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柔よく剛虎を制す!~呪いの帯で虎の怪物になった元・柔道女子高生は妖を柔道技でねじ伏せる~   作者: 暁季
後半戦

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第十話 制御と半獣とお買い物


 太陽が昇り、やわらかな温もりを感じる山中。

 私はひどく困り果てていた。


 化け物になって暴走状態だった私を、みんなが命懸けで救ってくれた──救ってくれたのだが、私は今までの、人間としての姿を失ってしまった。


 ボサボサの髪、フサフサの体毛、獣耳と尻尾……そしてパンパンにビルドアップした筋肉。


 かつての恐ろしい魔獣のような姿ではなく人間の女としての名残りはあるのだが、その風貌は完全に人間とは呼べないものだった。


白雨(はくう)様〜っ、私、これからどうしたらいいんですか〜」

 私は(つむぎ)夢愛(ゆあ)に全身を撫で回されながら白雨に涙で訴えた。


 白雨は呑気な顔で私の姿を見回した。

『そうじゃのう〜この姿で下界に降りれば人間たちはおぬしの姿に驚愕するじゃろうなぁ』


「や、やっぱり……」

『ふふん。心配するでない小娘。ほれ、手を貸せい』

 落胆した私は、白雨に言われるがままに節くれだった手を差し出した。


 白雨がぴょんと私の手のひらに飛び移ると、目を閉じ集中する。

 すると白く輝く光の玉が浮かび上がり、ゆっくりと私の元へと泳ぎ始めた。


 ポワン……


 光の玉は私の胸の中に溶け込み身体中にあたたかく、少しむず痒いような不思議な感覚が広がっていく。


 足の先まで不思議な感覚が届くと同時に、私の身体を中心に光の波動が外へと飛び出し、消滅した――


 山の木々がざわめき、木の葉がそよぐ。

 程なくして山は元の静けさを取り戻していった。


 ――私は自身の身体の変化を確認した。

 特に……変わったところは無いようだ。大きな身体、鋭い爪、耳に尻尾……先程のままだ。

 

「おお……おお? 特に変わって……白雨様、今のはなんでしょうか……?」

『おぬしに「認識阻害(にんしきそがい)」の術を掛けたのじゃよ』

「『認識阻害』……ですか?」

 いまいちピンと来ない。私がそう思っていると白雨が続けた。


『そうじゃ……今ここにいる者以外の人間は、今のおぬしを「異変」と認識できなくなった。つまり、おぬしの今の姿を見て誰も怯える事も無くなったという訳じゃ。もちろん、家族からもな』

 白雨は目を細めて得意気に術の説明をした。


「す、すげー! って事は、このちょーイケてるプリティタイガー(らん)を学校でモフり放題ってワケだ〜!」

「ちょっと夢愛! 変な名前つけないでよ……!」

 夢愛が私の顎の下を撫でながら歓喜する。

 撫でられて心地良さを感じてしまった自分が、少しだけ悔しい。


「すごい……! それなら安心ですね!」

 紬が胸を撫で下ろした。


『ただし! 注意せねばならぬ事がいくつかあるぞ! 見た目は誤魔化せてもおぬしの巨体そのものは事実じゃ。何かと感覚が変わっている事も多かろう……特に、力加減には用心するのじゃぞ! そして「鎮収流転(ちんしゅうるてん)」はおぬしの生命力を燃料に業虎(ごうこ)の力を循環させておる。業虎の力が溢れ出ぬよう生命力を高め、蓄え続ける必要があるのじゃ』

 

 力加減か。確かに今までとは比較にならない程の活力を全身から感じる。この逞しい身体が見た目通りの力を秘めているのは一目瞭然だ。

 しかし、まだ疑問は残る。

 

「白雨様、生命力を高め、蓄えるって、それってどうやって……」

 

