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【再掲】「お前を愛することはない」と言ってきた夫に言いたいことをぶちまけたら泣いた話

作者: 冬野 狸
掲載日:2026/07/10

以前別名義で投稿し、諸事情により削除した作品です。

諸事情により再掲します。

「コルネリア。私はお前を愛することはない。私の心は別の女性に捧げているのだ。愛されようなどと期待をするな」


 夫婦の寝室に入ってくるなり、ロルフ・ゲレスハイムは冷たく言い放った。

 私はベッドに腰掛けたまま、その言葉を受け止める。思わず溜息が出た。


 私の名はコルネリア。地方に領地を持つガイスラー伯爵家の次女だ。

 中の上で、ちょっと綺麗かな? ってくらいの顔面と、赤っぽい金髪の十八歳だ。

 特徴は左右の瞳の色がよく見ると違うこと。右目は緑色だけど、左目が青緑色なのだ。本当によく見ないとわからないんだけどね。そのくらいしか特筆することのない、平凡な伯爵令嬢だ。


 そんな私と本日の昼間に結婚式を挙げたのは、侯爵家の跡取り息子ロルフ・ゲレスハイム。

 金茶の髪に琥珀色の瞳で、容姿がとても整っている人だ。侯爵夫人似で綺麗だとは思う。

 でも私に対してはいつでも仏頂面なんだよね。笑った顔なんて見たこともない。まあ、数えるほどしか会ったことないんだけど。


 親類と親しい人たちを招待した結婚式を経て、侍女にお風呂でさんざん磨かれ、薄い布の寝間着を着せられて寝室に放り込まれた私は、ロルフが来るまでの間に色々と考えることができていた。


 だから彼の言葉には全然驚かなかった。


「ですよねー。だと思いました」


 驚かないどころか、ついつい本音がポロリとこぼれてしまった。慌てて口を押さえたが、出ちゃったものは取り返しがつかない。


 ロルフの眉毛がギュンっと吊り上がった。


「なんだと?」


「あ、すみません。あまりに予想通りだったから、ついうっかり言ってしまいました」


「予想? お前、何を予想していたというのだ?」


 怪訝そうに問うロルフに、私は逆にビックリだ。今までのは、この結婚に対して私に希望を抱かせないための仕打ちだったんじゃないの?

 そんな意図はなかったとか言われたら、人格を疑うのだが。


「貴方が私に興味がないどころか、疎んじているということです。違いませんよね? 貴方、私のことお嫌いですよね?」


 およそ初夜に花嫁が口にする言葉じゃない。でも先に言っちゃいけないことを言ったのはロルフだし。もう、どうでもいいかって気分になっているのだ、私は。


「き、嫌い……というか、迷惑だというか……」


 ロルフは眉尻を下げてモゴモゴと言い訳をしている。


「いえ、取り繕う必要はありません。はっきりと拒絶されたのがわかりましたし、私も諦めがつきました。で、どうするんですか? 別れますか?」


「なにを馬鹿な! 結婚したばかりで別れるはずがないだろう!」


「ですよねー。じゃあ、しばらくこのまま結婚継続で、ほとぼりが冷めたらお別れすることにしましょうか」


 状況的に考えてあり得ないけど、今別れるって言われなくて良かったわ。この人なら言い出しかねないと思っちゃったから訊いてみたんだけど。


 怪訝な顔を隠さずに、ロルフが私の様子をうかがっている。なにか言いたいことがありそうだ。

 首を傾げて無言で問えば、彼は遠慮がちに口を開いた。


「お前は……普通、もっと怒ったり泣いたりしないか? なぜそんなに平静でいるのだ?」


「いえ、言ったら絶対に怒るので。理由なんてどうでも良いじゃないですか」


「気になるのだが。怒らないから教えてほしい」


 何が気になるというのか。放っとけばいいじゃないのと思う反面、言い返したいという気持ちもある。


 だってひどいじゃない。この人、私が泣いたり怒ったりしてないって疑問に思うってことは、私が泣いたり怒ったりするようなことを言った自覚があるってことでしょう? 傷つける気満々で来て、傷つかなかったから不思議だ〜って言われてるんだよね。


 自分本位にもほどがあるんですけど。


「ここに来るまでに、色々と諦めたというか、悟ったというか……まあ、平たく言えば、どうでも良くなっちゃったんですよ。新婚初夜に『お前を愛するつもりはない』なんていう男、どう控えめに言っても最低ですよ」


 盛大に溜息をついてロルフを睨めば、彼は顔を赤くして憤慨した。

 怒らないって言ったくせに。案の定だったけど。


「お前、だいぶ失礼だぞ。だいたい別れると言ったが、いいのか? それができないから結婚したのだろうに」


「はい。まあ、今はできませんよね。事業資金を提供していただいたときのお約束を、まだ果たせておりませんから。

 でもご安心ください。領内も落ち着きましたし、このままいけばお借りした資金は三年経たずに完済できると思います。

 お約束のそちらへの技術提供もですね。まだ始めたばかりですが、職人の皆さんはとても熱心に学び取ってくれています。三年もすれば皆さん立派な職人に育つでしょう」


「待て、何を話しているのだ? お前の家は貧乏で、どうにもならないから我が家に泣きついてきたのだろう? 技術提供? 何を提供するというのだ」


「そちらこそ何を言っているんです? うちは確かに侯爵家に事業資金の一部を提供していただきましたが、それはきちんとお返しできていて残りの額は半分を切りましたよ?

