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柔よく剛虎を制す!~呪いの帯で虎の怪物になった元・柔道女子高生は妖を柔道技でねじ伏せる~   作者: 暁季
後半戦

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第十四話 羽根と結界と新奥義


 昼休み。私たちはいつも通り屋上で作戦会議をしていた。


 (つむぎ)がノートを広げ、書き記した文字を指で追いながら読み上げる。

「……えーっと、これまで見つかった(くさび)がカマイタチと、牛鬼(うしおに)、サトリ、土蜘蛛(つちぐも)箕借婆(みかりばば)……それと、(らん)ちゃんの帯か。」


「よーし!これで楔は六つ! 最後の一個をブッ倒せば、蘭も元の可愛い人間に戻れるってワケだ! ……まあ今のプリティタイガー蘭も最高に可愛いんだけどねぇ〜!」

 夢愛(ゆあ)はそう言うと弁当を頬張る私に抱きついた。


「んガッ……今ごはん中なんだから、ガツッ……やめてよぉ夢愛……モグモグ……」

 

 私はあぐらをかきながらバケツのような特大サイズのタッパーにギチギチに詰め込まれた焼肉と白米をかきこんでいく。

 特注サイズの制服からでもわかる程、私の腹はパンパンに膨れ上がっていた。

 

 (れん)がそんな私の姿を半ば軽蔑の目で見る。

「……お前、完全に女子である事を捨てたな。どこに売ってんだそんな弁当箱……それで、白雨(はくう)様。残る楔とは、一体どんなものなのでしょうか」

 

 漣の問いかけに白雨は目を閉じて答える。

『うむ……これまで浄化した楔はそれぞれ業虎(ごうこ)の脚、腕、眼、尾、毛皮、そして小娘の帯に胴体と魂が封印されておった。そして最後の楔は……業虎の「牙」が封印されておる』

「業虎の……牙……!」

「何それ……ヤバそうなんですけど……」

 一同は揃って息を呑んだ。屋上に緊張感が走る。

 

 楔に眠る(あやかし)は、封印された業虎の身体が持つ特性が変異して生まれる思念体だ。

 業虎の牙から生まれる妖──どんな能力を持っているのだろう。具体的なイメージは湧かないが、強敵であると言う事は想像に容易い。


『恐らく……これまでのどの闘いよりも、厳しいものなる事じゃろう……! ……今のところ楔の気配は感じられぬ。鍛錬に過剰というものは無い。楔が見つかるまで、鍛錬を怠るでないぞ!』

「「はいっ」」

 私たちは顔を見合わせた。皆、険しくもやる気に満ち溢れた表情をしていた。瞳の奥に覚悟の光が宿っている。


 夢愛が乾きかけのたまごサンドを掲げながら立ち上がった。

「よーし! そうと決まれば週末も特訓だーッ! 紬、放課後買い出しに付き合ってくれない?」

「うん! 任せてよ夢愛ちゃん」

 紬は弁当箱を片付け、拳をグッと握りしめた。

 

 こうして私たちは最後の楔の闘いに備えて特訓の総仕上げに臨む事となった。



 ◇ ◇ ◇



 週末。私たちは朝から白陽(はくよう)町の山奥に集まっていた。

 外はすっかり涼しくなり、木々が赤く色づいている。


 私は父の柔道着に袖を通した。度重なる特訓の影響で土に汚れ、袖は破れ落ちてしまったが、私にとって大切な相棒ともいえる存在だ。

 黒帯をギュッと固く締め、気合を入れる。


 まずは、大木を相手に技を掛ける練習だ。意識を集中させ、力が一つにつながった瞬間、開放する。

 イメージはばっちりだ。


 息を深く吸い込み姿勢を落とす。張り詰めた空気が周囲を覆う。


 私は地面を踏み込み、左右にフェイントを掛けながら大木に急速接近する。

 鉤爪を立てて右腕を伸ばした瞬間、大木が発泡スチロールのように容易く砕け散った。


 そのまま木の内部を鷲掴みにし、背負い投げの型に移行する──

 今だ。心技体、三つの力がつながった瞬間、私は勢いよく身体を捻りまわした。


「グルルァァーッ!!」

 大木がバキバキと爆裂音を響かせながら根ごと引き抜かれ、空中で回転した。


 バガァァァァン!!