 グゥゥゥゥ……


 私の質問を遮るように腹部から地響きのような音が鳴り響く。

 私は思わず頬を赤らめた。


『……そういうことじゃ。よく食べ、生命力を絶やさぬようにな』

「は……はずかしーっ!」

 思い返せば昨日の昼から何も食べていない。

 緊張が解けて忘れていた空腹感が濁流のように押し寄せてきた。


「私も……お腹空いてきちゃった」

 紬がそっと腹部を撫でてそう言った。

 

「よーし! それじゃあこんな山早く降りてごはん食べに行こー! (れん)! またあの術使ってよ!」

「無茶を言うな! 俺はもう霊力を使い切って限界なんだ」

「え〜! ……でもまあ無理もないか。しゃーない! みんなで歩こっ」

夢愛はすぐに切り替えて漣に肩を貸した。

 

『わしは「ふらいどぽてと」を食べたいのう』

「またですか……? もう……」


 四人と一匹は静かな山の中を歩き出した──



 ◇ ◇ ◇



 一時間ほど歩き続けて山を降りた私たちは、活気付いた昼間の商店街にたどり着いた。


 大勢の買い物客がぞろぞろと歩いている。


 私は漣に借りたパツパツのパーカーのフードを深々と被り、紬の陰に隠れるように身体を丸めながら商店街を歩いていた。


(この姿のまま来ちゃったけど、本当に大丈夫なのかなぁ……)

 町行く人々の視線が恐ろしい。私は白雨の術をまだ信じきれていなかった。


「〜っ……」

 ビクビクしている私に気が付いた紬が手を伸ばし、そっと私の手を握ってくれた。


 ゴツゴツとした大きな手と、小さく華奢な手が重なる。

 

「蘭ちゃん……大丈夫だよ」

「紬……ありがとう」


 白雨の言う通り、私は誰にも驚かれる事なくあっさりとファストフード店へたどり着いた。


「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」

 店員が明るい笑顔で注文を伺う。


(業虎の力を溢れさせない為には、たくさん食べて生命力を蓄える……よし)

 

 私は食欲の思うがままに注文する事にした。

「えっと、てりやきバーガーのセット三つと、メガバーガーのセットが四つ……あ、あとナゲットも十五個」

「かしこまりました! お持ち帰りでよろしいでしょうか?」

「へ? ……あっ……ここで食べます……」


 私は店員の言葉でハッと我に返った。

 流石に頼み過ぎた……店員の一瞬驚いた顔が脳裏に焼き付いて、猛烈に恥ずかしくなってしまった。


 四人は空いていた六人がけの席に座る事にした。

 ソファ席は今の私には狭すぎるので、椅子に座ろうと腰を預けたその瞬間──


 メキッ


 椅子から鈍い音が鳴り響いた。

(嘘!? 壊しちゃった……!?)

 私はすぐさま立ち上がり、椅子の状態を確認した。


「よかった……壊れてない」

 私はほっと胸を撫で下ろし、恐る恐るゆっくりと椅子に座った。


 テーブルの上に四つのトレイが並んだ。

 それぞれが注文したハンバーガーやポテトがある中、私のトレイには、「山」が聳え立っていた。


「ヤバ〜フードファイターじゃん! ちょっと写真撮ってイイ?」

「恥ずかしいからやめてよ……」

 夢愛がうつむく私の言葉を無視してパシャパシャと写真を撮り始める。


『うむうむ。良い事じゃ。直に慣れるであろう……では、頂くとするかのう』

 白雨はそういうとおもむろにポテトを頬張り出した。


『んお〜っ! やはり「ふらいどぽてと」は美味じゃの〜!』

「白雨様! お願いですから静かに召し上がってください……! 『認識阻害』は神獣でおられる白雨様には掛けられない術なのですから……」

『堅いことを言うでない! わしはこのひと時が幸せなのじゃ〜』

 白雨がポテトの箱に頭を突っ込み幸せそうに尻尾を振る。


「じゃあ……いただきます!」

 まずはてりやきバーガーからだ。私は包み紙に包まれたハンバーガーに手を伸ばした。


 ビシャァッ


「へ……?」

 ハンバーガーが豆腐のように呆気なく握りつぶされてしまった。

 太い指の間から、肉とソースがダラダラとこぼれ落ちた。

 

