君と僕の重ならない世界
気が付いたら異世界だった。
なぜか俺、中学校の教室にいるはずなのに、次の瞬間には豪華な建物の中にいた。
この現実、とんでもないな。
驚きの瞬間移動を果たした俺が周囲を見回したら、鎧を着たごついおっさん達がいて、そんな彼らに庇われるように立っているドレス姿のお姫様が見えた。
あと、俺の近くには倒れて気を失っているクラスメイト多数。
これはあれだな、うん。
「セオリー通りのあれといえば一つしかない。物語でよくあるそれだ」
指示語ばかりになってしまったが、つまり異世界召喚ってやつかな。
人生かれこれ十数年生きてきて、それなりに色々な経験してきたけど、俺はまだまだ人生の何たるかを知らなかったらしい。
まさか、これほど斬新なビッグイベントが発生するとは思わなかった。
教室でくつろいでいたら、急に周囲がばーっと光って、ファンタジー漫画によく出てくるに魔法陣みたいなのが床に現れ、そんでもって意識がぐわんぐわん。たぶん気絶してたんだろうか。寝ぼけた頭を引っ提げて次に起きたら、知らない場所だった。びっくりだ。
なんて考えていたら、次に起きた少女が俺に語りかけてきた。
「その一連の流れを、ただのびっくりですませちゃう明の感性が、一番びっくりかな」
どうやら俺の独り言が漏れていたらしい。
半目になってこちらを見つめてくるその子は、俺の幼馴染である茜だ。
お化けが苦手で、甘い物が大好きで、可愛い服を着ている。
世の中の野郎共が「可愛い女の子とはなんぞ」という質問に対して、コテコテに思い描くだろう、ザ・女の子って感じの女の子。
もしかして現状理解するために、色々口に出してた?
一人でぶつぶつ喋ってたところを年頃の女の子に見られるのは抵抗感があるんだけどな。
ならしょうがない。仕返しにお前の顔も観てやろう。
じーーっ。
なんて阿保丸出しなことやってたら、赤くなって視線をそらされた。
「なんか、恥ずかしいから見ないで」
「ごめんちゃい」
「何か私の顔についてる?」
「いや見慣れた顔しかついてない」
「え? 美人で可愛い顔がついてるだなんて、照れちゃうなあ」
言ってない言ってない。
「友達になりたいくらい可愛い女の子がいたって? えーそんなあ。嬉しいなぁ」
うん、放置しとこ。
たまに暴走して聞こえるはずがない言葉を受信してるけど、これ、俺の愛すべき幼馴染である。
しかし、いつまでも茜と乳繰り合っているわけにもいかないので、俺はクラスメイト達を起こす事にした。
「おーい、起きろ。斎藤、田中、中田。殿村、秋川ー」
肩を揺さぶったり、耳に息を吹きかけたり、頬をつねったり、それぞれの個性に応じて起こしてやってると、周囲で待ちぼうけを食らっていたお姫様っぽい女の子が「ゴホン」と咳払いした。
おお、現実にそうやって注目を集める人がいるんだな。
異世界ファーストヒューマンよ。
あ、見た目俺達と同じ人間っぽいからそう判断してるけど、人間だよね?
「あの、勇者様?もうそろそろお話良いでしょうか」
あ、すみません。
さすがに幼馴染と乳繰り合って無視は駄目だったよね。
王族っぽい見た目してるし。
でも、俺は代表して話を聞けるような人間じゃないから。
もうちょっと待ってて。
今クラスのリーダー的な存在起こしてるとこだから。
数時間後。
俺と同じクラスの生徒達が起こしたので、その場にいたお姫様と会話するターンがやってきた。
予想通りそのお姫様は、こういった異世界召喚ものにありがちな事情を説明してくれる。
ーーっででん!
