10-綻び
神殿の大講堂は、青の絨毯と白金の柱に彩られ、光の天蓋が揺れていた。
本日は、聖女ミレーヌによる新たな神託の発表の日。
王族・貴族・神官・報道筆記官までが列席し、荘厳な空気が満ちていた。
「――神の声が告げました。
西方の谷に、今宵、大地のひび割れが走り、封じられていた災厄が目を覚ますと」
ミレーヌは、高らかに朗読するように語った。
その声音は澄んでいて美しい。だが、リアナは静かに眉をひそめた。
(その谷、今月初旬に視察団が入ったばかりのはず。
断層も、熱源も、魔力の乱れすら報告されていない)
式典が終わったあと、リアナは控えの間で、密かに書記官レノルトに声をかけた。
「今日の神託の記録……発表日の前に書かれた下書き、存在しますか?」
レノルトは、若干ためらったが、リアナの目を見て頷いた。
「……あります。
実は、五日前の時点でほぼ同じ内容が書かれた草稿を確認しています。
しかも、語り口も今日とほとんど一致していました。」
「ありがとう。写しはありますか?」
「神殿規則では……正式に要請をいただければ、ご提出できます。ですが」
「ご提出されたくなるような要請でよろしければ、私が用意します」
リアナが微笑んだその夜、神殿裏口で小さな包みが彼女の手元に届いた。
*
――――翌日
「……見てください、ライル。
この写本の神託草稿と、発表された内容を照合した結果」
リアナが差し出した二枚の羊皮紙を、ライルは無言で見比べた。
数行目で、彼の目が細まる。
「――同一だ。語順、句読点の位置まで一致している」
「神の声が、五日前に予言内容と句読点まで指定して降りてきたなら、私はその神を疑うわ」
ライルはふっと笑うが、その目は冷えていた。
「これで、神託の加工があった可能性が明文化された。
証人は?」
「書記官レノルト。彼はまだ公には動かせないけど……迷っているわ。
これはただの手違いであってほしいと……」
「正直だな。
だが、正直な人間は、明確な嘘を見たとき、最も早く信仰を捨てる」
*
――――その日の午後 神官控え室
神官補の若者たちが、声を潜めて話していた。
「……最近、聖女様の神託草稿、妙に整いすぎてないか?」
「それ、俺も思ってた。
だってさ、書記官が日に全文受け取ってたって……
神託って、即興で降りるんじゃなかったのか?」
「まさか……いや、でも……」
それはまだ、表に出ていないひび。
だが、ひとつ事実を知った者は、もう元の信者には戻れない。




