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無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く  作者: ねをんゆう
01.探索者編
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9.オルテミスの街並み

「ん〜……9,400?まあ少し色付けて10,000L(ルーネル)でいいっすかね。優秀な探索者の卵に先行投資ってことで、ほい」


「い、10,000L……!すまないヨルコ!助かるよ!」


「エッセルからも今日のあんたの報酬は甘くしろって言われてるんで、別に気にしてくれていいっすよ。存分に感謝してくれていいっす」



 6階層で薬草を採取り、エッセルに対して納品を行った後、リゼは魔晶の換金のために再び鑑定士のヨルコの元を訪れていた。


 本当ならばこれから昼食を食べて街の案内をしてくれる筈だったマドカは、何やら緊急の要件があるからとギルド長のエリーナの部屋へと連れて行かれてしまい、今ここには居ない。

 とは言え、彼女もそれなりに強い探索者だと言う。探索者の少ない今の時期、街の対処のために残されている彼女がこうなるのも仕方のない事ではあるのだろう。街を見て回りたいというのは本音なので、出来れば午後には帰ってきて欲しかったが。



「……にしても、2日でワイアームを単独撃破とは。アンタここに来た時のマドカ並みの逸材っすね」


「む、そうなのか?マドカも新人の頃から強かったのか」


「まあ、スフィア無しでワイアーム単独討伐するくらいには」


「……冗談だろう?」


「この街の上級探索者はそんなんばっかっすよ、いちいち驚いてても体力の無駄……むしろそれくらいじゃないと上級探索者になんかなれないっすから」



 思わぬ所で聞けたマドカの話に、リゼは驚く。

 彼女はなかなか自分の事を話してはくれない。だが彼女の周りに居る者達ならば、なるほど確かにこうして話してくれる。どころか、例えとして話しやすい人物であるのかもしれない。


 目の前に座る気怠げな様子で客に対しても適当な敬語しか使わないこのヒルコという女性であっても、マドカには一定の評価をしている。探索者としての力を付けるためにも、マドカの生き方を参考にするべきだ……と心の中で言い訳をしつつ、リゼはその話を引き伸ばした。



「ちなみにマドカはいつ頃から探索者を?」


「あ〜、襲撃の後っすから、6年くらい前?いやそれは街に来た時か、探索者になったのは5年前っす」


「たった5年で上級探索者になれるものなのか?」


「マドカはどっちかって言うと中級探索者の上澄みって感じっすけど、それも人によるっすね。100年近く生きてるエルフと40年生きてるヒューマンが同程度……かと思えば龍殺団の長は15の小娘っすから。40〜50年程度の実力差なんか本物の化け物は一瞬で追い抜くっす、アンタもこの街に住んでればそれが嫌でも分かるようになるっすよ」



 溜息混じりにそう言うヒルコ。如何にも天才肌な雰囲気を持つ彼女であるが、彼女もまたそういった経験をした事があるのかもしれない。

 なんせギルド長があのような明らかに戦場をいくつも潜り抜けてきた様な見た目をしているのだ、目の前の彼女やあのエッセルという受付嬢も、もしかすれば探索者上がりの職員という可能性もある。



「ま、アンタも二つ名が付けられるくらいになったら十分っすね。あんまり高望みせず、平和に死なずに生きるのが吉っすよ」


「……?二つ名?」


「10階層を突破した探索者にギルドから与えられる別名の様な物っす。それすら知らなかったんっすか?」


「いや、一体それに何の意味があるのかな、と。普通に名前と所属クランだけでも情報としては十分な気がするのだけれど」


「意味はあるっすよ。覚えやすい、知られやすい、士気向上、情景の形成、あとは単純にカッコいい」


「なるほど、それも探索者集めの一環という訳だね」


「半分くらいは先代のギルド長達の悪ふざけっすけどね」


「ち、ちなみにマドカの二つ名はどんなものなんだい?」


「【白雪姫】……マドカの母親の二つ名と、彼女の見た目が元っす」


「……いいじゃないか、二つ名」


「アンタ、マドカの話になるとなんかちょっと気持ち悪いっすよね」


結局、その後マドカは普通に帰ってきた。

午後からも特に問題なく街を案内してくれると聞き嬉しがっていたリゼを、やはりヒルコは妙な目で見ていたが……まあ最初から高かったマドカへの好感度がリゼの中で僅か二日で鰻登りになっているのは確かなので、特に気にする事なくお礼だけを述べてリゼは食堂に向けてマドカを連れて行った。





オルテミスの街、この世界で2番目に技術的な革新を引き起こしている港街。白色を基調とした統一感ある街並みには、常に内部を正常に保つ魔法防壁と消毒効果を付与された水が流れている事から、『水の都』、又は『世界で最も過ごしやすいのに最も危険な街』という二つ名すら持っている。


