第四話 銃声の夜
第四話 前編 銃声の夜
銀座五丁目の交差点。
赤信号で立ち止まる群衆のざわめきの中、与世夫は兄の泰司がゆっくりとコートの内側から銃を取り出すのを見た。黒光りする拳銃の冷たい輝きが、街のネオンを反射する。
「やめろッ!」
氷川凛が叫び、素早くハンドバッグから金属の閃きを取り出す。彼女の手には小型のスタンガンが握られていた。だが――その動きよりも先に、乾いた破裂音が夜空を裂いた。
――銃声。
群衆が悲鳴を上げ、一斉に四方へ散っていく。信号無視の車が急ブレーキをかけ、タイヤが悲鳴をあげた。
与世夫は咄嗟に身をかがめた。だが、体に衝撃は来なかった。
耳を打つのは別の叫び声。
「……ぐっ!」
振り返ると、銃を持つ泰司の肩口から鮮血が噴き出していた。氷川が放ったスタンガンではない。群衆の陰から、もう一丁の銃が火を吹いたのだ。
「誰だ……!」
泰司が血にまみれた声で吠える。その瞬間、黒いフードをかぶった別の人物が姿を現した。
「……お前たち兄弟を始末するように依頼された。俺はただの“実行役”にすぎん」
その言葉に、与世夫と氷川は愕然とした。
――泰司は標的だった。そして与世夫も。つまりこの兄弟は、何者かにまとめて消されようとしている。
泰司の目に、怒りと驚きが同時に浮かんだ。
「俺を利用したのか……!?」
再び銃声が轟き、群衆の悲鳴が夜に溶けていく。
与世夫は地面に伏せながら、ただ一つの真実にたどり着きかけていた。
――この事件の本当の黒幕は、兄ではない。
もっと別の、“影”が背後に潜んでいる。
第四話 後編 黒幕の影
銃声が交差点を震わせ、街の喧騒は混乱の叫びへと変わった。
与世夫は地面に身を伏せ、必死に呼吸を整える。視界の端では兄・泰司が肩を押さえ、血を流しながらもまだ銃を構えていた。
「……弟よ、まだ生きてるか」
「死んでたまるか!」
互いに罵り合いながらも、その背中は同じ方向を向いていた――黒フードの男だ。
男は冷たい声で言い放った。
「お前たち兄弟の確執なんて、所詮どうでもいい。依頼主が望んでいるのは“血統ごと消すこと”だ」
その言葉に氷川が息を呑む。
「血統……やはりそういうことね。つまり、あなたたち聖与兄弟の存在そのものが邪魔なんだわ」
黒フードの男が迷いなく引き金を引いた。
泰司が与世夫を突き飛ばし、弾丸がアスファルトに弾ける。二人は転がるように路地裏へ逃げ込み、氷川が後に続いた。
「クソッ……!」
泰司が壁にもたれ、肩の血を押さえながら低く唸る。
与世夫は荒い息をつきながら問いただした。
「兄さん……“血統”ってどういう意味だ?俺たち兄弟がなぜ狙われる?」
泰司は一瞬、答えをためらった。だがやがて、唇を噛みしめて吐き出す。
「俺たちの父親……聖与剛三。あの男はただの会社員じゃなかった。裏社会と政財界を結ぶ“仲介人”だったんだ。奴の血を引く者が生きているだけで、都合が悪い連中がいる」
与世夫の頭に衝撃が走った。
父は病で死んだ――母からそう聞かされてきた。しかし真実は違ったのか。
氷川が重い声でつぶやく。
「つまり、黒幕は父親の“古い取引先”……政財界のどこかにいる」
その時、泰司のスマートフォンが震えた。画面には非通知番号。
彼が通話を繋ぐと、聞き覚えのある声が響いた。
「聖与泰司。聖与世夫。……無駄に抗うな。お前たち兄弟の運命はすでに決まっている」
声は、どこかで聞いたことのある男のものだった。
与世夫は耳を疑った。
――それは、かつて自分が勤めていたブラック企業「オルディス商事」の社長、神林の声だった。
次回、第五話 社長の告白