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シーヤック編NG集その一

シーヤック編の解決までの話、NG版となります。

もう執筆しながら寝てたとしか思えないほど酷いものです。


とはいえ、書いた時間が無為になるのも勿体無いので、公開しようと思います。

もう一話ありますが、次の話の更新は本編と同時に行おうと思います。


気を楽にしてお読みください。

 宣戦布告を叩き付けてから中一日挟んでの朝。

 ミントお手製の美味しい朝食に舌鼓を打った三人は、一階の食堂でクーフェを飲んでいた。

 カップを煽って先に飲み終えた太一は隣のテーブルに移動する。最近サボり気味だった剣の手入れをしようと、道具をテーブルに広げた。自分の部屋でやってもいいのだが、何となく皆がいる一階を選んだ。

 剣の手入れ方法は、ミューラから習って覚えてある。流石に彼女ほどのクオリティを再現するのはまだ難しいが、それなりに形にはなってきているのだ。

 持ってきてあった剣を抜いて、刀身をじっくり眺める。ゴブリンを狩った後は生き物を斬っていないため、綺麗なものだ。魔法金属であるミスリルは錆びないし、滅多なことでは傷付かない。しかし定期的に砥石で磨いだ方がいいのはその通りだし、汚れなどがついていては折角の美的価値も損なわれてしまう。剣に限らず、実用性と美しさを兼ね備えるのが、ミスリルで造られた武器全般に言えることなのだ。

 何よりも、武器を扱う者の心得として、命を預ける得物にきちんと愛情を注ぐのは大切だとミューラに説かれた。

 武器を知れば、ポテンシャルが分かってくる。この剣をどのように扱うとどのような結果となるのか。それを知ることで、手加減などもしやすくなるのだと。


「よし。とりあえず二〇だな」


 極力小さな声で呟き、自身の防御力にほぼ全てを割り振って強化を行う。ミスリルの剣の切れ味は半端なものではなく、手入れをしながら指が太一から離れてしまう危険性が大いにあった。まあそれは太一の未熟さ故なのだが、自分の剣で怪我をするなどみっともないし、剣自身も望んでいないだろう。

 とはいえ、武器の手入れをするのに強化をするのは恥ずかしいものがある。だから、小声で口にしたのだ。

 因みにここ三ヶ月で、太一の魔力強化は更に洗練された。強化効率の上昇度は微々たるもので五パーセントにも満たない。その代わり、大きな変化が一つ。魔力強化をしても、そのことを表面に出さないようにすることが出来るようになった。

 つまり、強化の隠蔽が出来るようになったのだ。

 それが有効なのは三〇前後が限度で、これ以上の強化をすると隠蔽はしきれない。それでも、三〇までなら奏とミューラでも相当に意識しなければ気付けないレベルである。

 以前これを奏とミューラに見せて悟られた時には「まだまだか」と更なる改良を決意した太一だったが、この場合はテストを依頼した相手が悪い。

 奏とミューラをもってしてようやく気付けるレベルというのは、この世界においては文句なしに最上級クラスの隠蔽技術である。

 普段からレベルの高い二人と行動を共にしている弊害が生まれていると言うこともできる。

 太一の隠蔽を看破できる者が世界にどれだけいるというのか。

 これを見せられた奏とミューラの正直な感想は「冗談も大概にしてくれ」だ。三〇の強化というのは、奏、ミューラと互角に戦えるだけの強化だ。強化したことを頑張って知覚するところから始まる戦闘など、とてもではないが御免である。知覚できなければどれだけの脅威かすらも分からない。

 味方だから太一の実力向上は素直に歓迎できるが、太一と戦う羽目になる敵には同情を禁じ得ない。

 お喋りに興じている奏とミューラは、外の異分子に対しては警戒しているが、太一のことはそれほど意識していないようだ。その証拠というわけでもないが、二人は太一の強化に気付いていないようである。もっとも二人に比べて腹の探り合いは苦手な太一。二人が気付いていない振りをしていても見抜けない自信があった。どちらかといえばダメな方面の自信だが、そこは触れないのが優しさである。