「きゃぁぁぁっ!!」

 

 大木は猛烈な勢いで地面に叩きつけられ、そのまま縦に真っ二つに割れる。

 衝撃波が土と枯れ葉を巻き込みながら遥か後方で見守る紬に襲い掛かり、紬は後転した。

 

 深呼吸をして力の開放による興奮を抑える。ふと、振り返ると紬が枯れ葉の山に頭を突っ込んで倒れていた。

 私は青ざめた表情で口を片手で抑えながら紬の元へと駆け寄った。


「紬! 大丈夫!?」

 私の声に一呼吸おいて、枯れ葉がガサガサと動き出した。頭に葉を絡ませながらゆっくりと紬が身体を起こし、落とした眼鏡を拾い上げる。


「……う、うん……大丈夫だよ……でも、ビックリしたぁ……こんな遠くまで衝撃が来るなんて……」

「紬ぃ……良かったぁぁ」

 私は毛づくろいをするように紬の身体に張り付いた枯れ葉を取り払い、そのまま優しく、力強く抱きついた。


 その時、遠くから白雨が声を張り上げた。

『小娘よ! こっちへ参れぃ!』

「白雨様だ……なんだろう」

 私たちは手をつなぎながら声の元へと駆け出した。

 もう、手を握り潰す心配はない──私はいつもよりしっかりと紬の華奢(きゃしゃ)な手を握った。



 白雨たちは、白雨神社(はくうじんじゃ)の参道だった開けた空間にいた。

 周囲の建造物は朽ち果て、殺風景な闘技場のようにも見えた。

 ヒラヒラと赤や黄色の木の葉が風に揺られて落ちていく。

 

『よし、来たな……』

 白雨が崩れ落ちた拝殿の上で小さく頷いた。


「あのー、何かありましたか?」

 紬が辺りをキョロキョロ見回しながら問いかける。

 

『どうじゃ、ここらで小僧と組手をしてみないかのう?』

「漣と、勝負……ですか?」

 

 私は唖然とした。今までたくさんの特訓を積み重ねてきたが、漣と実戦形式で闘ったことは一度もなかった。

 

『その通りじゃ。勿論、本気の殺し合いをする訳ではない。あくまで「試合」じゃ。』

「お前とやるのはカマイタチの日以来だな。今の俺の実力を見せてやるよ」

 

 漣が腕を組みながら不敵に微笑む。かなり自信があるようだった。

 

「漣のヤツ、けっこー強くなってるからね! 多分蘭ビックリするよ~!」

「へえ……なんか面白そうだね! ……私だって負けないよ!」

 

 私だって確実に強くなっている。どんな勝負になるのか楽しみだ。

 私は拳をグッと固める。気が付くと、自然と口角が上がっていた。

 

『この試合で小僧の力が業虎にいかに通用するかの指標となる。手加減は無用じゃぞ!』

「ルールはウチが決めましたー! 蘭は漣に柔道技を掛ける直前まで持っていけば勝ち! 漣を直接殴るような攻撃をしたら反則ね! アブナイから! 漣はカンタン、蘭に膝をつかせるコトが出来たら勝ち! わかった?」

「オッケー……!」

「いいだろう」

 

 直接攻撃は禁止。漣は生身の人間なので当然といえば当然か。でも私には、特訓で磨いた柔道家としての技がある。

 負ける気は全くない。


 紬と夢愛が白雨のいる拝殿(はいでん)の陰へと避難する。

 参道に、私と漣だけが残された。

 妖との闘いとは違う、高揚感にも似た感情が、全身の毛を逆立てる。

 