「どうか魔王を倒して、この世界を救ってください」
だってさ。
まさかラノベみたいなセリフを、直に聞くとは思わなかったね。
この世界はどうやら魔王に支配されかかっているようで、人間はその魔王が操っている魔物と、長い間戦っているらしい。
中でも四天王という存在が凶悪で、各地の街をすごい勢いでぶっ壊してるんだとか。
で、それを全部聞いた後は、我がクラスのリーダー金城真君が「俺達はただの一般人だぞ」って言うわけだ。
「魔物や魔王となんて戦えるわけがない。俺達を元の世界へ帰してくれ」
正論。
確かに無理だよな。俺達なんの特別なところもないただの学生だし。
すると、お姫様は申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい世界を隔てて行使するような大規模な魔法は、下準備に最低でも5年はかかるんです」
まじかい。元の世界に帰るまでに5年?
それぜったい父ちゃんとか母ちゃんとかが、俺達の生存諦めてるパターンじゃん。
心の整理ついちゃってるご家庭とかもいるから、仮に帰れたとしても現実的にオールハッピーにはならんよ。
そしたらお姫様が、この話を続けるとまずいと思ったのか、「勇者様には召喚した際に特殊なスキルが備わっているはずです」、と言った。
典型的な話のすり替えだけど、食いつく人間はいた。
「魔法が使えるのか?」
「本当? 使ってみたい!」
君達、単純だねぇ。
でも、好奇心に駆られた何人かの生徒があれこれやってみたら、本当に魔法の火とか水とか出てきてびっくりしたな。
魔法、魔法か。
俺も何かできるかな。
「いでよ魔法」
しーん。何も起こらなかった。
「明、それはないと思う」
ですよねー。
幼馴染に呆れられてしまった。
それからも色々試してみたけど、かっこいい魔法はできなかった。うーん、絶望!
現実を直視できなかった俺は、しばらくうんうん唸っていたけど何にも起きませんでしたと。
そしたら茜が拗ねてしまった。
「明、明。明。ねー明ってば!」
さっきからずっと俺に話しかけていたらしい。
すまんすまん。
こんな状況だから、話をして気を紛らわせようとしたんだな。
いつもより数倍おしゃべりになった茜は未知の状況に混乱してるのか、比較的人からよく分からないところがあると言わちゃう俺にも、まったくよく分からない感じの内容を喋ってきていた。
「明、私の話聞いてる?」
すまんすまん。
俺ってこうこういう時はごく普通の夢見がちな男子だから。
魔法とかいうザ・ファンタジーには一応憧れがあるわけよ。
あ、ちなみにそれから数分粘ったら、何とか俺にも魔法はできた。
いやー、異世界ってすごいね。
触れないものに触る能力とか、どこに使うのって感じだけど。
クラスメイトの影とか掴んで悪戯するくらいしか、使い道ないよね。
「おい、明……今俺の影踏んだだろ」
「ふんでないよー」
「ちょっと明君、さっきから私の影踏んでる。動けないんですけど」
「フンデナイヨー(すっとぼけ)」
これ、歩くとき面倒くさいね。日常ではオフしとこ。
ともかくだ、戦う力があると判明したことで、正義感に駆られた何人かが「よっしゃ、異世界救ったろ」って言いだして、「そんなの無理」派と衝突。
クラス内で喧嘩が勃発してしまった。
異世界ライフ初日は波乱になってしまったようだ。
あ、ちなみにリーダーの金城真君は、なにやら神妙な顔をしていたな。
魔法は一応使えるらしいけど、どんなものか教えてくれなかった。
んで、二日目。
「勇者様方がどのような洗濯をするにせよ、身を守るために力は身につけておいた方が良いです」
と、お姫様が言ったので、俺達は魔法の力を訓練することになった。
指南してくれるのはお髭もじゃもじゃの、いかにも大魔導士って感じのおじさん。