 我が領で災害があり、資金繰りに苦しい時に助けていただいた恩はあります。ですがそれは、我が領の特産を使用した染め物の技術をそちらにお教えすることで返させていただく、という話になっていますよね?」


「待て待て待て。だったらなんで結婚したんだ? お前は嫁ぐ必要がないではないか」


「結婚した方のが都合が良いからですね。お教えする技術は、我が家に伝わるものですので。技術を継承している私が教えた方のが間違いがありませんからね。婚家に技術を伝える、という形ならば変な横槍も入りませんし。私と貴方の年齢も近くて丁度良かったんです」


 ロルフは愕然とした顔で私を見つめている。

 この人、ほんとに顔がいいな。こんな間抜けヅラでも美しいって、そうそうあることじゃない。


 私が妙な感心をしていると、彼はおずおずといった様子で訊いてきた。


「だが、お前は……私のことが、好きだったんじゃないのか?」


 絶句した。呆れ果てたからではない。残念ながら、図星だったからだ。面と向かって言われるとは思っていなかった。

 少なくとも私は訊けない。『私のことが好きなんでしょう?』なんて、恥ずかしすぎる。


 顔が良いってすごい。つくづく感心してしまった。


「確かに、私は貴方に恋心を抱いていた頃もありました。しかしご安心ください。最近はもう、ほとんどそんな想いもなくなっておりまして、さきほど跡形もなく消し飛びましたので。現在は皆無です」


 断言できます! と胸を張って私が答えると、ロルフはなぜか狼狽え始めた。


「えっ、ちょっ、待ってくれ。皆無? まったく?」


「はい。まったくありません」


「なぜだ!?」


 呆れた私の口から溜息がまたひとつ。本日は溜息の大安売りだ。際限なく出てくる。


「なぜって、顔合わせの折に『なんでこんな女と……』と貴方が呟いたときから急降下が始まりまして」


「そんな失礼なことを言うはずないだろう!?」


 クワッと目を見開いて睨まれたけど、私は臆せずに彼の目を見返した。自覚もなく口にした言葉だったとしたら、あの日の私が哀れすぎるだろう。本人は私を傷つけたことにすら気がついていない、ということなのだから。


「失礼だろうがなんだろうが、貴方は私に言いました。そしてその後は時間が来るまで黙り込んでいらっしゃいました。私が話しかけても、うんともすんともお返事をいただけませんでした。

 あの日、貴方が口にした言葉は、最初の挨拶と『なんでこんな女と……』だけでしたから、鮮明に記憶されています」


「それは……すまな」


「謝っていただかなくても結構です。まだまだ序の口ですから。婚約者としての義務を貴方はほとんど放棄なさってましたよね?」


 謝罪しようとした彼を遮って、私は指折り数えだした。


 定期的に行うはずだった交流目的のお茶会。最初にドタキャンをかまされて、その後もなんだかんだで欠席欠席。結婚するまでの二年の間、とうとう一度も行われることはなかった。


 ならばと手紙を出してみても、ロルフから返事が返ってくることはなかった。読んでいたかどうかもあやしいものだ。


 お互いの誕生日が、婚約期間中に二回あった。私は無難なものを二回ともお贈りしたが、それに対して彼から礼状が来ることはなかった。顔を合わせることもないので、そういえば結局お礼も感想も言われていない。

 で、当然のように私の誕生日に、彼が何かしてくれることもなかった。というか、そもそも私の誕生日がいつなのか知っているのだろうか、この人は。


 私の王立学院の卒業パーティー。エスコートを断られた、というのはかなりのダメージだった。

 手紙では埒が明かないから、最初は会って直接、エスコートをお願いしようとしたのだが、全然会えなくて。困り果てている私を見かねて、父がロルフに探りを入れてくれたんだけど、もう既に従妹のエスコートをすることが決まっていたらしい。

 婚約者が同じ会場にいるのに、兄にエスコートしてもらった私の気持ちがわかるだろうか。わかるはずがない、こんな人に。

 あと、娘を蔑ろにされた父の気持ちもだ。面と向かって『ああ、従妹のマルティナが卒業なのですよ。エスコートを頼まれましてね』と言われてしまった父は、帰宅後、涙目で私に謝っていた。


