第七話 牛鬼と覚悟と漣の背中
ガンッ! ガンッ! ……ドドドドド……
真夜中の街に、人々の喧噪とは違った騒がしさを持つ空間があった。
商業ビルの建設作業現場だ。バルーンライトが周囲を煌々と照らし、鉄筋を打ち付ける音や重機のエンジン音が忙しなく鳴り響いている。
そんな建設現場の中で一人、怒号を浴びせられている男がいた。
「お前トロすぎるんだよ! 一体いつになったら覚えられんだよ!!」
「すいません! 気を付けます!」
「『すいません』じゃあねえよ! 意味ねえ謝罪する暇あったら体動かせ体!!」
「はいっ! すいません!」
男の名は寺島 三郎太という。
高校卒業後に建設会社へ入社し、もう8年目になる。
遅刻や欠勤は一度もした事がない。勤務態度も至って真面目。しかし天性の才能に恵まれなかったのか、一向に技術が身に付かなかった。
やがて後輩が入社し、あっという間に追い抜かれ、寺島は下っ端のまま。それはあまりにも屈辱的だった。
上司に怒鳴り散らされるのがもはや日課になっていた。そんな寺島を周囲はみな、軽蔑の目で見る。
一日の作業が終了し、作業員たちが帰路に就く。ただ一人を残して──
寺島だけが建設現場に残っていた。作業着のまま屈みこみ、ブツブツと独り言を呟いていた。
「……あのクソ上司……許さねえ……こんなトコぶっ壊れちまえばイイのによ……」
男の中にどす黒い感情が渦巻く。
その負の感情を探知して、資材置き場の陰から「何か」が転がり落ちた。
それは籠手のようなものだった。泥や錆で赤茶色に染まり、ひどく汚れていた。
籠手は怪しくも魅力的な、異質なオーラを放つ。すると男はスクッと立ち上がり、まるで操り人形のように何の迷いもなく資材置き場に歩を進める。
そしてその籠手を片手で拾い上げ、自分の物かのように装着する。
その瞬間──寺島の身体が沸騰した泥のようにブクブクと膨れ上がり、人間の形を放棄する。
作業着が弾け飛び、鋼のような筋肉と異形の腕が露わになる。
『ブモォォォォォ!!』
落雷のような咆哮が、真夜中の建設現場に響き渡る──
◇ ◇ ◇
『んぉ~! 美味いのぉ~! おぬし! この唐菓子、名はなんだったかのう?』
「だから、ポテトですよ……フライドポテト! てかそれ、ウチのポテトですからね!」
『ほう、「ふらいどぽてと」とな! 覚えておくぞ!』
白雨が夢愛のフライドポテトを小さな前足で掴みながらホクホクと頬張っている。
駅前のファストフード店。授業を終えた私たちは「作戦会議」と称してここに集まっていた。もちろん、「監視役」の漣もここにいる。
「白雨様……やはり、ここはまずいんじゃありませんか……?」
漣が周囲をキョロキョロと見まわしながら白雨に尋ねる。
『良いではないか。わしはこんなにもやわらかで温かい唐菓子を食べたのは初めてじゃぞ。う~ん、たまらんの~』
白雨がポテトの箱に頭を突っ込んでモソモソと中のポテトに食らいつく。ふわふわの尻尾が箱から飛び出し、ゆっさゆっさと揺れている。
「あ゛ー! ウチのポテトォ!」
夢愛が頭を抱えて周囲に目もくれず叫びだす。
「お前もいい加減にしろよ! そんなのまた買えばいいだろ!」
「うっさいなぁ! じゃあアンタが買って来いよ!」
「夢愛ちゃん、落ち着いて……目立ってるよ……」
紬が慌てて制止に入るも全く効果がない。
――これでは全く話が進まない。呆れた私は紬と二人で作戦会議の続きをすることにした。
「ハァ……あれから新しいウワサはあった?」
「いや、そういう話は聞いてないね。白雨様のお話だと、蘭ちゃんの帯と、篠森さんの脚絆、あと五つ楔があって、力を開放しようとしているはずなんだけど……」
「そうなんだよなぁ~」
思わずため息が漏れる。そして私は両腕を伸ばしてぼんやりと店の天井を見上げた。
