月の幻想は貴方と共に
親子揃ってもー! 写真大好きかっ!
「今日は、月食です」
「あぁ」
いきなりホテルの部屋のドアを開け放ち、入り込んで来るのは嫁だった。鮮やかな黒の髪を垂らし、ズカズカと大股で歩み寄ってくる。そこに問答は必要としていない。
俺は黙って此奴を一瞥すると、また雑誌に目を戻した。大人向けクロスワードパズル。解けた者には五万円と書かれている。まだ解き終わっていない。
「月食です」
「わぁったよ」
「月が赤いのです」
雑誌から渋々顔を上げると、嫁の顔がすぐ側にあった。基本的に此奴の表情は変わらない。表情筋一つ変わらない為、感情を読み取るにはある程度の慣れが必要となる。そして今、此奴は大真面目に俺に願い事をしている。
「一人で見ろ」
「嫌です。貴方と一緒で無くては見ても意味がありません」
そう言うと、両手で俺の頬をそっと包み込んだ。意固地になって顔を逸らそうとすると、負けじと指に力を入れる。その不毛なやり取りは数分に及び行われた。
「移動が嫌なのでしたら、私がお運び致します」
そう言うと、頬に当てていた手が腕に移動する。子供が手を引っ張るように、無理矢理椅子から立ち上がらせようとする。真一文に口を引き結んだまま、立ち上がろうとした。それを見た途端、一瞬両目が輝いた。素早く俺の背中と膝に手を回すと、抱えるようにして歩き出した。所謂、お姫様抱っこの状態である。
「俺と見て何になる」
「感動を共感したいです」
..............全くこの嫁は..............。ホテルのベランダに無理矢理連れ込むと、自分の隣に立たせた。此奴自身もぴったり寄り添うようにして、上を見上げる。相も変わらず石のような顔をしているが、両目は爛々と輝いている。感動しているようだ。
「楽しいか」
「ええ。外に出て月を見ました。大きくて、赤くて、幻想的でした。貴方と見たらきっと素敵な思い出になると思いました」
「そうかよ」
此奴の言った通り、月は大きく、赤く染まっていた。見方によっては不気味に見えるそれは、此奴にとって幻想的な一部なのだ。
「凛と慧にも写真を送りましょう」
そう言って、携帯に今宵の思い出を閉じ込めた。横顔を見ると、僅かに笑っているように思えた。
本日月食(?)でしたね!
私も感動しました。月が大きくて、赤くて、何か起きそうで.......。(※なんも起きませんでした)
そうしたら、慧と凛のご両親が浮かんだので、書きたくなってしまいました.......(;・∀・)