第十三話 少年と箕借婆とかくれんぼ
「もーいいか~い?」
「まーだだよ~!」
昼下がりの公園で子どもたちがかくれんぼをして遊んでいる。
快活な声と共にたくさんの足音があちこちへ広がっていく。
滑り台の陰に隠れるもの、二人でドーム状の遊具に身を潜めるもの、隠れ場所が見つからず走り回っているもの。
そんな中、平井 翔は低木の陰に一人隠れていた。
「もーいいよ~!」
誰かが遠くで声を張り上げる。その声を合図に鬼役が振り返り、腰に手を当てながら歩き始めた。
砂利を踏みしめる足音がゆっくりと翔に近づいていく。
翔は両手で鼻と口を押さえて無理やり息を殺し、ギュッと目を閉じた。
「あー! みぃーっけ!」
「あーん、みつかっちゃったぁ」
鬼が見つけたのは翔ではなく、十メートルほど離れた樹木の陰に隠れていた友人だった。
「……ふぅ~……」
翔は胸を撫で下ろした。そして屈んだままゆっくりと低木から頭を出して目だけで周囲の様子を探る。
「ここはもう危ないかも……僕もドームに入ればよかったなぁ……」
ポツリと呟きながら翔は身を隠せられそうなものを探し始めた。
木の枝……ダメ、枯れ葉……少ない。
子ども一人を丸ごと隠せるようなものなど、そうそう無い。
ある、一点だけを除いては──
「ん……?」
翔が見つけたのは、藁だった。
先程までこんなものがあっただろうか。翔は何かに引き込まれるように地面を這って藁に手を伸ばした。
「うわ、ばっちぃ~」
両手で広げるとその藁は編み込まれておりマントのようになっていた。ところどころ穴が開いておりボロボロだが、身を潜めるのには十分の大きさだった。
翔は藁を広げて頭から被ってみた。自分の為に作られたものかのようにスッポリと翔の身体を包み隠す。まるで藁そのものになったような気分さえする。
開いた穴は周囲をのぞき込むのにピッタリだ。
公園に秋の冷たい風が吹き込んでいく。
何枚もの枯れ葉が風に乗ってくるくると回転しながら飛んでいく。
翔の姿が、藁と共に風となって消えてしまった──
◇ ◇ ◇
一日の授業を終えた私たちは、白陽町の商店街に来ていた。
商店街は今日も賑やかで制服姿の学生や若いカップルたちでひしめき合っている。
『わしはもう、牛丼は食わんぞ! ありゃ塩辛くてかなわん』
白雨が目を細めてプイっとそっぽを向く。
「わかってますよ~。でも、毎回バーガーって訳にもいかないじゃないですか~」
『むぅ~! お、そうじゃ! ならば蕎麦なら良いぞ~どうじゃ?』
「蕎麦は昨日食べたじゃん……」
夢愛が額に手を添えため息をつく。一向に店が決まらないまま商店街の中心までたどり着いてしまった。
この際、なんでもいいから私は空腹を満たしたい。そう思った時だった。
人の流れに逆らって、一人の女性が引きつった表情で周囲を見渡しながら通りすがる人に何かを話している。
探し物だろうか?ジグザグとせわしなく移動する女性との距離が、少しずつ近づいていく。
そして、私たちの番が来た。
「あのっ、子どもを見ませんでしたか!? 小学二年生の、男の子っ」
女性が肩で息をしながら早口で私たちに問い掛けてきた。
「子ども? いえ、見てませんが……どうかされましたか?」
「お友達とすぐ近くの公園でかくれんぼをしていたらしいんですけど……息子がいなくなったんです! お友達も探してくれましたが、見つからなくて……家にも帰ってなくて……警察にも連絡したんですけど……まだ……」
母親は感情が溢れだし、両手で顔を押さえて泣きじゃくってしまった。
母親の悲痛な姿を見て、私は放ってはおけなかった。腹ごなしは後でいい。
「……私も、一緒に探します!」
「オイお前……」
漣が気だるそうな顔で私を睨みつけたが、そんなことはどうでもいい。
「流石蘭! そういうと思った~! ウチも探しまーす!」
夢愛が手を挙げてウインクをする。
「あぁっ……ありがとうございます! ……うぅっ……」
母親は大粒の涙を流して深々と頭を下げた。
「あの……息子さんのお写真とか、なにかありますか?」
紬が母親にティッシュを差し出し、問い掛ける。