これがかなり褒め上手で、皆どんどんやる気になっちゃう。
「さすが勇者様です」とか「こんな成長率は見たことありません」とか「いやー勇者様は特別な存在だけあって、我らとは違う飛びぬけた才能を持っているようですな」とか言っちゃう。
クラスメイト達は、「最初はお世辞でしょはいはい」といった反応だったけれど、言われ続けると「本当かも、俺っていけてる?」なんて思っちゃう人間もいるもんだ。
初日はわずか数名しかいなかった「やったろ派」が、二日目終了時には倍になっちまったよ。
調子に乗らせた人間って怖いね。
茜は俺の意見が気になったようだ。
「明はどうするの? 魔王と戦うつもり?」
俺はその言葉を否定しといた。
いんや、俺はそういうの面倒だし、魔法的に無理なんで後方支援要因と化すつもりさ。
なんて言ったら茜は信じてくれたらしい。
「ふーん。ならいいけど、私としても明には危ない目にあってほしくないし」
そんで三日目。
ちゃっちゃと時間は過ぎてくぜ。
当面の間、俺たちはとりあえず、何かあっても自分の力で生き残れることを目標に、魔法の力を鍛えることにした。
今は庇護してくれる存在がいるけど、この先どうなるか分からないしな。
金城真君も、そういって消極的なクラスメイトに向けて、訓練に参加するように促した。
けど、要注意だ。
剣とか弓とかに興味を持つ奴もいたけど、碌に体を作っていない奴がいきなりそんなものを扱えるわけがない。
まずは体力や体さばきが必要にない魔法の扱い方を覚えることになった。
地味な訓練ばっかりだけど、こればっかりはしゃーないわな。
知らない土地でただの学生が生き残るためなんだから。
「うん、私も真の意見に賛成かな。明も他の男子も怪我したら大変だし」
こういう時、我らの幼馴染は冒険心を発揮して「退屈!」とか言い出すアグレッシブな少女なのだが、さすがに異世界ではそうは行かないか。
茜は聞き分けのいい子になってしまった。
しかしそんな中、めちゃくちゃ気になる事が頻発するんだよな。
遠くで何かが爆発する音が聞こえてきたり、重い何かが移動する地響きのようなものがしたりするのだ。
あ、説明遅れてメンゴ。
とりあえず俺達がお世話になっているところは王宮っていって、人間が住んでいる国の中心部に位置するらしいんだけど、そのお外から聞こえる不穏ミュージックが、ね。
なんだかこれって物騒じゃない?
ここ、大丈夫なんだろうか?
五日目。
今日あたりになると、そこそこ魔法の使い方が上手くなってきた連中が多くなった。
コツを掴んだっていうのかね。
本職の兵士相手との訓練も行えるようになったようだ。
うーん、異世界召喚特典というやつなんかな。
普通はそこまで上達するわけじゃないらしい。
お髭もじゃもじゃさんが言うには「世界を隔てる次元の壁を超える際、超人的な能力が身につく」とのことらしいが、俺達にはさっぱり。
どういう理屈でそうなっているのやら。
まあ、家電やらなんやらと同じか。
中身が何であっても、使えりゃいい。
今は、まだ皆ガワを着こなすので精いっぱいだし。
「うっひょー。見たか三鷹! 俺のフェニックス!」
「危ないだろ。訓練中にふざけるんじゃない。三鷹も付き合うな!」
あ、でも。調子乗ってるやつは、金城真君がシメてるね。
リーダーらしく喧嘩両成敗してる。
「お前たち、ふざけてないで真面目に訓練しろ! 桃谷なんかは真面目に物を遠くに飛ばす能力を応用してるんだぞ」
あ、いつも皆を離れたところから見てるコミュ障桃谷さん。
テレポート能力を応用して物を飛ばし、敵にぶつけるようのカカシを内部から破壊してる。
うおお、すげぇな。あんな事もできるんだ。
俺のも頑張ったら他の出来事に使えるからん?