「あまり関係が上手く行っていないようだからと侯爵家に話はしていたのだが、ここまでとは思ってもみなかった。コーニーが辛いようなら、無理に結婚する必要はないのだよ」


 そう心配してくれて、結婚の取りやめまで考えてくれたのだけど、私はそれを断った。


「婚約の解消ができるのだとしても、それをしてしまえば、我が家は信用ならない家だと世間に見られてしまうでしょう。そうなってしまえばお父様もお母様も、家族も領民も、皆が困る事になりかねません。

 大丈夫です。私はロルフ様の妻になるのではなく、職人に技術を教えるために結婚するのだと思うことにします。いずれ帰されて、ご迷惑をおかけするかもしれませんが……」


 諦観してしまった私を見て父は泣いた。

 だけど、貴族社会で信用をなくすということは、家の死活問題になる。だからそれでいいのだ。


 本日、私の家族は皆して泣いていた。……それは決して『良かったね』とか『幸せになってね』とかいう祈りのような優しい涙ではなかった。万感の思いのこもった、苦い涙だったのだ。

 

 そんなこととはつゆとも知らず、ロルフは結婚式中でさえ私と目も合わせなかった。

 誓いのキスはあからさまな寸止めだった。二人の唇と唇の間の距離に、神官様が目を見開いてガン見していた。ちょっと笑ってしまった。


 その後の披露パーティーでは、さすがに私はひとりで放っておかれることはなかった。といっても、私の周囲にいてくれたのは侯爵夫妻だったのだが。

 幸いなことに私は義理の両親となる侯爵夫妻には可愛がってもらえているのだ。ロルフには無視されているのだけど。王立学院で同級生だった従妹のマルティナには毛嫌いされているし。嫌がらせもされた。


 そんなこんなの二年を過ごして、私の貴方への思いは他人よりも希薄なものになったのです、とロルフに告げると、彼は呆然としていた。


 黙り込んで動かない彼は、話している途中から、私の隣に座っていた。

 彼が私の近くに座ろうとしたのでさっと距離を取ると、彼は傷ついたような顔をしたから、ふざけるなと心の中で吐き捨てた。ほんと、ふざけるなだ。

 自分ばかりが傷ついたような顔をしているけど、私も私の家族も、どれだけ貴方に傷つけられてきたのか、わかっているのだろうか。


「ロルフ様。することもないですし、契約書を作ってしまいましょう。貴方は私を愛することはない、私は貴方を愛することはない。それに付随する契約をしてしまいましょう」


「契約? ああ、そうだな。確かに明文化してしまったほうが、後腐れがなくて良いだろう」


 私は彼にちょっと待っていてもらって、私の部屋の扉を開けた。

 この夫婦の寝室は私とロルフの部屋の間にあって、双方と扉で繋がっているのだ。後で私の方の扉を塞いでもらおうと心に決めた。私の部屋にもベッドはあるのだから問題ない。


 私の荷物は以前から少しずつ運び込んでいたので、もう既に整頓されてそれぞれの場所に収まっている。

 書類入れから契約書を二枚、小箱から精霊石を二個取り出す。インクとペンも二組。血印用の針を二本。


 それを持って寝室に戻ると、ロルフはソファに移動していた。私も彼の向かいに腰を下ろした。


「では、条項を決めたら同時に書いていきましょう」


 ロルフに一揃いを渡すと、彼は契約用紙をしげしげと見ていた。


「これは、もしかして精霊契約の用紙か? 随分と念の入ったことだな」


「当たり前です。私たちの間に信頼関係など微塵もないのですから、精霊契約が最善ですよ」


 精霊契約で交わした約束は、文字通り精霊が契約の立会人となる。もしも破ったら場合は、取り決めた罰則を精霊が下してくれる。身分や立場が下の者が泣き寝入りしにくい仕様になっているのだ。

 ちなみに、精霊石は契約の精霊への報酬だ。何に使うのかは知らないけど、結構ゴツい顔つきの契約の精霊が嬉しそうに精霊石を受け取る姿は、ちょっと可愛らしくて私は好きだ。賛同してくれる人はあまりいないけどね。