「グスッ……写真ならあります……翔といいます。身長は百二十五センチで今日は赤色のトレーナーを着て行きました……」
母親は私たちにスマートフォンの画面を差し出した。画面には短髪の少年が笑顔で戦隊モノの武器を構えた微笑ましい画像が映し出されていた。
「あと、これが私のアカウントです。何かあればこちらへ連絡をお願いします……! 本当にありがとうございます……!」
「わかりました! それじゃあみんな、行くよ!」
私は母親のSNSアカウントを手早く登録し、人込みをかき分け歩き出した。
どんどん先へ進もうとする私を漣が呼び止める。
「オイ! 勝手なこと言いやがって! 楔探しと関係ないだろ!」
「そうだよ、関係ない! ただの人助け! お母さんのあんな悲しい姿、もう見たくない! 早く翔くん見つけて安心させてあげたい! ……漣はそう思わなかったの?」
私は振り返らずに漣にそう答えた。
「……チッ、さっさとガキ見つけて終わらせるぞ」
漣がポケットに両手を突っ込み歩き出した。
「漣……!」
『ふむ……正しき行いじゃ。感心するぞ。……わしは腹が減ってたまらんが、我慢しようではないか』
こうして私たちは急遽、翔探しに協力する事となった。
◇ ◇ ◇
それから一時間、私たちは二手に分かれて翔を捜索した。
私は漣と二人で商店街中を探し回ったが、やはりいなかった。他にもスーパーや人気のない裏路地もくまなく歩いたが、手掛かりは何もなかった。
「……マジでいないじゃん翔くん。どこいったのさ~マジで~」
夢愛が思わず悪態をつく。
「結構探したんだけどね……なんにも手掛かりもないとは……」
私も、正直疲れてきた。空腹も限界だ。しかし、弱気になる度にあの母親の悲しむ顔が脳裏をよぎり、気持ちを奮い立たせる。
すると、紬が両手を握りながら切り出した。
「私、考えたんだけど……もしかしたら翔くん、まだ公園にいるんじゃないかな……?」
「え、公園? そこならウチらさっき探したじゃん!」
夢愛が眉をひそめながら紬を見つめた。
「うん、そうなんだけど……もし私がかくれんぼで見つけてもらえなかったら……すごく不安になって、結局友達がいた公園に戻って来ちゃうんじゃないかなって思って……」
なるほど。翔がまだかくれんぼが続いていると思っているのなら、その可能性はあるかもしれない。
どんな些細な手掛かりでもいい。紬の優しい推理に賭けよう。
「紬の言う通りかもしれない……! よし、今度はみんなで行ってみよう!」
私たちは急いで引き返し、改めて公園を捜索する事にした。
外はすっかり日が暮れ始め、街灯が点灯していた。
冷たい秋の風が枯れ葉を流す。公園に残っているのは私たちだけだった。
「……パッと見、誰もいないね……」
紬が肩を落とす。流石に、もうここにはいないか……
すると漣が一歩踏み出し、バンドから札を引き抜いた。
「俺が探そう。母親の匂いとガキの姿は『札』に記憶させてある……」
匂い? 記憶? 何をするつもりだろう。私は黙って漣の様子を見届けた。
「これですべてわかるはずだ……『戌ノ探嗅』!」
漣の掲げた札が輝くと、目の前に光を帯びた煙のようなものが湧きだした。
やがてその煙は中型犬のような姿を形どり、スンスンと鼻を鳴らし始めた。
そして煙の犬が漣の方へ振り向き、パクパクと声を発する事なく口を動かした。
「……! 藤宮、お前の言ったとおりだ。ガキがそこにいる」
漣がそういうと低木が並んでいる草陰を指差した。
「え! 本当!?」
漣の言葉に紬がパッと顔を上げる。
「すごい! これが漣の新しい術?」
「ああ、楔探し以外で術を使う気はなかったんだが……仕方ねえ。だがこれでガキ探しも終わりだな。」
漣はそう言っているが、先程母親の匂いと翔の姿を札に記憶させたとも言っていた。
なんだ、初めから翔を探す気だったんじゃないか。私は少しだけ嬉しい気持ちになった。
「よっしゃー! そうと決まれば保護保護~!」
夢愛が草陰めがけて走り出した。私たちもその後を追いかけた。
低木のまわりは草が生い茂っているだけで、特段隠れる場所もない空間だった。
低木をかき分け、草むらを撫でるように捜索するが、翔は見つからなかった。
「ちょっと……ホントにここなの? 全然いないんですけど~」