でもクラスの連中が調子乗っちゃうのも分かる。
初日にマッチの火程度の魔法を使ってるやつがいたけど、今ではこぶし大の火サイズになっているからなぁ。
これくらいの大きさになるまでに、勇者でなかったら五年はかかるんだってさ。
「実は明達って結構超人?」
こらこら茜君。
そういうのは調子に乗って自滅するフラグだぞ。自嘲しなさい。
「はーい」
でも、茜はなんの魔法も使えないから損だよな。
そう言ったら茜は別に気にしてないようだった。
「私は明と話せるだけで満足だよ」
だってさ。
やだーもう、嬉しいこといっちゃって。
それって、フラグ?
「フラグって何?」
おっと早とちりだったか。
七日目。
さーてと。
俺達は、この辺りになって、やっと護身用の剣を握らせてもらえるようになったぞ。
剣に憧れがある勢は、そこそこ喜んでいたな。
異世界といったら「魔法!」じゃなくて「剣!」が良いとか、相当自分の腕に自信があるみたいだな。
でも、まあ気持ちは少しは分かるかな。
そいつらは剣道を習っていた経験があったり、剣道部に入っている連中だから。
自分の得意を活かしたいよね。
え? 俺の腕前はどうなんだって。
聞かないでくれよ。
だって頑張って振りかぶったらすっぽ抜けて、クラスで一番ビビりな大道寺さんの横5センチ隣をひゅんってやっちゃったんだぜ。
当分の間、武器使用禁止になっちゃったんだよ。
あと大道寺さんにも烈火のごとく怒られたんだぜ。
はぁー。
そして十四日目だ。
もう半月だな。
とうとう実戦開始だ。
俺達は、王宮の外に出てモンスターを倒す事になった。
さて、初めてこの目で見ることになる、異世界の町はどうなってるかな。
期待半分、不安半分といったところで外に出ると一同びっくり。
町はボロボロ、人はどんより。
どこの荒廃都市かと思ったぜ。
ここって人間の生存圏の中心部じゃなかったっけ?
疑問に思っていると、俺達の護衛的な付き添いの兵士さんが教えてくれた。
「先日、魔物たちがこの都市に攻め入ってきたのです。主力兵士が出払っていた隙をつかれての、四天王の奇襲だったので」
うん、もしかして俺達が思っているよりかなりこの世界の状況ってまずいんじゃ?
今の視線の先に、泣いてる親子が通っているしね。
「おかーさん、お父さんはどこ? 会いたいよ」
「ごめんね。お父さんはお空にいっちゃったのよ」
こういうの見ちゃうとあれだよな。
結構心にくるものがあるよね。
クラスメイト達もほら、何人もいたたまれない表情になってる。
この間調子にのって三鷹とばかやってた坂田もしゅんしゅんしちゃってる。
基本的に異世界に来てからテンションが高かった茜も、しゅんしゅんで無言になっちまった。
俺の貴重な癒しが黙っちまったよ。
俺も次いでに黙っちまう。
こういう時主人公なら気の利いた事が言えるんだろうけど、俺はただの普通の人間。
ショックな出来事には普通にショックを受けるもんだからな。
で、その後はそのテンションのまま、平原に出てモンスターと戦闘。
ちょっとダンジョンにも入って、入口で追加でまたモンスターと戦った。
初めて見る異世界の異形生物。
ってことで、普通ならもうちょいテンション上がっていただろうけど、事前に見たものが見たものだったからな
シリアスさん御降臨で、いつもより会話は少なめだったぜ。
そんな中、俺達の異世界召喚から、一ヶ月が過ぎた。
クラスメイトたちをまとめる金城真は、かなりリーダーの役職が板についてきているようだ。
私生活でも戦闘面でも皆を引っ張ってくれている。
だが、そんな彼は時々俺に熱い視線を送ってくるのが困った。
別に好き合ってる者同士なら、ヒューヒューと祝福できるタイプだけど、生憎と俺はそういうの趣味じゃないんだけどね。