「ロルフ様は文章を書くのがあまりお好きではないかもしれませんが、二人の間の契約ですので。ご協力下さい」


「は? べつに文章を書くのは苦手ではないぞ?」


 えー。じゃあなんで手紙の返事をくれなかったの、という言葉を私は呑み込んだ。もう、べつにどうでもいいや。


「そうでしたか。では問題ないですね。始めましょうか」


「ああ。わかった」







 それからしばらくは契約内容について話し合い、決まったことをお互いに用紙に書いていった。

 ロルフは意外と字が綺麗だった。


 決まったのは、お互いに不干渉でいること。生活も交友関係もだ。相手が誰とどう付き合おうとも、家名に傷を付けない程度ならば文句は言わない。


 夜会などでパートナーが必要な時には協力すること。その際には普通の会話を心掛けることになった。

 だって、急に仲睦まじい夫婦の演技なんて私たちにはできないだろう。普段は目すら合わないのだから。かえって怪しくなってしまう。


 お互いに相手を愛することはないのだから、夫婦としての営みはしないということ。      

 本当は接触を全面的に禁止にしたかったのだけど、一緒に暮らしているのだから、触ることくらいはあるかもしれない。

 階段から落ちるのを助けたりとか、ね。そんな場合でも触ったら罰則が発動してしまったら困るので、そのあたりはちょっと曖昧にしてしまった。

 基本的に他人に対する距離感を保っていれば問題ない。


 それから、結婚から三年が経過したら速やかに別れること。

 これは侯爵夫妻に反対されることが予想されるから、ロルフがきっちり説得すること。


 私は誠意をもって、染め物の技術を職人に教えること。もちろん初めからその約束だから、知識を出し惜しみをするつもりはなかったけどね。


 それから……

 私たちはしっかりと話し合って、様々なことを決めていった。

 たぶん今後、こんなに話をする機会なんてないんじゃないのかな。そう思うとあまりの皮肉さに乾いた笑いが出た。


 あと、不安なので適切な衣食住の保障も盛り込んでもらって罰則を決めて、終了。


 罰則は、もしも破ったらその場で殴られたうえに、好きな人と話している時、強制的に変顔になる、というものにした。

 契約の精霊が出張してきて顔にイタズラするのだ。鼻をクイッと持ち上げてブタさんみたいにしたり、目を横に引っ張ってチベスナ顔にしたり。


 私はべつにいいけど、普段取り澄ましているロルフにはダメージが大きいだろう。実際なんとなく青ざめていたし。


 何か抜けがあったら、また新たに契約をすることにして、私たちはペンを置いた。お互いが書いた契約書を交換して確認。二人で二枚の紙に署名と血印をする。指先を針で刺して血を一滴、二滴。これで契約は完了だ。

 

 最後に精霊との契約をする。

 血印をした契約書が薄緑色の光を放つと、私の拳くらいの、小さな契約の精霊が二体現れた。子供のような体つきなのに顔は老成した男性……まあ、オヤジ顔だ。厳つい。アンバランスで不気味だ。

 

 私が差し出した青く光る精霊石を、二体の精霊はササッと受け取った。両手に大事そうに抱えて頬を緩めている。気に入ってもらえたらしい。嬉しそうだ。

 あんまり質の良くない石だと受け取ってもらえない事があるらしいから、私はいつもなるべく良い石を用意するようにしている。


「よろしくお願いしますね」


 私が微笑むと、精霊たちは「まかせろ」とでもいうように片手で自分の胸を叩いて頷いた。

 契約の精霊は、お互いに精霊石を見せ合いっこしながら姿を消した。顔は厳ついのに無邪気で可愛い。

 今日は最悪の気分だったけど、一日の終わりに良いものを見ることができた。


 なんとなく嬉しくなって、心が寛大になってしまう。調子に乗った私は、ロルフに話しかけた。


「そういえば、ロルフ様は他に愛する方がいると言っていらっしゃいましたが、どなたなんですか?」


「なぜ、そんなことを訊くんだ?」


 無表情だったロルフの顔に警戒の色が浮かんだ。

 

