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無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く  作者: ねをんゆう
01.探索者編
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17.暴君


「……ん」


「っ!起きましたか、マドカさん」


「あれ?ええと……あ、そうか、私ワイアームを倒してそのまま……」


「意識がある様で何よりです、未知の毒だったので影響が分からず……」


ギルド近辺に存在する治療院の一室。

緊急の治療が必要とされる場合に開かれるその部屋で、マドカはユイを含めた数人の医療師達の元で治療を受けていた。

戦闘中に生じた数多の小さな傷は既に完治している様だが、未だ直接強化ワイアームの牙の毒に浸された左足の裂傷は治療中。むしろどう対処するのが正解なのか分からないこの現状では、少しのサンプルを採取し、暇をしていた研究者達を総動員させて調査させる事しか出来ていない。

マドカ自身、身体に何処か力が入らず、微かではあるがその毒の影響が広がり始めているのを自覚出来ていた。右手を自分の顔の前で閉じたり開いたり、その動きに若干の違和感が生じているのを確認する。


「……治す、まではいかなくとも、進行を止める事くらいは可能ですか?」


「当然、やってみせます。今は治療員の方々に定期的に解毒のスフィアを使用して貰う事で進行を遅らせていますが、ある程度の法則が分かれば対処の仕様はあるはずです」


「そうですか。ありがとうございます、ユイさん。……まあ、片足が動かないくらいならまだ戦えますからね。皆さんが帰ってくるまで、この街は私がちゃんと守らないといけませんから」


「そのような事は私が絶対に許しません。……とは言え、悲しい事に本当にそんなマドカさんに頼らざるを得ないのが現状です。報告した通り、今回出現した龍種は対処にかなり時間がかかる相手ですから」


ユイから手渡された緑色の液体を飲む。

マドカに処方される薬品はその全てがユイがその手で作り出したものだ。本来ならば治療院としても認められないその行為は、この街においてユイにだけ特別に認められている。

その理由が『知識の花』というユイだけが持つスキルにある。このスキルは『作成・使用する消費物の効果量が向上する』という、歴史上記録に残っているだけでも彼女の他に1人しか見つかっていないという非常に希少な物だからだ。

元々薬師としての知識を持っていた彼女がこのスキルを使用すれば、片手間で作った品質の悪いポーションでさえも上級ポーションと変わらない効果を発揮する。どれだけ治療院が日々研究を進めようとも救えない命はある訳で、そういった際に治療院の研究と彼女のスキルを合わせる事で何度も対処に成功した実績があった。

ユイ・リゼルタはあくまで探索者であり、自身に必要な物以外を作成する気もなければ、売りに出す気もない。彼女のこの方針もまた治療院や都市の薬師達からも都合が良く、今の様に良い関係を築けている理由でもある。


「強化ワイアームの猛毒……今後これに対処する機会があるかと言われれば難しいですが、治療院の研究員さん達は全力で協力をしてくれています。これもマドカさんの人柄でしょう」


「ふふ、そうだといいですね。……ただ、今回のワイアームは実力的には高い知能も含めれば25階層あたりの階層主と同等の力を持っていました。もし階層を進めた時に、もしくは街の外で出現する龍種の中に同じ毒を使う存在が居た際に、この研究はより多くの人の命を救う事になります。分からない事を分からないままにしておかない、それがこのオルテミスにおける研究者さん達の義務でもあるんです」


「なるほど……というか、あのワイアームはそれほどのレベルだったのですか?本当によく倒せましたね、マドカさん」


「攻撃力だけはありますから。エルザさんとリゼさんの魔力を殆ど全部受けましたし、実際同じ攻撃なら30階層までの階層主は全部倒せますよ」


「……マドカさんが地下深くまで潜れたら、きっと50階層も簡単に攻略出来てしまうかもしれませんね」


「そこまでお力になれるかどうかはわかりませんが、お腹空いちゃいますからね、それは流石に難しいです。もし私が50階層まで進もうとするのなら、容量一杯に食料を入れた宝箱を5つは用意して頂かないと」


