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柔よく剛虎を制す!~呪いの帯で虎の怪物になった元・柔道女子高生は妖を柔道技でねじ伏せる~   作者: 暁季
前半戦

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第八話 サトリと占いと幻惑


 昨晩、私たちは建設現場の連続破壊事件の犯人である牛鬼(うしおに)と闘った。


 千年前の惨劇が脳裏を過ぎって一度は失敗してしまったが、(れん)の命懸けの支援のお陰もあり、私はなんとか自分の意思で業虎(ごうこ)の力を引き出し、牛鬼を倒す事ができた。


 私の帯と篠森(しのもり)脚絆(きゃはん)、そして昨晩封印した牛鬼の籠手(こて)……残る(くさび)はあと四つ。


 もう誰も傷ついてほしくない。


 私はこの力を、みんなを守るために「使う」。

 早く制御出来るようにならなくては。



 ◇ ◇ ◇



 次の日。私たちは普段通り学校に登校していた。

 変わらない日常。いつも通りの景色。退屈な授業。ただ一つ、違っていたのは、大怪我を負った筈の漣が学校に来ている事だった。


「キャー! 葛葉(くずは)くんどうしたのその傷!?」

「包帯巻いてるじゃない!」

「誰かに襲われたの!?」

 クラスの女子達が傷だらけの漣に驚き、悲鳴を上げる。

 

「ああ、階段から落ちただけだ。気にすんな……」

 漣がゆっくりと自分の席に座る。

 昨日の大怪我で学校どころでは無いはずだが、確かに彼はここにいる。大丈夫なのだろうか。


「漣……アンタ怪我は大丈夫なの?」

 私が小声で漣に問いかけた。


「ああ……完治はしてないが、白雨(はくう)様に癒しの術を施してもらったからな。これくらいどうってことねえよ」

 漣はそう答えたが、先程の着席するまでの動作がおぼつかなかったのを、私は見逃さなかった。明らかに無理をしている。


「ふーん……まあ、あんま無理するんじゃないよ」

 私は敢えてそっけなく答えてみせた。彼は過剰に心配されるのが嫌いだろう。その方が良いと思った。


 

 午前の授業が終わり、昼休み。

 私たちはいつもの屋上で、「作戦会議」をしていた。


『小僧……わしはあの柔らかな唐菓子(からかし)が食べたかったのじゃが……』

 白雨が不服そうに小さく千切ったメロンパンを頬張る。


「学校にポテト持ってくる人なんて、そういませんよ白雨様。これで我慢してください」

『まあ……この菓子も、悪くはないがのう』

 白雨は満更でもない様子だった。メロンパンの欠片をあっという間に食べ終え、漣におかわりをせびっている。


「これで三つの楔が見つかりましたね。白雨様、残り四つの楔の場所って、もうわかっているのですか?」

 (つむぎ)が箸を置いて話を切り出した。


『それなのじゃが……今のわしの力では、遠くにある楔を探知する事はできん』

「そう、ですか……」

『それにじゃ。今小僧は万全ではない。わしの術で傷口を塞いではいるが、体力も霊力もまだ回復しきっておらん。今はしっかりと英気を養う事が先決じゃな』

 白雨がモシャモシャとメロンパンを頬張りながら、そう答えた。


「それじゃあさ! ウチ行きたいトコあるんだけどー!」

 突然夢愛(ゆあ)がいちごサンドを片手に立ち上がった。


「行きたい所?」

「そうそう! 見てコレ! 今巷で話題の占い! なんでも当てちゃうすごい占い師が白陽(はくよう)町にいるんだってー!」

 

 夢愛がそういってスマートフォンの画面を私たちに見せる。画面には「真実の鏡でなんでもお見通し! 話題沸騰の『白陽のママ』」という見出しのネットニュースの記事が表示されていた。


