マカと河ばばぁ
3話 マカと河ばばぁ
「あ〜。そんなの聞いてないぞ」
「めんどくさいから、行くまで言わないでくれと静がな」
「今度は、何処へ行ったんだ。京都、奈良とかか?」
「一反のヤツが故郷に帰るとか言っとった……鹿児島かいの」
「九州へ行ったのか。あいつら……。するとそうすぐには帰らないな。東京でも長居してたからな……」
「マカ坊、寂しいか? 寂しければわしが毎晩通ってやってもいいぞ。フォフォフォ」
「そーゆー冗談はよしてくれ。それにマカ坊はよしてくれ。来なくていいよ河バァ。あのバアさんの友だちもだ。来ないように言ってくれ。ウチは化け物の集会場でも、たまり場でもないし、ましてテレビの鑑賞施設でもない。静たちにテレビを開放してるのは留守番をしてもらってるからだ」
「マカ坊よ、それなら何人で留守番しようがいいではないか」
「化け物共にガヤガヤやられたら、いい近所迷惑だ」
「田舎の一軒家だ。近所に聞こえるほど騒いではおらんぞ。マカ坊……そうだ、久慈姫がの。お前さんを気に入ってて」
「まて、久慈姫って本当は、ばばぁだろ」
「まあな……だが姫って言うだけに、見た目は若い娘ッコだぞ。そのうち夜這いするとか言っておったぞ。期待して待つんだぞマカ坊よ、あやつはトコ上手じゃフォフォフォ」
「やめろと言っといてくれ、オレは独身だが妖怪女とするほど飢えてない!」
ピンポン
誰か来た。まさか。
「うわさをすれば……じゃな」
俺は階段下へ。
「どなた?!」
「こちらに草双紙静という者が、居ると聞きまして」
声は女。しかし静の客だ。多分こいつは人間じゃないな。
「すまんが、静は旅に出ているので当分の間、留守だが……」
「帰りはいつ頃になりますか?」
声は若い。戸を開けて顔を見てみるかな。しかし、さっきの久慈姫のこともある。妖怪娘は見た目じゃいくつかわからんからな。べつに若けりゃいいわけじゃないが。
まあ、後で静かになんか言われたら、なんなんで顔と名前を確かめておくか。
ガラッと戸を開けた。
玄関の前に立ってたのは。
長くて黒いロングヘアーの女性で黒いジャンパーに黒いズボン。靴下もスニーカーも黒い。
しかし、腰に付けた巾着袋は真っ赤だ。
やっぱり彼女も妖怪なのか?
オレと目が合うと頭を下げた。
まえに来た漫画家のコトもあるから、静の知り合いが皆妖怪とは限らない。
ちよっと見、美人でタイプなトコも。
「あの帰ったら伝えます。お名前を……」
「黒井きゃしゃといいます。静とは古い友人で」
コイツは、やっぱ妖怪かな。古い友人だと、やはり。
「私も旅の途中なので、またいつこれるか、わかりませんので。ちょっと顔を出したとでも。お伝え下さい。では、また」
「あやつか……」
「びっくりした。婆さん見てたの。ありゃ何者だい」
「アレは『きゃしゃ』という妖怪じゃよ」
「きゃしゃ……聞かない名だな。で、どんなヤツなんだ?」
「一般には死肉をあさる妖怪だが、あの出で立ち。大分垢ぬけてたのう……」
「死肉をあさるって、あの美人の正体はグールみたいなのか?」
「グール? なんだい、そいつは」
「西洋の恐怖小説に出てくる食屍鬼っていう怪物だ」
「あっちの物の怪は、わからんなぁ。あの女は妖怪だ。姓も名のってたの、あの姿だ。わしらのように人間界にとけ込んでるんじゃろ」
「ああ、黒井きゃしゃとか……意外と格好のわりに礼儀正しかったぞ」
「こんにちは~ババァ。テレビ見に来たぞ!」
次は見るからに妖怪だ。子供だが、おかっぱ頭のてっぺんに角が。なんとかという妖怪のガキだ。
「オイ、鬼っ子。テレビはウチんだ。見たいなら俺に挨拶して許可をとれ!」
「河ばばぁ。こいつ誰?」
「この家の主人じゃ忘れたか。挨拶せい!」
「すまん、あたいは邪邪姫だ」
「俺はこの家の主人。摩訶富仕義だ。テレビが、見たけりゃ今度は土産の一つでも持ってこい」
「ひょうちしたマカ殿」
なんか時代劇みたいだな。意外と素直じゃないか。
あたいと言ってたから娘か、このチビ鬼は。
「あ、また来てすまない。コレ、あたしのスマホの電話番号だ、帰ったら静に渡しておいてくれ」
と、きゃしゃとかいう妖怪娘は俺に紙切れを渡して去った。
素早い。さすが妖怪だ。
つづく