「もし入ったとしても帰る頃には腐ってしまいそうですね、ふふ」


そんな風に笑い合う2人は、周囲の治療員達から見ればとても微笑ましい物である。

治療院から見た2人の印象は、当然ながら良いものしかない。

緊急の材料調達や早期救出のために戦力が必要な際、真っ先に手を挙げ行動を起こしてくれるマドカ・アナスタシア。研究員達個人の研究の為に必要な資材などの調達も、彼女が依頼を片っ端から片付けてくれる為に滞る事は少ない。

一方で特殊なスキルを持ちながらも治療院に協力し、薬師としての知識や才能だけでなく緊急時のリーダーシップも取れるユイ・リゼルタ。彼女の事情からして探索者であるのは仕方ないとしても、その目的が果たされれば治療院は本当に彼女をスカウトする気で居るくらいには気に入っている。

マドカがギルドにとって大切な人材である様に、治療院にとってはユイがとても大切な人材であったりもするのだ。

そしてギルドと治療院もダンジョンの関係で非常に近しい位置で協力が必要な立場でもある為、決して関係は悪くなく、こうして2人が仲良く話している姿は普段2人に世話になっている者達から見れば喜ばしい事でしかない。解毒の為に頑張ろうと、むしろやる気を燃やされるくらいに。


「……ユイさんにも、帰ってきたばかりで色々とご迷惑を掛けてごめんなさい」


「それをマドカさんが言うんですか?私達がこの街に来た時、マドカさんには本当に色々と助けて頂きました。私もエルザ様も、まだその時の恩の半分も返せているとは思っていません」


「それこそ気にし過ぎだと私は思うくらいですよ?私に恩を返すより、その分だけ新しく入ってくる方々に差し上げて欲しいです。……まあ、こうしてお世話になってしまっている身では説得力もありませんが」


特殊な器具を用いて血液を抜き、それを直接浄化した後に体内へと戻すという治療法もあまり意味を成していない。やはり解毒を行うには決定的な何かが足りていない、この方法では無意味だと判断したユイが指示を出して器具を止める。


「……正直に言ってしまえば、私は嬉しいんです。こうしてマドカさんの力になれることが。エルザ様も同じだと思います」


「?」


「私やエルザ様は戦闘に向いていません、先輩のお二人の様にマドカさんと肩を並べて戦う事は出来ません。故に少しの対抗心とでも言いますか……恩とか関係無く、個人的な欲として力になりたいんです」


「個人的な欲、ですか……」


「そう言う意味では私はリゼさんも羨ましいです。リゼさんは探索者として絶対に強くなります、それに胆力もあります。あのワイアームを相手に一撃入れようとするとは、相当POW(精神力)が高いのでしょう」


「ふふ、実はリゼさんはそんなにPOW(精神力)は強くない方なんですよ?つまりあの時は、きっと確信があったんだと思います。自分の腕とお祖父さんの武器の力があれば、必ずやあのワイアームにだって一矢報いる事が出来るって」


「マドカさんでさえも、最後の一撃以外は殆どダメージを与えられていなかったのに……リゼさんよりも5つもレベルが高いのに、私には考えられませんね。こうなってくるとスキルが2つとも支援形で埋まってしまっているのが少しだけ悲しくなります」


「作成・使用する消費物の効果量の上がる『知識の花』、他者に精神力と体力を受け渡す『誠心支援』。どちらも他の人から見れば喉から手が出るくらい欲しいものですよ。もし長期遠征に出かけるとなれば、必ず連れて行きたい程の人材です」


「エルザ様の体力では遠征は難しいので、私とは無縁のお話ですね。治療院の方からも深い層には行かないで欲しいと言われていますから」


「ふふ、なにも深い層に行かなければユイさん達の目的が果たされない訳でもありませんし、私と一緒に浅い層で頑張りましょう?……私もまだ、探索者を辞めるつもりは全くありませんから」


「……!そう、ですね。是非お願いしたいです」


暗に『この解毒も必ずやユイならば成し遂げる事が出来る』と、そう言われた様な気がしてユイは笑う。そしてそれを聞いていた他の治療師達もまた奮起した。

……もちろん、マドカが言いたかったのは『例えここで解毒出来ずに左足を完全に切り落とす羽目になっても、探索者を辞めることはない』ということであったりもするのだが、その辺りのすれ違いを互いに認識しなかったのはむしろ良かった事なのかもしれない。