「……占いィ?」

 私は目を細めた。正直、占いの類があまり好きではない。

 信じていないのもそうだが、どうせありきたりな事を言ってそうかも、と思わせるだけのくだらないものだと思っている。


「や! ホントこの占い師ハンパないんだって! 隠し事を暴いたり、絶対にその人しか知らない事をピタリと言い当てたり! ウチも未来の旦那サマがどんな人か当ててほしいな〜!」

 夢愛は目をキラキラさせながら立ったままいちごサンドにかじりつく。


『ほう……現世にも占術を使う者がいるとはな』

「白雨様……たぶんそんなすごいもんじゃないですよ〜」

 白雨も多少興味があるようだが、私はいまいちピンと来ない。


「でも……『鏡』か」

 ふと、紬が顎に手を当てて呟いた。

 

「白雨様、残りの楔の中に『鏡』ってありましたか?」

『む? ……ああ、そういえばあったのう。「銅の手鏡」が……』

 白雨の言葉に、私と漣の視線が鋭くなる。

 

「……もしそれが本物の楔なら、放ってはおけねえな」

 漣が下を向きながらメロンパンを頬張る。

 

「ハァ!? アンタ怪我人なんだから来なくていーって!」

「だから監視するって何度も言ってるだろ……別にお前らのくだらない恋愛相談に興味なんてねえから安心しな」

「なんだと、このふぬけ小僧!」

「もう! 二人ってばすぐ喧嘩になるんだから……」

 紬が半ば呆れ顔で制止する。

 

「それじゃ……その占い師の所、行ってみる?」

「決まりーッ! じゃあ放課後校門前に集合ねー!」

 楔の手がかりになるかもしれない。夢愛の提案に乗る形で、私たちは噂の占い師の元へ向かうことにした――


 

 ◇ ◇ ◇



 放課後。私たちは電車で二駅の白陽町商店街へ来ていた。

 

 その商店街の奥にある雑居ビル。噂によるとここに占い師がいるらしい。

 女子学生の集団や若いカップル、主婦達が満足そうな顔でビルから次々と出ていく。


「ここだ……! くぅ〜っワクワクしてきたぁ!」

 夢愛が軽快な足取りでビルへと歩き出す。

 私たちもその後に続いていく。


 すると、白雨が漣のリュックから顔を出して鼻を鳴らす。

『ふむ……微かじゃが楔の気配を感じるのう』

「本当ですか、白雨様」

 漣の顔が引き締まる。

 

『うむ……ここに来るまではわからなんだが、ここまで近づけばわかる。微かじゃが楔の気配を感じるぞ』

「やはり……!」

『しかし……正確な場所までは掴めぬ。力が弱いか、あるいはまだ楔が人の手に渡っていないやもしれぬ。いずれにせよ、油断は禁物じゃぞ? おぬしは今まともに闘える状態ではないのだからな』

「わかっていますよ……!」

 漣はバンドをパチンと指で弾き、私たちの後を追いかけた。


 ビルの中はとにかく殺風景だった。

 無機質な白い壁と床。いくつもある扉の上には飲食店やスナックの看板が小さく張り付いている。どの店も準備中らしく、空調の音が静かに鳴り響く。


 その静けさが、かえって不気味さを際立たせていた。


 その中の一つが、「真実の鏡」と記された占い屋だ。

 

