(1)
『はい…はい…申し訳ございません…すぐに治します…はい…わかりました…はい…はい…またかけ直します…』
怒鳴り声が消える
あの夏は肌寒かった
だから温もりが欲しかった
熱帯夜というクールダウンが終わる。もう一度火が燃え上がる。徐々に沸騰していく平地の上で、上がる気温とは逆に体をつたっていく汗が熱を奪っていく。風邪をひいたらしい。風邪をひいたことを職場に電話すると、今まで押さえていた疲れが押し寄せてくる。どうにかこの疲れを和らげたく、上半身を机の上に投げつける。潰れた顔で戸棚を見つめながら、下半身の重心を落としていく。息をすることすら億劫なのに、他に何か出来るわけがない。曖昧な意識のまま途切れ途切れの時間をなぞっていたが、ほんの十数分でなぞる時間が見当たらなくなる。飛んできた時間を受け止め目を開けると、電気の走る腑抜けた腕を大袈裟に振りながら、やっとのこと、体を起こす。ふと目を時計に向けると、思いのほか減ってない残り時間にうんざりする。力の限り、寝床まで歩を進める。また、こと切れたように布団の上に倒れ込む。まだ幾分かハッキリしてる意識の中で、思考を巡らす。嫌な言葉、嫌な顔、嫌な出来事、しまいには嫌な思い出が浮かんできて思わず、息を殺すように他愛もないことを考える。 9時になり、今まで考えないようにしていた仕事のことが、押し寄せてくる。ぼやけた記憶の中でも、上司の顔や仕事場の情景が触れるほどハッキリ見えてくる。今日ぐらいは毎日を忘れようとギュッと目を瞑る。そのまま寝てしまおうとするも目の前の砂嵐が、心をざわつかせて来て、寝させてくれない。また目を開ければ、大きくなっていく天井の圧に押し潰されそうになり、また目をつぶる。数十分または、数時間を経由した眠りは冷静になって考えてみると、今日で1番幸せだった時間だった気がする。 目が醒めるとぼやけた思考と視界のままノロノロと立ち上がる。ふと窓を見ると、青の抜けていく空の下の山の上に蠢く人の波を捉える。ふと気になって何週間も見ていなかった郵便受けを探す。一枚の花火のチラシを見て、確証は事実に変わる。花火大会という文字を一つ一つなぞっていくにつれ、思い出しなくない青い思い出を拾い集めていく。それが嫌で、夜ご飯を食べるという言い訳を片手に、くしゃくしゃにしたチラシと拾った記憶を置き去りにし、家から這い出るように飛び出した。