マドカとユイがそうして微笑ましげに語り合っていた頃、月が上がり時計の針が頂点を回ったと言うにも関わらず、ギルドには1人の客人が来訪していた。対応したのはその時間でもまだ残っていたギルド長のエリーナ、彼女は珍しく必死な顔になって来訪者を追う。


「待て!お前この……!龍の対処はどうした!何故戻ってきたんだ!!」


「手を退けろ、エリーナ。貴様も後で殴るが、それは後でいい。私はマドカの元へ行く」


「だから落ち着け!あの子なら今はもう眠っている筈だ!疲れているあの子を起こすのはお前も望むところではないだろう!」


「……そうか、ならば先にこちらから済ますか」


「は?……がっ!?」


突如として頬に拳の直撃を受け、エリーナは頭部をそのままギルドの廊下の壁に打ち付けられる。しかし加害者であるその女は痛みに呻く彼女を一瞬見下ろしただけで、直ぐに興味無さげに窓の外から見える治療院の方へと視線を向ける。

透き通る様な青い瞳、少しクセの付いた長い灰色の髪、そして冷酷さすら感じる様な無表情が貼り付けられた酷く整っている女の顔。

彼女の着ているかなり長めの灰色と黒色のワンピースが、開け放たれた入口の扉から入ってくる風に吹かれようとも素肌を一切見せる事のない作りになっているのは、それこそ彼女の他者に対する姿勢を如実に表している。


「貴ッ様……!」


「関係者には1発で済ませてやる、原因となったゴミ共は殺す。今回の件に関わった人間を全員私の前に呼び出せ、今直ぐにだ」


「そんな事が出来る訳が無いだろう!そもそもこうして私に拳を向けた事自体が本来ならば問題なのだぞ!警備を呼んで檻に打ち込む事だって出来るんだ!」


「やってみろ、その時にはこの街の全てが火の海に沈むと思え」


「こっの……!」


一瞬拳を振り上げそうになったのを、エリーナは何とか思い止まり、深呼吸をする。今こうして拳を止めたのは一瞬頭にマドカの顔が思い浮かんだからだ。彼女の事が無ければ目の前のこんな女に容赦や妥協などするものか。

この女があのマドカ・アナスタシアの母親でさえ無ければ……ラフォーレ・アナスタシアという名前でさえ無ければ。昔の様に拳と拳で殴り合って強引にでも力で制御しようとしたであろう。結局完全に屈服させる事は今日までも含めて一度足りとも出来た事はなかったが、それでも。


「……はぁ、全く。今回の件は本当にこちらも反省している、ギルドとしてもマドカの治療に全力を尽くすつもりだ。多少のルール違反で本部に突かれ様とも、それを覚悟の上で話を進めるつもりだ」


「だから何だ、その様な当然の話を聞かされたところで何になる」


「お前は……関係者は既にこちらで処罰してある、だからお前は手を出すな。そこは絶対に譲れない」


「ならば同伴者を出せ、マドカが今また弟子を取っているという事は聞いている」


「本当にどこから聞いて来たんだ……同伴者の"主従の花"の2人はマドカの治療と"聖の丘"への制裁の為に全力を持って動いている。彼等は戦闘中もマドカの支援を行なっており、むしろマドカの命を救ったとも言っていい。非難されるべきではない」


「弟子とやらはどうなんだ」


「それこそお前が手を出せばマドカが怒るだろう。確かに彼女はマドカに守られるしか出来なかったが、マドカは彼女の事をかなり気に入っている様にも見えた。下手に手を出せば嫌われるぞ」


「……チィッ!!」


「うっ、ぐっ……!関係者には、1発と……」


今度は腹部に向けて放たれた拳。頭部でないだけまだマシとは言え、エリーナは思わず膝を突く。いくらエリーナが近接戦闘を得意とするとは言え、ラフォーレ・アナスタシアはLv.41の都市最高峰の戦力の1人だ。特に魔法使いであるにも関わらずSTR(筋力)がそれなりにある彼女の本気の拳は、如何にエリーナと言えどなかなかに効く。


「っ、私のことは別に何度殴ろうとも構わないがな……!絶対に元凶となったバカ共を殺すなよ!!そうなった場合悲しむのはマドカだ!お前が殺した事にも、助けた人間が死んだ事にも、お前に殺させてしまった事にさえもあの子が責任を感じるんだ!それだけは絶対に認めない!!」


