枕返珠水の相談
91話 枕返珠水の相談
「ごめんね、わざわざ来たのに。一条さん、娘さんの風邪が伝染って、寝込んじゃたんだよ」
「そうですか……」
「直しを持って来たんだよね。ボクが受けとっておくから。一条さん来たら渡しとくね」
枕返珠水は今日は、なんだかオシャレしてないか?
デートにでも行くのかな。
化粧も少しいつもと違うようだ。
けっこう化粧は上手いようなのでケバくはないが、いつもより濃いような。
「あの、高田さん」
「はい」
「少し時間ありますか?」
「まあ、今日は忙しくないから。ナニ?」
「あの近くの甘味屋さん、ありますよね。あそこでお話しをしたいんですけど」
「え、出るんですか?」
「おい、高田。作家の悩み事、聞くのも編集の仕事だ。行って来い」
「副編集長、行っていいんですか?」
「だから、仕事だ。帰りにたい焼き忘れるな」
なんて言われ、ボクは枕返珠水と外の甘味屋に。
「あ、お汁粉下さい。キミは?」
「同じモノで」
「話というのは?」
「高田さんは、恋したことありますか?」
「恋。そりゃまあ……」
「わたしは、いままでしたことがなかったんです」
「そうなんだ、学校とかに好きなコとかは?」
「学校のコは、みんな子供です。好きになる対象ではありません」
ハッキリと。
たしかに男子の同級生は子どもにみえるとはよく聞くけど。
「キミ、年上の誰かに恋したんだね?」
彼女はコクリとうなずく。
なるほど、この子は内気そうだから年上のボクに恋の相談か、しかし。
「そうなの。で、いくつくらい上の?」
「相手の歳を知りません」
「そうか、でも年上とわかるのか。もしかしておじさん?」
「どうなんですかね。世間ではいくつからオジさんなんでしょう。高田さんは恋は? 恋人いるんですか?」
いま付き合ってる唐沢さんとは、入社して呑み会のときに帰り道がたまたま一緒で。
なんとなく。
学生時代は、告ってもフラれてばかりだったなぁ。恋かぁ。憧れてただけだったな。
ボクに恋の相談は。
「ボクはねぇ……恋はまともにしてないんだ。恋人……いるといえるかなぁ〜。相手の人、歳を知らないんだよね……まあ恋に歳は関係ない。なんていうけど……身近な人?」
「いえ、近くないんです。近いときもありますけど……」
「そうか……難しいね。よく『告って、みろ』みたいな安直なアドバイスあるけど。そんなの漫画だよね。そんな簡単なアドバイスなら聞くまでもないだろうし。近くじゃなくて、たまに近いときもあるって……どんな人かなぁ」
「それは……。すみません。本当は一条さんに相談しようと……」
その方が良かったよ。一条さん、なんでこんな日に。
「いや、たよりなくて逆に申し訳ない」
「そんな……。なぜ、高田さんが頭を下げるんです。やめてください。わたしが……高田さん!」
「はい」
「いま、近くなってます。恋しい人と」
え、店の何処かに居るの? まさか、店のおじさんじゃないよな。
店員は、あと、女性ばかりだし。
「あの、この方です」
と彼女は、ボクに四角いコンパクト鏡を向けて、フタを開いた。
鏡に写ってるのは、ボクの顔だ。
って、枕返珠水の恋の相手はボク!
「あのボクですか」
彼女は、またうなずいた。
マジすか?
「あの、わたしじゃ……ダメでしょうか?」
べつに、彼女は嫌いなタイプではない。
でも、ボクは付き合っている人がいる。
ハッキリいって、最近は寝てるだけの付き合いだけど。
この時点で「はい」とか言ってしまえばフタマタになる。それは、どちらにも迷惑をかけることに。
どうする。
「あ……キミはかわいいし……。そのへんのチャラチャラした娘でもないから、ボクは……ダメとかじゃなく……。あの少し返事は待ってもらえるかな。ちょっと男らしくなくて、ごめんね」
その後に来た。お汁粉の味がわからなくなっていた。
そんなんで、ボクは彼女と店で別れた。
「おい、高田。たい焼き買ってきたか」
「あ、すみません忘れてました。買ってきます!」
「なんだ、そんなに深刻な相談だったのか?」
「副編集長、相手は高田くんですよ。深刻な相談なんかしませんって」
「だよな、俺なら高田より唐沢選ぶな」
「私だって、似たりよったりですよ……高田くんとぉ」
帰りの電車の中で考えた。
会社で何度も唐沢さんに相談してみようかと。
でも、言えなかった。
「あら、『ぬれぬれ』のあとに、またやっかいなのに好かれたのね。あなたって妖怪に好かれるタイプなのかしら……気をつけてね」
白いロリータだ。
ボクは妖怪に『憑れる』タイプなのか、今度はなんなんだ。
ぬれぬれみたいに名前を教えてくれ。
つづく




