第七話 エピローグ&番外編
エピローグ 「静かな午後」
事件から五年が経った。
聖与世夫は五十歳になり、以前のように派手な暮らしはしていなかった。
資産はまだ潤沢にあったが、彼はそれを贅沢に使うことよりも、町の小さな図書館への寄付や、孤児院の運営支援などに充てていた。
「昔の俺なら考えられなかったな……」
ベンチに腰を下ろし、缶コーヒーを啜りながら呟く。
兄・泰司の最期の言葉が、今も心に残っている。
――金なんかより、熱い人生を。
その意味を噛みしめるたび、与世夫は自分がまだ“退屈を恐れている”ことに気づく。
だが同時に、その恐れこそが自分を生かしているのだと感じていた。
空を見上げると、かつて兄と肩を並べた夜を思い出す。
血塗られた日々も、今では遠い影だ。
「兄貴……俺は、まだ探してるよ。生きる意味を」
缶を飲み干し、立ち上がる。
新しい一歩を踏み出す足取りは、かつての無職の男のものではなかった。
番外編 氷川凛の視点「報道の裏側」
私はあの事件を“表”では報道しなかった。
なぜなら、あまりにも巨大な権力を巻き込んでいたからだ。
記事として世に出せば、自分の命どころか家族までも危うくなる。
けれど、“裏”では動いた。
匿名のリークとして資料を各方面に流し、世論の圧力で司法を動かした。
だから神林一派は崩れ去った。
……ただ、代償はあった。
泰司は死に、与世夫は孤独を背負った。
記者として私は真実を守ったのかもしれないが、人間としては、何を壊したのだろう。
五年後の今。
与世夫は静かに暮らしている。表には出ないが、彼の寄付や活動は確かに人を救っている。
私は彼に記事の題材を求めるつもりはない。
彼はもう「ニュース」ではなく、「生き続ける証」だからだ。
ただ――
もし再び退屈を嫌い、危険へ踏み込もうとするなら、そのときは。
私はまた、彼の隣に立つだろう。
「聖与世夫という男は、決して退屈には死なない」
そう信じているから。
以上で 本編+エピローグ+番外編 完結です!