第二話 予告された死
第二話 前編 予告された死
「次の標的……だと?」
与世夫は思わず声を荒げた。喫茶〈アルカナ〉の静かな空気が震え、カウンターのマスターがちらりとこちらを見たが、すぐに何事もなかったようにグラスを磨き続ける。
目の前の女性は冷静だった。
「驚くのも無理はありません。でも、これが現実です」
彼女はそう言って、もう一枚の紙を取り出した。そこにはパソコンで打たれた文字列が並んでいた。
――聖与世夫。八月十五日、午後十一時。銀座五丁目の交差点にて死す。
日時と場所が、まるで演劇の台本のように明記されている。
「これは、殺害予告状……?」
「そうです。警察に持って行こうとしたんですけど……無駄だと思いました」
「なぜだ」
「なぜなら、この予告状は“的中”するからです。昨日殺された彼の名前も、日時も場所も、すべて正確に記されていた」
与世夫は、思わずワインレッドの椅子にもたれかかった。
まるで冗談のような話だ。しかし彼女の瞳には、一点の笑いも浮かんでいない。
「俺が殺される理由は?」
「あなたの資産です。……いえ、正確には、あなたがかつて勤めていた会社に関わる“過去”が原因です」
与世夫の心臓が大きく跳ねた。
数十億という莫大な資産を築いてから、彼は世間との接点を意識的に絶ってきた。金を狙う輩を避けるためでもあったし、過去の会社に関わる人間と顔を合わせたくなかったのも理由だ。
「……あんたは誰なんだ」
与世夫が問うと、女性は一拍置いてから名乗った。
「私の名前は、氷川凛。元刑事です」
その名を口にした瞬間、与世夫の背後でドアベルが鳴った。
振り返ると、スーツ姿の男が一人、店に入ってきた。眼鏡の奥から冷たい視線を与世夫に向ける。
そして、低い声で言った。
「……予定より、少し早かったな」
第二話 後編 暗殺者の影
与世夫の背筋を冷たい汗がつたった。
スーツ姿の男は店内の静寂を切り裂くように、カウンターの奥へ歩み寄る。その歩調には、一切の迷いがない。まるで獲物に近づく捕食者のようだった。
「……予定より早い、とはどういう意味だ?」
声を絞り出すと、男は小さく笑った。
「そのままの意味だ。君の“退場”は明日の夜に予定されていた。しかし、今ここで処理しても構わない」
与世夫の心臓が大きく跳ねた。
氷川凛が、素早く立ち上がり男の前に立ちはだかる。
「ここは人目がある。あなたにとっても不利でしょう」
男は目を細め、ゆっくりと彼女を見下ろした。
「氷川……刑事をやめてもまだ正義ぶるのか。無駄なことだ」
その言葉に、与世夫の耳が敏感に反応した。――やはりこの男は、氷川と面識がある。つまり、この一件は偶然ではなく、もっと大きな“因縁”が絡んでいる。
男は胸ポケットから黒い封筒を取り出し、与世夫のテーブルに放り投げた。
「君には“最後の選択”がある。逃げ続けるか、真実に踏み込むかだ」
封筒の中には、一枚の古い社員証が入っていた。
それは、与世夫がかつて勤めていたブラック企業――「オルディス商事」のものだった。
「これは……」
カードの顔写真は、見覚えのない中年男性。しかし、名前欄にははっきりと刻まれていた。
――聖泰司。
与世夫は思わず言葉を失った。
「……聖? 俺と同じ姓……?」
氷川が息をのむ。
「まさか、あなたに“血の繋がり”が……?」
男は不気味な笑みを浮かべ、踵を返した。
「続きは、明日の夜に。……予告どおりにな」
ドアベルが鳴り、男の姿が闇に消えていく。
残された与世夫の胸に渦巻くのは、恐怖と、そして確かな予感だった。
――この事件は、資産や偶然などではない。
もっと根源的な“自分のルーツ”に結びついている。
次回 第三話 失われた血の記憶