 剣の状態を確認した太一は砥石を取り出す。これは普通の武器屋では手に入らない特注品。何故そんなものを使うのか、理由はシンプルで、普通に手に入る砥石だと、ミスリルの剣の方が鋭すぎるのだ。剣を磨ぐはずが、砥石を磨ぐという間の抜けた結果になると、エリステインお抱えの刀匠は教えてくれた。

 ミスリルの剣の手入れには、専用の砥石がいる。これは通常の砥石にミスリルの鉱石のパウダーを混ぜて作るもの。これだけで結構値が張る上に、耐久力も普通の砥石に大きく劣る。高級な武器は維持費もかかる。自動車と一緒だと太一は軽く考えているが。

 切っ先を正面に、剣の柄を手元に向けて、刀身の根本から切っ先に向かって砥石を滑らせる。

 たった二回。それだけで、ミスリルの剣はその煌めきを一層強くした。

 太一は掌にリンゴを乗せ、その数ミリ上に刃を翳し、剣の自重に任せて自由落下させた。そこにリンゴなど存在しないかのように抵抗なく刃は落下し、剣の腹を太一が指先でつまんだことでその動きを停止する。


「すっごくよく切れるよ」


 太一は剣の切れ味に感嘆する。真っ二つになったリンゴの片方をかじりながら、太一は刀身を羊毛で拭き上げる。


「凄くきれいな剣だね」


 頭にバンダナを巻き、ホウキを手に通りがかったミントが、太一が掲げる剣を見てため息をつく。剣そのものは大して珍しくはないが、刀身が鏡面のように輝く剣は見慣れないようで、まるで宝石を眺めるかのような瞳でミントは見入っている。

 剣を拭くことに意識を注いでいる太一は、深く考えずに、


「材質ミスリルだからね」


 と答えた。


「み、ミスリル?」


 太一の耳に狼狽したミントの声。


「そう。ミスリル」


 何でもないかのように答える太一。


「ミスリルって……あのミスリル?」

「何を指してるかは分からんけど、多分そのミスリル」


 パタン、と何かが倒れる音。何か倒しちゃったかな、と、太一はここで手を止めて周囲を観察する。

 テーブルの上に変化はない。

 では何が、と視線を移して、両手で口を押さえているミントが目に入る。彼女の足元には倒れたホウキ。

 ああ、その音だったのか、と太一は納得した。


「それって、かなり高いよね……?」

「これ?」


 恐る恐る聞いてくるミントに、太一は剣を軽く上下して答える。ミントはこくこくと首を振った。


「高いみたいね。貰い物だからイマイチ実感ないけど」


 太一としては入手するのに苦労をしていないため、そう答えざるをえない。

 その答えに、しかしミントはめまいを覚えたのかくらりと揺らいだ。

 その剣一本買うお金でどれだけの贅沢ができると思っているのか。ミントはそう思ったが口には出さなかった。そんな剣をぽんと与えられるだけの財力を持った者と繋がりがあるということ。端的に考えて、それはミジックのレベルではない。そんな人物がバックにいるならば、幾らBランク冒険者とはいえミジック程度をまるで恐れない太一たちの態度にも納得がいくと、ミントは勘違いをした。

 もっともその勘違いも決して的外れではなく、太一がその気になればスミェーラ、ベラ、パソスの連名で記述された、ミジックに釘を刺す書面を提出するのは容易い。泣く子も黙るエリステイン王国軍総司令官に王国軍のエリート中のエリートである騎士、宮廷魔術師の長の名が記された警告に抵抗できるものは、この国にはいないだろう。もしもミジックがそれでも従わない剛の者なら、今度はエフティヒアなりシャルロットなりに一筆したためてもらうことも、やろうと思えば可能だ。因みにジルマールを引っ張り出すのはやりすぎである。やりすぎなだけで不可能ではないのが、太一一行が築いたパイプの凄まじさ。

 書面での勧告という手段なら、実はレミーアが書いたものでも相当に有効だ。エリステイン魔法王国において押しも押されぬ最強の魔術師と広く知られているのがレミーア。ただ一言「海風の屋根へのちょっかいを止めなければ直々に報復にいく」と書かれた書面が届くだけで効果は抜群。これが只のAランク冒険者ではそうは行かない。二つ名を持つからこその抑止力である。余談だが、二つ名を騙ることは不可能だ。ギルドカードに記されているので、提示を求められて答えられねば即座に看破されるからだ。