ふと横を見ると、店内に設置されたテレビの映像が目に入った。夕方の情報番組だ。
テレビには「【速報】建設現場で相次ぐ破壊事件」の見出しと共に、事故現場の映像が映し出されていた。
「……うそ、何あれ」
画面に映っていたのは、まるで飴細工のように捻じ曲げられた巨大な重機と、バキバキにへし折れた鉄骨だった。
「この壊れ方……普通じゃないよね……?」
紬も事故現場の異常さにたじろいだ。
「白雨様! あれを見てください!」
私はテレビを指差し、頬膨らませ恍惚とした表情を浮かべる白雨を呼びかけた。
『ん……? おお、これはまさしく妖の仕業じゃろうな』
ごっくんとポテトを飲み込んだ白雨は真剣な顔つきになり、テレビの映像を見つめてそう断言した。
『警察と消防は、昨晩の破壊事件と同一犯によるテロ行為とみて、捜査を進めています。』
ニュースはここで区切られ、次のコーナーへと挿し変わった。
「大変だよ蘭ちゃん……! あちこちの建設現場が壊されてるって!」
「うん……! 白雨様、次はどこが狙われるか、何かわかりませんか?」
白雨が尻尾をピンと広げて目を閉じる。
『うむ……微かじゃが楔の気配を東の方角から感じるのう……』
「東ですね! みんな、行こう!」
私は立ち上がり、店を出ようとした。
「ちょっと待て! 警察が捜査中だと言ってただろ。うかつに飛び込めば、お前の正体がバレるぞ」
漣が険しい表情で私に忠告をする。
私の姿が、業虎の力が、バレてしまう……私は頭の中で最悪の事態を想像し、青ざめた。
「そ、そんな……じゃあ、どうしたらいいの……?」
「──決まってんだろ。警察が来る前に妖を見つけ出して、倒すんだよ……!」
漣が表情を強張らせながらも、ニヤリと笑みを浮かべた。
「白雨様、私があなたに霊力を送ります。どうかその力で妖の居場所を暴いてください……!」
『よかろう。では小僧、やるがよい』
漣が白雨の背中にそっと触れるとぶつぶつと術を唱え始めた。
白雨の水色の紋様が、光を帯び始める――
『……よし……妖の居場所は暴いたぞ。おぬしら準備は良いな? わしに付いてくるのじゃ!』
そう言うと白雨は漣の肩の上にピョンと跳び移った。
漣が足早にトレイを片付け店を飛び出す。
私たちも、すぐさまその後を追いかけた──
◇ ◇ ◇
『ここじゃ……間違いない』
白雨が漣の肩の上から見上げた先には、再開発中のビルの建設現場があった。
ガコォォン! ……バギィ!
中から明らかに作業中とは思えない破壊音が響く。
同時に、遠くから微かにパトカーのサイレンの音が風に乗って聞こえてきた。
「……警察の奴ら、思ったより早く着くかもな。いいな? 速攻で終わらせるぞ」
漣はまっすぐな目で建設現場を睨みつけながら、私にこう言った。
「わかってる……!」
残された時間は短い。私は覚悟を決めて建設現場へと足を踏み入れた。
『コンナ現場……壊ス! ブモォォォォ!!』
「!!」
建設現場の中には一体の異形が暴れていた。
山のような巨躯、鋼のような分厚い筋肉、血走った眼。
二本の角を持つ牛の妖が、自身と同じ大きさの重機を軽々と持ち上げ、頭上でグシャリとその重機を押しつぶす。
何より異質だったのは、腕だ。大木のような圧倒的な筋肉量を誇る腕が、六本もあるのだ。
さながら阿修羅像のような出で立ちの牛鬼が、こちらの存在に気が付く──
『ブモッ……邪魔ヲ、スルナァ!!』
牛鬼が間髪入れず重機だった塊を勢いよく投げつけた。
『い、いかん!』
「──『卯ノ跳躍』!!」
「きゃァァァァッ!!」
漣が強引に私たちを抱えて地面を力の限り蹴り上げる──
バガゴォォォォン!!
塊は後方の鉄骨の山に直撃し、鉄骨が爆竹のように四方八方に弾け飛ぶ。
──鉄骨の雨を突き抜け、私たちは二十メートル先の土の山へと一直線に突っ込んだ。
ドガガガガン!!
