第六話 墓前の決戦
第六話 前編 墓前の決戦
灰色の空の下、墓地は不気味な静けさに包まれていた。
与世夫と泰司、そして氷川凛。その三人を前に、黒服を従えた神林社長が立ちはだかる。
「さあ、渡せ。剛三の遺産は俺のものだ」
神林の目は獲物を狙う猛禽のようにぎらついていた。
泰司は血の滲む肩を押さえつつ、銃を構えた。
「……ふざけるな。あんたのためにここまで来たんじゃない」
「兄弟で力を合わせる気になったか?」
神林が薄笑いを浮かべる。
次の瞬間、黒服たちが一斉に動いた。銃口が閃き、銃声が墓地に響き渡る。
与世夫は思わず身を伏せ、石の陰に転がり込んだ。胸の奥に抱いた手帳が、まるで心臓の鼓動と同じリズムで熱を帯びる。
氷川が鋭い声を上げた。
「与世夫さん、USBを守って!証拠があれば奴らを潰せる!」
泰司は兄弟を庇うように前へ出て、反撃の銃弾を放った。黒服の一人が倒れ、残りが散開して包囲を狭めてくる。
「チッ……数が多すぎる!」
そのときだった。
神林がポケットから小型のリモコンを取り出し、スイッチを押した。カチリという音と同時に、墓石の下から低い機械音が鳴り響く。
「……なにを……?」
与世夫が顔を上げると、剛三の墓石の基部がゆっくりと開き、地下へ続く鉄の階段が姿を現した。
「これが剛三の最後の“遺産”だ。金庫でも書類でもない――“場所”そのものよ」
神林の声は興奮に震えていた。
「ここに眠っているのは、政財界を揺るがす究極の記録。兄弟の血を鍵にしか開かぬ装置だ。……さあ、降りてもらおうか」
銃撃戦の最中、兄弟は互いに目を合わせた。
敵対してきた過去も、積み重ねた憎しみも、この瞬間だけは意味をなさない。
「行くしかないな、弟よ」
「……ああ。どうせ退屈はもうごめんだ」
二人は同時に墓の奥へと身を投じた。
背後で神林が狂気じみた笑い声を響かせながら続いた。
――決戦は、墓の下で待っている。
第六話 後編 最終話 余白の果て
地下へ降り立つと、そこは冷たいコンクリートの空間だった。
壁一面に金庫のような装置が並び、中央には指紋認証のパネルと、血液検査を兼ねた小さな注射針が備え付けられていた。
神林が背後から声を上げる。
「さあ、兄弟揃って“鍵”となれ。剛三が最後に遺したのは、俺が支配するための武器だ」
泰司が一歩前に出て笑った。
「……武器だと?違うな。これは、あんたを地獄に突き落とすための棺桶だ」
銃撃戦で傷だらけの泰司は、力なくパネルに手を押し当てた。血が吸い込まれ、装置が低い唸りを上げる。
「与世夫……お前の番だ」
与世夫は胸の奥で迷っていた。
退屈を破った代償が、父の罪と兄弟の血に結びつくとは思わなかった。
だが――逃げてはいけない。
彼はゆっくりと針に指を差し出した。チクリとした痛みと共に、装置が点灯し始める。
やがて金庫が開き、中から無数の書類とデータ端末が現れた。政財界の汚職、裏金、殺人依頼――人ひとりでは抱えきれないほどの“闇”が詰まっていた。
「やった……!これで俺は――」
神林が駆け寄ろうとした瞬間、泰司が最後の力を振り絞って引き金を引いた。
銃声が地下に響き、神林の胸に赤い花が咲く。
「ぐっ……!貴様ら兄弟が……!」
血を吐きながら崩れ落ちる神林。その目にはまだ悔恨と執念が残っていたが、やがて動かなくなった。
静寂。
泰司は壁に背を預け、荒い息をついた。
「……これで、父の呪いは終わったな」
与世夫が駆け寄る。
「兄貴、しっかりしろ!」
「俺はもう長くない。だがな……お前が持ってる数十億なんかより、よっぽど“熱い人生”だったぜ」
泰司はかすかな笑みを浮かべ、与世夫の手を強く握った。
その手はすぐに冷たくなった。
――翌日。
氷川の協力のもと、証拠資料は警察と一部のメディアへ渡された。政財界を揺るがす大スキャンダルとなり、神林の名は汚辱と共に歴史に刻まれた。
だが与世夫に残ったのは、巨額の資産と弟を失った孤独だけだった。
彼は公園のベンチに腰を下ろし、ふと空を見上げた。
退屈を憎んでいた自分が、今は退屈を懐かしく思う。
――けれど、それでも。
「兄貴……俺は生きるよ。退屈の果てに、また何かを見つけるために」
与世夫はポケットにしまった父の手帳を撫で、静かに歩き出した。
空には雲の切れ間から、わずかな光が差していた。
これにて、完結です!
次回はエピローグ、番外編を予定しています。