第三話 調査と川とカマイタチ
昼下がりの繁華街。夜とは打って変わって人で溢れる中、ただ一箇所だけ慌ただしい場所があった。
私のバイト先である「居酒屋 酔いどれ」だ。
裏口へと続く通路は規制線が張られ、警察や消防が、昨晩の「ガス爆発」について調査をしている最中だ。
私達三人は店長に帯について話を聞きに来ていた。
「店長……お疲れ様です」
「おお蘭ちゃん……! 無事で良かったよ。昨日のガス爆発で怪我をしたって聞いてたから……本当に心配していたんだ。もう大丈夫なのかい?」
「はい。私なら大丈夫ですよ。ほら、ピンピンしてます!」
「それなら良かった……あの帯はあれからどうなったんだい? 何か変わった様子はないかい?」
「それが……」
私が帯について話そうとしたのを夢愛が遮るように割って入る。
「昨日の爆発で燃えちゃったんです」
「そうか……でもその方が良かったのかもしれないな……正直ほっとしているよ。」
店長は腕を組んで、俯いた。
「あの帯を拾ってから、正気を吸い取られているような、不思議な感覚があったんだ……なのに何故か『捨てられない』……まるで持ち主を選んでいるようだった」
「持ち主を、選んでいる……」
私は息を呑んだ。あの時、私も帯に求められているような感覚があった。私が、選ばれた?一体どうして……
「でも良かった! あんなもの燃えてなくなって清々したよ」
「……そうですね、なくなって良かったです」
私は、乾いた笑顔を浮かべた。
「あの帯をどこで拾ったのか、教えていただけますか?」
紬がまっすぐな目で店長に問いかけた。
「ウチの近くの栄町二丁目のゴミ捨て場だけど……それがどうかしたのかい?」
「いえ、気になっただけなので! ありがとうございました!」
栄町のゴミ捨て場……そこに行けば何か見つかるだろうか。
私達は藁にもすがる思いでゴミ捨て場へ向かうことにした──
◇ ◇ ◇
電車を乗り継いで三十分――私達は、店長に教えられた栄町のゴミ捨て場に到着した。
そこは、カラスが群がり、生ゴミの腐臭が漂う、何の変哲もないただの集積所だった。
「うえ~くっさ……マジでこんなトコに落ちてたわけ? 店長もよくこんなトコで拾ったな……」
夢愛が鼻をつまみながら顔をしかめる。
私達は三人がかりでゴミ捨て場を調べた。袋を動かし、辺りをのぞき込み、「何か」かないか……感じないか……
けれど──
「……ダメだね。なんにもない。全部ただのゴミだったね。」
紬が首を横に振る。ゴミ捨て場の近くも見て回ったが、結果は同じだった。
結局、何も見つからなかった。西日が三人を嘲笑うかのように照らす。あの帯は、たまたまあのタイミングであそこにあっただけなのだ。
「手掛かり、なしかあ……」
私は腹部の痣を服の上からそっと撫でた。
原因も、直し方もわからない。ただ一つ分かったのは、私が「選ばれてしまった」という事実だけだった。
どうして私なんだろう。これからどうしたらいいのだろう。
「とりあえず、場所変えよっか!こんなトコずっといたら臭いが移っちゃいそうだし~、作戦会議しよ!」
夢愛が手の甲で額の汗を拭った。
確かに、これ以上ここにいても意味はない。
私達は夢愛の提案でファミレスへと場所を移すことにした。
◇ ◇ ◇
夕暮れ時のファミレスは、テスト勉強に励む学生や、家族連れの客たちで賑わっていた。
夢愛がドリンクバーのメロンソーダをストローでかき混ぜながら、スマホを取り出す。
「帯のことはいったん置いといてさー、実はウチ、SNSでちょっと気になるウワサを見つけたんだよね」
「ウワサ?」
「うん。『見えない通り魔』とかなんとか言われてるヤツなんだけど……」
夢愛が見せてくれたスマートフォンの画面には『深夜の河川敷で発生する謎の突風』『気が付いたら服が切れていた』『何かが高速で動き回っている』といった書き込みが並んでいた。
「これ、投稿日時が昨日のガス爆発……つまり蘭ちゃんの暴走と被ってるよね」
紬が真剣な表情で分析する。
「『見えない通り魔』……」
私はストローから口を離した。何か重要な手掛かりが見つかるかもしれない。それに、もし私と同じように呪われた道具を手に入れた人が他にもいるとしたら──
「……行ってみよう。ほっとけないよ」
◇ ◇ ◇
夕日はすっかり沈み、月の位置が高くなった頃、私達はウワサの河川敷に来ていた。
「……今のところ、変わった様子はないね」
「てか、だーれもいないじゃん。デマだったのかな……」
人通りはほとんどない。川は街灯の灯りでキラキラと光を放ち、コオロギの鳴き声がコロコロと響き渡る。
伸びた芝が足元を擽って、少し痒い。
「酔いどれ」にゴミ捨て場、ファミレスに河川敷……一日中手がかりを求めて歩き回ったがロクな成果がない。
ここでも何も得られなかったら……正直精神的に来るものがある。
「……? ちょっと紬、夢愛。アレ見てよ……」
諦めかけていたその時、私は橋の陰になって隠れていた「異変」に気が付いた。
「ゴルフ練習禁止」と書かれた看板が、ズタズタに切り裂かれていたのだ。
「うっそマジじゃん! やっぱりウワサは本当?」
夢愛がぴょんぴょん飛び跳ねて紬の肩を叩く。
「ちょっと痛いよ夢愛ちゃん……」
紬がずり落ちた眼鏡を掛けなおす。
その時だった──辺りの空気が張り詰める。遠くで川が不自然に波打ち、震えているのが見えた。
何かが水面を蹴ってこちらに向かって来ている──
キィィィィィン!!