鉄骨が、甲高い音を立てて地面に落ちていく。
──間一髪、直撃を免れる事が出来た。
『なんという力じゃ……! これが楔に眠る「腕」の力……!』
「あ……ああ……」
紬は身体に付いた土を払う余裕もなく、一瞬で死を確信させられたショックに言葉を失っていた。
「紬……しっかりして……!」
夢愛が紬を必死に奮い立たせるが、夢愛自身も腰が抜けてしまい身動きが取れなくなっていた。
「蘭……お前は立てるな? 俺たちがやらないと、終わりだぞ!」
漣が強引に私の腕を引き、立ち上がらせる。
『小娘よ……おぬしは小僧と対峙した際に自らの意志で変異を抑えたそうじゃな。ならば、今のおぬしならその逆も可能なはずじゃ』
「つまり、自分の意志で……変身する……!」
私は息を呑んだ。今まで力を抑えようと必死だった。でも、今必要なのはそれじゃない。
自分の意志で力を引き出し──あの怪物にならなければならない。
正直、まだ怖い。でも、私がやるしかない。
「わかりました……やってみます……!」
私は腹部の痣に両手を添え、息を整える。
そして全身に力を入れてあの暴力的な力をイメージした。
心の中で、小さな火花が弾けていく。
──その時だった。私の中で昨日見た千年前の地獄の映像が頭をよぎった。
「ハァ!……!」
私は咄嗟に胸を抑え、膝から崩れ落ちてしまった。
力を、抑えてしまった。
『おぬし……!』
「クソッ……失敗か……!?」
白雨と漣が私に目をやった隙に、牛鬼が六本の腕で鉄骨を拾い上げ、立て続けに投げつける。
「は……漣! うしろ!!」
「!?」
私が叫んだ時にはもう、遅かった──
空間を抉るように鉄骨が一直線に飛び込んでいく。
鉄骨が目前に迫った瞬間、漣の札が青白い炎をあげた。
「『未ノ毛壁』!!」
モシャァァッ!!
一瞬のうちに眼前にふわふわとした綿菓子のような毛の壁が立ち上がり、鉄骨を飲み込む。
鉄骨は毛の壁を突き破ったがそこで勢いを失い、私の前で停止した。
私はバクバクと心音を打ち付ける胸を抑えながら漣に目を向けた。
「……あ、危ないところだった……! ありがとう、れ……」
!!
ポタ……ポタ……
毛の壁を突き破った鉄骨に赤い血がこびりついている。
「グフッ! ……ったく……世話がかかる、ヤローだぜ……ゼー……ゼー……」
鉄骨は漣の側頭部をかすめ、もう一本は漣の腹部に直撃していた。
「れ、漣……!」
『小僧はあの一瞬、「避ける」のではなく「守る」事を選んだのじゃ……! 最後の希望である、おぬしを守る事を……!』
白雨が険しい表情で漣の覚悟を代弁した。
漣が飛び出した鉄骨にもたれかかるように地面に転がり、動かなくなった。
「う、うわぁぁぁぁ!!」
私は絶望や怒りが入り乱れた感情を、叫び声にして一気に吐き出した。
「蘭ちゃん……」
「漣……!」
紬と夢愛が地面に突っ伏したまま、小さくも振り絞るように二人の名を呼ぶ。
『もう、おぬししかおらん! やらねば、やられるだけじゃ!』
白雨が必死に私を鼓舞する。
私は、今度こそ覚悟を決めた。もう誰も傷ついてほしくない。この悪魔のような力を、正しいことの為に使うんだ。
私は再び腹部の痣に手を添える。力を開放するのではなく、引き出すイメージで……!
──ドクン、ドクン……
先ほどの恐怖とは違った心臓の高鳴りを感じる。この、感覚だ。
『グォォォォ!!』
メキメキ、ゴキゴキッ!
全身の骨が軋み、形を変えていく。筋肉が爆発し、異常な速さでボコボコと膨れ上がる。
鋭い鉤爪と牙が生え、鼻と口が突き出しマズルを形成していく。 全身を橙色と黒色の剛毛が覆い、太い縞模様の尻尾が鞭のようにしなった。
『ガルルルルッ!!』
私は自らの意志で、虎の怪物へと変異した──
そして私は牛鬼の元とへ飛び込んだ。風を切り裂きながら急速に接近し、丸太のような太い腕で顔面めがけて拳を振るう。
ガシィッ!!
牛鬼が私の拳を片手で受け止めた。 衝撃が牛鬼の腕から肩へと伝わっていき、背後の資材が吹き飛ぶ。
『ブモォォォォ!!』
私は構わず、捕まれた腕ごと牛鬼の分厚い手を握りつぶし、鉤爪を食い込ませた。
『ガァァーッ!!』
牛鬼が痛みに怯んだ隙に、私はもう片方の腕を振り上げ、全体重を乗せた一撃を叩き込む。
ゴシャァッ!!