『次の方、どうぞ』

 中から落ち着いたトーンの女性の声が、私たちを呼び出した。


 ガチャ……


 夢愛を先頭に、私たちは占い屋の中へ入る。

 部屋の中は、異様な雰囲気だった。部屋は薄暗く、大小様々な鏡が至る所に置かれている。

 そしてその中央には、布を被った怪しげな鏡があった。


『どうぞこちらへ……』

 マントのような大きな布を頭から被った「いかにも」な風貌の占い師が私たちに手招きをしている。


「はーい! じゃあウチからお願いしまーす!」

 夢愛がドカンと乱雑に目の前の椅子に座り込んだ。


『いいでしょう。あなたの事は見えています。』

 焦点の合わない、不思議な眼差しで占い師が夢愛を見つめる。鏡にかけられた布を外し、両手でその鏡を撫で回す。


「ウチの未来の旦那サマを教えてほしいんですけどー?それと――」

『あなた……毎日家で寂しい思いをしているんじゃありませんか?』

「え」

 占い師が夢愛の言葉を(さえぎ)って話を始めた。


『お母様……あなたを愛しているようだけど、最近は五人目の彼氏に夢中なようね。今度はそこそこ続くから心配しなくていいのよ……フフ』

「げ……なんでそれを」

 夢愛は突然の占い師の的中に面を食らう。


『壁なんか作らないで彼氏さんと仲良くなさい……それと、香水がいいわね……あなたをきっと良い方向へ導いてくれる』

「香水がラッキーアイテム……すげえ! わかりましたー!」

 夢愛が鼻の穴を広げて占い師の力に興奮している。

 初対面の人間の秘密をここまで暴くなんて。直接目の当たりにすると流石に凄い。私は少しだけ感心してしまった。


『そして……そこのあなた……あなた随分怖い顔をしているのね。「自分の中の黒い怪物」に怯えているの?』

「!!」

 占い師が突然私を指差し語りかけてきた。

 まさか、業虎の事まで見通したというのか。


『怯える事なんてないのに……あなたには素晴らしい血の未来が待っているのよ?』

 占い師が私の腹部に指を差し、ニヤリと笑みを浮かべた。


「白雨様……こいつ……!」

『間違いないのう』

 漣と白雨が顔を見合わせる。

 漣が、バンドから札を抜き取る──


「くだらん御託はここまでだ。それじゃあ俺が今から何をするか、お前はわかってるな?」

『もちろん』

「『酉ノ空烈(とりのくうれつ)』ッ!!」


 シュババババ!!


 札から無数の羽根手裏剣が現れ占い師目掛けて飛び出していく。


 この至近距離。この素早さ。本来なら必中のタイミングだ。

 しかし占い師はダンスでも踊るかのように無駄のない動きでその手裏剣を躱していく。


「何ッ!?」

『見えているのよ……あなたが何を考え、どう攻めようとするかなんて』


 手裏剣は部屋中に飾られた鏡に突き刺さり、鏡の欠片が光を反射しながら弾け飛ぶ。


『ここじゃ狭すぎるわね……もっと広いところで遊びましょう?』

 占い師はそう言うと、窓を突き破って外へと飛び出していった。


「待てッ! ……グッ……!」

 漣が後を追おうとするも、突然腹部を抑えて膝から崩れ落ちてしまった。


『まずいぞ……傷口が開きかけておる。小娘よ! 奴を追うのじゃ! わしは小僧の傷口を塞ぐ!』

 白雨は水色の紋様を輝かせ、太い尻尾を漣の傷口に向けて力を送り始めた。


「わかりました! 紬、夢愛! 漣のそばにいてあげて!」

「わかったよ!」

「無茶はすんなよ!」

 私は漣を託して割れた窓から外に向かって飛び出した。


(一体どこへ逃げるつもり!? 絶対に捕まえてやる!)

 私は地面を力強く蹴り、加速していく――


 

 程なくして占い師の後ろ姿を捉えた。

 マントをたなびかせながら商店街を駆け抜けているが、その異様な光景に疑問を持つ通行人は一人もいなかった。まるでその存在を認識していないかのようであった。


 商店街を抜けて、曲がり角をさらに抜けた先──人気の無い公園に占い師が入り込むと、突然ピタリとその足を止めた。


 外はすっかり日が暮れており、切れかけた街灯の灯りがパチパチと占い師の姿を照らしている。


「ハァ……ハァ……もう、逃がさないよ……!」

 私は両膝に手を当て、息を整えながら占い師を睨みつけた。


『そうね……ここなら丁度いいかしら』

 占い師がニヤリと笑みを浮かべると、手鏡を指でなぞりながらこちらに向けてきた。


「ッ……!」

 街灯の灯りが鏡を反射して、私の目に突き刺さる。

 思わず一瞬、目を閉じた、その時だった。


 フッ……


 突如私の世界が歪み──暗転した。

 

 何も無い真っ暗闇な世界。占い師の姿も見えない。一体何が起きた?