『準備は良いか……では……始めッ!』

「『酉ノ空烈(とりのくうれつ)』!」

 

 漣が開始と同時に札を抜き取りながら術を唱え、無数の羽根手裏剣が一直線に襲い掛かる。

 

 早速来た、すべて捌いて見せる。私は手の指を揃えはたき落とす準備を整えた。

 しかし──

 

 以前とは比べ物にならない量の羽根手裏剣が豪雨の如く押し寄せる。

 多すぎる、そして速い──


 私は五枚の羽根をはたき落とした時点で捌く事を諦め、姿勢を落としながら左へ飛び込んだ。

 漣は空烈の札を掲げたまま、左手で二枚の札を抜き取った。

 

「それで避けたつもりか? ……いくぜ新術、『未卯・弾性結界びぼう・だんせいけっかい』!!」

 漣が術を唱えると空中に布団のような分厚い毛の壁が周囲に無数に展開された。


「これは……未ノ毛壁(ひつじのもうへき)!?」

「違うな」


 私が(かわ)した羽根が毛壁に直撃する。すると、毛壁がバネのようにしなり、勢いを倍増させて羽根を弾き飛ばした。


「危なッ!!」

 私は咄嗟に拳を固め、地面を叩き割る。

 爆発音と共に石畳が土を貼り付けながらめくり上がり、即席の盾が出現した。


 反射した羽根が石畳の盾を易々(やすやす)と貫く。

 間一髪身体への直撃は免れたが、盾は跡形もなく崩れ落ちてしまった。

 

 私は肩で息をしながら羽根の威力に唖然としていた。

 土蜘蛛の糸を切れなかったあの羽根手裏剣が、今では石を切り裂くほどの威力を持っている。

 

 これをまともに受けてはいけないと身体の奥底が震えながら訴えている。

 

「耐えたか……やるじゃねえか。だが、これならどうかな!」

「!」

 

 漣が再び羽根手裏剣を放つ。しかし、狙いは明らかに私ではない。明後日の方向に羽根が飛んでいく。


「一体何をするつもり……はッ!」

「そのまさかだぜ。逃げ場のない地獄を見せてやる。『空烈・跳刃鳥籠くうれつ・ちょうじんとりかご』」

 

 一見無駄撃ちかと思われた羽根手裏剣が空中に展開されている毛壁に直撃した。

 毛壁がぐにゃりと大きく湾曲し、乱反射を起こした。


 ドドドドド!!


 四方八方から、大量の羽根が音速を超えて爆発音を放ちながら襲い掛かってきた。


(速すぎて、見えないッ!!)

 

 急所への直撃を回避しようと本能が身体の軸をズラす。

 しかし、身体をかすめ、切り裂いた羽根は次の毛壁に突き刺さり、勢いを取り戻して再び襲い掛かる。

 

 耳が、腕が、脚が、次々と切り裂かれていく。身動きが全く取れない。

 鮮血が舞い、跳び回る羽根が次第に赤く染まっていく。

 

「どうだ! 俺の術の威力は! さっさとブッ倒れろ!!」

 漣が勝利を確信し、声を張り上げる。


『……勝負あったかのう……』

 白雨がぴょこんと拝殿跡から身を乗り出した。

 

「蘭ちゃん……!」

「蘭……!」

 

 二人は険しい表情で両手を合わせ、祈る事しかできなかった。


「グッ……!」

 思わず膝をつきそうになった下半身を根性で奮い立たせ、右脚で踏ん張りなおす。

 

 しかし、このままではやられるだけだ。どうすればいい──


 終わりのない羽根の猛攻を受けながら、私は思考を張り巡らせた。

 術の発動スピード、威力、どれも見違えるほど強くなっている。

 

 ……だが、よく見ると三枚の術の制御に意識を集中させるがあまり、漣自身は無防備の状態になっている。


 危険な賭けだが、やるしかない──


 私は丸めた背中を起こし防御を捨てた。

 羽根が体中に直撃し、落雷のような痛みが全身を貫く。

 

