第53話 交渉の余地
米軍横田基地の大型格納庫の中で作戦会議が始まった。
大型モニターには工場内の様子が映し出された。犬獣人モーリーがボディーカメラで録画した映像で、工場の屋根の上からのぞき見たアングルだ。工場の中は霧が薄い。かなり鮮明な映像だ。
(多いな……)
モーリーから工場内の様子を聞いていたが、こうして映像で見せられるとプレッシャーを感じてしまう。霧の帝国の兵士に銃撃は効かない。魔法障壁を展開するので、銃弾は防がれてしまうのだ。接近して魔法障壁をかいくぐって攻撃を叩き込めば倒せるが……。接近すれば、魔石にされるリスクが高まる。危険な霧の帝国の兵士は、工場内に十人。外の見張りが二人。
映像が進む。工場内の十人は思い思いに過ごしている。横になって休む者、車座になって話し込む者、鎧の手入れをする者。革製のヘルメットは、外しているのでエルフの特徴である長い耳も見える。
米軍から威勢の良い声が上がる。
「こいつらか!」
「耳が尖ってやがるぜ!」
「なるほどエイリアンだな!」
「イカじゃないだけマシだな!」
ちらりと米軍を見ると、表情は様々だ。
笑っているヤツ、真剣な表情で考えているヤツ、冷静にモニターを見つめるヤツ。
全体的には興奮しているのが伝わる。
一方、俺たちは冷静だ。キャンディスさんは、ジッと鋭い目線でモニターを観察している。ダークエルフのミアさん、ドワーフのガルフ、犬獣人のモーリーも黙ったままモニターを注視している。俺は四人に声を掛けた。
「どう?」
ダークエルフのミアさんが口を開く。
「こうして事前に中の様子が見られるのは素晴らしい」
「やれるかな?」
「うむ……。我ら五人だけで何とかしろと言われたら厳しい。だが、ユウマの世界は色々な武器があるからな。戦い方によるのではないか?」
「そうだな……作戦次第か……」
俺は右手を軽く握り開く。また、接近して発勁を叩き込めば、霧の帝国を倒せる。迷いはない。これは日本を取り戻す戦いだ。俺は決意を新たにする。
CIAの分析官が状況説明を行いモニターには大きな壺が映し出された。
「ターゲットとなる霧の発生装置は、この壺です」
モニターに映っている壺は茶色い素焼きの壺だ。サイズはかなり大きく人がすっぽり入れそうなサイズ。大きいだけで何の変哲もない壺に見える。
「ここからはレジスタンスのミアさんにご説明をいただく」
CIAの分析官に促されてダークエルフのミアさんが、モニターの横に進み出た。通訳としてキャンディスさんが、ミアさんの隣に立つ。
「この壺は魔導具だ。あなたたちの世界には魔法がないと聞いているので、魔導具が何かわからないだろう。魔導具は魔力をエネルギーとする道具のことだ。この魔導具は、魔石でエネルギーを補充するタイプだ」
ミアさんによれば、映像に映っている霧の発生装置――壺は、魔石を補充している最中だ。魔石を補充したら、屋外に出して霧を周囲に充満させる。この装置を破壊すれば、時間とともに霧が晴れる。
米軍特殊部隊シールズの隊員から質問が飛んだ。
「なあ、魔石ってのは人間から取り出すのだろ? エルフの連中は魔導具を動かすために魔石を欲しがるのか? そんな理由で他の世界を侵略するのか? それなら、ガソリンエンジンとか原子力発電とか……そういうのを教えてやれば良いじゃねえか?」
「おお! そうだな!」
「コルベットを輸出してやろうぜ!」
周りの隊員が楽しそうにはやし立てる。だが、ミアさんは厳しい口調で答えた。
「霧の帝国が魔石を集めるのは、自分たちの寿命を延ばすためだといわれている。具体的に魔石をどう扱うのかは不明だが、我々レジスタンスが過去に捕らえた捕虜からも証言を得ている。特に良質の魔石は、大幅にエルフの寿命を延ばすそうだ。放っておけば、あなたの妻も子供も魔石にされエルフのエサになる」
ダークエルフのミアさんの回答に、会議を行っている倉庫の中が凍り付いた。質問した隊員も厳しい表情をしている。
ダークエルフのミアさんは、絞り出すように一言告げた。
「霧の帝国と交渉の余地などないのだ」
米軍特殊部隊シールズの隊長が、CIAの分析官から場所を譲られた。
「では、作戦を伝える」