「わ、私のてりやきバーガーが、ミンチに……!」

 私はあまりの光景に唖然とした。

 

「マジ……?」

「すごい……」

「馬鹿だな……貸せ。開けてやるよ」

 漣が無愛想に手を伸ばした。


「い、いいよ……自分でやるからっ」

(じ、じゃあポテトだ!)

 私はポテトを一本つまみ取ろうとした。


 ブチッ


 しかしポテトも一瞬でちぎれ落ち、爪にも満たない大きさの欠片だけが潰れて指に残った。


(な、ならジュースだ! 手を使わなければなんとか……!)

 私はメロンソーダが入った紙コップに顔を近づけストローを咥えた。


 バチン


 ストローも音を立てて無惨にも切れてしまった。


「……紬ぃぃ〜」

 私は目に涙を溜めながら隣に座る紬に目を向けた。


「大丈夫だよ蘭ちゃん。私が手伝うから」

 紬は優しくそう答えると、私の頭を撫で、丁寧にハンバーガーの包み紙を開いて差し出した。


「ありがと紬……あーん」

 私はギラリと鋭い牙が生え揃った大きな口を開いた。

 紬は一切動じる事なくハンバーガーを私の口へと運ぶ。


 バクッ……


 一口で平らげてしまった。ハンバーガーはこんなにも小さな食べ物だっただろうか。

 流石の紬も一口で食べ切るとは思っていなかったらしく、苦笑いを浮かべていた。


 結局私は、山積みになったハンバーガー達をすべて紬の介助で平らげた。

 満腹感が心地よい。私は思わず丸々と膨れ上がったお腹をさすった。

 

 しかし、その異様な光景に客達がざわついている事に気付いた私は、我に返り、恥ずかしさでいっぱいになった。


「ホントに全部食べきっちゃうなんて、すごいじゃん蘭!」

「う、うん……なんか、いけちゃった」

 夢愛が目をキラキラさせているが、私は早くこの場を立ち去りたくて仕方がなかった。

 

