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無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く  作者: ねをんゆう
01.探索者編
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0.生まれ出る悪龍

 海洋に面した岸線。

 ただ広い砂浜の背後に広がる、緑一色の草原地帯と大森林。


 時期によっては観光客が馬車に揺られながら楽しむほどに自然豊かなこの場所は、しかし今現在、この地上において1.2を争うほどには荒れていた。


 沿岸に建造された巨大な円形の白街壁はこれ程に離れていても目視は容易いが、常程に心を高めてくれた活気や華やかさは今は感じられず。普段は資材を積んだ木船が数多く往来している様なその海路にも、今日この日ばかりは小船一隻すら見当たらない。


 水を跳ね、砂が舞い、多くの人間の決死の叫声が聞こえると共に、夥しい量の赤と黒が、美しかった景色を汚していく。青と白と緑しか無かった美しい世界が、徐々に醜い姿へと変えられていく。


 ――戦場、ここは戦場だ。


 しかしそれは人と人との戦では無い。


 人同士の戦など、つい300年程前に終演した。


 今ここにあるのは、人と、龍との、殺し合い。



「ちっくしょうが!!なんだってんだコイツ等!!」


「クロノスさん!これはどうすれば……!」


「バルク!ラフォーレを守れ!ラフォーレ!お前は……!」


「指示など要らん、さっさと哭け愚図」


「ッ変わらず口悪ぃな!!挑発!!」


 色黒の大男が獣人の青年と灰髪の女性に向けて指示を出しつつ剣を振るう。自身の腰に付けた石板に手を向け、嵌め込まれた透明な宝石を力強く叩きながら"挑発"と叫べば、瞬間、彼の身体から放たれるのは突風の様な軽い衝撃。

 砂粒を僅かに飛ばす様なそれは、しかし驚異的な速度で海岸線を走る黒色の小さな生物達の足を一瞬だけ止め、なによりその赤の瞳に己を映し出すための強制力を与える。


『『『キィィィイイイッッ!!!!!』』』


「ぬぁぁあ!!気ッ持ち悪ィイ!!ほんとにコイツ等も龍種なのかよ!ラフォーレ!!」


「いいから走れ木偶の坊。私に構いながら行動を起こせるほど、出来の良い頭は持っていないだろう」


「テメェマジでいい加減にしろよ!ぬぐわぁ!?」


「ね、姉さん……」


 鱗一つ無く光沢を持った皮膚に特殊な粘液を纏った、龍種としての要素を顔面の形程度にしか残していない、翼無しの小型生物。そしてその大群勢。

 砂浜から突如として湧き出したそんな異形達は、四つ足で砂の上を粘液で汚しながら縦横無尽に走り回り、狙った人間の臓物を鋭い歯と発達した顎で食い破ろうと狙いを定める。

 総数は目で数えただけでも千は超え、臓物を貪られ既に死した勇者達の体内に粘液混じりの白の卵を幾つも植え付けているその姿は、戦う者達の戦意をも大きく抉り取った。見ているだけでも抵抗感を抱いてしまう様な姿と習性、吐き気を催してしまう者が出るのは当たり前の話。


 そしてそんな輩を挑発で自分自身に意図的に引きつけた益荒男に浴びせられるのは、信じられないといった視線や、肩を並べて戦う女の罵倒だけでは物足りないだろう。


 ラフォーレと呼ばれた灰髪の女が、20数もの小龍達に迫られながら身体中を粘液と血に塗れさせている男に対して杖を向ける。どうせいつもの事だ、耐火性能の防具が多少破けていた所で大きな問題にはなるまい。

 そんな笑ってしまう程に軽い気持ちで、近付いてくる小龍達を蹴り付けながら、足に付着した粘液を砂に塗りたくりつつも、彼女はその黒色の大杖にあまりに濃密な魔力を込める。



