みじかい小説 / 011 / ミケの場合
私が生まれたのはとある民家の床下だった。
目の見えないうちから五,六匹の兄妹と一緒に母のお乳を競うように吸っていたのを覚えている。
あるとき、人間の女が床下をのぞきこんで何やら騒ぎ始めたかと思うと、母と私たちは、その女によって家の中へと移された。
それから毎日、女は母に食べ物を持ってくるようになった。
女は母とじゃれあいながら、ときどき私たち子猫ともじゃれあった。
最初は警戒していた私たちだったが、女の匂いにもすぐに慣れて、そのうち女の手からやわらかい餌をもらうようになった。
転機が訪れたのは、それから間もなくのことだった。
兄妹のうちの一匹が、女によって抱きかかえられたかと思うと、それきり姿を消してしまったのだ。
私は寂しくなって、不安にもなって、にゃあにゃあ鳴いた。
それでも、女は兄妹たちを一匹、また一匹と消していった。
ついには母まで姿を消した。
私は寂しくなってにゃあにゃあ鳴いた。
しかしそれきり、みんな帰ってこなかった。
しばらくして女はことあるごとに私を見て「ミケ」と言うようになった。
時間の間隔など分からないが、それからずっと、私は女と一緒に暮らしている。
いつしか、女が「ミケ」と呼ぶのを待たず、私が先に女の目を見てにゃあと鳴くようになった。
女がぴかぴかする板を見ている間、私はいつも女の膝の上で喉を鳴らすようになった。
しかし最近、夜、女のそばで丸くなるときに、まどろみのなかでふと自分の死を思うようになった。
女が寝ている間に私が死んだらどうしよう、と考えるようになった。
きっと女はひどく驚くに違いない。
死ぬときの姿を見せないというのが私たちのさだめだけれど、もう目も見えなくなってきたし、私の場合はどうやら無理そうだ。
女には悪いけれど、死体の片づけを頼むとして、勝手だけれど今夜あたり、死んでしまおうと思う。
長いような、短いような、一生だった。
この女と一緒で、本当に、よかった。
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