「全く……メシも満足に食えないとはな。早く力のコントロールできるようにしとけよ」

「わ、わかってるよ……頑張るから」

 漣が睨みつけるような目つきで吐き捨てた。

 でも、漣の言う通りだ。このままじゃまともに日常生活を送れない。


「それじゃ! 明日も休みだし、みんなで特訓とお買い物に行こーっ!」

「お、お買い物!?」

 突然の夢愛の提案に、私は目を丸くした。


「そうだよ! 蘭、この姿じゃ着れる服ほとんどないんじゃない? ウチがかわいー服見つけてあげるからさ! 新しい服買いに行こうよ〜」

 夢愛がソファ席から立ち上がり、私の肩にスリスリと顔をうずめた。


「ウッ……それも、そうか……」

「はい決まり! それじゃあ今日は解散ー! 片付けはウチと漣がやっとくから任せなー」

「お前! 勝手に決めんなよ!」

 夢愛と漣が軽口を叩き合いながらトレイを片付けていく。


「ふふ……蘭ちゃん、明日楽しみだね」

「楽しみ、かなあ? 心配の方が強いんだけど……」

『うむうむ、直に慣れる』


 あんなにも膨れ上がっていた腹が、既に引っ込み始めている事に私は気が付いた。燃費、悪過ぎないか私。


 二人の片付けを見届けた私はコソコソと店を後にした。



 ◇ ◇ ◇



 次の日──


 ピロリンピロリン♪


 アラーム音が忙しなく鳴り響き、朝の訪れを告げる。


「ん、うーん……」

 私は目を閉じたまま音の鳴る方へと手を伸ばした。

 そして指先でスマートフォンを探り当て、掴んだ瞬間──


 パキン


 乾いた破裂音がした。

「げ!」

 私はその嫌な音で目が覚め勢いよく起き上がった。


 バキィッ


 急な動作がまずかった。視界がズンと下がり、今度はベッドから何かが割れたような音が響いた。

「ヒィッ! やっちゃった!」


 私はこれ以上ベッドを壊さないようゆっくりと体勢を変え、両手で包み込むようにそっとスマートフォンを拾い上げた。


 ――液晶が、バキバキに割れている。

 最悪の目覚めだ。かろうじて動作はするようで、ヒビだらけの画面に本日の天気予報の通知が表示されていた。


「はぁー……明日からベッドはやめとこ……」


 私は服を破かないよう慎重にTシャツに袖を通した。

 

 なんとか破かずに着ることが出来たが、とにかくキツい。

 あちこちが悲鳴をあげており、身体を伸ばせばすぐにでもはち切れそうだ。


 ズボンはパンパンに膨れ上がった太腿に耐えられるものが一本もなかったので、スカートを履く事にした。


 しかし、これもキツい。ゴムが限界まで伸びきっており、腹部が締め付けられる。

 伸びた尻尾が行き場を求めてスカートの後方を歪に膨らませている。


「これは……早いとこ新しい服を買わないと……」

 私は心の中で決心した。


 グゥゥゥゥ……


 身体が「燃料」を求めて重低音のサインを送る。

 ダメだ……まずは腹ごしらえだ。


 着替えに想定以上の時間を費やしてしまい待ち合わせの時間が迫っていたが、私は朝食を取る事にした。



「おはよう……お母さん」

「おはよう蘭。……最近あんた急な泊まりが多いわよ。今日は紬ちゃんとお買い物に行くんだって? 帰りが遅くなるなら……ちゃんと連絡くらいしなさい」

「うん……ごめんお母さん」

 

 母には夜な夜な妖たちと闘っているなんて、口が裂けても言えない。全て友達の家に遊びに行っている事にしていた。

 

 母は私が隠し事をしている事に薄々勘付いているようだが、それ以上深入りはしてこなかった。

 流石に私が闘いに出かけているとは気付いてないだろう。

 そして私が人間ではなくなってしまった事にも、気付いていない……


 私は細心の注意を払いながらトーストをつまみ、あっという間に一斤分を平らげた。


 正直、こんなものでは満たされない。

 しかしもう時間もない。私は玄関へと駆け込んだ。


 バキン


「あーっ!」

 気をつけていたつもりだった。しかし、時間がないという焦りから力加減を誤り、玄関のドアノブを捻じ曲げてしまった。


「どうしたの蘭ー?」

 リビングから母の呼ぶ声が聞こえてくる。


「ご、ごめんお母さん! ドア壊れちゃった! もう時間ないから行くね! 行ってきまーす!」

「もう! 乱暴にしないでよね!」


 母は娘がいとも簡単にドアを破壊した事に、何の疑問も抱いていなかった。認識阻害、恐るべし。

 

 私は逃げるように自宅を飛び出した。



 ◇ ◇ ◇


 待ち合わせ場所の駅前。

 ジャージ姿の学生や、会社員がそれぞれの目的地に向かって歩いている。


 整えられた街路樹とベンチが並ぶ広場に、紬と夢愛、そして漣が既に集まっていた。

 

「あ、きたきた! 遅いぞー蘭ー!」

 夢愛が片手を大きく振って私を呼びかけている。


「ごめんね、遅くなって! 着替えに時間がかかっちゃって……」

 それもそうだが空腹に負けて食パンを一斤も食べてきた事は言えなかった。

 