凄まじい轟音と共に川が真っ二つに裂けた。まるで巨大な刃物が空間そのものを切り裂くような、鋭利な突風が吹き荒れる。
「キャァァァァッ!!」
私達は身体を仰け反らせ、十メートル後方へ吹き飛ばされた。
あまりの勢いに尻もちをつく。幸いにも、芝がクッションとなったおかげで怪我を免れる事は出来た。
「な……なに……今の……!」
『もっと速く……タイムはまだ縮まる……』
高速で突っ込んできた「何か」がその足を止めた。
そこにいたのは蘭たちと同じ学校に通う陸上部の学生、篠森 葵だった。
学校指定のジャージを身に着けていたが、その足元にはボロボロの脚絆のようなものが履かれていた。目は虚ろで焦点が合っていない。
「篠森さん! 一体どうしたの!?」
紬が声を張り上げて訴える。
『もっと……速く……!』
ビュン!!
篠森の姿が一瞬にして消える。
すると再び刃物のような突風が吹き荒れ周囲の土が、草が切り裂かれながら宙を舞う。
「紬! 夢愛! 危ない!」
私は咄嗟に二人を両腕で突き飛ばした。ボウリングのピンのように二人は草木が生い茂る木の元へ弾け飛んだ。
「ってぇ〜っ……蘭のやつ、なんて馬鹿力なんだよ……」
夢愛が体中に纏わりついた草を払いながら悪態をつく。
私は二人の方へ振り向く余裕もなく、襲いかかって来る衝撃に備えて身構える事しか出来なかった。
「し、篠森……!」
私が名前を呼ぶも、その声は全く届いてはいなかった。
吹き荒れる突風、見えない斬撃。
私の額や腕、全身にその鋭利な風が通り抜け、血液が飛び散る。
──その時だった。命の危機に反応して、私の中の「アレ」が目覚めるのを感じた。
ドクン……ドクン……
(まさか! だ、ダメ……! また、変身しちゃう……! 抑えなきゃ……!)
湧き上がる暴力的な力。壊れた蛇口のように一度湧き出せば、もう抑える事ができない──
(誰も、傷つけたくないのに……! 止められないッ!!)
『ガァァァァァ!!』
「蘭!!」
「蘭ちゃん!!」
私の身体が瞬く間に巨大化していく。来ていた衣服は瞬く間に張り裂ける。軋む骨、密度を増して膨れ上がる筋肉、鋭い鉤爪、生え揃う橙色と黒色の獣毛。
鼻と口が前方に突き出し、マズルが形成されていく。
私は再び、虎の怪物へと成り果てた――
『グルルルル……!』
今の私には──視える。獣の持つ動体視力で篠森の脚を超高速で這い回る、巨大な鎌を持った鎌鼬の姿が。
「ま……また……変身しちゃった……」
紬はガタガタと震えながら、夢愛の腕にしがみつく。
「ヤバい……なんとかしなきゃ……!」
夢愛は唇を噛み締めた。
篠森──鎌鼬の斬撃が止まらない。高速で何度も往復をしながら、刃物のような突風を巻き起こす。
『ガルルルゥー!!』
巨大な腕を振り回すが、空を切るのみで鎌鼬の残像にすら手が届かない。
(違ッ……倒しちゃダメ! 止めないと……! 力を、抑えられない……!)
絶え間なく襲いかかる鎌の斬撃に身体の再生が追いつかず、身体の傷が増えていく。血液の線が空中に浮かぶ。
(でも、速すぎる! ……このままじゃ、捕まえる前に削り殺されちゃう……!)