メキメキと腕を上げ続けた俺達は、魔物に占拠された主要都市を奪還するために、とある作戦に協力することになった。
はっきり言って、兵士の動き方も急ごしらえだし、非常時の心得なんてまったくない。
しかし、そんな素人同然の俺達でも使わないと、やっていけないくらい追い詰められているのだろう。悲しいね。俺も思わずふざけられなくなっちゃうよ。
その頃になると俺達も多少の情は湧いている。
彼らのために、その世界のために、という考えで積極的に戦おうと考えるものが多くなった。
そんな中、金城真が俺に話をしてきた。
「明、お前に話があるんだ」
俺、こいつ苦手なんだよな。
陽キャで何をやらせても、卒なくこなすし、道化じみた俺のコミュ努力がかすむくらい、自然体で人を引き付けるから。
でも、そんな事言っていつまでも避けてはいられないよな。
フルネーム呼びして、さりげなく心理的な距離を取っててごめんな。
まあ、当人は知らんだろうけど。
「お前はまだ事故の事を引きずってるんだ。今は皆が一丸となってこの世界で生き抜かなくちゃいけない。目を覚ましてくれ」
それからも色々な話が展開されたけど、シリアスだから俺がぱぱっと要約しとくね。
つまり彼曰く、俺は現実から目を背けているらしい。
ああー、分かっちゃうか。
そうだよな。
お前リーダーとしていつも皆のこと見てるし、それにお前の魔法って人の正気度をはかるものだしな。
そう言うと金城真は少しだけ驚いた顔をしていた。
「分かっていたのか」
「なんとなく、魔法ってなんとなくその人物にあった者が使えるようになってる気がしたからな」
ほら、のらりくらり系のおちゃらけた俺はとらえどころのない変な魔法だったし。
あほの坂田は、前々から炎使いになりたがっていた中二病患者だったから、炎出せるようになったんだと思うし。
なら、いつもクラスの中心にいて、皆の事を気遣っているお前はそういう魔法がぴったりかなって。
人の精神状態を把握する系的な?
「なら俺の言いたいことは分かるよな? これから戦いはもっと厳しくなっていく。この世界の状況も、そんな中で、お前の状態を放っておくわけにはいかない。お前は幻を見ている」
「そうか、まあそうだよな。薄々そうじゃないかと思っていたんだ」
「いやにあっさり認めるんだな」
「現実と戦っている奴らを見ていると色々思うところがあるんだよ」
今まで色々あったから、そう思うのも当然だろう。
この世界で頑張って生きていこうとしている人達。
俺達によくしてくれている王宮の兵士やお姫様達。
彼らを見ていると、俺も頑張らなくちゃって思えてくるんだよな。
いい機会だと思う。
だから、俺は茜に語り掛けるのを封印することにしたのだ。
「事故にあった時、一人にしないでって泣いていた俺に茜が言ったんだよ。姿が見えなくても、私はいつも明のそばにいるよ。大切なものは見えないところにあるのが物語のセオリーでしょって」
すると金城は少し笑って見せた。ちょっと影がありつつも、心を開いたような、はにかんだ笑いだ。なんかモテそうな笑い方だな。
「良い奴だったんだな」
「ああ、あいつは良い奴だった。だから、さよならだ、茜」
今から一年前。
休みの日に俺は、父と母と、妹と、そして近所に住む幼馴染の茜と共にとあるテーマパークへ出かけた。
茜の家は両親共働きだったから、俺の両親がよく面倒を見ていたのだ。
普通なら面倒くさいって思うところだけど、俺の父ちゃんも母ちゃんも人が良かったからな。
今まで茜や茜の家族とは良好な関係を築けていたんだ。
だからその日も、家族の旅行に茜がひっついてきていた。
しかし、俺達は目的地にたどり着くことはなかったのだ。
交通事故が起きて、俺だけが生き残ったからだ。