「あ、いえ。その方を害そうとかいう気はないんです。ただ、どなたかわかっていたら、私が接触するのを避けられるじゃないですか。それだけの意味で訊いただけですので」


 そんなに睨まなくても大丈夫だと伝えているのに、ロルフの眉間にはシワが刻まれたままだ。


「あ、ひょっとしてマルティナ様ですか?」


「なんでそうなるんだ! 彼女はただの従妹だ! それ以上でもそれ以下でもない!」


「はあ、そうですか」


 ただの従妹よりも扱いが下の婚約者とは……と一瞬考えたが、やめた。この人にとって私はきっと、お隣の飼い犬についているノミよりもどうでも良い存在だ。

 あれこれ考えるだけ無駄だ。いや、心が摩耗するから無駄というよりも損だな。


「私の想い人は、今はどこにいるのかわからないのだ」


 あ。終わったと思った話題が続いてた。へーそうなんですねーと平坦な声で答える私に構わず、ロルフは記憶を探るように空中に視線を彷徨わせた。


「彼女は鮮烈な……精霊のような人で……美しかった。私の命の恩人だ」


「ポエミー……あ、いえ、なるほど。なんか、助けてくれた人ですかね? で、初恋の人とかですか?」


「なっ……! そ、そうだな。初恋だ」


 そう言って頬を染めるロルフは、世の中の女性の十人中九人が見惚れるほどの色気を醸し出していた。

 ちなみにその中に入らない、十人のうちの一人が私だ。中身に幻滅し尽くしているから、外見がどんなに麗しかろうと、もう騙されないのだ。


「初恋って言えば、私には貴方がそうでしたよ」


「はあっ? やめてくれないか。不愉快だ」


「私もですよ。貴方が好きだった私はもう消えましたが、心の残滓をここに捨てさせて下さい」


 このままではモヤモヤして眠れないから、スッキリしてしまいたいのだ。そうやって自分の要求を通そうとしているのだから、私もなかなか自分本位なのかもしれない。


「私が十歳の時に、湖でお会いしたのを覚えていませんか?」


「ない」


 うん。知ってた。まったく覚えてないよね。私には強烈な記憶だったのになぁ。


 国内でも有数の夏の保養地に家族で遊びに行ったときのことだった。そこには大きな湖があった。

 驚くほど澄んだ水の中を、地元の男の子たちが結構な勢い泳いでいるのを見た私は、自分も泳ぎたくなってしまったのだ。


 私は女の子で、しかも貴族令嬢である。だから人目に付かない辺りを選んで泳いで遊んでいた。諦めるという選択肢は当然のようになかったのだ。


「湖に潜って遊んでいたら、突然ロルフ様が水中に落ちて来て。

 私、丁度そのとき、人魚ごっこをしていたんです。『人魚のお姫様』という話のワンシーンにそっくりな出来事で、とても驚きました。

 助けた貴方が忘れられなくて、婚約者として再開したときは運命を感じたのですが、完全に錯覚でした。

 一目惚れというのはよっぽど中身が良くないと駄目ですね。少しの瑕疵でも幻滅しますから。しかも貴方は少しどころか相当な事をしてくれているので……」


「え、ちょっと、待って! 待ってくれ!!」


 私の話の途中から、急に顔色が悪くなっていったロルフは、唇をブルブル震わせながら喉を絞るように叫んだ。腰を上げかけて今にもこちらに飛びかかってきそうだ。


「やだ、こわい。なんですか? もう夜も更けてきたんだから、大きな声は迷惑ですよ?」


「そんなことは! どうでもいいのだ! 湖での話だ!」


「だから煩いです。怒鳴らなくても聞こえますから、少し声を落として下さい。やかましい」


 私が淡々と言うと、ロルフはハッとしてソファに座り直した。

 神妙な顔で私をじっと見つめるロルフ。顔色が悪いけど、具合が悪いわけじゃあなさそうなので放っておこう。


「湖で、私を助けたときの話を聞きたい」


「ああ。やっぱり覚えてないんですね? 水に落ちた衝撃で記憶に障害が出たんですね」


「違う! 私の覚えていることと違いがないか、確認したいのだ!」


 エラそうである。人に話を乞う人の態度じゃない。

 でも逆に「お話して?」とか小首を傾げられても、何を企んでいるのだろうとしか思えないだろうから、これでいいのかも。ロルフが失礼なのは今に始まったことじゃない。


「はあ。まあ、いいですけど。貴方が水に落ちて、助けようとしたらしがみついてきて私まで危なそうだったから、一回水中に一緒に沈めました。それで離れたところを背中から抱えて、岸に押し上げました」


「……その後、私はなんと言った?」


「え? ああ。靴が片方なくなったと言っていましたね。潜って取ってきましたけど」


 水の透明度が高いから、底に靴が沈んでいるのが見えたのだ。

 私の答えを聞いて、ロルフは苦しそうに溜息をついた。なんだか泣きそうな顔で私を見る。


「あのとき、君は赤い髪だった」


「はあ。確かに昔はもっと赤みが強かったですね。それに水に濡れると色が濃く見えるんですよね」


「青と緑の目をしていた」


「今もそうですよ。よく見ないとわからないですけど。というか、記憶喪失じゃないんですか?」


「いや、覚えている。一日だって忘れたことはない……!」


 はあ、そうですか。

 苦悩しているっぽいロルフには悪いんだけど、私はもう眠くなってしまった。朝からドレスの着付けやらなんやらで忙しかったし。

 夜も更けたし、お暇しようかしらと思っていると、俯き加減だったロルフがガバっと顔を上げた。


「やっと見つけた! コルネリア、君が湖の精霊姫だったんなんて!!」


「はっ!?」


 精霊姫……?

 この人は何の話を始めたのだろうか。なんだか熱い視線を送ってくる。ついさっきまで蒼白だった頬を赤く染めて、冷たい光を放っていたはずの目を潤ませて、私を見ている。


 あれ? もしかして、そういうことなんだろうか……

 まさかと思ったが、いちおう訊いてみることにした。


「もしかして……まさか、私が初恋の人とか、言いますか?」


 私の問いにロルフは破顔一笑した。見たこともないくらい嬉しそうに笑ったのだ。

 そうか。それが答えか。


「ふざけないでもらえます? たとえ私が貴方の探してた人だとしても、私が貴方を愛することはありませんよね? 今までの仕打ちを私は忘れませんから。あり得ないんですけど」


