第52話 高坂議員
――翌朝。
横田基地の大きな格納庫で会議が開かれることになった。霧の帝国の拠点となっている工場への攻撃計画が発表される。
俺たちが格納庫に着くと、既に沢山の人が集まっていた。一目で特殊部隊だとわかる体格が良いグループ。黒いスーツはCIAかな? 仕立ての良さそうな紺のスーツは大使館の人たち?
アメリカ人だらけの中に、日本人のグループを見つけた。五人全員がスーツで、一人が女性だ。女性は見たことのある顔だ。
(衆議院の高坂議員?)
高坂議員にCIAのオーウェン長官が近づく。握手をして何やら話していたが、オーウェン長官がこちらに高坂議員を連れて来た。
「キャンディス! ユウマ! 日本の国会議員が、オブザーバーとして会議に参加する。こちらは高坂議員だ」
「初めまして国会議員の高坂です」
高坂議員は、キャンディスさん、俺、レジスタンスの三人と握手を交す。CIAのオーウェン長官が、俺に近づいてボソボソっと小声で話しかけてきた。
「ユウマは、しばらく日本人だろう?」
「ええ。まあ、今のところは……」
「なら、次期首相とコネクションを作っておいた方が良いぞ」
「次期首相……」
オーウェン長官の口から物騒な言葉が飛び出してきた。現在の首相は岸辺総理だ。だが、アメリカの高官が次期首相だと言うからには、そうなのだろう。
俺はオーウェン長官に小声で聞いてみる。
「日本の政界に工作を?」
「いや、我々が手を下すまでもなかった。岸辺総理は既に見放されていたよ。『大統領が岸辺総理に不満を持っている』と伝えたら、与党内部が勝手に動き出したのさ」
まあ、頼りない対応だからな……。霧の帝国に対して打つ手なし。H市とT市を包囲して臭いものに蓋をするだけ。見放されてもしょうがない。
「それで高坂議員が次の総理大臣ですか? 良いんですか? あの人は、タカ派らしいですけど」
「こんな事態だ。穏便には収まらないさ。カウボーイが必要だろう? おっと! レディー相手に失言だったな」
オーウェン長官が悪戯っぽく肩をすくめて見せた。俺はユーモアを忘れないアメリカ人の図太さに感心しながらクスリと笑う。
モーリーとじゃれていた高坂議員がこちらにやって来た。
「ユウマさん。お一人に背負わせてしまって申し訳ない」
いきなり謝罪だった。まあ、当然か。日本で戦っているのは俺一人だからな。俺はため息をつきたくなるのをグッと我慢して、実務的なことに意識を向ける。
「警察の特殊部隊や自衛隊は動けませんか?」
「動かしたいのは山々ですが、現時点では難しいです」
「そうですか……」
「ただですね。警察庁、防衛省、内閣法制局で、法律的な検討を進めています」
「法的な根拠ってヤツですか?」
「ええ。非常事態なのはわかっています。現場のユウマさんは歯がゆく感じていると思いますが、日本は法治国家ですから。法律の裏付けなく霧の帝国と戦闘は出来ないのです」
仕方ない。仮に警察が出張ったとしても、霧の帝国の兵士をいきなり倒すわけにはいかないだろう。
『手を上げろ! 投降しろ!』
と、警告を発してからじゃないと戦闘行為は出来ないだろう。いや、戦闘行為どころか、犯人逮捕のための制圧レベル、素手格闘や警棒格闘くらいしか出来ないかもしれない。そうなったら即魔石。格好の餌食だ。
それなら、いない方がマシだ。
「わかりました。日本人の俺が作戦に参加しますが、大丈夫なんですか?」
「ご自身の身を守る為、周囲にいる人の身を守る為の正当防衛ということで省庁も国会も押し切ります」
「後になって殺人罪で逮捕とかないですよね?」
「ありません。そんなことになったら、ユウマさんはアメリカに亡命されるでしょう? アメリカに亡命されたら日本政府は手を出せません。そんなバカバカしい事態は、誰も望みませんよ」
高坂議員が自分の考えを説明する。
俺がアメリカに亡命すれば、霧の帝国に関する情報や戦闘のノウハウをアメリカが全て握ることになる。
逆に俺が日本にいて、日本政府に協力すれば、霧の帝国に関する情報と戦闘ノウハウを日本が得られる。
人を魔石化する霧は、地球上のどこに発生するかわからない。霧の帝国の情報を持っているのは、外交的に非常に強いと。身の安全は保障するからアメリカに亡命しないでくれと高坂議員は言う。
「俺がアメリカに亡命すれば、外交面や情報面で損失が大きいと?」
「そうです!」
「わかりました。信用します」
俺は政治家なんて、これっぽっちも信じていない。だが、損得ならどうか? 現在の状況ならむしろ損得の方が信じられる。
それにこの会話は、俺のボディーカメラがバッチリ録画している。後でこっそりデータをコピーしておこう。
「よーし! 始めよう! 正面のモニターを見てくれ!」