1-おかえりなさいは微笑と共に
聖堂の鐘が鳴り、窓の外で白鳩たちが弧を描いた。
柔らかな日差しが、白大理石の床に金の筋を落としている。
――この光景を、私は知っている。
リアナ・フェルディナントは微笑を浮かべ、茶器を手に取った。
目の前では、侍女が慎重に砂糖壺を差し出している。
「リアナ様、本日の“神託花茶”でございます。昨夜の夢に咲いていた花から抽出されたものと――」
「ありがとう。下がっていて。」
優雅に言い添えたが、心中では冷笑していた。
夢に咲く花などという詩的な演出の背後に、神官たちの操作があることを、前世の私は知らなかった。
だが今は違う。
私は、この世界で一度、処刑された。
聖女ミレーヌの偽りの告発によって、侯爵家の娘であった私は、神託に背いた悪女として王都の広場で断罪された。
白い衣を剥がされ、石を投げられ、最後は火刑に――
……そこで私は、目を覚ました。
「リアナ様、お加減でも?」
「ええ。夢を見ていたの。」
夢、というには生々しすぎる死の記憶。
それが私に与えられた転生だった。
再び十八歳の春。
聖女ミレーヌが王宮に召喚され、神の子としてちやほやされる二年前の時点に、私は戻ってきたのだ。
――今度は、誰にも騙されない。
私を陥れた者たちが、自らの言葉で墓を掘るその日まで、私は笑顔を崩さない。
手帳の片隅に、滑らかな筆跡で新しい一文を加える。
「聖女ミレーヌ、六月二十八日、初の神託予言。内容は「偽」。目撃者三名。裏取り進行中」
ゆっくりと、紅茶をひと口含んだ。
この口元に、かつて彼らが知らなかった冷たい意思が宿っていることに、誰も気づかない。
「おかえりなさい、私。
そして、さようなら――聖女様」