『グアァァァァ!!』
切り裂かれた痛みと攻撃が当たらない苛立ちに、咆哮を上げる。
鼓膜を突き刺す咆哮に反応して、鎌鼬が一瞬立ち止まり、軌道を切り替える。
「……!? 夢愛ちゃん! もしかして……」
鎌鼬の咄嗟の動きを見ていた紬が、ハッと目を見開いた。
「紬!? 急にどうしたの!?」
「今の動き……篠森さん、ひょっとしたら速すぎて『走る軌道を変えるには一度止まらなきゃいけない』んじゃないのかな……!」
「って事は、アイツの気を引いて軌道を変えさせれば──!」
「立ち止まって、隙が出来るかも!」
紬と夢愛が目を合わせ頷く。小さく震える身体を懸命に起こし、スマートフォンを握りしめて走り出す。
「蘭ー! ウチらが気を引いて隙つくるからー! 頑張って捕まえろー!」
『ガァ……!?』
私の意識はダメージを負うたびに摩耗し、怪物に支配されつつあった。
(夢愛が何か言ってる……ダメ……こっちくるな……わたし……おさえられない……)
ビュゥゥゥッ!!
鎌鼬が爆風と共に蘭に向かって突っ込んで来る。
その瞬間に紬と夢愛はスマートフォンのライトを照射した──
カッ!
激しい光に照らされ、鎌鼬の動きが止まる──
「今だーッ!! 行けー蘭ーッ!!」
『ガァァァァァッ!!』
鎌鼬が再び走り出そうと踏み込んだ足を、私は見逃さなかった。
出足払い──!!
鎌鼬の足を咄嗟に払い、同時に鉤爪で上半身を捉え、一気に捻る。
ドゴォォッ!!
鎌鼬は高速で錐揉み回転をしながら地面に勢いよく叩きつけられた。
『あが……!もっと……はや……く……』
鎌鼬の身体は文字通り「真っ二つ」に折れ曲がり、やがて白いモヤのようなものになって脚絆に吸い込まれていった。
篠森 葵は地面にグッタリと倒れ込み、足に喰らい付いていた脚絆が「剥がれ」、地面にひたりと転がった。
『グルル……』
血の鉄臭が立ち込める中、私は力を使い果たし、膝をつく。全身から蒸気が噴き出し、身体が縮んでいく。
「蘭ちゃーん!」
「蘭ー!」
紬と夢愛が私の元へ駆け寄る。私、勝ったんだ……
夢愛が着ていたパーカーを私に投げつける。
「わ!」
「とりあえずそれ着な!そんなカッコしてたら警察に捕まるだろ!」
「あ……ありがと」
私は慌てて傷だらけの素肌にパーカーの袖を通す。
パーカーの繊維が傷口に触れて少し痛むが、温かい。
「やっぱり、蘭ちゃんの帯の他にも、呪われた道具があったんだ……」
紬が地面に落ちた脚絆を拾い上げる。鎌鼬の気配は――もう無い。
「オイオイ、いきなり触って大丈夫かよー?」
夢愛が心配する中、拾い上げた脚絆からキラキラ輝く粒子のような物が湧き出し、私の腹部へ吸い込まれていった。
不思議と、心に妙な充実感が広がっていく。
「?……ねえ、今の見た?」
「何が?何もなかったけど」
私の気のせいだろうか。脚絆から何かが出ていたような……
でも、悪いものは感じない。むしろ、ヘトヘトだったはずなのに足が軽くなった気がする。
「とりあえず救急車!そして、ウチらは逃げるよ!」
「えっ!篠森さんは?」
「息はしてたから大丈夫!……たぶん!それよりウチら誰かに見られてたら終わりなんだから!早く行くよ!」
「ちょっと待ってよ夢愛ちゃーん!」
篠森さんが無事なのか、どうやって脚絆を手に入れたのか、知りたい事はたくさんあったけれど、やむを得ず私達はこの場を立ち去ることにした――
「虎の帯」に「呪われた脚絆」……一体なぜこんな物が街に現れるようになったのだろう。
謎は深まるばかりだ──
「マジかよ……じいちゃんの『言い伝え』、本当だったんだ……」
橋の下に何者かが佇んでいる。
「だったら……俺が『ヤツ』を始末するしかないよな」
彼の目に、覚悟の光が宿る──
設定情報②
「居酒屋 酔いどれ」
栄町の駅から徒歩七分の商店街にある個人経営の居酒屋。
高校生のアルバイトは主人公の蘭のみで、大学生以上の従業員で構成されている。
客層は三十代以上のサラリーマンと地元の常連客が中心。
店長自慢の秘伝のタレを使用した串焼きと、鉄板ナポリタンが人気メニュー。
店内喫煙可。
営業時間は十七時〜三時。