 ロルフが私に差しのべようとしていた手は、途中で失速して落下した。おい。その手をどうするつもりだったんだと問いたい。


「え、しかし、私を好きだと」


「耳付いてますよね? じゃあ聞こえましたよね? そんな気持ち、もう欠片も無いですって言いましたし、今も無いですし、これからもあり得ないです!」


 拒絶の姿勢を崩さない私に、ロルフは泣き出しそうな顔をした。というか、涙が一筋こぼれた。


「すまなかった! 謝るから!」


 ローテーブルに額をぶつける勢いで頭を下げているけど、今更だ。


「謝罪は結構ですとも言いましたよ。もう、そんな段階じゃないことくらい、理解できますよね?」


 私は交わしたばかりの契約書をひらひらと振った。ハッとしたロルフは、止める間もなく自分の方の精霊契約書を引き裂こうとした。


 途端に空中から二体の契約の精霊が現れて、片方がロルフの頭を棍棒で殴り飛ばした。グラリと揺れてソファに沈んだロルフに、もう片方が雷撃の魔法を叩き込んだ。ロルフは軽く痙攣した。


 隙のないナイスコンボに私は思わず拍手をする。

 二体の精霊は私を振り返ると、ニヤリと笑ってサムズアップした。カッコいい。その後すぐに姿を消すのもカッコいいわ。


 ソファに身を横たえたまま、ロルフが忌々しげな呻き声を上げた。


「なんなんだ、あいつらは……!」


「あら。ご存知なかったんですね。精霊契約書は精霊に守られています。破こうとすれば、今みたいに物理と魔法で攻撃されるんですよ。回を重ねるごとに苛烈になっていくと聞いていますから、次はその程度じゃ済まないでしょうね」


「なんで、なんでそんな契約書を使ったんだ……」


「それも言いましたよね。私たちの間には、信頼関係などないからです。現に貴方、契約書を破ろうとしたじゃないですか。

 精霊が出てこなかったら契約をなかったことにして、今までの態度から手のひら返しするつもりだったんでしょう? ほんと、精霊にお願いしておいて良かった!」


 しんとした部屋に私の声は意外と響いた。

 夜更けに大声を出してしまったことを反省していると、ソファに寝たままのロルフが私をジッと見ていた。目に涙を溜めている。だから泣くな。


「普通、大丈夫か? とか聞かないか?」


「……ダイジョウブデスカ」


「………そんなに、私が嫌いか?」


 大嫌いだ。

 でもそれを言ったら、ロルフは絶対に泣くだろう。鬱陶しい。

 私は何も言わずに微笑んで立ち上がった。契約書を手に背を向けて歩き、私の部屋の扉に手をかける。


「私、疲れたのでもう寝ますね。ロルフ様も動けるならベッドに行ったほうがいいですよ」


 振り返らずに言い捨てて、素早く扉を開閉。室内に滑り込んで、扉に背を凭れかけた。

 ほうっ、と大きく溜息をついていると「ま、待ってくれ!」とか聞こえてきたから、慌てて鍵をかけた。


 鍵だけじゃ足りないかもしれない。私はチェストを動かして扉の前に置いた。これで安心だ。

 しかしさすが侯爵家。チェストは重厚な作りでなかなか重かった。力持ちの私の敵ではなかったけど。


 隣の部屋の物音なんて知らない。扉がガンガンガコガコいっているのはきっと気のせいだ。

 私は疲れた体をベッドに横たえて、すぐに深い眠りに付いてしまったから、知らないのだ。










 翌朝、私は侍女の悲鳴で目を覚ました。

 侍女は隣の寝室に続く扉の前のチェストに驚いたようだった。

 どうやって? とか、誰が? とかいっていたが、頑張れば動かせるよと答えると、顔を青くして黙り込んでしまった。繊細な人なのかもしれない。


 侍女たちは私が自分の部屋で寝ていたことについては、何も言わなかった。やっぱりね、とか思っているかもしれないけど、態度には一切出ていなかった。


 さすが侯爵家だ。私は、使用人の質は主人の格を表していると考えている。普段から素晴らしいご夫妻だと思っていたけど……いや、一つの瑕があるな。


 私が身支度を終えると、待ち構えていたように扉がノックされた。侯爵夫妻の唯一の瑕、ロルフの来襲である。


 侍女が私に目顔で問う。開けますか、と。私は首を横に振った。


「開ける理由がありません」


 侍女はさすがにちょっとムッとしたようだったので、私は契約書を取り出して説明した。


「このように、私たちは生活において不干渉の契約を交わしておりますの。お互いに同意の上でのことですので……ロルフ様はうっかりお忘れなのかもしれませんわね」


 と、ちょっと声を張った後におほほと笑っていたらノックが止んだ。

 契約のことを思い出してくれたらしい。


 私は悠然と朝食を頂くべく食堂へと向かった。


 食堂に顔を出すと、ご夫妻とロルフがもう既にで席に着いていた。驚いたように夫妻が私を見ている。なんだろうか。身形が変だ……ということはないよね。侍女が全部の支度をしてくれたんだから。

 