 私は服を破かないようペンギンのようなぎこちない動きで三人の元へと駆け込んだ。


「みんな揃ったね! それじゃあ行こう」

 紬がそっと私の手を握って歩き出す。


 私は紬の手を握り潰さないよう指先を少しだけ曲げてそれに応えた。


 

 駅の改札前は多くの人が流れるように出入りしていた。


「はい、ここで第一の試練でーす! 自分で切符を買って、改札口を通ってくださいっ」

 夢愛がまるでゲームを楽しむかのように私に試練を与えてきた。


 画面を壊さないように切符を購入し、改札口を通る。

 何気ない動作だが、今の私にとっては立派な試練だ。


「わかった夢愛……やってみせる……!」

 私はカバンの中に手を入れた。毎回財布を開け閉めするのは危険なので、今日は財布は持たずにカバンの中に直接お金を入れていた。


 ジャラ……ジャラ……


 カバンの中に乱雑に放り込まれた小銭たちが擦れ合う。

 私は小銭を潰さないよう慎重に指でつまみ、腕を震わせながらカバンから抜き取る。硬貨をつまんでいる指先の手ごたえが、まるでない。

 そして老人のようなおぼつかない所作で投入口へと持っていく。


 チャリン


「あはっ……できた……!」

 しかし油断は禁物だ。タッチパネルの操作がある。


(壊さないようにそっと……)