「……」


「せっかく自慢の娘に育ったのだろう!ならば少しは我慢をして、もう少しだけでもあの子の正しい成長を促せ!お前も母親を名乗るのであれば娘の為に譲歩をするんだ!!命を奪う以外の報復の方法ならば私達でいくらでも考える!だから……!」


「諄い、黙れ」


「がふっ!?」


再び顔面に入る3発目、蹴撃。

ほぼ無防備であったエリーナにとってそれはかなり重い一撃であり、再び壁に叩き付けられた彼女はそのまま地面に倒れ伏した。いくらなんでも最上級探索者の拳と蹴りを顔面に受けてしまえば、エリーナだって意識を朦朧とさせる。ポーションを使えば治るとは言え、目の前のこの女は本当に他者を殴る事に躊躇など無く、何の容赦もなく暴力を振るうのだ。脳が揺れる様な一撃、見た目以上に被害は大きい。顔面が鼻血に塗れているのに。


「……いいだろう、報復に関しては貴様等に一任してやる。だがその内容に私が納得出来なければ、"聖の丘"を灰に変えてでも私がゴミ共の首を取る。いいな」


「……分かっ、た。それで、いい」


「チッ」


それは彼女の最後の情なのか、それとも単にエリーナを殴ったと言う事をマドカに知られたく無いためか。ラフォーレはその場を立ち去る前に自身のポケットから取り出した未使用のポーションをエリーナに向けて投げ付ける。戦闘中の衝撃にも耐える様に作成されたそれが割れる事は無いが、ラフォーレは本当にそれ以上は心の底から何も気にしていない様にしてギルドから出て行った。


「うっ……くっ……」


痛みから何とか身体を引き起こし、彼女が投げ付けていったポーションを口にするエリーナ。そうしてみれば直様に身体中の痛みが引いていくのだから、やはり最上級探索者の使う高位のポーションの効果というものは凄まじい。

……それよりも、こんなところを他の誰にも見られる事がなく本当に良かったと彼女は安堵する。こんな事がマドカに知られでもすれば、余計な危惧を与えてしまうだろうから。エリーナとてマドカの事を実の娘の様に大切に思っているのだ、非常識な母親の影響を彼女にあまり与えたくはない。


「……それに、以前よりかは随分と扱い易くなった方だしな」


かつてエリーナがまだ普通のギルド職員だった時代は、彼女を縛るものという物が本当に何も存在していなかった。暴力で無理矢理に押さえ付ける、それ以外に彼女の凶行を止める手段が無かった様な地獄である。

その時と比べればマドカというラフォーレが我慢を出来る理由が出来た今はかなりマシな方なのだろう。今日は流石に酷かったが、娘が出来てからは私生活も本当に落ち着いた。道端で肩が打つかった人間を問答無用で殴り飛ばしたりしないし、酒場で絡んで来た男の腕を文字通りへし折ってポーションで再生出来難くするために追い討ちをかけたりする様な事もしない。何度も何度もギルドに拘束された経歴を持つ彼女だが、その度にギルド側にも多大な被害が出たのだ。結局は龍の飛翔の度に彼女の戦力が必要という事で代々のギルド長達が胃を痛めながらも彼女を解放していたが、マドカが居てくれる限りエリーナはその胃痛に襲われる事はない。……例え物理的な痛みはあったとしても、この様にポーションさえ飲めば治るのだから、それよりはいくらかマシだ。


「ああ、マドカが恋しい……ラフォーレにはああ言ったが、顔を見に行くか」


その後、ふらふらとした足取りで治療院を訪れたところ、マドカが既に起きていてユイと話している空間に出会したエリーナ。あの様な理不尽な暴力を受けた彼女が起きたばかりのマドカに滅茶苦茶に甘え甘やかし、自分の心の回復に努めたのは言うまでもない。


ユイと治療院……オルテミスの治療院の研究は他の都市と比べても優れている方ではあるが、それでも例年出現する龍種達の奇妙な能力に対して十分に対応出来るものではない。しかしユイの特殊なスキルはその対応能力を1段階押し上げるものであり、他都市の治療院からも求められるような人材である。故にユイのスキルの存在は治療院とギルド内でもかなりの機密情報であり、その功績が表に出ることはな

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