「おはよう、コルネリア。ゆうべは、その……」


「あなた。デリカシー」


 侯爵婦人が小声で侯爵を嗜めている。


 ああ、そういうことですか。

 新婚初夜の若夫婦が揃って朝食の席に顔を出したから驚いているんだろう。


 普通に初夜を終えていたら、この時間に起きるのは辛いのだろうし、初々しい花嫁は顔を見せるのが恥ずかしくて部屋で朝食を摂るだろう。


「私たちは昨夜は……そういったことは何もありませんでしたわ。ですからここで朝食を頂きたいのです」


 私がそう言ったときのご夫妻の顔がすごかった。侯爵は契約の精霊のような顰めっ面で、婦人は迫力満点の無表情で、揃ってロルフを睨んでいた。


 ロルフも尋常ではなかった。青ざめて下を向いてぷるぷるしていた。それでいてチラチラと時折私の方をうかがってくるので、鬱陶しい。


 何かを察したらしい侯爵が、食後に話し合いを提案してくれたので、私はありがたくそれに乗る。

 契約のことは、早目に皆さんに言っておいたほうがいいと考えていたから丁度良かった。


 私たちはそれぞれの思いを抱えながら、美味しい朝食を頂いた。








 食後に移動した談話室で、私は精霊契約書を見せながら昨晩の出来事を詳しく説明した。


 開口一番のロルフのあの台詞には、お二人とも驚きの声を上げた。その後に謝罪の嵐。

 でもそんなのまだまだ序の口よ? とばかりに私が語る、過去にロルフが何をしたか……何をしなかったかを聞くに至っては、二人とも真っ青になっていた。


「なるほど……、なるほど、な。ガイスラー伯爵から抗議があるたびに叱ってはいたのだが、叱って済む問題ではなかったのだな。自分の息子を見誤っていたのか、私は。情けない……。

 申し訳ないことをしてしまった。コルネリア、許してくれとは言えない。君の思い通りにしてくれて構わない」


「なっ、父上! しかし私たちは夫婦になったのですよ! そんなことが許されるのですか!?」


 いや、なに言ってんの、と突っ込みたくなるようなロルフの言い草に、婦人が冷笑を浴びせた。


「ロルフ、お黙りなさい。貴方には羞恥心というものがないのですか? 自分が迎えた妻に対して、愛することはないだなんて、よく言えたものです。その場で離婚されてもおかしくない程の、最低の所業だと自覚なさい!

 精霊契約と聞いたとき、わたくしはやり過ぎだと思いましたが、そんなことを言ったのならば話は別です。コルネリアに感謝したいくらいですわ! それで許して、三年も耐えてくれるのですから! 

 わたくしがそんな事をされたら、深夜だろうと構わず実家に帰りますわ!」


 おっとりとして穏やかなはずの婦人は激怒していた。ロルフは、でもとか、だってとか言い訳してるけど、婦人はそんな息子をまるっと無視した。


 私に体ごと向き直り、私の手を優しく取る。驚くほど冷たい手が、彼女がどれだけ心を痛めているのかを伝えて来るようだ。


「コーニー、ごめんなさいね。あなたの大切な時間を、こんな愚かな男に使わせてしまって、お詫びの言葉もないわ。こんなに愚かだと気付かなかった私も愚かだわ。本当に、ごめんなさい」


 涙を浮かべて謝る夫人の手を、私は優しく撫でた。冷たい手が少しでも温まるようにと。


「いいえ、お義母様(かあさま)! 私は……私たちの問題だと思って、自分で解決しようと黙っていたのです。自分の力量を見誤った私が愚かなのですわ。これからの三年は、私は私の持てる技術と知識を余す所なく侯爵領の職人に伝えるための時間として使いますわ。私、そのために来たのですもの」


 暗に最初からロルフには期待していないと言っているのがわかったのか、ロルフが私の名を呼んだ。

 そんな悲しげな声を出してもダメ。ロルフはそれがわかっていないからダメなんだ。

 相手の同情を掻き立ててお情けを貰える段階は過ぎたのだと、昨日も指摘したはずなんだけどな。


「でも、父上……。コルネリアが私の精霊姫だったのです……」


「なんと……!」


「あら、まあ……」


 精霊姫と聞いてお二人は目を丸くした。息子の初恋について、侯爵夫妻は知っていたようだ。


「ロルフ、今頃気づいたのか!」


「とっくに気づいていたと思っていましたのに。なんと情けない」


「それだけコルネリアを見ていなかったということなのだろうな」


 ん? お二人とも、私が精霊姫(笑)だということも知っていたようだ。


 ロルフは一瞬呆然とした後、猛然とご両親に食って掛かった。


「父上も母上も知っていたのですか? ならばなぜ教えてくれなかったのですか! コルネリアが精霊姫だと! 知っていたら私は、彼女をもっと大切にした!」


 ロルフは、自分がものすごく情け無いことに気づいていないのだろうか。

 私はロルフからそっと視線を外した。


「ロルフよ。自分の想い人なのだろう? 自分で気付けなくてどうするのだ。

 私たちはお前の言う精霊姫を探し出して婚約者に据えた。それだけでも相当な過保護さだと自覚があるのだぞ?」


「え、でも……髪の色も目の色も違ったので……」


「目は同じですけど。髪は少し金色が増しましたけど、あとは変わりません。そもそも顔合わせのときから一度も視線が合わなかったのですから、確かめようもありませんけどね」