 おそるおそる「三百六十円」と表示された画面に人差し指で触れる。


 ──反応しない。力が弱すぎたか、それとも指先の肉球のせいで反応しなかったのか。

 私はほんの少しだけ指先に力を入れた。


 ピッ

 シャッ


 液晶が一度黒い波紋を広げた時には肝を冷やしたが、無事に画面を破壊する事なく切符を発券する事が出来た。


「フゥ……切符買えたよ! これで第一試練はクリアだね!」

 私はニカッと笑顔を見せて改札機に切符を挿入した。


 ガンッ


「んなっ……!」

 完全に油断していた。私は改札機に太腿をぶつけてしまい、改札機が太腿を型どるように歪んでしまった。


「ククク……何やってんだよ蘭! 早く行くよ!」

「蘭ちゃん、電車が来ちゃうよ!」

 夢愛は私を揶揄(からか)うように笑うと先にホームへと逃げ込んでしまった。


「ひどい! ……待ってよ〜!」

 私は服を庇いながらヨタヨタとその後を追いかけた。



 ホームに到着して五分程で、私たちが乗る電車がやってきた。

 降りる客をやり過ごして、私たちは電車に乗り込んだ。


 既に座席は埋まっており、私たちは立つこととなった。そもそも、身体の大きな私は座るべきではないと思うし座席を壊してしまったら大変なので、その方が助かる。


 私は腕を組んで下半身に意識を集中させた。

 吊り革や手すりには、掴まれない。壊してしまうのは目に見えているからだ。

 揺れる車内を、体感と根性で乗り切る。


 その様子を見た夢愛が目を細めながら私に囁く。

「ねえねえ、これじゃ試練にならないんだけどー」

「お願い……人前での特訓はもう少し後にして……」

 私は両手を合わせて夢愛に頼み込んだ。


「ま……それもそっか! ゴメンね蘭、今日は楽しいお買い物の日でもあるもんね! 着いたらスグ服買いに行こっ」

 夢愛はすぐに謝り手すりから離れて私の二の腕に掴まった。


 正直、空腹が限界を迎えつつあったが今の服装で満腹まで食事を取れば確実に服が限界を迎えるだろう。

 私は夢愛の提案をのむ事にした。


 途中、何度か電車が揺れたが、私は大地に根を張る大木のようにびくともしなかった。



 ◇ ◇ ◇



 電車に揺られる事三十分──私たちがやってきたのは琴音(ことね)駅直結の大型ショッピングモールだ。


 休日という事もあり、多くの家族連れの客がひしめき合っている。


 人混みをかき分けるように進んだ私たちは、洋服店にやってきた。

「はーい到着ー!」

 夢愛が人目を気にせず両手を伸ばして私たちを呼びかける。


「ここは……メンズ店?」

 私は入り口の看板を見て足を止めた。ここはメンズ系ストリートブランドの店だ。


「そ! でも勘違いしないで! 女の子でもちゃんと着こなせばカッコかわいいコーデになるんだから! ささ、入った入った」

 夢愛はそういうとグルリと私の背後に回り込み、背中を押して強引に店内へと入った。


 店内は男性物の洋服ばかりが並べられていた。女性服も一部取り扱ってはいるが、店の隅にわずかに置いてある程度だ。

 

 私が女性服売り場へ進もうとすると、夢愛が私の肩を叩いて制止した。

「ほら、こっちこっち!」

 私は言われるがままに夢愛の後をついていった。


「これと、これと……これ! ハイ蘭試着ぅー!」

 夢愛が次々と洋服をカゴに放り込み、試着室のカーテンを開ける。


 私は訳も分からず試着室へと入ってしまった。


「絶対似合うから! ……ふふん、楽しみ~!」

「わ、わかったよ……ちょっと待っててね」

 私はそういうとカーテンを閉めた。


 ピシャァッ!!

 パラパラパラ……


「げ!」

 カーテンが勢いよくレールを走り、いくつかのフックが弾け飛んでしまった。


「ご……ごめん……」 

「蘭ちゃん……次は私が閉めてあげるね」

 カーテンの隙間から覗く紬は、顔を引きつらせながらこめかみをポリポリ掻いた。


 私は試着室の中で一人、顔を赤らめながら着ていた服を慎重に脱いでいく。

 大型の姿見が、巨大な半人半獣の姿を映し出す。


 彫刻のように研ぎ澄まされた分厚い筋肉。それを覆う橙色と黒色の獣毛。

 代謝の良い身体からはうっすらと湿り気のある獣臭が立ち込め、鼻を突き刺す。


「……はぁ……」


 思わずため息が漏れた。照明が煌々(こうこう)と輝く店内が、今の私を残酷なほど鮮明に映し出している。


(私、化け物じゃん……)

 私は下着姿のまま(うつむ)き固まってしまった。重たい感情が私にのしかかる。

 

「蘭ー! 着替え終わった? 開けてい?」

 カーテンの向こうから呼びかける夢愛の声が私を現実へと引き戻す。


「わ! ちょっ待って! もう少しだから!」

 私は慌てて服を着こんだ。

 流石に手馴れてきたようだ。私は以前よりもスムーズに袖を通す事が出来た。


「いいよ……」

「おし! ではご対面~」

 

 夢愛が外れかけのカーテンを素早く開ける。


 夢愛が選んだ服は女性の顔がプリントされた白色のTシャツと色の抜けたゆったりとしたシルエットの黒色のデニムだった。

 Tシャツは非常に窮屈でプリントされた女性の顔が歪んでいる。


「ふーん……XLじゃダメだったか……待ってな! 次持ってくるからっ」

 夢愛はそういうとすぐに新しい服を選び、私の元へと持ってきた。


「これなら大丈夫だから! ……ハイ着た!」

 夢愛が私の返事も待たずにカーテンを閉めてしまった。


 『XLじゃダメだったか』……夢愛の言葉がチクリと私の胸を刺す。

 悪気が無いのはわかっているが、いざ直接言われてしまうとくるものがある。


 クヨクヨしていても仕方がない。夢愛は真剣に私の為に頑張ってくれている。

 わたしは気持ちを切り替え次の服に袖を通した。


「お待たせ……いいよ」

「待ってました! 開けるよ~」


 夢愛がカーテンを勢いよく開けた。


「おぉ~! イイじゃん蘭! 最っ高だよ!」

「うんうん! とっても似合ってるよ、蘭ちゃん!」

『ほほ、なかなか良いではないか』

 二人ははしゃぎながらハイタッチをして私の姿を褒めた。


 夢愛が選んだ服はオーバーサイズの黒色のスウェットパーカーだった。

 店で一番大きなサイズのようで、今の私にも無理なく着る事が出来た。


「ホント……? 似合ってるかな……?」

 嬉しかった。正直、姿見で確認した時点で自分でも似合っているかもと思っていたが、二人の反応は想像以上だった。そして──


「フン……まあいいんじゃないか? あのパツパツ姿よりは」

「漣……」

 漣は腕を組みながらぶっきらぼうに答えた。

 