 しかし、私は怯まなかった。痛みよりも深く、重い「闘争本能」が身体の内側から湧き上がってくるのを感じた。


「グルルルルゥゥ……ッ!!」

 

 喉の奥から、自分でも驚くほど低い獣の唸り声が漏れた。

 

 私は痛みを忘れたように地面を強く踏みしめ、石畳を爆発させて一直線に漣へ向かって飛び込んだ。

 

「な、何ィ!?」

「もらったァァァァ!!」

 

 血飛沫を飛ばしながら、私は勢いよく漣の胸元へ右腕を突き出した。

 

 漣のパーカーを掴む、完璧なタイミング──。


 

 ズァッ



「えっ──」

 

 私の腕が漣を捉える瞬間、漣の身体が突如空高く舞い上がった。


「バーカ、そう来ると思って仕込んどいたんだよ、足元にも弾性結界をな!!」

 

 上空から漣が、私を見下ろしてニヤリと笑う。

 

 まずい、上から来る──

 

 私はよろけながら上空からの攻撃に備えようと身構えた。

 

「遅い! 『巳ノ絡縛(みのらくばく)』ッ!!」

 

 漣が術を唱えると、上空からではなく地面から大量の白蛇が這い出し、あっという間に私の両脚をきつく絡め捕った。


「うわっ!? ……あぁぁぁ!」


 ビタン!


 完全に意表を突かれ、脚を引かれた私は体勢を崩し、顔面から石畳に倒れ込んでしまった。


『そこまでじゃ! 小僧の勝ち!』


 

 負けた。完敗だ。防戦一方のまま、ろくに反撃も出来ずにやられてしまった。

 

 間違いなく私も強くなっているはずなのに。私は悔しさから俯いたまま身体を動かせずにいた。


「蘭ー!!」

「蘭ちゃん!!」

 

 紬と夢愛が必死の形相で拝殿跡から駆け出す。


 漣が術を解きながら私の元へやって来た。

 

「……俺の勝ちだな。まあ俺の鳥籠を突破出来た事は褒めてや──」

 

『グルルルル…!』

「!!」

 

 私と目が合った瞬間、漣の表情がサッと青ざめ、息を呑んで立ち尽くした。

 

「あいたたたた〜! クソー負けたぁ!」

 私は頭を掻きむしりながら、いつもの笑顔で悔しさを誤魔化した。


「蘭ー! 大丈夫!?」

 紬と夢愛が到着し、私の手を引いた。


「ってて……大丈夫だよ。ホラ、傷だらけだったけどもう治ってきた。……でも、悔しいな〜ッ。もうちょっと早く踏み込めたら勝てたのになぁ」

 

 私はそういうと腕の傷を指差した。傷口から湯気が沸き立ち、深く抉られていた傷口が瞬く間に治癒していく。

 

「……気のせいか……?」

 

 漣は眉をひそめながら三枚の札をアームバンドの中へしまい込んだ。


 正直、今は嬉しさよりも悔しさが勝っている。

 だって私は昔から負ける事が大嫌いだったから。


 漣に伝えると同時に、自分に言い聞かせるように私は口を開いた。

 

「悔しいけど……漣が強くなってくれて、嬉しいよ! ……業虎を封印する為には、漣は私より強くなくっちゃいけないもんね」

「ああ……なんなら今から封印してやろうか?」

『これ、調子に乗るでないぞ。業虎の力は人知を超える。今のようにはいくまい。すべての楔を浄化し、完全復活を阻止してからでなくてはならん』

 

 白雨が尻尾でピシャリと漣の頭をはたく。


「……冗談ですよ、白雨様。」

『うむ……おぬしは成長した。見違えるほどじゃ。次の闘いも、油断するでないぞ』


 白雨は漣の頭の上で遠い目をして、漣に言い聞かせた。


「はい……必ず勝利し、業虎を封印してみせます」

 漣の顔が引き締まる。目には覚悟の光が宿っている。


 私の身体の傷はもうすっかり完治していた。血と土と、汗の獣臭さが鼻を突く。非常に不快だ。

 