「コルネリア! お願いだ! 顔合わせからやり直させてくれないか!!」


 テーブルの向こう側にいたロルフが、いきなりそれを乗り越えて来て私の手を握った。お行儀が悪いどころの騒ぎではない。そんなこと貴族なら五歳の子だってしないだろう。


 と、呆れる間もなくロルフが吹っ飛んだ。現れると同時に彼を殴った契約の精霊は、棍棒を担いでシュタッとテーブルに降り立った。片膝を立てるスタイルの着地だ。カッコいい!


「ロルフ! 大丈夫なの!?」


 さすがに心配した侯爵夫人に応えて

、床に倒れ伏していたロルフが身を起こした。


「ブッフォ!」


 同時に侯爵が噴き出し、夫人はグゥッと喉を鳴らして俯いた。

 夫人、無理に堪らえようとして顔が赤くなってる。

 

 身を起こしたロルフの頭の上に契約の精霊が乗っていて、彼の両頬の肉をグニィッと持ち上げているのだ。

 誰もが見惚れる美青年の顔は今、目は糸のように細く吊り上がり、肉に引っ張られて上唇は捲れ上がって歯茎までご開帳、口は半開きの変顔に成り下がっていた。


 私は予想できていたし、彼に対して変顔で笑うほどの親しみもないので、シラけた目をロルフに向けていた。


 精霊がパッと手を離すと顔が元に戻る。彼は笑いを堪える両親と、一切笑っていない冷めた目の私の対比をどう感じただろうか。


 少なくともご両親と一緒に笑える心境じゃなかったみたいで俯いてしまった。


 一仕事を終えた契約の精霊たちが、私の方を見てサムズアップした。私も親指を立ててみせると、彼らは満足そうな顔で頷いて消えた。

 えっ、なに? 毎回こんな感じのノリで帰ってくの? 来てくれるのが楽しみになりそうなんですけど。


 緩みそうになる顔面に力を込めて、私は咳払いをした。 


「緊急時以外の接触による契約違反ですね。殴打と変顔。なかなかエグいですわね」


「父上と母上は笑ったのに、コルネリアは笑わなかったな。ありがとう」


「逆です」


「えっ? 逆? 何が?」


「友達や肉親が変顔をしたら笑います。ですが、赤の他人くらいに心が離れていたら、まったく笑えません。ドン引きするだけです。うわぁぁぁって」


「…………………」


 ロルフはポロリと涙をこぼし、素早く床から立ち上がると「失礼します」と言い置いて談話室を飛び出していった。


 私たち三人はそれを見送り、扉が閉まった後に顔を見合わせた。


「ロルフったら……初恋をだいぶ拗らせていることは、わかっていたのですが……。あそこまでとは考えてもみませんでしたわ……。コーニーには本当に申し訳ないわ」


「息子が、すまない……」


「いえ。私もかなりキツイことをポンポンと口にしています。

 ご気分を害されるようならば、私は別邸でも用意して、そちらから職人の指導に通うようにいたしますので、どうぞおっしゃって下さい」


「いや、ここに居てくれて構わない。たった二年の付き合いとはいえ、私たちはコルネリアの人柄をよくわかっているつもりだ。

 君がそこまでロルフを嫌うからには、ロルフがそれだけのことをしてきたのだと理解しているよ。

 だがもしも、ここに居るのが辛いようならば教えてほしい。私にでも、妻にでも、言い易い方へ。すぐに別の住居を用意するから」


「お義父様(とうさま)、お心遣いに感謝いたします。私から彼を害することはいたしませんので、すべては彼次第だと思います」


 頭を下げて笑顔を浮かべたけど、どっと疲れを感じていたので上手く笑えていたかわからない。

 私の笑顔を受け止めてくれた侯爵ご夫妻の顔は、やっぱり疲れているみたいだったから、私もそうだった可能性が高いな。はあ。疲れた。

 





 談話室を飛び出したロルフは部屋に駆け戻ったそうだ。

 そのまま三日間、部屋に閉じこもっていたそうだけど、私は侯爵ご夫妻や職人さんたちとの交流で忙しくしていたので、それはあとから聞いた話だ。


 これからの私は、こんな感じで日々を過ごしていくのだろう。

 きっと三年なんて、あっという間だ。


 ロルフに時々襲撃されて、契約の精霊さんのカッコ良さにときめいて。

 侯爵ご夫妻と穏やかに交流して、職人さんに技術を伝えつつ自分の腕も研鑽して。


 そうしてロルフから開放されて、機会があったら、今度は外見に囚われない恋をしようと思っている。

 私はそれが、楽しみで仕方がないのだ。






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