私の渾身の追撃を、牛鬼は残った二本の腕で受け止める。
すると牛鬼の腕が爆発し、泥のような血液が私と牛鬼に降りかかる。
──それでも、牛鬼は倒れなかった。グチャグチャに崩れた腕で、しっかりと私の腕を捕らえ、離さない。血みどろの力の押し付け合いが始まった。
(全力だったはずなのに……! なんて根性なの!?)
私が心の中で動揺し、牛鬼の反撃に気が付く事が出来なかった──
ガシッ! ゴッ!
牛鬼が残った三本の腕で私を殴りつける。
『ガァッ! ガッ!……』
絶え間なく続く牛鬼の反撃に意識が飛びかける──
瞼が、腹が、次々と殴られ腫れあがっていく。
それでも、ここで引いたらもう奴を止められない。
遠のく意識の中、私は疎かになっている牛鬼の足元を狙って大内刈りを仕掛けようとした。
牛鬼が次の一撃の為に振りかぶったその瞬間──
私の脚が、動かない……まるで業虎の魂が、私の意志を拒んでいるようだった。
業虎の闘争心が、真っ向からぶつかり、牛鬼を喰らい尽くす事を望んでいる。
私の全身の血管がビキビキと浮き立ち、私の意志に逆らってゆっくりと大きな口を広げていく。
琥珀色の牙が剝き出しになり、唾液がダラダラと地面に落ちていく。
(ダメ……やめて……! 私はこんな事したくない……ッ!)
グチャァッ!!
私は牛鬼の首元に勢いよく喰らいついた。噴水のように血液が迸る。
『ヴ、ヴぉオオオォォオオ!!!』
牛鬼が鼓膜を突き破る程の断末魔のような咆哮を上げる。
牛鬼の咆哮と反撃の連打が勢いを増し、周囲に衝撃波を放つ。
建設現場に鈍い地響きが鳴り続ける。
「……グフッ……は、白雨様……あいつは……」
漣が衝撃で意識を取り戻し、か細い声で白雨に尋ねる。
『小僧!生きておったか!! あやつは、まだ闘っておる……しかし、このままでは奴を倒す前に、業虎に乗っ取られてしまうやもしれぬ……』
「白雨様……私に……考えが、あります……ハァー……ハァー……『これ』を……奴に……今、できるのは……これだけ……」
漣が震える手でゆっくりとバンドから札を抜き取り、白雨に渡す。
札がゆっくりと、端から青白い炎を帯びていく──
『うむ……おぬしの覚悟、受け取ったぞ……! 今はゆっくり休んでおれ……』
白雨が燃える帯を咥えてぶつかり合う二体のもとへ駆け出す。
白雨が空中で回転し、咥えた札を放つ──
『小娘よ! 小僧の力じゃ! 受け取れいぃぃ!! 「未ノ毛壁」!』
モワッ!
牛鬼の足元にに絡みつくような毛の塊が発生した。
地面を踏みしめられなくなった牛鬼が大勢を崩す。連打が、止まる。
『今じゃあ! 虎井 蘭ー!!』
白雨の叫び声が私の心の奥まで響いていく。吞み込まれかけていた私の意識が再び、目を覚ます──
『グルルアァァァ!!!』
私は牛鬼の喉元に喰らいつきながら鉤爪で牛鬼の両腕を捉え、強引に回し投げる。牛鬼の天地が反転する──
ダァァァァン!!