『見える……見えるよ……お前の心の中。友人を傷つけるのが怖い?自分を失うのが怖い?……アハハ!全部お見通しだよ!』

 どこからともなく占い師の声が響き渡る。先程までとは違う、無邪気さと残忍さを感じさせる不気味な口調。

 

 近くにいるようで、遠くにいるようでもあり、心に直接語りかけているようでもある。


「う、うるさい! 私はもう誰も傷つけたりしない!」

 私は耳を塞ぎながら占い師の言葉に反論した。


『力を解放するのは気持ち良かったでしょう? やめられないよね……壊したくてウズウズしちゃうよね……!』

「やめろ……そんなんじゃない……」

 私は強く目を閉じてうずくまった。


『いいものを見せてあげるよ……! お前の素晴らしい運命を……!』

 占い師がパチンと指を鳴らす。周囲の闇が消え去り、新たな景色を描いていく。


「え……っ」

 空気が違う──私は思わず目を開いてしまった。

 ここは……昨日の工事現場だろうか。


 私が後ろを振り返ると、そこには鉄骨の攻撃を身を挺して守る漣の姿と、それをただ見る事しかできない私の姿があった。


「グフッ……ったく……世話がかかる、ヤローだぜ……ゼー……ゼー……」


 間違いない。昨日の私たちだ。あの時漣は命懸けで牛鬼の攻撃から私を守ってくれた。


「漣……グォアアアア!!」

「!!」

 目の前の私が突然叫び声を上げ出した。衣服を引き裂き膨れ上がる身体、鋭い爪と牙、橙色と黒色の獣毛。

 瞬く間に目の前の私が虎の怪物に、変異した。


 心臓が押しつぶされそうな威圧感が襲い掛かる。変身した自身の姿を見たのは初めてだ。自分がこんなにも……恐ろしい姿になっていたなんて。

 恐怖と同時に、こんな自分から逃げずに味方でいてくれる紬たちの存在が、なんと有難いことか。私は胸の奥が熱くなった。


 私が思いを巡らせているのも束の間、目の前で悲劇が起きた。


 『ガルルルルッ!!』

 グチャァッ!


 虎になった私が、守る筈の漣に、背後から喰らい付いた――

 

 無惨にも肩を噛み砕かれ、あっけなく力尽きる漣。

 迸る鮮血。肉と骨を噛み潰す、鈍い音――


「えっ……え!? やめて、嘘だ!! 私そんな事してないッ!?」

『嘘じゃないよ……これが運命。いずれ必ずそうなる。お前は力を制御する事なんてできない。だってお前は破壊の為の道具なのだから。アハハハハ!』


 私の叫びも虚しく、幻覚の中の『私』は、血まみれの口で笑ったように見えた。

 

漣だった肉の塊が、私の牙によって無残にも引き裂かれていく。

「あ……ぁぁぁ……」

 

『ほら、気持ちいいだろう? 壊すのは楽しいだろう?』

占い師の声が、私の心の奥底にある、認めたくない『破壊衝動』と共鳴する。

 

 占い師の笑い声が闇に響き渡る。

 最悪のビジョンが脳に張り付き何度も何度も頭の中で再生されていく。


「嫌だ……嫌だァァァァ!!」

 私は頭を掻きむしり叫喚をあげた。

 

