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2-光が落ちるとき

 その日、王都は騒然としていた。


神殿の大階段に、白と金のローブをまとった少女が降り立った瞬間、群衆のざわめきが風のように巻き起こった。


――来たわね、ミレーヌ。


リアナは貴族令嬢としての正式な参列者のひとりとして、最前列に整列していた。

その表情は端正に整い、どこまでも優雅で微笑を湛えていたが、胸の内にはひやりとした観察の眼差しが潜んでいた。


階段を下りてくる少女――ミレーヌ・クラヴィス。

平民の出でありながら、ある日「神託による召喚」を受け、聖女として選ばれたとされる存在。


その容姿は確かに美しかった。

淡い桃色の髪、光を含むような、琥珀色の瞳。

透き通った白肌に、造花めいた作り物の清楚さが添えられている。


だが、リアナにはわかっていた。

その微笑は――「自分がどう見られるか」だけを考えて練習された、鏡の中の笑顔だということを。


「聖女ミレーヌ様のご到着です!」


神官が声を張り上げる。

ミレーヌは穏やかに手を振り、まるで天上から舞い降りた天使のように振る舞ってみせた。


「皆さま、どうか顔を上げてください。私は皆さまの姉妹であり、祈り人です。」


群衆から拍手と歓声。

貴族たちも一斉に立ち上がり、王族すらもその場で彼女に頷いた。


「この国に、今後災いが訪れるかどうか――

 神は、今日、私を通じて予言を与えてくださいました。」


ミレーヌが両腕を広げると、空から金の花びらが舞った。


魔術か、仕込みか。

いや、それすら問題ではない。


民衆は「神託」という言葉に酔っていた。


(さあ、ここからよ。)


リアナは目を伏せ、静かに微笑む。

この瞬間、彼女の記憶には、前世でこのミレーヌがどんな嘘を重ね、どれだけ多くの罪を神託の名の下に捏造したかが、くっきりと甦っていた。


(この国の聖女様が、本当は誰よりも血に飢えた狩人だと、誰も知らない。)


だが今回は違う。

リアナの手元には、ミレーヌの言動と神託の「矛盾」を示す資料が、すでに静かに集まり始めていた。


友好貴族の従者が一人、手帳の切れ端をそっと渡してくる。


「予言の前夜、ミレーヌは市場の占い師と密会していたとの証言。民間調査報告添付」


リアナは頷き、その紙をそっと懐にしまう。


「お美しいですね、ミレーヌ様」


誰かの賛辞が飛び交う中、リアナもまた一歩前に出て、微笑んだ。


「初めまして、リアナ・フェルディナントと申します。

 侯爵家の娘として、聖女様に謁見を賜り光栄です。」


ミレーヌは、ほんのわずかに目を細めた。

その一瞬――“前世で罪を着せた娘”がここにいることに、うっすらと気づいたような表情。


だがリアナは動じない。

深々と礼をし、静かに言う。


「どうか、導いてくださいませ。神の言葉と、そのまなざしのままに」


言葉には何の棘もなかった。

だが、それを聞いたミレーヌの指が、一瞬ピクリと震えたのを、リアナは見逃さなかった。


(ええ、どうぞ導いて。

 あなたがどれほど誤った道へ進もうと、私はただ静かに――「その証拠」を集めるだけ。)


この国で、最も優雅な復讐は、いつだって微笑の仮面の奥で始まる。

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