 書面での勧告というのは奏が思い付いた手段の一つだ。それに頼れば一発で終わる。但し届くのに時間がかかるのが選ばなかった理由の一つ。もう一つは、王家に借りを作ると考えたからだ。それは勘違いであり、王国の治安を乱す者に対応してほしいというのは、治安維持法に基づく「通報」にあたるため、王家への借りどころか感謝される行為である。法律にまでは精通していないというのがネックになった。

 そして最後に、ミジックを黙らせる事が出来るカードがある。だからこそ、あえて自分達でやろうと決意した。最初からそれを使っていれば解決は早いだろうが、仮にテイラー夫妻にかけられた嫌疑が本当だった場合、手段の良し悪しは別にしてミジックは本当に治安維持のために動いていたことになる。ミジックが正しい可能性は限りなく低い──そう思いたい──と思うのだが、確証を得てからにしたいというのは、三人で合意したことだ。


「ね、タイチ君! その剣はどんな人から譲ってもらったのっ?」


 ミスリルの剣からそこまで派生した思考を引き戻すミントの声。

 まさか正直に明かすわけにもいかず、太一は「とっても偉い人」と、少し頭の悪い返事をした。

 そんなんで誤魔化せるのか、と言いながら思った太一だったが、ミントはどうやらとても素直な女性のようで「そうなんだー」と少し呆けた顔を見せていた。

 そんな簡単に誤魔化せてしまっていいのか、とも思ったが、深く掘り下げて来ないならそれでいいと考え直し、中断していた剣の手入れを終わらせるべく、太一は再び羊毛を手に取った。






◇◇◇◇◇






 その日の午後。ついに歯車が大きく動く。

 昼食を食べて各々のんびり過ごしていた。太一はソファーに身体を預けて気持ち良さそうにうとうとしていた。奏はテイラーから借りたエリステインの歴史書を熱心に読んでいた。ミューラは瞑想しながら魔力を体内で循環させるトレーニングをしていた。

 この辺りに三者三様の時間の使い方が見てとれる。

 まあ自由時間なのでどう使おうと人それぞれ。

 ミューラが、ゆっくりと目を開けた。続いて奏が本に落としていた視線を上げる。それから少し間を置いて、太一が起きた。

 三人とも、宿の入口を見ている。

 先日は複数だった気配は、今日は一人。ゆっくりと歩いて、この宿にまっすぐ向かってきている。

 太一たちが鋭敏な感覚を見せてテイラー夫妻を驚かせてから十数秒後。正面の両開きの扉が左右に動き、男が姿を見せた。

 一昨日、この場所で太一がやり込めたあの男だった。


「ミジック様が、お会いくださるってよ。てめぇら三人、屋敷までついてこい」


 三人。言わずもがな、太一、奏、ミューラだろう。

 これでついにミジックに会える。本人から直接話を聞ける。


「お断りするわ」


 ミューラは間髪入れずにそう応じた。


「なんだと?」


 男が眉尻を上げた。


「ミジックが来い、って言ったはずよ、あたしたち。どの面下げて呼び出してきてるのかしら、おたくのご主人サマは」

「お前……大商人ミジック様だぞ?」

「アズパイアじゃ聞いたことないわね。大商人なんて大仰ならもっと有名人でしょう、普通は」


 小物、と吐いて捨てる。

 もちろんわざと、しかも建前である。

 しかし言ったことそのものは本当だ。スミェーラやドルトエスハイムといった本物に会った後では、この街を牛耳る程度の力しか持たないミジックには何も思うところはない。まして、その本物を束ねていた本物中の本物、ジルマールとは比べるべくもないだろう。

 そして、本音はといえば。


「そもそもあたしたちの依頼主が欠席はおかしいでしょう」


 三人でここを離れるとテイラー夫妻の守りが薄くなる。大丈夫だと言える根拠がない以上、飲むわけにはいかない。

 ミジックを貶すことでインパクトを与えて、こちらの条件を飲ませるのだ。

 この交渉を請け負うと手を上げたのはミューラ自身だ。話をするミューラを見ながら、太一と奏はこの間、この可愛いだけじゃない女の子が、実は年下なのだと今更ながらに思っていた。