さて、リゼはそんなこの街に来てからダンジョンダンジョンダンジョンと、ダンジョンの事しか考えていなかった。ところが今こうして改めて街を見渡してみると、自分の唯一知っている田舎町とは似ても似つかない素晴らしく美しい場所であるという事に改めて気が付かされる。

……まさかこんな美しい街の近くから毎年の様に龍が生み出されているとか、そんな風にはまるで思えない程に。


「むしろ、そういった龍が生み出されるからこそです。定期的に壊滅させられるので、何度も新たな技術を使って新しい形に作り直せるんですよ。どれだけのお金を使っても元に戻すだけの価値があり、その必要のある街ですからね。この街の高い税金はその大半が復興のために充てられています」


この街にはダンジョン探索の為に必要なものが軒並み揃っている。そして日々その革新のために多くの技術者と商人達が奮闘している。彼等が居るからこそ探索者達は戦うことが出来、探索者達が居るからこそ彼等もまた熱意をそれだけに向けられる。

少し涼しいくらいのこの街は、けれど同時に火傷をするくらい熱い街でもあったのだ。この街の誰もが常に命を燃やしている、僅かに残る希望の光を信じて。



「ということで。こちらがポーション売りのお姉さん、リノさんです。150年近くこの町で薬売りをされていたお婆さんが数年前に隠居されまして、このお店が今の私のお気に入りなんです」


「ど、どうも。エルフのリノです」


「ああ、どうも。新人探索者のリゼだ」


「あ、あはは……あ、ポーションいりません?お安くしておきますよ?」


「ええと、どれくらいなのかな」


「安い物ですと1本800Lとかですけど、おすすめはこっちの1本5000Lのポーションです」


「……あー、入れ物以外に何か違いが?」


「ありません」


「え」


「ありません」


「あー……はい」





「こちらの方はドワーフのベテラン鍛治師、ガンゼンさんです。この大きな工房の主人でもあり、この街最高の腕を持つ鍛治師さんです」


「おう、マドカの嬢ちゃんの新しい弟子なんだってな?贔屓してくれよ、ウチは高ぇけどな!はっはっは!」


「どうも、リゼと言います。……ところでガンゼン殿は、銃を作ったことはあるのだろうか?」


「銃?いやぁ、ねぇなぁ。あんなもん使うより雷弾撃った方が早ぇだろ、探索者共なら」


「あはは……ええ、その通りです……」


「しかし銃か……くくく、面白ぇな。作ってみっかな、対龍用のクソデケェ奴をよぅ」


(やはり最終的にはそこに行き当たるのか……)





「そしてこちらは細かな道具の取引等を行なっているプレイちゃんです。日常品からダンジョン内での必需品まで、果ては他商人との繋ぎまで、商人としての素質はこの年齢で一級品ですよ」


「あー!もうもう!マドカさん!私はそんなに大きな商売はしてないんだから!あ、でもでも!たくさんたくさん利用していいんだからね!」


「……ええと、ちなみに何歳なのかな」


「11歳よ!7歳の弟が居るわ!ちなみに親は私達を残して蒸発したの!借金は私が耳を揃えてぜんぶ返してやったけどね!」


「……つまり、この子は天才なのだな?」


「ええ、天才ですよ?この子も」


「も……」





「最後に、こちらの全身真っ黒で素肌を隠している彼女はスフィア売りのデルタさんです。基本的に探しても見つからない神出鬼没な商人さんで、名前以外は何も分からない上にギルドすら把握していません。当然商業許可すら取っていない違法な売人さんです」


『………』


「い、違法な売人……!?本当に大丈夫なのか、マドカ」


「大丈夫ですよ、話してみて下さい」


「ええと……ス、スフィアは一ついくらくらいなんだろうか」


『………』


「あ、あの……」


『………哀レナ娘ダ』


「え」


『運命ニ縛ラレシ事ヲ知ラヌ哀レナ娘』


「う、んん……?彼女は何を?」


「さあ……私も良く分からないのですが、本人が本当に必要な時には売ってくれますので。今のリゼさんにはデルタさんのスフィアは必要無かったという事ですね」


「あ、ああ……あれ、彼女は?」


「神出鬼没なお方なので」


「ええ……」



そんなこんなで、午後いっぱいを使って街を案内されたリゼ。探索者には個性的な人間が多いと言う事は聞いていたのだが、まさか探索者以外の商人や技術者達までこうも個性豊かな面々であるとは夢にも思わなかった。

しかし商人や技術者も少しでも遅れを取れば直様に没落してしまうのがこの街。彼等の様なさいのうや執着、熱意、好奇心を持った者達が生き残るのは当たり前なのかもしれない。


「それにしても、この街は意外にも平和な様だね」


「?そうですか……?」


「うん、なんというか……もう少し喧嘩騒ぎの様なものがあると思っていたんだ」


「探索者さん達が帰って来ると、それなりにありますよ。もちろん悪い事をしている方も居ますけど、そもそもこの街の最大手のクランが街の警備も行っていますから。確かに犯罪率自体は少ない方なのだと思います」