 私の足元から黒い影がズルズルと這い上がってくる。足が地面に縫いつけられたように動かない。


 私はただ、影に呑み込まれていくだけだった。



 ◇ ◇ ◇



 白雨に再び傷口を塞いでもらった漣は、紬と夢愛に抱えられながら公園に到着しようという所だった。


『間違いない……奴らの気配はすぐそこじゃ!』

 白雨が尻尾を突き立て、公園へと誘導する。

 

「も、もういい……ここからは歩ける」

 漣が紬と夢愛から離れ、自分の力で歩き出す。

 

「ほ、本当に? 無理しないでね、葛葉くん」

「ったく強がっちゃって……お礼くらい言ったら?」

 夢愛はぼやいていたが、本心では漣を心配していた。

 二人は漣のペースに合わせて、その二歩後ろをついて行く。


 公園にたどり着くと、そこには頭を抱えて悲鳴を上げている蘭と、それを嘲笑う占い師の姿があった。

 

 占い師の背後に陽炎(かげろう)のようにうごめく影が見える。

 それは全身が黒色の毛で覆われた、猿のような姿だった。


『あれは……(サトリ)じゃ! あやつが楔に宿った(あやかし)じゃな!』

 白雨が占い師に取り憑く影の正体を見破った。


「覚……なんですか、そいつは!」

『相手の心を読み、惑わす力を持つ妖じゃ……楔に眠る業虎の「眼」が変異したのじゃろう……小娘、奴の策に掛かってしまったようじゃのう……!』


「うわぁぁぁぁ! ……ぁぁぁ……!」

 蘭の身体から赤黒いスパークが溢れ出る。

 大地が、震えている。


『いかん! 不安定な精神で変異してしまったら、業虎に呑み込まれてしまうぞ!』

「蘭ちゃーん! しっかりしてー!」

 紬が血相を変えて蘭の元へ駆け出した。


 バチバチッ!

「きゃあっ!」

 しかし蘭の身体から放たれるスパークに阻まれ、紬は尻もちをついた。


「大丈夫、紬!?」

「ありがとう……私は大丈夫。でも蘭ちゃんが……!」

 夢愛が紬の手を引き、やむを得ず蘭と距離を取る。


「グオオオオ……」

 蘭の叫び声が、変わった――苦しみもがくような声が、地獄の底から響くような、重く低い獣の唸り声へと変質していく。


 蘭の瞳から理性の光が消え、代わりにドロリとしたマグマのような赤光が宿る。


 蘭が膝をついたまま、天を見上げる。すると、蘭の口から朱色に輝くマグマのような粘度の高い液体が溢れ出した。


 止めどなく吐き出される朱い液体――まるで坩堝(るつぼ)で溶けるガラスのように蘭の身体に纏わりつき、形が肉付けされていく。


 ボコボコと音を立て、朱い塊が、その体積を増やしながらゆっくりと立ち上がる。


「なんだ……これ……! 今までこんな変異はしてなかったぞ……!」

 蘭の身に起こった異常事態。あまりの異様さに漣は圧倒され、たじろいでしまった。


 膨れ上がった塊が彫刻のように形を定めていく。

 爆発的な筋肉量を持つ岩石のような体躯、一本一本が鎌のように鋭く発達した鉤爪、獣耳を持つ鬼のような形相。


 マグマの熱が引くように朱い輝きが鳴りを潜めると、目の前に巨大な虎の怪物が現れた。


『グルルルル……!』

 

 体長は三メートルを超えているだろうか、虎井 蘭(とらい らん)の変身はここまで大きくはなかった筈だ──規格外の大きさを誇る怪物の(まなこ)が、周囲を舐めるように見渡す。


『こ……これがあいつの中の……「怪物」……!』

 覚がガタガタと身体を震わせながら怪物を凝視する。

 覚にとってもこの異常な覇気を放つ怪物の力は、想像を遥かに超えるものだったようだ。


『……!』

『ヒッ……!』

 怪物の眼が、覚を完全に獲物として捉えた──

 覚が震える手で手鏡の光を怪物にぶつける。


 怪物は手鏡の光を物ともせず大木のような剛腕を振りかざす──

『み、見えないッ! 心が見えないッ!! 一体なぜ──』


 覚の叫びも虚しく怪物の拳が顔面に直撃する。


 バゴゴゴゴォォ!!