「あぁ~私もう汗ビッショリ! 気持ち悪いから汗流してくる! 紬たちはお昼ごはんの準備よろしくーっ!」

 

 私は目に浮かんだ涙を悟られぬよう、逃げるように山道へと走り出した。

 

 紬が口元に手を添え、私の背中に向かって声を上げた。

 

「汗を流すって……ちょっと蘭ちゃんどこ行くのー!?」

「川ーっ!!」 

「『川ーっ!!』って、どんだけワイルドだよ!?」

 

 夢愛が呆れた表情で立ち去る私を見届けた。




 大木をかき分けながら山道を下る事数分、私は川に到着した。

 底がハッキリと見える程透き通った川が静かに流れている。


 私は柔道着姿のまま、躊躇なく川に飛び込んだ。

 静かな川に、激しい水しぶきが立ち上がる。


「っぷはぁ~! 気持ちいい~ッ!」

 私は身体中を撫でて汗と汚れを洗い流した。

 本来なら凍えるような秋の川だが、火照った身体を冷ますにはちょうど良い。


「……フゥー……」

 

 私は深呼吸をし、目を閉じた。

 

 木々のざわめき、川のせせらぎ、小鳥の鳴き声……心地良い自然の音が心を落ち着かせる。自分が森の一部になったような気分だ。

 先程の悔しさに燃えていた気持ちが、ひどくちっぽけなもののように感じる。


 しばらく水浴びを堪能して、私はバシャバシャと川から上がった。

 犬のように身体をブルブルと大きく揺さぶり、水滴をまき散らす。


「うん、スッキリ! さて……戻りますかぁ」

 私は神社に向かって山を爆速で駆け上がった。




「蘭ちゃん……どうしたのその恰好!?」

 神社に到着するや否や、紬がずぶ濡れの私の姿を見て驚愕した。


「アンタまさか、服脱がないで川に入ったの!? ウケる!」

 夢愛が私を指差しながら腹を抱えて笑っている。


「え……だって柔道着も汚れてたし、一石二鳥かなって……」

「そんなわけないじゃん!『一石二鳥』って……!髪もわっしゃわしゃだし……あー苦しい!もう笑わせないでっ!」

「馬鹿だな、コイツ……」

 

 夢愛は涙を流しながらゲラゲラ笑っていた。

 

「そんなに笑う事ないのに……」

 私は不服そうに口を尖らせた。


「まあまあ。蘭ちゃん、もうお昼の準備できてるよ。風邪ひいちゃうから着替えたらこっち来てね」

 紬がレジャーシートの上に置いてあったスポーツバッグを手に取り、私に手渡した。


「ありがと、紬! じゃ、行ってくる」

 私はそう言うと、気持ちを切り替えピチャピチャと足音を立てながら拝殿跡の陰に向かった。


 ……柔道着、絞ってから戻ればよかったかな。

 

 私はずぶ濡れの柔道着を固く絞り、ビニール袋へと放り込んだ。

 

 湿り気でうまく通らない袖を無理やり通して、私は普段着に着替え終わった。

 

 冷えた身体を服の繊維が優しく暖めてくれる。


 私は紬たちの元へ急ぎ足で戻った。

 

「おまたせ! わぁ〜今日のお弁当も美味しそうだね〜!」

 私は目をキラキラ輝かせながらシートの上にドカンと座り込んだ。


「ふふ……今日は蘭ちゃんの好きなお肉を多めに入れたんだ」

 紬が端に置いてあったお重の蓋を開けると、大きなステーキ肉が何枚も重なって盛り付けてあった。


 血の滴る赤い肉が私の食欲を刺激する。

 期待以上のご馳走に思わず大量の涎が溢れ出す。

 

「最ッ高だよ……! 本当にありがとう! いただきまーす!」

 私は豪快にステーキ肉を鷲掴みし、そのまま食らいついた。

 