夢愛が口を尖らせながら漣を睨みつけた。
術で翔の居場所が分かったはずなのに、おかしい。何が起こっているんだ。
その時、漣の表情が険しく歪んだ。
「オイ……まさか……『ここ』にいるっていうのか……!?」
そういうと漣が何もない空間におそるおそる片手を伸ばす。
ワサッ……
漣の手が、見えない何かに触れ、乾いた音が鳴った。
その瞬間、空間が歪み、漣の手の先からヌルリとボロボロの藁の山が出現した。
「「!?」」
「何コレっ!?」
『この気配は……! 楔か!?』
私たちは突如目の前に現れた藁の山に思わず仰け反った。
そして白雨が毛を逆立て、藁を凝視する。
『わあ……見つかっちゃったあぁ……隠れないとおぉ……』
藁の隙間から、うわ言のような声がした。その声の主は、間違いなく画像で見た少年だった。
「翔くん!? 翔くんだよね!? みんな探し──」
私が話しかけている間に少年は藁を深く被り直し、あっという間に景色に溶け込んで姿を消してしまった。
「き、消えた!?」
私は両腕を広げて辺りを見回した。しかし、どこにもいない。
木がざわめく音だけが公園に響き渡る。
『妙じゃ……気配が掴めん……!』
白雨が目を細めた。
「え! でも、楔なら白雨様は気配を感じ取れるはずじゃあ……」
私の疑問に対し白雨はこう続けた。
『今の技……間違いない。あれは「箕借婆」じゃ! 奴はあらゆるものを「借りて」自身の物としてしまう妖じゃ……! 奴は今、この空間そのものを「借りて」姿と気配をくらましたのじゃ!』
「そっか……それで白雨様でも見つけらんないってワケだ! ……ねえ漣! さっきのイヌの術は?」
「もうやってる! ……アイツ、なかなかの速さだな。だがまだ公園にいやがる……遊んでるつもりか……!?」
漣がドーム状の遊具の方へ指を指す。煙状の犬がその周囲をぐるぐる回って翔の居場所を伝えている。
「舐めやがって……さっさとブッ飛ばして、浄化してやるッ!」
漣が二枚目の札をバンドから抜き取った。一気にケリをつけるつもりだ。
私はすかさず漣の前に立って両手を広げた。
「待って! 憑りつかれてるのは翔くんだよ!? 翔くんを怪我させるわけにはいかない……!」
「はぁ!? お前本気で言ってんのか!?」
漣の札がチリチリと火花を放つ。次の術の発動直前だった。
「……そうだよ、本気! 私が絶対何とかするから、とにかく翔くんに攻撃を当てないで!」
私はまっすぐな目で漣を見つめた。漣は舌打ちをすると取り出した札をバンドへしまい込んだ。
「……チッ、手こずるようだったら、俺が容赦なく始末するからな」
「ありがと、漣!」
私は姿勢を落として身構えた。やはり、私の嗅覚でも翔の居場所は全く掴めない。
漣が新たな札を抜き取り、両腕を伸ばしてクロスする。
「俺が奴を探知しながら空烈で退路を塞ぐ。あとは、お前がやれ!」
「……わかった!」
「いくぜッ! 『酉ノ空烈』!!」
漣の放った無数の羽根手裏剣が、ドーム状の遊具の周囲を囲うように、地面に円状に突き刺さった。
『ヒッ……また見つかっちゃったあぁ』
逃げ場を失った翔が、ペタペタと遊具の中から這い出て来た。
その背中にはボロボロの藁が、まるで小さな老婆がおぶさっているかのように張り付いていた。
「いたッ! 翔くんだ!」
「蘭ちゃん!」
「うぉぉぉぉ!!」
私は目いっぱい地面を蹴り上げ翔めがけて突進する。
しかし箕借婆は再び空間と同化しようと藁を被りなおそうとしていた。
「させるかよッ!」
漣が追加の羽根手裏剣を放ち、翔の足元に鋭く突き刺さる。
『ヒィィッ!』
逃げ場所を失った翔はパニックを起こして私に向かって突進してきた。
その瞬間──私は意識を集中させた。心の中で心技体の三つが重なるのを感じた。
世界がスローモーションのように見える。
(絶対に怪我はさせない! だったら──)
私は翔の突進の力を一歩引いて受け流しながら密着し、すかさず翔の踵を脚で刈り上げた。
柔道技、小内刈──
翔はバランスを崩し、勢いよく地面に向かって回転する。
私は腕に力を込めて翔の身体を支え、地面への衝撃を完全に殺した。
