第31話 車内でイチャコラ
愛は荷物を持って駅で降りた。俺は無言で見送った。愛から新しい恋人のことを詳しく聞くことはなかった。
俺とキャンディスさんが乗った黒いSUVは、ロータリーをぐるりと回って駅を去り、アップダウンのある丘陵地帯の道を走った。
「ふふふ……」
駅から離れたところで、運転席のキャンディスさんが笑い始めた。横目でキャンディスさんを見ると、嬉しそうに笑っている。
何なんだ? 俺は少しカチンと来て、キャンディスさんにキツ目に聞いた。
「何ですか!」
「ユウマはフラれたわね」
「グッ……」
いきなりのボディーブロー。キャンディスさんの火の玉豪速球デッドボールをくらって、俺は思わず額に手をやり何とか言い訳する。
「いや、もう別れていたようなもので……。上手く行ってなかったし、長い間会ってなかったし――」
「じゃあ、なんで助けに行ったのよ!」
「いや、だって学生の時から付き合っていたから……わかるでしょう?」
「知らないわよ!」
何だよ! この会話! 何で俺が愛とのことをキャンディスさんに弁解しなくちゃならないんだ!
俺は助手席で胸を張り強がる。
「まあ、でも~! きちんと別れたわけだし~! 俺はスッキリしましたよ!」
キャンディスさんは、運転しながら俺をチラリと見て嬉しそうにした。
「ざまあないわ! 命がけで助けに行ったのに、見事にフラれた! ふふふ♪」
俺はキャンディスさんの煽るような言葉にカチンと来た。腕を組んでそっぽを向く。
「そんなに笑わなくても、良いじゃないか!」
だが、キャンディスさんは、俺の態度を見てますますご機嫌になった。どういう神経なんだろうね? さらに俺を煽ってくる。
「こういう時、日本語で何て言うんだっけ? ああ、そうそう! 思い出したわ! ご愁傷様~♪」
ムカつく! キャンディスさんは運転しながら助手席の方まで身を乗り出して、わざわざ俺の顔をのぞき込むようにして、『ご愁傷様』と言う。俺はムッとして視線を前に向けたまま返事をした。
「それはどうも」
すると、キャンディスさんは、チョンチョンと俺の頬を突いてくる。
「チョコレートバー食べるぅ?」
しつこく頬を突いてくるので、キャンディスさんの方を向くと、キャンディスさんはシャツのボタンを緩め、胸の谷間にチョコレートバーを刺していた。
俺は思わずブッと吹き出し、草を生やす。
「クッソwww」
「ほらあ~♪ 遠慮しないで食べなさいよ~♪」
キャンディスさんは、体をくねらせ、胸に挟んだチョコレートバーを胸と一緒に左右に揺らす。これは多分、キャンディスさんなりに俺を励ましているのだろう。ここは遠慮せずアメリカンサイズの大きな胸に挟まれたチョコレートバーをありがたく頂くべきだ。
俺は遠慮せず右手をキャンディスさんの胸元に伸ばした。タイミング悪く車が揺れ手元が狂った。俺の指はチョコレートバーを押してしまい、チョコレートバーは、胸の谷間の奥へ沈み込んでしまった。
「やだ! ユウマ! 積極的!」
キャンディスさんが冷かす。俺は必死に弁解する。
「いや、違うよ! 事故だよ! 事故!」
「え~、そうなの? ほら、早く取り出しなさいよぉ♪」
なぜかキャンディスさんの機嫌が良い。
俺はクレーンゲームのように指をUの字にして、キャンディスさんの谷間にアプローチする。
「やあん♪」
一回目! 失敗! 柔らかい感触が指先に伝わる。二度、三度とトライし、四回目にチョコレートバーを引き抜いた。キャンディスさんのアメリカンサイズの胸は、マシュマロみたいに柔らかかった。
「ありがとう」
俺は素直に礼を言うとチョコレートバーをかじった。
「ねえ。私もちょうだい」
キャンディスさんが、チョコレートバーを要求する。俺はさっきのお返しにちょっとふざけてみた。
「はい! どうぞ!」
俺は口にチョコレートバーを咥えたまま、運転席へ身を乗り出しキャンディスさんに顔を近づけた。
丁度信号待ちで車が止まった。キャンディスさんが、俺の方を向く。
「さんきゅ♪」
「んっ!」
キャンディスさんが、チョコレートバーにパクついた。俺と唇が軽く触れる。俺は驚いて目を大きく開く。
キャンディスさんが、悪戯っぽく笑った。
「美味しい」
俺たちはしばらく見つめ合った。だが、いつの間にか信号が変わっていたらしい。後ろの車にクラクションを鳴らされた。
俺はちょっと残念な気持ちで、助手席に座り直す。キャンディスさんも運転席に座り直し、黒いSUVが動き出した。
しばらくして、キャンディスさんが、ふうっと息を吐いた。
「コーヒーが飲みたいわね」
「ああ。ブラックの苦いヤツ」
「やだ! ミルクと砂糖タップリ甘々でしょ?」
また、これだよ。一日の間にどれだけ糖分を取れば気が済むんだ!
俺はボソリとつぶやく。
「糖分が全部、胸に回ってるんだ」
「えー? 何か言った?」
「いーえ。ところでどこへ向かってるの?」
「横田基地よ」