お化けの話
68話 お化けの話
名古屋へ向かう車中。
「奥さん、やっぱり旅とかしていた頃は面白かった?」
「まあ、生活の事なんてな〜にも考えず行動してたからね」
「おい、オレといるとそんなにしんどい?」
「今は今で面白いわ。じゃなきゃとっくに別れてるから」
この夫婦、けっこう仲良しなんだろう。
「そうだ、あの話をしてやれよ。オレが昔したお化けの話」
「お化けの話! あたし、好きなんです。聞かせて」
「ああ、アレ……あんまりおもしろくないわよ」
「イイじゃないか、お化け話好きだって言うし」
「じゃ、旦那がどっかで聞いてきた話ね。時代は明治か大正くらいの関東……何処だっけ?」
「千葉かな。市川とか東京に近い方だと……」
「だ、そうよ。あるお金持ちの大きな家の息子が、町でキレイな娘を見かけて惚れてしまったんだって。でも、何処の誰とも知れず。息子は仲間にカネをやるからあの娘の素性を探ってくれと頼んだんだのね。でも、仲間の誰一人として娘の素性がわからない。そこで息子はプロを雇うことにした」
「プロ……興信所みたいなトコの人ね」
「当時も興信所とかあったのかしら?」
「さあ……まあ人を調べるプロだって聞いたから……」
「そのプロの男が娘の正体をつきとめようと尾行しまくったの」
「しまくった……」
「何度も、まかれたんだって。プロがよ。素人の仲間がわかるハズないわね。尾行してると娘は何処かで消えてしまうので、そのプロもどうしょうもなくて雇い主の息子に頭を下げたのよね。無理だって」
「そう……で?」
「息子は自分で探ることを決心するんだよ」
「話の途中で悪いんだけど、その娘の正体がお化けなのよね……」
「まあ早い話そうなんだが……」
「まえおきが長いのよ、この話」
「途中で止めてごめんなさい」
「いいわよ。私、話するの下手だから……。で、自分で尾行する息子もやはり、見失ってしまうのだけど。突然、後ろに娘が現れて。『あたしの後を追わせてるのはアンタだね』って。びっくりした息子は、娘を見かけ惚れてしまった事を話たのね。娘は『なら、はじめからあたしに声をかけなさいよ』と言われて。なんと、二人は付き合い始めたの」
「それで……お化けと付き合い始めた息子は?」
「あ、ごめんね。私の話し退屈?」
「いえ、なんか聞いたことある話なので。もしかして息子は家のカネ持ち出したりして親に勘当されません?」
「キミ知ってるのか、この話?」
「まあ……多分。その息子が惚れた娘が異常なほどの大飯食らいで。息子がいくらカネを持っていても足らなくなるほど飯を食う大食い娘に、あきれた息子は『おまえは、化け物か!』と言うと娘は『はい、あたし妖怪底なしと言います』って話だよね」
「あ、知ってた……」
「その話は、大分間違ってます。あたしも聞きましたけど……。でも、本当は息子が娘を見かけるのは、そば食い大会を見たときです。娘はその大会の優勝者です。で、娘に一目惚れした息子は仲間に娘の素性を探らせます。まあ後は同じですけど……娘が自分を『妖怪底なし』っていうのは違ってます」
「違うのか……オレはそう聞いたけど」
「娘は、こう言ったんです『あたしは、実はヒトではありません。だから、お付き合いは、ほどほどに……』と、言って息子の前から去ります。なぜかと言うと、親から勘当されたので一文無しになった息子は娘にろくな物を食べさせられなくなり娘に愛想尽かされたんです」
「そうなのか、オレは娘が妖怪と知り、息子が逃げ出したと聞いたが」
「あなた、話が語られるにつれ変わっていく事も多いのよ。静さんの話の方がホントぽいっわね。現代でもいるわよね大食い女。そんな昔の話が『おまえは化け物か』というセリフからお化け話になったんじゃないの」
「なるほど、昔の大食いギャルとかにハマった金持ち息子のバカ話か……化け物話だと悪いのは化け物になるからな」
「静ちゃん、その話はドコで聞いたの……」
「大きな声では言えないから後で」
名古屋駅から少し離れたトコでわたしたちはおろしてもらった。
その道はよくクルマも通るし、東京方面につながっている道路だと。
「静ちゃん、クルマの中での話……」
アヤ、聞くまでもないだろう。アレは静の昔話だよ。わからなかったか?
そうなの。
だよ、妖怪底なし娘だぞ、他に知らんわ。
「あーアレね。若気の至りってやつよ。アレはあたしの話」
ほらな。
「そーなんだ。あの金持ちの息子ってイケメンだったの?」
「普通かな。金持ちだから、なんでも奢ってくれたから、しばらく付き合ってた」
「それいつの話?」
「いつだっけな……マゲしてなかったから明治か大正。昭和じゃなかったよ……多分」
つづく




