第26話 愛の住むマンション(T市)
T市に入り濃密な霧が立ち込める。
愛が住むマンションまで車なら十分程度だが、霧のためキャンディスさんはノロノロ運転を強いられていた。キャンディスさんの目が、GPSとサーモグラフィー画面を往復する。
この霧の中でぶつけずに運転できるなんて凄いな!
俺はやることがなく、キャンディスさんを見ていた。するとキャンディスさんが、俺の視線に気が付き話しかけてきた。
「ねえ、ユウマ。腰の拳銃は使えるの?」
「えっ!?」
俺はビックリして、フリーズしてしまった。何でバレたんだろう?
キャンディスさんは、車を走らせながら気軽な口調で続ける。
「腰の横が膨らんでるからわかるわよ。魔石にされた警察の拳銃よね?」
「わかっちゃうのか……」
「それで拳銃を撃った経験は?」
俺はキャンディスさんに隠し事をしても無意味だと思い観念する。キャンディスさんの質問に端的に答えた。
「拳銃を撃った経験はない」
「じゃあ、今のうちに扱い方を覚えて! 誤射されたら困るから!」
「わかった」
俺はキャンディスさんに拳銃の扱い方を教わった。キャンディスさんは器用で、各種モニターを見ながら車をゆっくり走らせ、同時に俺に拳銃の扱い方をレクチャーした。
キャンディスさんの頭の中は、どうなっているのだろう?
CIAに入る人は、やっぱり優秀なのだろうなと、俺は妙なところに感心をしてしまった。
いよいよ俺の彼女である愛が住むマンションが近くなった。
霧で建物は見えない。
キャンディスさんは、マンションのエントランスの横に黒いSUVを止めた。
「ここで良いの? 霧の帝国がいるみたいだけど?」
「逃げる時に車が近い方が良いでしょう? キーはつけっぱなしにしておくから、私が魔石にされたらこの車で逃げてね。アメリカ大使館へ行けば保護してもらえるわ」
キャンディスさんが、ホルスターからオートマチックの拳銃を取り出しながら、俺に告げた。
俺はキャンディスさんの言うことに返事をしながら、キャンディスさんが死ぬのは嫌だなと思っていた。
俺も拳銃を持ち、マンションのエントランスに向かう。
だが、濃い霧で周囲の状況がよくわからない。記憶を頼りにオートロックを探す。
あった! 部屋番号を押して愛を呼び出す。
『はい?』
『俺! ユウマだ! 今、エントランスにいる。オートロックを開けてくれ。ドアはまだ開けちゃダメだよ!』
『わかった』
ピピッと電子音がしてエントランスの自動ドアが開く。
エントランスに入ると、外に比べて霧が薄く視界が確保出来た。俺はエントランスの隅を見てギクリとして足を止めた。
霧の帝国の兵士が二人いたのだ。黒い革製のヘルメットをかぶった男が二人。俺にとっては、死の象徴だ。俺はコンビニで店員が魔石にされた姿を思い出し体が強ばる。
霧の帝国の兵士二人が俺たちに気が付いた! ヤバイ! 魔石にされる!
パン! パン!
「エレベーターまで走って!」
キャンディスさんが、拳銃を連続して撃った。俺を押しやるようにして、エレベーターに走り始めた。
俺はハッとして我に返る。すぐにエレベーターに向かって走り出す。
キャンディスさんは、走りながら発砲を続けているが、俺には発砲音が聞こえるだけでキャンディスさんの方を見る余裕はない。
エレベーターに走り寄り、ボタンを押す。幸いエレベーターは一階にいて、すぐにドアが開いた。エレベーターに駆け込み愛の部屋がある五階のボタンを押す。
「キャンディスさん!」
キャンディスさんは、発砲を続けていたが俺が声を掛けるとサッとエレベーターの中に入った。
俺は閉じるボタンを押す。エレベーターの扉がゆっくりと閉じるのがもどかしい。扉が閉じてエレベーターが動き出した。エレベーターの窓から、霧の帝国兵がチラリと見えた。
「愛ちゃんに電話して! 部屋の扉を開けてもらって!」
「了解!」
俺はスマホを取り出し愛に電話をかける。
『俺! ユウマ! 今、エレベーターで五階に上がっている。ドアを開ける準備をして!』
『うん!』
愛の嬉しそうな声が聞こえるが、俺は愛に優しい言葉を掛ける余裕はまったくない。キャンディスさんも今まで見たことがないほど緊張した顔をしている。
「ユウマ。愛ちゃんの部屋は右? 左?」
「エレベーターを出て左です」
「エレベーターが開いたら、まず、私が出るわ。通路の安全を確認するから合図したらユウマが出て!」
「了解!」
エレベーターが五階に着く。ドアが開く。キャンディスさんが、無駄のない流れるような動きでスッとエレベーターから下りて通路の左へ向けて銃を構える。
すぐに銃を下ろしながら右へ振り向き、またスッと銃を構える。
キャンディスさんの左手が挙がった。
合図だ!
キャンディスさんは通路の右の方を向いている。俺はエレベーターを降りると、右手に拳銃、左手にスマホを持ったまま通路を左へ走った。背後はキャンディスさんがカバーしているので、前方に集中できる。
五階は霧がかかっていなかった。視界は普段と変わらず良好。霧の帝国の先行偵察部隊は見えない。だが、部屋の扉が開いて霧の帝国の連中が現れるかもしれない。俺は愛の部屋へ向かって走った。
愛の部屋の前でスマートフォン越しに愛に指示を出す。
『ドアを開けて!』
ドアが開いた。俺はなだれ込むように、愛の部屋に飛び込む。続いて銃を構えたキャンディスさんが、スルッと静かに部屋に入ってきた。キャンディスさんが扉を閉め、鍵をかけた。
カチャン! と鍵が閉まる音がして、俺はふうっと息を吐いた。