その現実を受け入れられなかった俺は、その日から幻を見るようになった。
両親や妹、茜の幻を。
生きていると思い込みたかったんだろうな。
だから、クラスメイトや知り合いにはかなり心配されたさ。
それでも、物事はまともに判断できるっぽかったから、普通に学校生活を送っていたんだ。
そこで異世界召喚ときた。
茜はクラスメイトだし、いつも放課中は教室の中にいた。
だから、一緒に異世界召喚に巻き込まれていないとおかしかったんだ。
それで、茜の幻を今まで見ていたのだ。
でも、それも今日でおしまいだ。
「明!明!私の声が聞こえないの!?」
大変、ちょっと目を離した隙に明が僕の事が見えなくなっちゃった。
僕の名前はアルファ。
この世界で絶滅寸前になっているテレバス族の一人。
僕の一族は肉体を持たないから、普通の人間には姿が見えないんだ。
えっと、どうやって説明すればいいのかな。
精神えねるぎーっていうものだけで構成されているみたいなんだけど、肉体のない生命として進化してきたから、何かに触れたり、誰かから触れられたりできないんだって。
そのおかげで怪我をして死ぬことはないし、食事をする必要もないんだけど、でもそれはこの時代だとちょっと寂しい。
だって、同じ種族の人たちが誰もいないんだもん。
ずっと誰とも話ができずに過ごすのは辛いよ。
お母さんとお父さんは、小さい頃に死んじゃったから…。
誰とも触れ合えないで生きてるなんて、僕この世界に生まれてきた意味あるの?
このままずっと、この状況が永遠に続くの?
そう考えると、僕は胸の中が凄く辛くなって、涙がこぼれちゃう。
この世界の人達はテレバス族なんてとっくに絶滅したと思ってる。
だから、目に見えない場所に僕がいるなんて、思いもしないんだ。
空気と会話しようとする人なんていないよね。
そういうこと。
だから僕は、ずっとこのままの状況なんだと思ってた。
けれど、どうしてか明だけは僕の姿を見て、声を聴いてくれたから。
とても嬉しかったんだ。
あの日、王宮の中にいこうと思わなかったら、僕は今でもずっと独りぼっちだったのかな。
こういう時は、誰にも見えないのがお得だよね。
明はちょっと変な所があるけど、優しくて良い子だった。
僕が会話で困っているとそれ以上何も追及してこないし、僕が悲しそうな顔をしていると理由は分からなくて笑わせようとしてくれるんだから。
だから僕は、そんな明とこれからもずっと一緒にいたいって思っていたのに。
どうしてこんな事になっちゃったんだろう。
やっぱり茜って人のフリをしていたからいけないのかな。
明の過去に何があったのか分からないけど、きっととても辛い事があったんだよね。
茜って人は、きっと明にとってすごく大切な人だったんだよね。
そんな人の心の傷につけこむようなこと、しない方が良かったんだ。
罰があたったんだ。
ごめんなさい。
ごめんなさい、明。
こんな僕はもう明のそばにいちゃいけないと思うけど、心配だよ。
だって、今から明達は、四天王がいる町へ向かうんだもん。
数日後。
僕の心配をよそに、明達は順調に魔物を倒していた。
色々な作戦をこなしているみたいだけど、皆の方が優勢みたい。
だから大丈夫かなって思っていたけど、状況がひっくり返っちゃった。
町の中を通っている川から魔物たちが一斉に、明達に襲い掛かったんだ。
大変、早く助けなくちゃ。
僕は以前この町に来たことがあるから、抜け道とか素早く逃げられるルートを知ってるんだ。
でも、僕は肉体を持たないから、声を発することができない。
伝えたいことがあっても誰にも届かない。
このままじゃ明たちが死んじゃう。
どうにかして、助けないといけないのに。
罪滅ぼしをしなくちゃ!
