件はまずまずの結末を迎えた。

 その後、この屋敷を訪れたマルクが眼前に広がる惨状を訝しんでミジックを問い、彼は言い訳に追われたりするなどあったのだが、メインストーリーからすれば些細なことである。

 強大な魔力を目指したマルクだったが、タッチの差で太一たちと会うことはなかった。

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