覚の肉体は轟音(ごうおん)を置き去りにして弾丸のように弾け飛び、遥か後方の大木をへし折ってようやく止まった。


「「キャァァァァァ!!」」

 周囲に竜巻きが吹き荒れ、噴水の水やベンチが錐揉(きりも)み回転しながら飛んでいく。


 覚は地面を削りながら雑草の中に突っ込み、布のように力無く倒れた。


 やがて、占い師から覚の影が剥がれ、手鏡は粉々に砕け散っていた。

 

 目の前に残った覚の「気配」を怪物が片腕で握り潰す。

 モヤのような気配が怪物の腕へ収束していく。


『な……なんという力じゃ……まさに業虎そのもの……!』

 白雨が顔を引き攣らせ、漣の肩にしがみつく。


 怪物が唾液をダラダラと垂らしながら再び周囲を見渡す。


「ら、蘭ちゃん……!」

 足の力が抜け、紬が崩れ落ちる。

 その瞬間──紬と怪物の目が合ってしまった。


 怪物が、ゆっくりと地面を踏み潰しながら接近していく。

 圧倒的なプレッシャーと殺意で、誰一人身動きを取ることができない。


「……つ、つむっ……が……」

 夢愛が紬を呼び掛けようとするも、声が出ない。


 誰もが死を確信したその瞬間――ある異変がおきた。


 怪物の視線が一瞬だけ紬から逸れた。

『グァァァァァ!!』

 突然怪物が爆撃のような咆哮を上げると身体を反転させ、力強く大地を蹴り飛ばした。


 そして人気の無い公園に嵐を残して、怪物は闇夜の空へ消えていった──


 荒れ果てた公園に潰れた占い師と、三人と一匹の影だけが残された。


「はっ……!」

 緊張が解け、漣が片膝をつく。


「蘭……行っちまった……」

 夢愛が震える足を庇いながら紬の元へと向かう。


『……覚の幻惑で小娘の精神が弱り、業虎に支配されてしまったのじゃ……こうなってしまっては、もう……どうする事も……』

 白雨が俯きながら、絶望する。


「違う! ……蘭ちゃんは、まだ『いる』っ!」

 夢愛の腕の中で紬が叫んだ。


「何言ってる! お前の気持ちはわかるが、アイツを見ただろ!? もう完全に……業虎になっちまったんだ……!」

「見たからわかるんだよ!」

 漣の言葉に紬はすかさず反論する。


「もし完全に業虎になっていたら、あの時私たちは殺されてた……でも、私たちは襲われなかった! 私にはわかる! まだ蘭ちゃんは闘ってる……だから私たちを襲わないように、ここから逃げたんだよ!」

「!!」

 紬が涙を流しながら必死に訴える。その言葉に迷いはなかった。


 怪物の眼は完全に理性を失った野獣の眼だった。

 しかし、紬を一度捉えた筈の怪物がこの場を立ち去った理由を答えられる者は、他に誰もいなかった。

 

『ふむ……可能性は限りなく低いが……わしらはその可能性に賭けるしかない……』


 白雨が漣の肩から降りて、三人を険しい目つきで見つめる。

『もし小娘の言うことが誠であればの話じゃ……まだ可能性は残されておるぞ……! 三人とも、よく聞くのじゃ』


 三人は白雨の決死の作戦に耳を傾けた──


設定情報⑦

白陽町

白雨神社跡地がある小さな町。

人口は少ないが、駅近くの商店街は賑わっており、クレープ屋や猫カフェなど若者をターゲットとした店が充実している。

北部は山が生い茂っており、人は滅多に訪れない。

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