心が苦しくなった僕は、遠い昔にお父さんとお母さんから教えてもらった魔法を思い出した。
その魔法はテレバス族だけに使える、命を使った禁断の魔法だ。
これを使ったら死んじゃうけど、僕はそれでも良いと思った。
「皆、あっちの道なら、地下から地下道へ抜けられる! そこから逃げられるよ!」
僕は魔法を使って、声を張り上げながら皆を導いた。
もちろん。
明にも。
「明、がんばって! ここで皆とはぐれちゃったら大変でしょ! 明は魔法も大した事できないし、剣だって使えないんだから!」
その時の明の驚いた顔と言ったら、なんて言い表せばいいのか分からないな。
とにかく、僕が先導したかいはあったみたい。
皆安全な場所まで逃げられた。
だけどもうお別れだね。
最後に本当の姿で明とお話したかったけど、できないや。
本当の僕の姿を見てほしかったし、その姿で謝りたかったけど、僕はテレバス族だから。
僕は、明達に全部説明してからその場に倒れた。
姿が見えなくても「しつりょう?」というものがあるから、そこに何かがいるっていう気配だけは分かるみたい。
明たちが僕を心配して近寄ってきてくれた。
その中で明が、僕の顔に手をあてた。
何をしてるんだろう、って思ったけど、明が魔法を使ってたから納得。
そういえば明は、触れないものを触れる魔法だったよね。
「お前は本当はこんな顔してたんだな、今まで助けてくれてありがとな」
最後に本当の姿で明と話ができて良かった。
これでもう思い残す事はないよ。
明、元気でね。
寂しいだけの人生を送るはずだった僕とお話してくれて嬉しかった。
次に生まれ変わることがあったら、今度はきちんとお話ができるような種族がいいな。
死んだと思った僕は夢を見ていた。
それは、とてもあたたかくて優しい夢だ。
その夢の中にはなぜか明と同じくらいの女の子が出てきて、僕にいろいろな話を聞かせてくれたんだ。
その女の子は、僕に大切なことを伝えてくれる。
「何かを遠くに飛ばす魔法」で遠くに飛んでいくつもりだから一緒にいかないかって。
クラスメイトの中で霊感のある事を秘密にしていた女の子が、土壇場で何かしてくれたみたい。
詳しいことはよく分からないけど。
どこか遠くにかあ。
ここは温かくて良い場所に思えたけど、やっぱり一人が嫌だな。
だから、僕は女の子の提案に「一緒に行くよ」と頷いた。
「見えないものを見つめる魔法」を持ったその女の子ーー茜は、僕はテレバス族だって気が付いてるらしい。
だから見えてるのかな。
ここがどこなのかわからないけど、普通の人には僕は見えないはずだから。
でも、そんな細かいことはどうでも良いかな。
これからも一人じゃなくて良いんだから。
茜、明の事ずっと見守ってたんだね。
それで一緒に異世界に召喚されちゃって、明達と同じように魔法を手に入れてたんだ。
三百年後。
「ねぇ、アルファ。また昔話聞かせてよ」
「こら、お兄様だめよ。アルファはメイド長として忙しいんだから」
「大丈夫ですよ、お嬢様、お坊ちゃま。ちょうど私も今そのお話がしたいところだったんですから。あなたたちの立派なご先祖様の話を……」
魔物と人間が争いあう世界エルミナス。
その世界に、異世界に召喚された勇者達は、約三年の月日をかけて、魔物をせん滅した。
彼らはエルミナスの英雄として長くその歴史に語られることになるが、そんな英雄を陰から支えた存在もいたのだと、多くの者達が知っている。
その存在の名前は、絶滅したはずのテレバス族の少女アルファ。
そして、英雄の魂をずっと見守っていた少女茜。
勇者たちの名前を記した記念碑には、彼女達の名前も記されていた。