3-神託と責任
ミレーヌの指先の震えは、すぐに収まった。
彼女はあくまで聖女としての微笑みを保ったまま、リアナに歩み寄る。
「侯爵令嬢……リアナ様、ですね。こちらこそお会いできて光栄です。神はこのように美しい魂と魂を結びつけてくださるのですね。」
声には一切の刺がなかった。だがその美しい魂という言葉に、リアナは心の中でふっと笑った。
「まあ、恐れ入ります。
けれど、私など、聖女様のように崇高なお立場には及びません。
神と人々の間に立つお役目、お心労も多いでしょう。」
「いえ、私の心には、神の慈しみが常に満ちております。
……ときに、リアナ様は神託をどのようにお感じですか?」
(来たわね)
あくまで穏やかに投げられた問い。だがその裏には、神託に疑いを持つ者を炙り出す火種が潜んでいる。
リアナはあえて、柔らかく、やや熱を込めて答えた。
「そうですね。
神託とは、私にとって責任のように思えます。
口にした途端、それがどれほど多くの人の運命を左右するのか
――言葉の重さを背負う覚悟があって初めて、預言は真に意味を持つものではないかと」
一瞬、空気が止まった。
ミレーヌの瞳が、ごくわずかに揺れた。
リアナはそれを見逃さず、淡く微笑む。
「もっとも、私のような未熟者には、到底その重みを担うことなど叶いませんが……。
聖女様のように強く、清らかな方なら、きっとすべてを背負ってくださるのでしょうね。」
「……ええ、もちろんです。
私は、神の声に従ってまいります。」
その返答には、どこか強ばったものが混じっていた。
ミレーヌは軽く頭を下げ、周囲の視線を受け流すように数歩下がった。
リアナは静かにその後ろ姿を見つめる。
まるで絹で織られた幕が、音もなく閉じるような感覚だった。
(前世のあなたは、私に同じ問いを投げかけてきたわね。
そのときの私は、うまく答えられなかった……だから、敗れた。
でも今は、違うのよ。
あなたがどんな言葉を使っても、私はすべてその先まで読める。)
リアナは視線を外し、礼儀正しく一礼した。
場は整った。仮面は整い、会話は交わされた。
これでよかったのだ。
この出会いは、最初の手合わせにすぎない。
やがて神殿の太鼓が鳴り響き、式典は次の段階へと移っていく。
だが――その場にいた誰ひとりとして知らなかった。
この瞬間から、聖女ミレーヌの終焉の時計が、静かに回り始めていたことを。