地面が蜘蛛の巣状に砕け散り、猛烈な爆発音と衝撃波が吹き荒れる。
土や鉄骨、コンクリート、周囲のものすべてを巻き込み、紙屑のように飛んでいく。
それは柔道技というにはあまりにも強引で、野性的だった。牛鬼は頭から地面に叩きつけられブルブルと全身を震わせたのち、力尽きた。
牛鬼は寺島の肉体から「剥がれ」、赤茶色に汚れた籠手の中へ吸い込まれていく。寺島は人形のようにヒタリと地面に倒れ込んだ。
──先程までの激闘が嘘のように静まり返る。
衝撃音にかき消され続けられていたパトカーのサイレンの音が、近づいている。
「や、やったな……アイツ……」
漣が小さく呟いて安堵した。しかしまだ終わりではなかった。
『グルルルル……』
牛鬼を沈めた虎だったが、その眼はまだ獲物を求めていた。
口から唾液を落としながら白い煙が噴き出している。
「蘭ちゃん……まさか、戻れないの……?」
紬が虎の「異変」に気が付く。嫌な予感がする。
『まずいぞ……今の小娘は、わしらが何者かわかっておらん……!』
「……マジ、かよ……もう警察は、すぐ……そこまで来てるってのに……」
漣は地面に突っ伏したまま、動く事が出来ない。闘うための霊力も、ほとんど残されてはいない。
虎がジリジリと白雨の元へと近づいていく。
『万事休すか……?』
皆が諦めかけたその時──夢愛が立ち上がりバッグから何かを取り出した。
グシャッ、トクトクトク……
夢愛がペットボトルを握りつぶし、タオルに水をかける。
そしてヒタヒタに濡れたタオルを握りしめ、虎に向かって投げつける。
「このやろー! 蘭ー! コイツで頭、冷やせェーッ!!」
ヒラヒラと濡れタオルが放物線を描いて虎の元へ水滴を散らしながら飛んでいく。
ベチャ……
濡れタオルは虎の顔面に直撃した。
『ガァ!? ……ァァ……』
ジュゥゥゥ……
タオルを浴びた虎の全身から蒸気のような煙が噴き出していく。
虎な身体がみるみる縮んでいき、かつての姿を取り戻す。
「……は! 私……戻れた……!」
元に戻った私はへたり込み、大きく息を吸い込んだ。
「ふぅぅぅ……」
肺いっぱいに満たされる夜の冷たい空気。
それは闘いの火照りを冷ますと同時に、どこか鉄の味がするような、熱い塊を胃の中へ落したような感覚があった。
妙に、腹の奥が満たされなような気がした。
「マ、マジ……? 効果あった……」
夢愛が目を丸くして唖然としていた。
『ふむ……水は穢れを洗い流すものじゃ。小娘の心を冷ますのに丁度よかったのじゃろう……』
白雨も驚いていた様子だが、ウンウンと頷いていた。
外から赤い光が差し込んでくる──パトカーがすぐそこまで迫っていた。
「蘭ちゃん! よかった……本当によかった……! でももう警察が到着しちゃった! 早く逃げないと……動ける?」
紬が慌てて私に駆け寄った。
私は紬が取り出した着替えを急いで着込んでいく。
服が肌に触れても、痛くない。さっきまで青痣だらけだった身体が、もう元に戻ろうとしていた。
『むむう……あの一撃を受けてもなお器の人間が死んでおらん……恐るべき生命力じゃったな……小僧よ、封印術は使えるかの……?』
白雨が地面に倒れ込んだ寺島を観察し、呟いた。
「……人使いが荒いですよ……白雨様……もちろん、その分の霊力だけは、残してましたよ……」
漣が横になったまま札を抜き取り、短く唱える。
「……『浄化封印』……」
札から光が伸び、籠手の禍々しい気配を一瞬で消し去った。
「よし! 回収完了! ズラかるよ!」
「葛葉くん、担いでいくよ……」
紬が籠手をカバンに放り込み、夢愛と二人がかりで漣の肩を担ぐ。
「痛ッ……お前ら、もう少し労われよ……俺は重症だぞ……」
漣が小さな声で悪態をつく。
「しょーがないでしょ! もう警察来てんだから! ……でも、さっきのアンタ、ちょっとだけカッコよかったよ」
夢愛が目を逸らしながら恥ずかしそうに漣を称えた。
「……うっせーよ」
強敵だった。なんとか自分の意志で変身することは出来たけれど、自分の思い通りに闘う事は出来なかった。
元に戻る力も方法もちゃんとあるわけでもない。まさに綱渡り状態。
この力は、危険すぎる。
──だけど、私は闘わなければならない。この力に勝たなければならない。
それが、自分の為でもあり、みんなの為でもある。
私はもう、怖気づいたりはしない──
私は心の中で自分にそう言い聞かせた。
設定情報⑥
現在、漣が扱える術リスト
○酉ノ空烈:鋭い羽根型の手裏剣を前方に放つ遠距離術。ある程度軌道を曲げることも可能。
漣が最も得意とする術。
○卯ノ跳躍:跳躍力を高める身体強化術。生身の人間である漣の機動力を支える重要な術。
着地時の反動を軽減する効果もあり、漣は戦闘から移動まで幅広く活用している。
○未ノ毛壁:分厚い毛の壁を展開する防御術。霊力を支払った分だけ大きな毛壁を展開する事ができる。
身隠しやクッション代わりと応用が利く。
○辰ノ火焔:龍をかたどった炎を放つ中距離火炎術。攻撃力が高い分、燃費も悪い為、ここぞという時の必殺技。




