第3話 処刑台のギロチン
ギルという巨大な盾を手に入れた俺たちは、そのままギルドの裏手にある修練場へと足を向けた。
日没が近い。茜色に染まる空の下、乾いた土埃が舞っている。
そこかしこで新人冒険者たちが剣を振り、汗を流していた。
だが、俺の視線は一点に釘付けになった。
そこだけ、空気が歪んでいた。
修練場の隅で、一心不乱に大剣を振るう女がいた。
燃えるような赤髪。小柄な体躯には不釣り合いな、身の丈ほどもある巨大な鉄塊を握っている。
女が剣を振り上げる。
遅い。
致命的に遅い。
構えてから振り下ろすまでに、たっぷりと5秒はかかっている。
あんな予備動作では、寝ているゴブリンにすら逃げられるだろう。
ブンッ!
ようやく振り下ろされた剣が、凄まじい風切り音と共に地面を叩いた。
ズドン、という地響き。
地面がクレーターのように抉れ、土煙が俺たちの足元まで届いた。
威力だけは災害級だ。
だが、当たらなければ意味がない。
周囲の冒険者たちが、冷ややかな視線を送っているのが見えた。
ヒソヒソと嘲笑う声が聞こえる。あいつまたやってるよ、当たらない剣を振り回して馬鹿みたいだ、と。
俺の隣で、ギルが気まずそうに兜を揺らした。
「……あいつはリリアだ。俺と同じで、どこのパーティにも入れてもらえないはぐれ者だよ。火力はあるんだが、見ての通りタメが長すぎて使い物にならない」
俺は口元を拭った。
笑いが込み上げてくるのを抑えるのに必死だったからだ。
使い物にならない?
とんでもない。
俺の目には、彼女の頭上に輝く黄金の可能性が見えていた。
あれは剣士じゃない。
歩く処刑台だ。
俺は迷わず彼女に歩み寄った。
リリアと呼ばれた女は、肩で息をしながら俺を睨みつけた。
汗で張り付いた赤髪。瞳には、周囲への反骨心がギラギラと燃えている。
「何よ。あんたも笑いに来たの? 悪いけど、見世物じゃないわよ」
刺々しい声だ。
俺は杖を突き、彼女が開けた地面の穴を指差した。
「いい穴だ。これならドラゴン相手でも装甲ごと叩き割れる」
リリアが怪訝そうに眉をひそめた。
俺は続ける。
「だが、当たらない。お前が剣を振り上げている間に、敵はあくびをして逃げるだろうな」
「……うるさいわね! 分かってるわよそんなこと!」
リリアが叫ぶ。
「でも、私は軽い剣なんて持ちたくないの! チマチマ削るなんて性分じゃない。一撃でドカンと終わらせたいのよ! それの何が悪いの!?」
何も悪くない。
むしろ最高だ。
俺は彼女の目を見据えて言った。
「その大剣、俺なら必中にできるぞ」
リリアの動きが止まった。
彼女はまじまじと俺の顔を見て、それから鼻で笑った。
「はっ、何言ってんの。あんたエンチャンターでしょ? 杖を持ったひょろひょろに何ができるっていうのよ」
「俺はお前の剣速を上げることはできない。だが、敵を止めることはできる」
俺は背後に控えるギルを親指で示した。
「こいつが敵を釘付けにする。俺が敵の足を縫い止める。お前は、止まった的をその鉄塊で叩き潰せばいい」
リリアがギルを見て、目を丸くした。
「ギル……? あんた、まさかパーティ組んだの? その攻撃力ゼロのカカシと?」
「ああ。こいつは最強の盾だ。そしてお前が加われば、最強の矛になる」
リリアの瞳が揺れた。
彼女もまた、自分の居場所を探していたのだ。
だが、すぐに疑り深い色が戻る。
「……口だけならなんとでも言えるわ。証明してよ」
「いいだろう。今からダンジョンに潜る。そこで判断しろ」
俺は二人の顔を交互に見る。
攻撃を受け続けることしかできない盾。
攻撃を当てることのできない矛。
世間一般ではゴミと呼ばれる欠陥品たち。
だが、俺の頭の中にある設計図においては、これ以上ない完璧なパーツだ。
俺は懐から地図を取り出し、ギルドから一番近い低レベルダンジョン『地下墓地』を指差した。
「行くぞ。最初の授業だ。お前たちに、本当の『パーティプレイ』ってやつを教えてやる」
夕闇の中、俺たちは歩き出した。
不揃いな足音。
だが、俺には確信があった。
この足音はいずれ、世界を震撼させる進軍に変わるだろうと。