 私は心の中があたたかい気持ちでいっぱいになった。お腹はもう限界だけど。


 夢愛は得意げな顔で腰に手を当てた。

「これで決まりだね! じゃあサイズはもうわかったから後は任せな~!」

「ちょっと待って! まだ買うの!?」

「当たり前っしょ! 一着だけで生活できるワケないんだから!」

「それはそうだけど……」


 結局、夢愛が残りの服を全て決めて会計をする事となった。

 レジに表示された今まで見た事のない金額を見て私は青ざめた。


 バイト、しといて良かった……



 ◇ ◇ ◇



 買い物の後は、レストラン街の蕎麦屋で食事をした。


 白雨は蕎麦を食べるのは初めてだったようで、ここでも現世の料理に興奮していた。

 

 私は蕎麦だけでは全く足りなかったので、メニューにある丼ものを全て平らげてしまった。

 夢愛がフードファイターにならないかと何度も私に迫ってきたが、正直興味はない。というより恥ずかしい。


 

 食事を済ませた私たちはこれからどうしようかと話し合いをしていた。

 

「うーん、おいしかった! 幸せー」

 私は自然と笑顔になっていた。


「私も! また来たいね! ……このあとはどうしようか?」

「決まってっしょ! プリ撮ろプリ!」

 紬の質問に夢愛が即答する。


「え……プリクラ? それはちょっと……」

 私は肩を落とした。


「だーいじょうぶだってぇ! アンタはプリティタイガー蘭なんだからさぁ~!」

「だから、その呼び方やめてってぇ~」

 夢愛が私に抱きつきながら顎の下の毛を撫でまわす。悔しいが気持ちいい。



 私たちは二階のゲームコーナーにあるプリクラ機に入った。


 漣は撮影ブースに入らずカーテンの向こうで立っていた。


『まぶしいのう……これが「ぷり」か……なかなかの術使いじゃな』

「ほら蘭ちゃん! 頭切れてるよ! もっと屈まなきゃ」

「これでも頑張ってるんだけどなぁ~……よいしょ!」

「わ! 蘭重たいって! 気を付けてよね!」

「ごめん~!」


 私たちのにぎやかな声がゲームコーナーに響き渡る。

 

「フン……くだらないな……」

 私たちが撮影を楽しんでいる姿をよそに、漣はボソッと吐き捨てた。

 

 しかしその表情はどこか穏やかで、彼なりに楽しんでいるようでもあった。


 出来上がったシールを見て、私たちは大爆笑した。

「げ! 私だけ顔認識されてなくない!? もう~!」

『ほう絵を描く術とは! ……むむ? こやつらは一体何者じゃ?』

「ウチらですよ! かわいく加工されてるでしょ~!」


 私は機械に人間判定されていなかったが、そんなことはもう気にならなかった。


 

 今日は本当に楽しい一日だった。

 朝から大変なことばかりだったが、みんなの助けのおかげで今の自分が少しだけ好きになれた気がする。


 こんな日が、ずっと続くといいのにな。


 私は新品の匂いがするパーカーの裾を、ぎゅっと握りしめた――

設定情報⑧

認識阻害にんしきそがいの術

対象の者への認識を変える、見えない結界を付与する術。

千年前、葛葉一族はこの術を使い人知れず妖と闘い世の安寧を保っていた。

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