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第24話 検問

 俺とキャンディスさんが乗る黒いSUVは、ゆっくり時間をかけて国道を進んだ。まだ霧が晴れていないのだ。キャンディスさんは、事故を起こさないように、サーモグラフィーが表示されるモニター、GPS、窓の外を交互に見ながら運転をした。

「あっ! 霧が晴れた!」

 急に霧が晴れた。ここはH市の中で一番東京に近い西側のエリアだ。キャンディスさんが、息を吐く。

「ふう……。ここからは普通に運転できるわ」

 黒いSUVは、法定速度で走行を始めた。

 霧の晴れているエリアは、普通に車が走っている。コンビニも開いているし、スーパーもやっている。振り向いて後ろを見ると、不気味な光景が広がっていた。

 霧のドームがすっぽりと町を覆っているのだ。

「なんだ……あれ……」

「霧のドームですよ。私も初めて見た時は驚きました」

「あんな風になっていたのか……」

「衛星画像で見るともっとハッキリわかります。あっ、検問があるけど普通にしていて下さい」

「検問?」


 国道を進むと警察が検問をしていた。パトカーが並び警察官が車を停めている。後ろの方に機動隊のバスも見える。かなり大がかりな検問だ。

 キャンディスさんは、黒いSUVを検問の順番を待つ列に並べた。

 前の方から、警察官とスーツ姿の中年男性ドライバーがもめている声が聞こえてきた。

「引き返してください。H市からは出られません」

「何でだよ! 俺は会社に行くんだ!」

「外出自粛要請が出てるのは、知ってますよね? お勤め先には、お休みすると電話してみては?」

「あくまで要請だろう? だったら俺が出掛けるのは自由だ!」

「ええ。でも、H市から出てはダメなんですよ。さあ、Uターンして下さい」

 警察官は冷静に対応しているが、ドライバーはかなりゴネた。いや、ゴネるというのは、おかしいか……。ドライバーは会社へ行くだけ。政府に行動を規制する権限はない。

 検問をしている警察官の言葉遣いは丁寧でフレンドリーだが、目は笑っていない。絶対に通さないという意思を目から感じる。検問の周囲には盾を持った機動隊が控えていて鋭い眼光を飛ばしている。

 これはどういうことだろう?

 俺は困惑した声でキャンディスさんに質問する。

「キャンディスさん。この状況は……、一体どうなってるんですか?」

「日本政府はね。とりあえずH市を封じ込めることにしたらしいわよ」

「はい!? 封じ込める!?」

 俺はキャンディスさんの言うことが分からず声を裏返してしまった。キャンディスさんが、俺の方をチラッと見て軽く笑いながら状況を教えてくれた。

「日本政府内部筋からの情報なんだけど、日本の大臣たちは困り果てているそうよ。それで情報収集をさせる間は、H市を封じ込めることを決めたの」

「封じ込めるって……何をですか?」

「政府もよく分かってないみたいね。霧に毒があるかもしれないとか、病気を発症するかもしれないとか、政府内部で憶測が飛び交っている――」

「俺の動画は?」

「認識はされているけれど半信半疑みたいね。ただ、警察関係者は、H市に派遣した機動隊と連絡が取れないので、ユウマの動画を信じている人が多いわ」

「なんだよ……」

 俺はガッカリした。折角動画をアップして注意喚起をしたのに、政府の人たちは信じてくれない。それどころかH市を封じ込めるとか、何を考えているのだろう。

「ひょっとして『臭いものに蓋』ですか?」

「そうね。どちらかというと、日本人が好きな『様子見』じゃない? 今、ロスでアメリカ政府が対応しているから、ロスの様子を見てから対応しようとしている……とか?」

「あー、ありそう!」

 俺はふてくされて、助手席のシートにふんぞり返る。キャンディスさんが、サッとチョコレートバーを差し出した。俺は無言で受け取ると包みを破ってチョコレートバーにかじりつく。キャンディスさんが、やたら食べる理由が分かった。ストレスがハンパないから食い気に走るのだろう。

 俺とキャンディスさんは、チョコレートバーをかじりながら順番を待った。


 五分ほどして順番が回ってきた。

 キャンディスさんが窓を開けると、男性の若い警察官がこちらをのぞき込んできた。

「あっ! アメリカ大使館の! こんにちは!」

 若い警察官はキャンディスさんの顔を見るなり、笑顔で挨拶をして来た。どうやらキャンディスさんの顔を覚えているらしい。それに若い警察官は、何やら嬉しそうな笑顔だ。キャンディスさんが美人だから会えて嬉しいのかな?

 キャンディスさんは、アメリカンなフレンドリースマイルで警察官に挨拶を返す。

「どうも! 今朝も会いましたよね!」

「そうですねー! 毎日大変ですね。おや? そちらの方は?」

 若い警察官が助手席に座る俺を見て、目を鋭くさせる。だが、キャンディスさんは、慌てずに笑顔のまま若い警察官に告げた。

「アメリカ大使館の関係者です。これからアメリカ大使館へ行きます」

「ちょっと待って下さい」

 若い警察官が、無線を使ってどこかへ連絡を始めた。二言、三言、無線でやり取りをして、すぐに許可が出た。

「どうぞ! お通りください!」

「ご苦労様! また、明日ね!」

 キャンディスさんは、若い警察官に片手を上げて検問を通過した。


 黒いSUVは、T市に向かう。検問が見えなくなったところで、俺はキャンディスさんに気になったことを聞いた。

「なんで、俺たちは通れたんですか? キャンディスさんが、毎朝検問を通っているから? でも、俺が乗ってましたよね?」

 先ほどのキャンディスさんの話によれば、日本政府はH市を封じ込めているという。それなら俺はH市から出られない。警察官は俺を止めると思うのだが……。

 キャンディスさんは、ニヤッと笑った。

「この車のナンバーは青色なの」

「青色のナンバー?」

「大使館の車は、青色のナンバーなの。車の中は治外法権だから、日本の警察も調べられないのよ」

 おお! なるほど! そういうことだったのか! アメリカ大使館の車だから、警察はスルーしたのか!

「そうか! 警察からすれば面倒な相手なのか!」

「そう。よほどのことがない限り、この車は警察に止められない。この車に何かあれば、アメリカ大使館から日本政府に抗議が行くから」

 日本政府から警察の上層部へ。警察上層部から現場の警察官へと小言が下りてくる。そりゃ、面倒だ。あの若い警察官が無線で話していたのは、本部とかかな? たぶん、偉い人が面倒ごとになると嫌だから通してしまえと言ったのだろう。

「ありがとうございます。助かります。俺だけだったら、H市から出られなかったかもしれないです」

「でしょうね。ところで……、そろそろ迎えに行く人の名前を教えてくれない?」

 俺は彼女の名前を、出来るだけさり気なくキャンディスさんに告げた。

「愛です」

「愛ちゃんね。ふーん……」

 微妙な空気が車内に流れた。

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