第34話 ランデブー
俺とキャンディスさんは、横田基地からH市にある俺のマンションに帰ってきた。キッチンの食卓に料理とビールを並べてお疲れ会だ。
キャンディスさんはシャワーを浴びている。俺はタオルと着替え――俺がいつも寝間着に着ているスエットを浴室の外に置いた。
「タオルと着替えを置いておくよ!」
「うん! ありがとう!」
今日は泊まっていくらしい。俺はシャワーの音にちょっとドギマギしている。昼間のチョコレートバーの一件があるからな。
シャワーから出て来たキャンディスさんが、マドワイザーの瓶を開けて差し出してくる。
「ふーう。お疲れ様!」
「お疲れ様」
俺はキャンディスさんからマドワイザーの瓶を受け取り乾杯する。
「さあ! 食べましょう!」
「美味しそうだね!」
テーブルには、米政府から差し入れられたアメリカン中華料理が並んでいる。映画でよく見る箱に入った中華料理だ。黒いSUVの後部座席に山のように積んであった。メリケンさんはやることが豪快だ。
俺はチンジャオロースが入った箱を取り箸をつける。ちょっと甘めの濃い味付けだが悪くない。
「へえ! 良いね!」
「でしょ! 料理を作るのがメンドクサイ時は、これが良いのよ!」
「これ、どこで売ってるのかな?」
「横田基地の中にお店があるのよ。子供の頃、よく食べたわ。ほら、チャーハンも美味しいわよ」
「サンキュッ!」
二人でガツガツとアメリカン中華料理をかき込みながらビールをグビグビ飲む。
俺は意識して元気そうに振る舞った。人を殺したことを忘れたいのだ。
相手は日本に攻め込んで来たエルフだ。そもそも人なのかどうかわからないし、放っておいたら俺や愛も魔石にされてしまう。だから仕方のないことなのだと理解している。
今回、俺がエルフと戦闘になりエルフを倒した件が、法律的にどうなのかはわからないが……。
俺が人を殺したことに変わりはない。
戦闘中はアドレナリンだの何だのが出て興奮状態だったのだろう。血や死体を見て気持ち悪さや気味の悪さを感じただけだった。
だが、横田基地を出てしばらくしたあたりから罪悪感を覚えるようになってきた。
出来るだけ意識を戦闘から違うことに移すようにしている。車に乗っている時は、窓の外を見ていた。H市に入り霧の中になると、キャンディスさんと話すようにしていた。そして今は、ビールと料理だ。意識的に食欲に集中しているのだ。
大量のアメリカン中華料理を片付けたあとは、ビールを飲みながらお互いの身の上話になった。
キャンディスさんのお父さんがパイロットで横田基地に赴任していた時に、横田基地内で働いていた日本人のお母さんに出会ったそうだ。
「父の仕事は転勤があったから大変だった。アメリカだけじゃなくて、ドイツにもいたのよ」
「へえ! どこか一番良かった?」
「横田基地が一番良かった。おじいちゃんとおばあちゃんも近所に住んでいるし」
キャンディスさんは、かなりリラックスしているようで、自分の家族のことを沢山話している。家族に会いたいと思っているのかもしれない。
「逆に嫌だったところは?」
「アラスカ! とにかく寒いのよ!」
アラスカの寒さを想像して俺は両手で自分の体を抱くジェスチャーをして震えてみせる。キャンディスさんが、大笑いする。
俺とキャンディスさんは、リラックスして色々話した。ビールからバーボンに酒が変わり、キャンディスさんがポツリとつぶやく。
「私……初めてだったの……」
「何が?」
「殺し……。CIAで戦闘訓練は受けていたけど、実戦は初めてだった……」
俺は強烈な罪悪感を覚えた。キャンディスさんは、俺が付き合っていた愛とはまったく関係がない。手を汚す必要はなかったのに、俺のせいで手を汚させてしまった。
俺はバーボンの入ったグラスから手を離して頭を下げる。
「ごめん」
「なんで謝るのよ!」
キャンディスさんは、ぷうっとふくれる。
「いや、俺が巻き込んでしまったから……。キャンディスさんは、戦闘する必要はなかったのに……」
「私の意思よ!」
俺の負担にならないように、自分の意思だと言ってくれたのだろうか? キャンディスさんの優しさがありがたい。
「それよりユウマは大丈夫なの?」
キャンディスさんが、俺を気遣ってくれる。キャンディスさんの優しい声に、俺もつい甘えた声を出してしまった。
「うん……いや……。ちょっとダメっぽいな……。なるたけ意識しないようにしているけど……思い出すと……」
俺の体がブルリと震えた。バーボンの入ったグラスが揺れる。琥珀色の酒が波打ち、明かりを反射する。
今さらになって、殺人の罪悪感や戦闘の恐怖が俺を支配しようと、俺の心を浸食しだしたのだ。
キャンディスさんが、タンとグラスを食卓に置く。
「ユウマは勇敢だったわ!」
キャンディスさんは、まっすぐに俺を見た。キャンディスさんの力強い言葉に励まされる。救出した愛が違う人と付き合っていたのは、ちょっとショックだった。愛とは上手くいってなくて連絡もとってなかったから仕方ないと思った。それでも学生時代から付き合っていた愛ともう会うことはないのだと思うとショックだった。
それでもこうしてキャンディスさんと心を通わせると、また新しい関係を始められるのだと嬉しくなる。
俺はキャンディスさんの目を見ながら、心から感謝を伝えた。
「ありがとう」
キャンディスさんは、軽く微笑むとバーボンの入ったグラスを手に取り、飲みながら立ち上がった。俺の隣に歩いてきて食卓に腰掛け、俺の肩に手を置く。
「でも、フラれちゃったわよね!」
キャンディスさんが、俺の頬を突く。俺はキャンディスさんの腰を抱いた。
「オイ! ヒドイな!」
「でも、私がいるでしょ?」
「そうだな……ありがとう……」
俺は立ち上がりキャンディスさんを抱き寄せた。彼女の唇からふうっと煙が立ち上るように息が漏れ、俺は強く彼女を求めた。