「【炎弾】」



 手を当てる、腰の石板に。

 指で弾く、嵌め込まれた3つの赤い宝石の一つを。


 言葉は一言、しかしそれは詠唱ではない。

 詠唱など必要ない。


 生まれに左右される事のないスフィアによる魔法の行使は、ただ指先で触れればそれで十分だった。



『『『ピギィィイイィィイ!?!?!?!?』』』



 いくつもの巨大な火球が飛来し、弾けた。

 彼女が指で宝石を弾くほどに人間大の炎の弾が女の周囲に姿を表し、次から次へと逃げる空間すら与えない様に小龍達を焼き払っていく。


 ……その小龍に群がられていた大男までも含めて。



「熱ぃっっ!?待て待て待てってラフォーレ!焼ける!俺まで焼けっから!!」


「都合良く近くに水辺があるだろう、飛び込め」


「こんな粘液でぐちゃぐちゃな水辺に誰が飛び込むかバカ!!」


「あ、あはは。えっと……クロノスさんが無事なら、それでいい、のかな……」


 暴虐無人な姉、世話役の弟、そして苦労人な弟の友人。一見お遊びをしている様に見える彼等はそれでも、この世界で指折りの実力者。

 周囲を見渡せば既に何人もの勇敢だった者達が怪我を負い、命を落とし、それでも必死になって小龍達の始末を続けている。

 果たして今も砂浜に空いた複数の小穴から大量に生まれ出ているこの小龍達は、数えてみればいったいどれほどの数になるのだろうか。そうでなくとも死体の臓物に卵を植え付け、今にも増殖しようとしている悍ましさ。

 そしてその対象は死んだ自分達の同胞に対しても同じというのがまた恐ろしく、灰髪の女ラフォーレは目に付いた死体を人間の物まで含めて無表情で焼いていく。たとえそれが顔を知っている人間の物であったとしても、一度は顔を見合わせた相手の物だとしても。関係なく。


「ね、姉さん……流石にそれは……」


「顔さえ分かれば十分だろう。それとも、苗床にされた方がマシか?」


「……ああ、どうせ最後には焼かれるからな。こんなもん見せられるよりかは先に焼かれてた方がマシってもんだ」


「それは、そうですけど……」


 大量発生した小龍。

 この増殖力を見る限り、仮に1匹でも逃してしまえばそれだけで世界の新たな脅威となり、あらゆる生態系を変えられてしまうのだろう。


 人間でさえも多くの犠牲が出る。

 故にここで処理しなければならないのだ。

 どれだけの非道を費やしても。

 どれだけ非人道的な行いをしても。


「ったくよぉ!マドカちゃんが居てくれれば、もう少し楽に対処も出来たかもしれないのになっ……おっと!!」


「貴様、私の愛娘にこんなゴミ共を触れさせるつもりか?」


「あーあー、分かった!俺が悪かった!だから杖をこっちに向けるな!次こそ焼け死ぬ!」


「と、とにかく今はレンドさんからの指示を待ちましょう!それまでは僕達でより沢山の敵を処理しないと……!挑発(クライ)!」


「あいよ了解、こっち側は俺に任せろ!挑発!」


「……チッ、この気色の悪い蛆虫共が。失せろ」


 小龍達の悲鳴が児玉する。勇者達の叫び声もまたこの空の果てへと消えていく。


 ここは龍巣の都:オルテミス付近の海岸。


 アーザルス連邦の遥か南に位置する世界の端部の一つ、世界の脅威の最前線。


 探索者達は戦っている。


 世界を脅かす龍達と。


 そして、自分達の心の弱さが生み出してしまった世界の悪意と。

・秘石とステータス……掌大の長方形の石。表面には3つの窪みが存在し、ここにスフィアをはめ込む事でスフィアの力を発動する事が出来る。また、身に付けた人物にステータスという概念を付与し、経験値を得る事でその人物の能力を飛躍的に向上させる事が可能になる。


・スフィアによる魔法……龍の都:オルテミスのダンジョンからのみ採取される特殊な宝石。秘石にはめ込むことで機能し、持主の種族に関わらず魔法が扱えるようになる。

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