「ちっ……全員なら来るってのか?」

「まあ、そうね。全員で、というのなら、行くことにしようかしら」


 彼としては、どうあっても来てもらえなければ困るだろう。ミジックの方はどうなのか分からないが、まあ思い通りにはならないだろうと考えているはず。

 そうでないなら、逆に与し易い相手だ。


「仕方ねえ……全員できやがれ」


 渋々といった面持ちでそう告げる男。まずは第一関門突破。

 ミューラは振り返ってサムズアップをした。その姿があまりにもサマになっている。可愛いだけじゃなく、端々に凛々しさも感じられる少女。自分達が一四のときにこれほど大人びた真似が似合ったろうか。太一は、自分がやったとしても背伸びにしかならないだろうなと思った。


「と、いうわけなので、お二人とも準備なさってください」

「あ、ああ……」

「うん……」


 あれよあれよと言う間にミジックの元に向かうことになった。二人が目に見えて動揺している。


「問題ない。俺たちがいる限り、理不尽な暴力になんか曝させやしないから」


 太一はそう二人を宥めようとする。その言葉を発した少年がBランク冒険者ということを思い出し、二人は落ち着きを取り戻した。

 気を取り直したテイラーとミントが奥に引っ込んだ。太一たちも自室から装備品を取ってくる。数分もしないうちに準備は終わった。単にミジックの屋敷に行くだけなのだから、そこまで気合いを入れる必要はない。

 最低限身なりを整えた二人と、武器だけ持った太一のパーティーが揃った。


「行きましょう」


 奏の言葉に促され、二人が歩き出す。男が先頭、その後ろをミューラ。テイラーとミントに並ぶように奏が、殿を太一が。過剰な布陣だが、本人たちにとっては何となくである。見る人が見れば、これ以上ない豪華な護衛陣だと言うだろう。

 男に先導されて街を歩いていく。歩き始めて一〇分としないうちに、視界には巨大な屋敷が飛び込んできた。


「着いたぜ。くれぐれも失礼のないようにしろよ」

「そりゃミジック次第だ」


 太一はそう切り返す。男は太一を恨めしそうに見ていたが、何も言わずに敷地に入っていった。

 その後をついて敷地内を歩く。かつて襲撃した伯爵家の敷地の半分弱程度か。それでも、一商人としては相当な規模だ。

 なるほど、貴族並みの私財を持つというのなら、傲慢になっても仕方がないのかもしれない。

 屋敷の正面玄関前。そこには噴水が作られている。有り余る金があるからこそだろう。まあでも、驚くには値しない。王城に比べたら、正直「この程度」だ。


「来たな。冒険者気取りの若造ども」


 びくりと、テイラーとミントが震える。その声は頭上から降ってきた。

 天を仰ぎ見る。二階の立派なバルコニーからこちらを見下ろす、横に一際大きい男。言わずもがなミジックだろう。なるほど、不摂生かつ贅沢をしすぎるとああなるのだといういい見本だ。

 そして、油ガエルとは言い得て妙。そんな面構えだった。


「あんたがミジックね」

「その通り。私こそここシーヤック一の大商人、ミジックだ」


 誇らしげな声。


「ふうん。まあ何でもいいんだけれど」


 どれだけすごいのか。太一たちにとっては関係無いことだ。


「この二人から手を引く気はないの?」


 先程と同じく、弁論を引き受けたのはミューラだ。理性的にやり取りが出来るうちは、穏便にいこうと決めてあった。力ずくも辞さない心構えだが、自分達からそれを選びたくはない。


「なんのことかな?」

「とぼける気?」


 どこかで聞いたようなお決まりのやり取りだ。

 ミューラは一切表情を変えず。ミジックはにやついたまま。


「はて。心当たりがないものをとぼけることは出来ないが」

「冤罪」


 ミューラは一言告げる。


「罪のない人に対して、ありもしない罪をでっち上げて不当に糾弾する。これが本当なら大変なことになるわね」

「……ほお。どうやら少しは知恵をつけてきているようだな」

「普通よ」


 ミューラはくすりと笑う。


「お前たちは、私が冤罪を吹っ掛けているというのかね」

「違うのかしら? 彼らは一貫して否定しているけれど?」

 