バタンと仰向けに倒れた翔の背後に回り込み、流れるような動作で首元へ腕を差し入れ、服を掴んで締め技の型を取った。
送襟締──
『ギ……ギギ……』
抱え込んだ私の右腕が、翔の頸動脈を的確に捉え、圧迫する。
翔は初めはもがいていたが、やがてスッと力が抜け、ぐったりと意識を手放した。
「……ふぅー……なんとか……できた……」
私は翔への締め技を解き、静かに息を吐き出した。
日は完全に沈み、辺りはすっかり夜になっていた。
翔が身につけていた藁を剥ぎ取ると、箕借婆が泡を吹きながらくたびれており、そのまま光の粒子となった。
私はその光の粒子を浴びて思わず両腕で顔を庇った。
眩しくて、温かい。だけどどこか気味が悪い。不思議な感覚が私を包む。
光はそのまま空に登り、消えてなくなった。
「う……うーん……僕、何してたんだっけ……?」
すると、翔はまるで昼寝から覚めたように目を擦り、ゆっくりと身体を起こした。
「翔くん! 良かった無事で! お母さんが君の事を探してたんだよ!」
「……ええ! そうだったんだ……よくわからないけど、教えてくれてありがとう……」
私はまだ意識が朦朧としている翔の手を優しく引き、立ち上がらせる。翔はどこも怪我をしていないようだった。私は安堵した。
「蘭ちゃん! 大丈夫!?」
その時、紬たちが私の元へ駆け込んできた。
「うん、平気だよ。翔くんも元気。うまくいって良かったよ」
「やるじゃん蘭! さっきのヤバかった〜! なんか前より闘い方カッコよくなってない? 修行の成果だね!」
夢愛はそういうと私の顎をわしゃわしゃと撫ではじめた。
「うぅ〜そこ弱いから止めてぇ……でも、漣のおかげでもあるよ。漣の探知と足止めが無かったら絶対上手くいかなかった。本当にありがと!」
私は藁の残骸を浄化している漣に向かって礼を言った。
「……フン。俺の奥義なら一瞬で片付いただろうが……まあ無傷って訳にはいかなかっただろうな。そこは素直に褒めてやるよ」
漣は浄化を終えた藁を袋に詰めながら、少し照れ隠しをするように言った。
「んも〜! どこが素直なんだよ! いっつも一言多いんだよお前!」
夢愛が鼻の穴を広げて漣を指差し怒りを露わにする。
「まあまあ夢愛ちゃん落ち着いて……」
「大丈夫だよ夢愛、私気にしてないから! そんな事より早く翔くんをお母さんの元へ連れて行かなきゃ!」
私たちは母親にメッセージを送り、公園で待ち合わせをする事になった。
「翔ー!!」
それから二十分ほどで母親が到着し、無事翔を母親へと引き渡した。
母親は涙を流しながら何度も頭を下げた。翔は遊び疲れて草むらで眠ってしまっていたと伝えている。
少々無理のある説明だったが、正直に妖怪の話をする訳にもいかない。
あまり怒られないといいな。母親と翔の背中を見送りながら、ホッと一息ついた私を、猛烈な空腹感が襲った。
「うーん、これで一件落着! 私もうお腹限界〜ごはん何食べるんだったっけ?」
私が腹をさすりながらそう言うと、白雨と夢愛が切り出した。
『わしはぽてとが良いのじゃ!』
「だーかーら! バーガーはもう飽きたんですってば! たまには違うトコ行きましょって〜!」
『ならば蕎麦じゃ!』
「それは昨日行った!」
二人の子どもじみた言い合いに紬と漣は頭を抱えた。
「〜! もう食べれれば何でもいい! 夢愛、ゴメン! めんどくさいからバーガーショップ行こ!」
もう、限界だ。私はゾンビのようにフラフラと商店街に向かって歩き出した。
『これ! 面倒じゃと!? 生意気な口をききおって〜!』
「なんでウチがまた我慢しなきゃいけないのさ〜! 絶対認めないかんな!」
私たちはワイワイと言い合いをしながら夜の商店街へと入っていった。
残る楔は、あと一つ。
私の闘いは、少しずつ終わりに近づいていた。
設定情報11
漣の新術①
戌ノ探嗅:白く輝く煙状の犬を召喚し、あらかじめ札に「記憶」させていた対象の情報を元に、探索を行う術。
情報は発動者が記憶した五感情報を霊力と共に札に流す事で適用される。
犬に攻撃力はなく、実体もない為、攻撃による妨害を受ける事はない。
現在の探索範囲は術の発動地点から半径約二キロメートル。