「あの、私が本の中でよく見た悪い事を考えている貴族や政治活動家とかは居ないのかい?」


「そんな方々はこんな危ない街に拠点を置いたりしませんよ。仮に居たとしても、半端な頭ではこの街の商人や探索者、ギルドを相手に暗躍なんて出来ません。むしろこれ幸いにと絞り尽くされるのがオチですね」


「……実際にあったのかな、そういうことが」


「ええ、2年ほど前に連邦中枢に強い力を持っていたエルフ王家の女王の一人が何人かの護衛の方々と共にこの街を訪れまして……散々商人や探索者に騙され回された挙句、当時密かに街中で活動していた悪い方々に誘拐されてしまったんです」


「そ、それでどうなったんだい……?」


「ギルドから要請を受けた私と、この街で探索者として活動しているもう一人のエルフ王家の血を引く方がいらっしゃるんですけど、その2人で救出活動を行いました。幸い何事もなく救出は出来たのですが、精神的なダメージも大きくて」


「運が悪いとかいう話ではないな……」


身内には優しく、他人には厳しく……というよりは、自分達の活動を邪魔する者に対してはとことん厳しいのがこの街の風土の様なものなのだろう。

ダンジョンの探索で精一杯だというのに、政治的な問題まで持ち込んで来てもらっては困ると。ダンジョン攻略に協力するつもりが無いのなら、またはその支障となるのならば、2度とこの街に訪れたいと思わなくなるくらいに滅茶苦茶にしてやると、なんだかそういう気風の様な物すら感じる。


もしかすれば救出活動に向かった2人というのも、それくらいしか危険を冒してまで救出活動に行ってくれる様な人物が居なかったとか……いや、流石にそこまで酷い事はリゼとて考えたくはない。

少なくともこの街のギルド職員は良心的な人物ばかりだったのだから、今この街には居ない探索者達も優しい人間ばかりだと信じたい。


「……ん、もうこんな時間ですか。ごめんなさいリゼさん、私これから少し用事がありまして、今日はここでお別れという事でいいですか?」


「ん?ああ、それは構わないが……どうかしたのかい?」


「外に出ている探索者さんの中から何人かが中間報告のためにこれから戻ってくる予定なんです。彼等の出迎えとギルドへの報告に立ち会う様に言われていまして」


「なるほど、だからさっきギルド長の部屋に呼ばれていたんだね」


「そうなんです、今回は意外と長引いている様なので……という事で、明日はまた今日と同じ時間に同じ場所で会いましょう。今日はありがとうございました」


「ふふ、助かったのはむしろ私の方だろう?本当にありがとう。忙しいかもしれないが、私にも出来ることがあれば何でも言ってくれ。待っているよ」


「ええ、それでは」


大きく手を振りながら遠ざかっていく彼女を見送り、リゼは苦笑う。なんというか、やはり彼女は忙しそうな人物であった。

今はリゼの教官役として報酬を受け取っているとは言え、やはり彼女がリゼに付きっきりになっているからか普段より依頼の消化具合は少なくなっているという話を聞いた。

マドカがリゼに付き合っている限りは、今のところ7階層以上の依頼を受けるのは難しくなる。それでも生活はできるとは言え、困っている人間の依頼を見過ごせない彼女にすれば少しは歯痒い思いをしているのは間違いないだろう。


(……だが、今の私はマドカ無しでダンジョンに潜る事なんてまず考えられない。他の探索者を頼れない以上、解決法は私が早く強くなる事だけだ。むしろマドカに頼られるくらいに、最低限の力と知識を)


そんな事を考えながらも、リゼはそういえばと一つ思い出したことがあった。

リゼのレベルは8。

しかしマドカは一体どれくらいあるのだろう?

そもそもリゼはこの世界のレベルの基準というものがそこまでよくは分からないので、自分がどれだけ他の探索者達と比べて低いのかすらも把握出来ていない。マドカは中級探索者の上澄みと言われていたが、それもどういう基準での話になるのか。リゼにはまだまだ分からないことだらけだ。


「……勉強を、しないとね」


明日からもまたマドカを質問攻めにする日々が始まる。それがいつまで続くのかは分からないが、この機会は大切にしなければならないものであるということだけは、間違いないと分かる。

探索者の才能……基本的には当人のスキルとステータスの傾向によるものが大きい。秘石によるスキルは非常に多種多様で格差が大きく、そもそもスキルが発現しない者も存在する。戦闘に直接作用するステータスが全く伸びないということもあり、特に初期段階では才能による差が顕著である。もちろんそこを技術で埋めることは可能であるが、基礎的な最低限のステータスもなければ技術を磨くのは胆力がいる。

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