 ふん、と鼻で笑うミジック。


「当然彼らは否定するだろうな。認めれば投獄されるのだから」

「犯していない罪だから認めていないだけよ?」

「犯していない、ね」


 勿体振るように、ミジックはにやりと笑う。


「しかしだね。もう、立件されているのだ」

「……どういうこと?」

「私はその被害者に会った。金を盗まれたことで、その被害者の旅がたちゆかなくなってしまった。私は彼に弁償したのだよ。この街の、経済に責任を持つ者としてね」

「で、でたらめだ! 僕たちはそんなことしていない!」

「往生際の悪い犯罪者は皆そう言う」


 やれやれと首を左右に振るミジック。


「ギルドにも被害届は出ているよ」


 それは初耳である。確かテイラーは、ギルドで調べたらいい、と言っていたはずではなかったか。

 どういうことなのか。その気持ちを込めてテイラーを見ると、彼は必死の面持ちでぶんぶんと首を振る。無論横にだ。


「……」

「さあ。これで分かったか。君たちも無闇に犯罪者を庇うと為にならんよ?」


 どういう訳かは知らないが、これは窃盗事件という扱いらしい。

 否定するテイラーと、犯罪者と断ずるミジック。どちらかが嘘をついていることは明白だが、断定するにはまだパーツが足りない。


「あんたの主張はよく分かったわ」

「そうか、話が早い者は好ましい」


 テイラーとミントが愕然としている。当然だろう、味方のはずのミューラがミジックの肩を持とうとしているように見えるはずだ。

 だが、そうではなかった。


「そうすると、腑に落ちないわね」

「……何がだね?」

「犯罪者への対応は、普通自警団か管轄貴族の私兵、或いは冒険者が行うのがルールのはず。幾らあんたが大金を稼ぐ商人でも、貴族でない限りそういう権限はないはずよ」

「ほほう」


 ミューラの指摘に、愉快そうな顔をするミジック。その表情の下で何を考えているのか、外からでは読み取れない。


「それと、もう一つ」


 ミューラはにっと笑う。その笑みは挑発的で、不敵で、まるで薔薇の棘のようだった。


「盗まれた被害者は旅人よね?」

「そうだ」

「で、あんたは被害額を弁償した、と」

「それがどうした?」

「あんたの話を、一体何が証明するのかしら」

「……なんだと?」


 だってそうでしょう? とミューラは追求の手を緩めない。


「被害者は既に旅立っている。被害金額を立て替えたあんたがテイラー夫妻を追求している。確かにパッと見て辻褄が合っているようにみえる。でも、普通窃盗の被害を受けたらすぐに自警団なりギルドなりに駆け込むわ。自警団はもちろん速いし、冒険者の動きはもっと速い。事件現場がはっきりしている以上、逃げるのは困難よ。二年間も犯人が捕まらないなんてことはあり得ない。冒険者を舐めないことね」


 冒険者には、そういった犯罪の解決を得意とする者は少なからずいる。荒事も少なくないため頼られることも多く、そういう依頼を多数受ける者は経験も自然と積み重なるのだ。


「今回の事例なら、検挙するまでそう時間はかからない。仮にギルドや自警団の水準が低くても、二年間も検挙出来ないなんて街の恥よ?」


 舌鋒鋭く切り込むミューラを、目を丸くして眺める太一と奏。だが、それでは終わらない。


「もっと言えば、何故追求しているのがあんたなのかしら。その役目はギルドか自警団。それでダメなら貴族の管轄。一商人ごとき(・・・)がでしゃばっていいものじゃないわよ」