 グルルル……ガツッ、ガブ……

 

「ちょっと蘭!! フォークちゃんと持って来てるから!! 手掴みとかあり得ないんだけど!て か今唸らなかった!? どんだけ腹ペコよ〜!」

 夢愛が顔を真っ赤に染めながら声を張り上げる。

 

「へ? あ……ゴメンゴメン、お腹ペコペコでつい……」

 流石にこれは恥ずかしかった。

 私は脂と肉汁で汚れた口元を手の甲で拭い、縮こまりながらご馳走を頂いた。



 ◇ ◇ ◇



 夕暮れ。私たちは特訓を終えて帰路についていた。


 西日が私たちの影を何倍にも伸ばしていく。


 しばらく歩いていると、影の数がどんどん増えている事に気が付いた。

 振り返ると、私たちの後ろに野良猫の大群が列をなして追従していた。


「へ……猫?」

「それもこんなにたくさん……」

「ちょ~~かわいーなぁ!」


 私が猫に一歩近づくと、猫たちはゴロゴロと喉を鳴らし、腹を見せだした。信頼の表現だ。


「蘭~! アンタ猫にモテモテじゃん! 流石ウチのプリティタイガー蘭だねっ!」

 夢愛はそういうと肘でグリグリと私の腕をつついた。


 いつまで歩いても猫たちはついてきた。このままではらちが明かないので、私は河川敷で猫たちの相手をすることにした。


「も~っ、懐かれるのはありがたいんだけど、ずっとついてこられると困るんだよなぁ……」

 私は胡坐(あぐら)をかいて猫たちの腹を順に撫でながら、ため息をついた。

 

「まあまあ、これも蘭ちゃんの優しさが伝わってる証拠なんじゃないかな?」

「う~ん、どっちかというと私をボスとして慕ってるって感じかな」 

「うっそ蘭、猫の言葉わかんの!?」

 夢愛が構えたスマートフォンを降ろして目を丸くした。

 

「いや、ハッキリとはわからないけど、気持ちみたいなのは伝わってくるかな」

「すんげー、ムツゴロウ超えじゃん……」

「なにそれ……」

 

 どうしてだろう。うまく言えないけれど、猫たちの気持ちが「わかる」。

 そして、ただ懐かれているのではなく、私に絶対的な忠誠心を示している。

 

 私が虎だから? 正直、あまり嬉しくはない。気持ちがわかるのならば、伝える事も出来るだろうか。


 私は立ち上がってまっすぐ指を指した。

 

「もういいよ、おしまい。みんな帰ってー」

 

 すると猫たちが一斉に立ち上がり、一目散に立ち去って行った。


「うーわ、マジで……?」

「蘭ちゃん、すごすぎ……」

 

 見事に成功してしまった。二人が口をポカンと開いたまま、私に拍手を送る。

 私は思わず苦笑いを浮かべた。



 そんな私たちの様子を後方の階段から漣と白雨が見ていた。

 ボソボソと小声で何かを話している。

 

「白雨様、どう思われますか……」

 

『うむ……「鎮収流転(ちんしゅうるてん)」を以てしても、小娘の器から奴の力が溢れかけておるな。』

 

「アイツの中の虎が、目覚めようとしている……」


 真っ赤に染まった夕焼け空を、カラスの大群が不吉な鳴き声を上げながら飛んで行った。


設定情報12

漣の新術②


未卯・弾性結界びぼう・だんせいけっかい:防御用の毛壁に弾性を付与し、攻撃を跳ね返したり、トランポリンのように使用し高速移動や空中の起動変化に応用できる技。


空烈・跳刃鳥籠くうれつ・ちょうじんとりかご:弾性結界と酉ノ空烈の合わせ技。相手の周囲に弾性結界を張り巡らせ、羽根手裏剣を反射させながら相手を無限に切り裂く奥義。


巳ノ絡縛みのらくばく:白蛇を召喚し、対象に巻きついて拘束する技。

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