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12-偽りの声が終わるとき

 処刑は、朝に行われると決まっていた。


王国における信仰の犯罪――それは殺人にも等しく、

特に神の名を騙り、民衆を欺いた者は、最も重い刑に処される。


ミレーヌ・クラヴィス。

かつて聖女と讃えられた彼女は今、鉄の枷に繋がれ、処刑台の上に立っていた。


群衆は押し黙っていた。

嘲笑も怒号もない。

あるのはただ、信じていたものが壊れたという、呆然とした沈黙だけだった。


白の祭服は剥がされ、灰色の囚人服。

その肩は震えていた。

けれど、涙は流していなかった。


――最後まで、神が自分を助けてくれると、思っていたのかもしれない。


リアナは、群衆の最前列にいた。

ただの傍観者として、帽子のつばをわずかに下ろして、目元を隠していた。


風が吹き、鐘が三度鳴る。


執行官が書状を読み上げる。


「ミレーヌ・クラヴィス。

 汝は神託を偽り、演出し、民を欺き、王を惑わせ、国を危うくした罪により、

 本日をもって刑を執行する。

 これは、信仰と秩序を守るための剣である。」


彼女は、声を発さなかった。

最期の弁明もなかった。

ただ、遠くを見つめていた。

その目が何を求めていたのか、誰にもわからなかった。


――――――そして、処刑が執り行われた。


ミレーヌの足元にあった薪束にオイルが振り撒かれ、火がくべられた。


「熱い……!誰か助けて!!いやぁぁあああああッ!!」


さすがのミレーヌも火刑に処されてしまえば、あっけなかった……。


一瞬ののち、広場に冷たい沈黙が落ちた。


処刑後の王宮の王国法廷は、特例としてこの記録を信仰犯罪の前例として残すと発表した。

王太子セドリックの継承権は停止され、王弟が新たな後継として名を挙げられた。

神殿は「神託制度の再構築」を掲げ、神官長レオニスが粛清と改革の筆頭となった。


同日夜、リアナは机に向かい、一通の手紙を読んでいた。

差出人の名はなかった。

けれど、その文字はかつて誰よりも丁寧に神託を読んだ筆跡だった。


「……私は、選ばれたかったの。

 誰かより上でありたかったの。

 誰かの役に立つことで、自分が必要とされる気がしたの。

 神の声なんて、最初から聞こえなかった。

 でも、誰かが信じてくれたとき、私は……

 はじめて、生きていていいと思えたの。

 ねえ、リアナ。

 あなたは、私みたいな女を、ただの道化だと思ったかしら?」


 リアナは、手紙をそっと閉じた。

 答えを書く必要はなかった。

 その問いが届く相手は、もうこの世にはいない。


 夜の静けさのなか、彼女はインク瓶にペンを浸し、記録帳に一文だけ残した。


「――神の声を騙る者、最も哀れな沈黙にて終わる」

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