第2話 その盾は飾りじゃない
冒険者ギルドの重い扉を押し開けると、むせ返るような熱気と安酒の臭いが鼻を突いた。
夕刻のギルドは、仕事あぶれの冒険者たちでごった返している。
怒号のような笑い声。床を叩くブーツの音。鉄と革と汗の臭い。
かつてモニター越しに見ていた綺麗なデータの世界とは違う。ここは、生々しい質量を持った現実だ。
俺はカウンターの横にある掲示板に目を走らせた。
羊皮紙に殴り書きされたパーティ募集の文言が、俺の神経を逆撫でする。
『求む、軽戦士。素早い身のこなし必須』
『当たらなければ回復はいらない。鈍重な重装兵はお断り』
俺は思わず舌打ちをした。
どいつもこいつも、流行りの戦術指南書を鵜呑みにした量産型思考だ。
確かに攻撃を避けるスタイルは強い。だが、それは運ゲーだ。
どんな達人でも、足場の悪いダンジョンで100回戦えば数回は被弾する。その一発で即死するような博打を、俺は戦術とは呼ばない。
俺が求めているのは確率じゃない。確定した未来だ。
視線を酒場の隅へと巡らせる。
喧噪から切り離された薄暗いテーブル席に、異様な影があった。
デカい。
座っていても分かる巨体だ。
全身を分厚いフルプレートメイルで覆い、その足元には大人が三人隠れられそうなタワーシールドが立てかけられている。
今のトレンドである革鎧の軽戦士とは真逆の、重戦車スタイル。
テーブルには空のジョッキが一つ。誰も彼に近づこうとしない。
まるで、そこに置かれた粗大ゴミのような扱いだ。
俺は目を細める。
俺の目には見える。奴の身体から立ち上る、尋常ではない密度が。
俺は迷わずそのテーブルへ歩み寄り、向かいの席に腰を下ろした。
男がゆっくりと顔を上げる。兜の隙間から、沈んだ瞳が俺を見た。
俺は単刀直入に切り出す。
「俺と組め」
男は反応しなかった。ただ、疲れたように首を横に振る。
「やめておけ。俺は地雷だ」
くぐもった、低い声が返ってきた。
「攻撃力は皆無。動きもトロい。ただ突っ立っているだけのカカシだぞ」
自嘲気味な言葉。
おそらく、これまで数え切れないほどのパーティを追放されてきたのだろう。
この世界の「前衛」の役割は、攻撃を華麗に避けて敵を翻弄することだ。
敵の攻撃を体で受けるなんてのは、ヒーラーの負担を増やすだけの無能とされている。
だが、俺の評価は違う。
俺は杖先で、彼の足元にある巨大な盾をコツンと叩いた。
「いい鉄を使っているな」
男が意外そうに俺を見る。
「厚さ3センチの特注品か? これならオーガの棍棒でも弾ける。その鎧もだ。これだけ着込めば、走ることすらままならないだろう。なぜ、そんな不便な格好をしている?」
男は少し黙り込み、それからポツリと答えた。
「……俺は、不器用だからな」
男がガントレットを外した手を見せる。
岩のように隆起した筋肉。無数の傷跡。
「避けるのも、剣を振るうのも苦手だ。だからせめて、仲間が逃げる時間くらい稼げるように頑丈でありたかった。来る日も来る日も、重い鎧を着て、モンスターの体当たりを受け続けた。気づけば、こんな身体になっちまったよ」
それは、ステータス画面でボタンを押して得た数値じゃない。
血と汗で積み上げた、本物の「VIT(耐久値)」だ。
素晴らしい。
こいつは馬鹿だ。俺が探していた、本物の馬鹿だ。
周りの連中は言うだろう。攻撃が当たらないなら、その防御力に何の意味があるのかと。
だが、俺がいれば話は別だ。
俺が敵の視線を強制的にこいつに向けさせれば、こいつは絶対に壊れない最強の防壁になる。
俺はニヤリと笑い、男に告げた。
「合格だ。名前は?」
「ギル……だが、本当にいいのか? 俺は攻撃を一発も避けられないぞ」
「避けるな」
俺は言い切る。
「一歩も動くな。お前はそこで、山のように立っていればいい」
ギルと呼ばれた男は、狐につままれたような顔をしている。
無理もない。
被弾することを肯定する指揮官など、この世界には存在しないのだから。
俺は席を立つ。
まずは手始めの試運転だ。
このギルドで一番難易度が高い依頼を受ける。
「行くぞ、ギル。お前のその無駄に鍛え上げた体が、最強の武器になることを証明してやる」
ギルがおずおずと、しかし確かにその巨体を持ち上げた。
重厚な鎧がガシャンと音を立てる。
その重苦しい金属音が、俺には勝利の鐘の音に聞こえた。
盾は手に入れた。
あとは、敵を粉砕する矛を見つけるだけだ。




