第4話 指揮者と二つの凶器
地下墓地の空気は淀んでいた。
腐った土の臭いと、どこからか聞こえる乾いた音が、静寂を不気味に彩っている。
カカラ……カカラ……。
闇の奥から現れたのは、3体のスケルトンだった。
錆びついた剣を握り、骨だけの顎を鳴らしてこちらへ近づいてくる。
動きは遅いが、生者に対する殺意だけは明確だ。
「来たわね、骨くずども!」
リリアが叫び、身の丈ほどある大剣を構えた。
だが、その動きはあまりに直情的すぎた。
彼女は間合いを測ることなく、ただ敵が見えたという理由だけで剣を振りかぶる。
重い。
振り上げる動作だけで2秒。
その隙に、先頭のスケルトンが彼女の懐へ飛び込んだ。
「しまっ……!?」
「リリア!」
ギルが慌てて割って入ろうとする。
だが、その巨体と重装備が災いした。とっさに動こうとした足がもつれ、彼は派手に転倒しそうになりながら、それでも無理やり盾を突き出す。
ガギィン!
スケルトンの剣がギルの盾を叩く。
どうにか防いだが、体勢は崩れ、陣形はバラバラだ。
リリアの大剣は空を切り、石床に火花を散らすだけ。
ギルは起き上がろうともがくが、残りの2体が彼に殺到する。
泥仕合だ。
見るに堪えない、素人以下の乱戦。
これまでの彼らなら、ここでポーションを使い果たし、薄氷の勝利を拾っていたのだろう。
だが、今日は違う。
ここには俺がいる。
「止まれ」
俺の声は、地下道の冷気よりも冷たく響いた。
一瞬、その威圧感にリリアとギルの動きが止まる。
俺は杖を突き出し、戦場という名の楽譜を書き換える。
「ギル、立つな。膝をついたままでいい。盾を地面に突き刺せ」
「なっ……そんなことしたら、動けないぞ!」
「動く必要はない。お前は壁だ。そこから一歩も通すな」
俺の言葉に迷いを見せつつも、ギルは巨大なタワーシールドを地面に叩きつけた。
ズドン、という重い音と共に、鉄の壁が完成する。
3体のスケルトンがギルに群がる。
錆びた剣が何度叩きつけられても、分厚い鋼鉄は傷一つ付かない。
ギルが亀のように縮こまる。
「痛く……ない?」
当たり前だ。
そいつのVITなら、スケルトン程度の攻撃力は防御力で完全に相殺できる。
避けるから崩れる。受ければ盤石だ。
「リリア、構えろ」
俺は次に視線を向ける。
リリアが焦ったように大剣を持ち直そうとした。
「でも、あいつらがちょこまか動いて……!」
「俺が見ていろと言ったら、敵は止まる」
俺は左手で印を結ぶ。
狙うのは、ギルの盾に群がって団子状態になっている3体。
座標固定。範囲指定。
「シャドウバインド」
影が跳ねる。
黒い触手がスケルトンたちの骨の足を絡め取り、その動きを完全に封じた。
不自然な静止。
敵はギルの目の前で、縫い止められた標本のように硬直している。
「な……!?」
リリアが目を見開く。
俺はカウントを開始する。
拘束時間は10秒。
リリアの攻撃モーションは5秒。
お釣りが来るほど長い。
「振れ」
俺の合図。
リリアが反射的に大剣を振り上げる。
遅い。
あくびが出るほど遅いタメ動作。
だが、敵は動かない。
ギルという壁に阻まれ、俺の魔法に縛られ、ただ死を待つだけのオブジェクト。
リリアの顔から焦りが消え、獰猛な笑みが浮かぶ。
彼女は初めて感じたはずだ。
敵に邪魔されず、回避もされず、己の全力を叩き込める快感を。
「吹き飛びなさいッ!」
轟音。
振り下ろされた鉄塊が、3体のスケルトンをまとめて粉砕した。
骨が砕け、塵となって消える。
一撃だ。
文字通りの一撃必殺。
舞い上がった土煙が晴れると、そこには何も残っていなかった。
ドロップアイテムの魔石が3つ、転がっているだけだ。
静寂が戻る。
リリアは肩で息をしながら、信じられないものを見る目で自分の剣を見つめている。
ギルは盾の裏から恐る恐る顔を出した。
「……終わった、のか?」
「ああ。片付けの時間すらいらないな」
俺はコツコツと杖をついて歩み寄り、魔石を拾い上げた。
戦闘時間、わずか15秒。
被ダメージゼロ。消費MPは俺のスキル一発分のみ。
これが、俺の求めていた効率だ。
「嘘……でしょ」
リリアが震える声で呟く。
「あたしの剣が……あんな骸骨ごときに、当たるなんて」
「当たるさ。止まっている的を外すほど、お前は下手じゃない」
「俺も……一度も避けなかった。なのに、傷ひとつない」
二人は呆然と俺を見ている。
まるで化け物でも見るような目だ。
だが、その奥には確かな熱が宿り始めている。
自分たちは「ゴミ」ではなかったという、強烈な自己肯定の火種が。
俺は二人の前に立ち、ニヤリと笑ってみせた。
「分かったか? お前らが弱かったんじゃない。使い方が間違っていただけだ」
俺は出口の方角を指し示す。
「行くぞ。こんな雑魚じゃテストにもならない。もっと奥で、お前たちの本当の価値を証明してやる」
二人の返事はなかった。
だが、次に踏み出した彼らの足音は、先ほどまでの迷いが消え、力強いものに変わっていた。
手応えはある。
この歪な形のピースは、俺の手の中で完璧に噛み合い始めた。