 状況証拠とミジックの発言のみという曖昧なスタート地点から、見事な推理をして見せた。

 言っていることはその通りだが、これだけの論理の展開を咄嗟にやれと言われて何人にそれが可能だろうか。

 この評価をミューラが聞いた場合、「穴をつついただけ。決定打にはならない」と言っただろう。照れ隠しにツンツンとした態度で。


「反論があるなら聞くけれど?」


 剣の柄に左手を載せ、かなりサマになったポーズで立つミューラ。位置関係から見下ろされる立場だが、ミューラは確実にミジックを見下していた。


「……随分と礼を失した小娘だな。黙って聞いていればつけあがりおって」

「ええ。それで反論は?」

「ふん。例外は付き物だ」

「例外?」


 ミューラの推理に反論を用意したのだろうか。


「ガルレア子爵様は忙しいのでな、単に私が仕事を引き受けたまで。中々検挙できんのは仕方あるまい、犯罪者でもこの街の民。私も手荒な真似はしたくない」

「例外、ね。金銭を盗まれても、犯人が検挙されれば可能な範囲で弁償される。なのにわざわざ立て替えたの? 今回の事例ならじきに」

「旅路を急いでいたというのでな」

「なるほど。それも例外というわけね。偶然がこんなにも重なるなんて珍しい」

「まあ、そんなこともあろう」

「そうね。もう一度同じ質問をするけれど、あんたの言葉を何が証明するの?」


 ミソは「誰が」ではなく「何が」である。


「先も言ったろう。私はこの仕事をガルレア子爵様から引き取ったと。子爵様が証明してくださる」

「却下よ」


 ミューラは、貴族の証言ではダメだとバッサリ切り捨てる。

 不敬罪にも処されかねないその発言に、テイラーとミントは顔を真っ青にしている。貴族に逆らうなど考えられないことだ。誰も聞いていない場所で不満を漏らすのならまだしも、ミジックが聞いている前でなど無謀だ。

 公爵と相対したことのある太一と奏にとっては、子爵であってもあまり心に響かない。


「……おい貴様。もう一度言ってみろ」


 ミジックが恫喝してくる。が。


「何べんでも言ってあげる。却下よ」


 この程度恫喝にすら入らない。

 王国軍全体に行き渡るスミェーラの号令と比べてしまうと、ただの会話の延長にしかならない。


「で、やっぱり証明できる物は無いのかしら?」


 全く動じずにそう応じたミューラの姿は、ミジックにとっては腹に据えかねたようだった。


「冒険者の分際でガルハド家に楯突くその姿勢は看過できん!」


 一体どこに潜んでいたのか、四方八方からわらわらと現れる人、人、人。

 総勢何人だろうか。数えてみようかと思ったが、二〇を超えたので諦める。

 太一と奏、ミューラが作り出す三角の真ん中で震えるテイラー夫妻。Bランク冒険者が凄いのは分かっているが、どの程度凄いのか、その実力を見たことがないため分からないのだ。

 Bランク冒険者が実力を発揮する場所は一般人にとっては危険きわまりないため、見たことがないのが普通だが。


「あたしの質問は誤魔化すわけね」

「答える必要はない! 不敬罪だ!」

「……だから、一商人ごときがでしゃばるなって言ったでしょ?」


 罪の判断は、市民が決定していいものではない。通報や被害届を受けたギルドや自警団など然るべき組織が判断するのだ。

 市民に許されるのはあくまでも「疑わしい場合は判断を委ねる」のみだ。殺人や傷害、強盗や窃盗などのいかにも分かりやすい犯罪の現行犯以外はすべてそのルールが適用される。不敬罪など、解釈によって結果が幾らでも遷移するような事例は尚更一般人では判断できないのだ。

 この状況は、第三者的に見れば太一たちが随分と不利である。不敬罪は殺人に匹敵する重罪。

 だが、太一たちには奥の手がある。ミジックが相手なら、大きな効果をもつジョーカーが。


「おーおー。随分と沸いてきたな」

「何人かな?」

「止めとけ。数えるだけ無駄だ」

「そうだね」


 緊張感、という言葉からは無縁の会話をする太一と奏。三六〇度全てを敵騎士に囲まれた戦場を生き延びた実績が、心に大きなゆとりをもたらしている。


「全員引っ捕らえろ!」


 ミジックの号令に、取り囲んだ者たちが一斉に動き出した。



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