表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/7

第5話 暴力の経済学

 地下墓地の最奥。

 分厚い石の扉の向こうから、身の毛もよだつ腐臭が漂ってくる。


 このダンジョンの主、コープス・イーター(死体喰らい)の部屋だ。

 通常、このボスに挑むパーティは大量の回復ポーションと解毒薬を買い込み、決死の覚悟で挑む。

 勝っても赤字。負ければ死。

 それがこの世界の「ボス攻略」の常識だ。


 だが、俺の計算は違う。


「いいか、プラン通りに動け。アドリブは禁止だ」


 俺が釘を刺すと、リリアが不満げに鼻を鳴らした。


「分かってるわよ。あたしはあんたの合図があるまで、石みたいに固まってればいいんでしょ」

「そうだ。ギル、お前は逆だ。今回は少し動いてもらう」


 ギルが兜の下で目を白黒させる気配がした。


「お、俺がか? 動くのは苦手だぞ……」

「走れとは言っていない。敵の正面に立ち続けろと言っているんだ」


 俺は杖で扉を指し示す。


「開けるぞ」


 重い音と共に扉が開く。

 部屋の中央、死体の山の上に鎮座していた肉塊が、こちらに気づいて蠢いた。

 腐った肉を継ぎ接ぎしたような巨体。

 コープス・イーターが咆哮を上げる。

 鼓膜が破れそうな衝撃波と共に、強烈な毒ガスが部屋に充満した。


 普通のパーティなら、この開幕の咆哮でパニックになり、解毒薬を飲む隙に殴り殺される。

 だが、俺たちには関係ない。


「ギル、前へ! 敵の視界を塞げ!」


 俺の号令。

 ギルがドスン、ドスンと重い足音を響かせて前進する。

 コープス・イーターが巨大な腕を振り上げた。丸太のような腕だ。直撃すれば軽戦士なら即死する威力。


「防げない! 避けろギル!」


 リリアが悲鳴を上げる。

 だが、俺の声がそれを遮った。


「受・け・ろ」


 ギルは反射的に立ち止まり、タワーシールドを構えて身を縮めた。

 次の瞬間、肉塊の豪腕が盾に激突した。


 ゴォンッ!!


 鐘楼のような音が響き、ギルの足元の石畳がクモの巣状にひび割れる。

 土煙が舞う。

 だが、煙の中から現れたのは、一歩も引かずに耐え切った鋼鉄の塊だった。


「……重いな」


 ギルが低く呟く。

 ダメージはある。だが、HPバーにして1割程度。

 VIT極振りの物理耐性は、伊達じゃない。


 コープス・イーターが苛立ったように吼え、追撃の構えを取る。

 今度は酸のブレスだ。


「させない」


 俺は冷静にスキルを放つ。


「ウェポン・メルト(戦意喪失)」


 敵の攻撃力がガクンと落ちる。

 ブレスの予備動作に入った怪物の口元が、締まりなく緩んだ。


「マッド・タイム(泥沼の刻)」


 続けてスロウ魔法を重ねる。

 敵の時間が泥のように重くなる。

 ブレスを吐こうとする動作が、コマ送りのように遅延する。


 完璧な隙。

 俺はリリアの方を見ずに告げた。


「殺れ」


 待っていましたとばかりに、リリアが飛び出す。

 彼女はギルの背後から回り込み、既に構えていた大剣を一気に解放した。

 5秒のチャージを完了した一撃。


「消し飛びなさいッ!」


 銀色の閃光が、部屋の闇を切り裂いた。

 スロウ状態で回避も防御もできないコープス・イーターの首元に、大剣が深々と突き刺さる。

 肉が弾け、骨が砕ける不快な音。

 怪物の首が、ボールのように宙を舞った。


 ズズ……ン。


 巨体が崩れ落ち、黒い血の海が広がる。

 戦闘終了。

 あまりにも呆気ない幕切れに、リリア自身が驚いて腰を抜かしかけている。


「……嘘。ボスよ? ここのボスを一撃で?」

「条件さえ整えれば、お前の火力はボスのHPを上回る。簡単な算数だ」


 俺は倒れた巨体には目もくれず、部屋の奥にある宝箱へと歩み寄った。

 中には銀貨と、中級の武器素材。

 そして何より重要なのは――。


「おい、二人とも。自分の持ち物を確認してみろ」


 俺に言われ、ギルとリリアがお互いのポーチを確認する。


「ポーションが……減ってない」


 ギルが呆然と呟いた。

 リリアも目を見開く。


「矢も、刃こぼれも、修理キットも……何も使ってない」


 そう。これこそが俺の戦術の真髄だ。

 この世界の冒険者は、稼ぎの半分を経費で失う。

 回復薬、解毒薬、装備の修理費。戦えば戦うほど金が消えるジレンマ。

 だが、俺たちは違う。


「被弾ゼロなら回復はいらない。一撃で倒せば武器も痛まない」


 俺は宝箱から手に入れた銀貨袋を放り投げ、ギルにキャッチさせた。


「経費ゼロ。利益率100パーセントだ」


 二人の顔色が、驚愕から歓喜へと変わっていく。

 それは単に勝った喜びではない。

 自分たちが、この過酷な世界で「生き残れる」という確信を得た顔だ。


「すげぇ……ヴィック、あんた何者なんだ?」

「ただのエンチャンターだ。ただし、少しばかり計算が得意なだけのな」


 俺はギルドへの帰還スクロールを取り出す。

 そろそろ戻ろう。

 この成果を持ってギルドへ帰れば、俺たちをゴミ扱いした連中がどんな顔をするか。

 想像するだけで、どんな高級な酒よりも美味そうだ。


「帰って祝杯だ。奢ってやるよ、最強のパーティ結成記念にな」


 俺の言葉に、二人が今日一番の笑顔で頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